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怪獣たちのハート  作者: ねこじゃ・じぇねこ
9章 聖夜の誓い─12月
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2.これまでの怪獣たち

 赤い竜のハートに寄生された日の事を、わたしはしっかりと覚えている。寄生されて間もなく、右も左も分からないわたしにバタ子と藍さんが突きつけてきたのは、協力か死かという究極の選択だった。その時点で半ば無理矢理でもあったけれど、わたしは協力を選んだ。しかし、忘れてはならない。たとえ協力姿勢を見せたところで、永遠に天狗たちの味方として存在し続けられるわけではない。


 いつかは誰もが怪獣になる。

 そしてそれは、明日起こることかもしれない。


「私は……私が生きている間に関わった全ての協力者のことを覚えています」


 黒百合隊長は言った。


「初めの頃は特に辛かった。何故、創造主は私たちを感情のない戦闘マシンにしてくださらなかったのかと恨むほどに。けれど、そんな事が何百回、何千回と繰り返されていくうちに、切なくも慣れてしまいました。ある時から私は、かつての協力者たちの死を目の当たりにしても、涙一つ流さなくなっていた。それに気づいてからも、私はせめて記憶に残るよう、彼らの記録をフウ子に残し続けたのです」


 心なしか、その表情は疲れ切っているように感じられる。

 少なくとも黒百合隊長が、罪悪感を抱えているのだということは伝わってきた。


「二人とも、乙女の事はよく分かっているでしょう。私から説明せずとも彼女は最期まで人間であり続けたいと願っていました。それでも、彼女は怪獣になってしまった。それは何故か。宿命という言葉で片付けたとして納得はいかないでしょう。怪獣は疑いから生まれるとも言い伝えられております」

「疑い……」


 小雨ちゃんが繰り返すと、黒百合隊長は静かに頷いた。


「今のあなた方は心身ともに非常に不安定な状態にあります。いいえ、ただでさえ人間というものはそういう生き物なのでしょう。私たちもまたそうなのかもしれません。イロドリ様は使命への疑いによって尊さを失ってしまいました。同じようなことが宿主にも起きた時に、宿主は本物の怪獣になってしまうのだと」


 疑い。その言葉をわたしは頭の中で繰り返した。疑問を抱くということは、よくある事ではある。天狗たちに静かに従っていればいいのだと思う時と、本当にそれでいいのだろうかと疑う時と様々だ。それがいけないのだろうか。


(どうだろうな)


 レッドドラゴン様の声が聞こえてきた。


(我は思うぞ。疑いは我らの尊厳でもある。疑えるというのは知性の証。新たな気づきのきっかけとなる。いけない、という事はないだろう)


 でも、疑いで怪獣は生まれる。


(良い疑いと悪い疑いがあるのかもしれない)


 難しい。とても、難しい。

 心の中でも沈黙してしまうなか、黒百合隊長の声は響く。


「私もだいぶ長生きしました。それでも、あなた方が本物の怪獣になってしまうことを防ぐ手段はまだ見つけていません。ただ長い間、多くの協力者たちの末路を見つめ、分かって来たことはあります。言い伝えにある怪獣たちを生み出す疑いとは、透の接触によって引き起こされているということ」


 ──何が君の幸せなのか。


 いつだったか、透に言われたことが頭をよぎった。


「つまりこういう事ですね」


 小雨ちゃんが淡々と言った。


「透は……わたし達が人間らしさを失わないまま、天狗の命令に従って管理され続けることに何度も疑問を抱かせようとしてくる。その疑問こそが、わたし達が本物の怪獣になってしまうきっかけになり得ると」

「ええ、そういう事です」


 黒百合隊長は頷いた。

 何をするのも自由。天狗たちに従ってもいいし、従わなくてもいい。怪獣になる事を恐れなくていいのだと。それが、悪い疑いということなのだろうか。そうかもしれない。怪獣になってもいいだなんて、わたしにとっては悪い疑いでしかない。

 だってわたしは、まだまだ人間のままでいたいから。


「乙女だって突っぱねたかったでしょう。けれど、感情というものは時に恐ろしく暴走するものなのです。その暴走はいつ起きるか分かりません。明日かもしれないし、永遠にこないかもしれない。けれど一度、制御不能になってしまえば、自分ではどうしようもなくなってしまう。そうなれば、なりたくなくとも怪獣になってしまう時が来る。あなた方はひょっとしたら信じられないかもしれませんが、オロチや天子もまたかつては私たちに協力してくれていた時代があったのです。今はもう遠い過去の話ではありますが」


 いつかはわたしもそんな日が来るのだろうか。

 黒百合隊長の話を聞いていると、漠然とした不安が浮かび上がってきた。

 そんなはずはないと思いたい。要は透の言うことに耳を貸さなければいい話のはず。では何故。何故、乙女先輩は駄目だったのだろう。

 そんなわたしの不安を見透かしたように、黒百合隊長は言った。


「ここのところ、乙女は相当悩んでいるように見えました」


 静かな声が会議室に響く。


「この十年、乙女はただひたすらオロチの討伐の為だけに生きてきたようです。オロチの逃げ込んだ先にいる天狗たちと協力して、ひたすらオロチによる水害を阻止するためだけに動いていた。そして、この秋、ついにその目的は果たされたのです。けれど、解放された乙女は、何処か焦っているように思えました。オロチを追いかけている間からそうだったのか、はたまた討伐してからなのかは分かりません。乙女は、十年前に私と別れた時とは変わってしまっていた。その理由について訊ねた事もあったのです。彼女は言いました」


 ──おかしいですよね。でも、何故か頭から離れないんです。透の言葉が。


 黒百合隊長の口を借りて放たれるその言葉が乙女先輩の声で想起される。


 ──オロチ殺しに加担して君には何か得られたのかって。


 それから程なくして、乙女先輩は限界を迎えてしまった。

 後の事は、説明されるまでもない。

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