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怪獣たちのハート  作者: ねこじゃ・じぇねこ
9章 聖夜の誓い─12月
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1.天狗たちの伝説

 十二月。煌びやかなイルミネーションで街が着飾られる冬の日。浮かれる町の様子とは違ってわたしの心は沈んだままだった。

 あっという間に二学期が過ぎ、冬休みも迫ってくるという頃になって、わたしは小雨ちゃんと話し合い、思い切ってバタコにある相談をした。その結果、わたし達は黒百合隊長に呼び出されることとなった。

 いや、厳密に言えば、わたし達の方が呼び出した形になるのだろうか。いつもの会議室で待っていた黒百合隊長の表情もまたわたし達と同じくらい暗かった。だが、わたし達が席に着くなり、彼女は躊躇することもなく口を開いた。


「透の事をもっと話して欲しいそうですね」


 単刀直入に言われ、わたしは息を飲んでしまった。黒百合隊長の眼差しはいつになく鋭い。その鋭い眼差しが捉えるのはわたし達ではなく、ここにはいない透なのだろう。しかし、いざとなればわたし達だって隊長の敵になり得るのだ。そう思うと心臓を鷲掴みにされたような緊張感を覚えた。

 そんなわたしの横で、小雨ちゃんは実に落ち着いた声で返答した。


「はい」


 怯むことを知らないようなその短い返事に、黒百合隊長もまた緊張を少しだけ解す様に肩に止まっている機械蝶々のフウ子をひと撫でした。


「いいでしょう。私の覚えている限りの透の話をあなた達にもしておきます。こうして直接話せるうちに、出来るだけ全てを」


 そして、黒百合隊長は語り始めた。

 今の彼女の覚えている事を余すことなく。


「私が黒百合という名前で生まれ変わったのは、今からおよそ五百年前のことです。その頃にはすでに透は要注意人物として教えられ、天狗として立派に成長した後には何度も対峙することになりました。かつて透と私たちの間にあったという因縁については、もはや直接語れる者はおりません。私にそれを語ったのは転生前の白蓮──白雪しらゆきという天狗でした。彼女もまた直接その目で見たわけではなく、転生前の私──烏羽からすばから聞かされたそうです」


 五百年前にはすでに。わたしにとっては途方もない昔の事だ。

 天狗たちが代替わりしても、透はずっと存在し続けている。その事に気味の悪さを感じるのは決してわたしが臆病だからというだけではないはずだ。


「もう十分知っているでしょうけれど、私たち天狗には人間たちの世界を守るという使命があります。その始まりがいつであったかは定かではありません。伝承によれば、一万年ほど前には人間たちの国を守るために大地を跋扈する怪獣たちに武器を向けた戦士の記録が残っています。私たちはその為に創造主に生み出されたのだとされています。生まれながらにして持つ本能に従って、怪獣たちを監視し、時には討伐してきたのです」


 一万年前。五百年どころじゃなかった。

 歴史に疎いわたしにはそれが何時代なのかはっきりと言えないけれど、それだけ長い間、天狗たちは戦ってきたというわけだ。


「これは飽く迄も神話の内容です」


 黒百合隊長は語る。


「その昔、現在確認されている怪獣たちのハートは、それぞれ確かに存在する怪獣そのものとして世界中を彷徨っていたそうです。そこへ、創造主の命令で有翼の戦士たちが天から降臨しました。いずれも人間の女性に似ている彼女たちは天から授かった武器を手に怪獣たちに立ち向かい、彼らを次々に討伐していきました。身体をバラバラにされた怪獣たちは力を失いましたが、その魂は逃げ出してハートと呼ばれる結晶となり、人間たちに寄生して復活の機会を窺う事となりました」


 黒百合隊長は静かに語ると、黒い目をわたし達に向けてきた。

 怪獣の復活。その言葉が重く圧し掛かる。最初からずっと説明されてきたはずだけれど、わたしがその意味を真に知ってからはまだ一か月ほどしか経っていない。


(そう恐れるな)


 と、そこへいつもの竜の声は聞こえてきた。


(言うほど我は復活したいなどと思ってはおらんぞ。この天狗もしれっとした顔で言っただろう。怪獣だって逆らえばバラバラにされたのだ。我もまた同じ。人々に恐れられたのは遠い昔の事に過ぎない)


 自嘲気味に笑いながらレッドドラゴン様はそう言った。けれど、その冗談めいた話に笑えるほどわたしの肝は据わっていない。

 そわそわした気持ちのまま、黒百合隊長の話は続いた。


「有翼の戦士たちとは、ご存知の通り私たちの事です。この国では主に天狗と呼ばれていますが、他の地域では天使や女神、天女や戦乙女などと呼ばれているようです。地域や名称はバラバラでも同じような歴史を語り継ぎ、同じような本能的な信念に基づいて活動をしていると聞いております。ですが、実際にはあまり交流はありません。私たちがこの町を守る事に徹しているように、他の地域の戦士たちも任された地域を守る事に徹しているためです。ですが、遥か昔、私たちはもっと連携し合っていたと言われています。共通の長が取りまとめていたからです」


 共通の長。

 初めて聞くその話に、小雨ちゃんの視線があがる。

 何処となく聞くのが怖くなる中で、黒百合隊長はあっさりと語った。


「その長こそが、かつての透だったと言われています」


 とくん、と心臓が鳴った気がした。わたしの胸に宿るハートが反応したのか、はたまたわたし自身が動揺したのか。

 けれど、思い返せば納得がいくところもある。山羊のような見た目の透と、黒百合隊長たちのような天狗とではその特徴もだいぶ違うけれど、何故だかわたしは初めて透を見た時に感じたのだ。どこか天狗たちに似ているような、と。


「かつて彼女には角はなく、背中には私たちのような翼があったそうです。その翼は七色に輝き、神秘的な見た目は世界各地で尊ばれました。この国ではイロドリ様と呼ばれていたと記録されています」


 イロドリ様。その姿は一切見たことがないはずなのに、わたしの脳裏には何故だか神々しい翼を広げた透の美しい姿が思い浮かんだ。


(ああ……イロドリ様……)


 竜の震えた声が頭の中をこだまする。


(覚えておる……覚えておるぞ……)


 そう言ったきり、レッドドラゴン様は沈黙した。


「イロドリ様は私たちのような並の戦士ではなかったそうです。世界各地で次々に起こるあらゆる怪獣たちとの戦いにおいて、他の戦士たちを勝利に導いたと言われています。彼女の持っていた武器は時には剣、時には槍などと形を変え、彼女の持つ力は怪獣たちの持つあらゆる力に対抗できました。敗北を知らない、まさに完全無欠の戦士。他の戦士たちが何度も転生をする中で、イロドリ様だけは死を知らないまま戦い続けました。そんなイロドリ様がいたからこそ、大地は怪獣たちのものではなくなったのです。イロドリ様がいなければ、怪獣たちはハートにならず、人間たちの文明も今日こんにちのような発展を遂げなかったかもしれません。それほどまでに絶対的な長だったのです」


 そんな人が、どうして。

 茫然としながら聞くわたし達の疑問に答えるように、黒百合隊長は続けた。


「そんなイロドリ様がおかしくなったのは、この世に存在する全ての怪獣を退治し終えた後だと言われております」


 全ての怪獣が退治され、大地の支配者が消えたその時代、けれど怪獣たちの脅威は消え去ったりはしなかった。

 それは、今のわたしにも分かる。

 怪獣たちは復活を目論むのだ。ハートになっても人間に寄生し、かつてのように復活しようと足掻き始める。それが、怪獣たちの本当の願いなのかどうかはさておき、放っておけば復活してしまうのは確かな事だったのだろう。

 全ての怪獣が封じられた後も、有翼の戦士たちの役目は終わらなかった。


「初めの頃は、イロドリ様もただ直向きに討伐を繰り返していました。けれど、いつしか彼女は疑問を抱いたと言われております。何故、怪獣はこの世界に存在するのか。何故、復活しようとするのか。討伐した怪獣たちに問いかけた事もあったそうです。けれど、怪獣たち自身もそれが何故なのか答えられませんでした。さらに、ある怪獣は言いました。そう創られているからだ。そうとしか思えない、と」


 それがきっかけなのかは分からない。

 ただ、ある時代、イロドリ様は狂ってしまった。


「これも何かの縁です」


 黒百合隊長は言った。


「あなた達には、はっきりと語っておきましょう。遥か昔、遠い異国の地で二体の怪獣が宿主の身体の中で暴れました。その怪獣は、赤い竜と獣の王と呼ばれる二体。そうです。あなた達の中にいる、怪獣たちでした。宿主たちはいずれも世界に憎しみを抱いており、協力的ではなかったそうです。そこで、その地では天使と呼ばれていた私たちの仲間は、完全復活を阻止すべく立ち向かいました。その際、彼女らはイロドリ様が勝利に導いてくれると信じていました。……ですが、彼女たちを待っていたのは、逆に赤い竜と獣の王を導くイロドリ様の姿だったのです」


 冬の外気のせいだけではないだろう。ひどく寒気がする。なんとなく黒百合隊長の目を見ているのが怖くなり、わたしは手元を見つめた。そのまま軽く目を閉じると、微かな声が聞こえてきた。


(覚えておるぞ……)


 独り言のようだ。


「驚く戦士たちにイロドリ様は言いました。怪獣たちもまた創造主が生み出したはずの存在。ならば、彼らはここにいるべきではないのかと」


 そして、イロドリ様は仲間を──かつての仲間たちを襲い始めた。

 赤い竜と獣の王が完全に復活する時間を稼ごうと、たった一人で大勢の戦士に武器を向けたのだ。何の躊躇いもなく。


「これまで勝利をもたらしてくれたイロドリ様が、今度は絶望を与えてくる。そんな状況で、戦士たちは懸命に戦いました。けれど、一人、また一人とイロドリ様の武器を前に倒れていきました。そうです。イロドリ様は同じ仲間の命を奪う事も出来たのです。それほどまでの絶対的な力を持っていたのです。けれど、傷ついた戦士たちが諦めかけたその時、不思議なことが起こりました。天高く掲げられたイロドリ様の武器に雷が落ち、武器が粉々に砕けてしまったのです。同時に、イロドリ様の背中に遭った立派な翼は消え去り、代わりに今のような角が生えたのです」


 それはまさに、わたしの見てきた透の姿である。

 黒百合隊長は言った。


「天罰が下った。戦士たちはそう思い、残る力を振り絞って襲い掛かりました。けれど、その武器はイロドリ様を殺すことは出来なかった。しかし、代わりにイロドリ様もまた、戦士たちを殺すことが出来なくなったのです。そうなれば、この戦いを続ける理由はありません。戦士たちは守りを失った赤い竜と獣の王に狙いを定めました。そして、二体の怪獣の復活を阻止したのです」


 知らない時代の、知らない話。

 そうであるはずなのに、終わりを迎える二体の怪獣たちの末路が、何故だか妙にリアルな光景として頭に浮かんだ。ぐさりと胸を刺される恐怖が何処からともなく生まれ、そわそわしてしまう。心臓に違和感があるのは、レッドドラゴン様が動揺しているからなのだろうか。


「その時から、イロドリ様はもはや尊ばれなくなりました。人間たちの多くには感知されず、私たちを傷つけず、傷つけられない無の存在に。姿も中身も変わってしまった彼女は、いつしか新しい名で呼ばれるようになりました。この国では透。色を失った者。他の地域でもまた、同じような意味を持つ名で呼ばれ、今に至ります。今の彼女は絶対的とは遠い存在。私たちと戦えるような存在ではありません。けれどそれは、警戒しなくてよいという事ではありません。力を失った後も、透の新たな使命が消えたわけではなかったのです。これまでもずっと、透は怪獣たちのあるべき姿を追い求め、私たちの前に立ちはだかってきました」


 黒百合隊長の重たい言葉に、わたしは再び顔をあげた。

 わたし達の顔を見比べると、黒百合隊長はフウ子をそっと指に止まらせてから、机の上に置いた。軽くその頭を撫でると、フウ子はふわりと飛んで部屋の電気を消し、突く宇の上に戻ると目を光らせてスクリーンにスライドを映し出した。

 映し出されたのは、数名の人物の写真。その中には、天子やオロチ、そして、乙女先輩の写真もあった。

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