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怪獣たちのハート  作者: ねこじゃ・じぇねこ
8章 古椿の霊─11月
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1.悪魔のささやき

 木枯らしの寒い十一月。

 月も終わりに近づいていき、秋から冬へ移り変わる季節を肌で感じるようになった休日の夕暮れ時。わたしはバタ子からの呼び出しで天狗たちのお屋敷へと向かっていた。


 先月から今月にかけてのこの一か月は、相変わらず仕事が減っていたものの、穏やかかつ有意義な日々を過ごせたように思う。

 手が足りているといっても、いつまたわたしや小雨ちゃんにお声がかかるか分からない。そのための特訓で参考になるのは、わたし達の仕事が激減している原因でもある乙女先輩の助言だった。


 怪獣として長く生きることは、聖獣や天狗として長く生きることとは違う。乙女先輩が語る怪獣としての経験則は、わたしや小雨ちゃんにとって非常にありがたい情報だった。

 もちろん、他の先輩の話に意味がないわけではない。ただ、夜の間ずっと駆り出されている月夜先輩はゆっくり話す機会がなく、たま先輩やイズナ先輩、そして雫先輩とはあまり親しくなる機会がなく、どことなく話しかけづらい雰囲気があった。


 だから、乙女先輩と縁が出来たのはわたし達にとって大きなことであったし、乙女先輩が黒百合隊長によって無理矢理作らされた余暇を、わたし達のために使ってくれることはいつだってありがたいことだった。

 でも、こんな日々がいつまでも続くわけではないということをわたしは分かっている。教えてもらえる間に、乙女先輩の助言なしでも頼れる怪獣にならなければという焦りはどうしたって生まれるものだった。


 これから先、新しい怪獣が生まれる可能性だってある。その新人が敵対者となるか協力者となるかは分からないけれど、どちらにしたって天狗たちにとって頼れる協力者として振る舞えるようになりたいというのがわたしと小雨ちゃんの共通の目標でもある。

 そのためにも、強くならねば。


 今回の呼び出しはそんな矢先のことだった。

 一応、この一か月の間に、ハート回収を手伝った機会は数回あった。しかし、この度の呼び出し方はどうも事情が違いそうだ。詳しいことはまだ聞いていないけれど、どうも難しい仕事のようだ。恐らく天子やオロチの時のような厄介事に違いない。

 久しぶりに味わう緊張感に、わたしの感情は複雑だった。頼りにされて嬉しいという気持ちもあるし、また何かこの町の平和を脅かすような事態が起きているという恐ろしさもある。そして、得体の知れない不安がずっと心の中にあった。


(こういう時は深呼吸だ)


 と、そこへレッドドラゴン様の声は聞こえてきた。


(体内の炎が空っぽになるまで吐き続けると良い)


 炎を吐くような身体ではありませんが、参考にします。

 さて、天狗たちのお屋敷まであと半分くらいといった道すがら、無意識に動いていた足がこれまた無意識に止まってしまった。

 前を遮る者が現れたからだ。強引に道を塞いでいるわけではない。ただ、その姿そのものに威圧感があって、歩みが止まってしまったのだ。

 その人物はじっとわたしを見つめ、薄っすらと笑みを浮かべる。


「久しぶりだな」


 異様に聞き心地の良い声で彼女は言った。

 透。その名を頭の中で反芻し、わたしは踏み出しかけていた足を引っ込めた。

 どうしよう。どうしましょう、レッドドラゴン様。

 わたしは心の中に問いかけた。だが、返事はなかった。まさかこの数分で寝てしまったのではあるまい。

 ともあれ、誰にも相談できないまま透はさらに話しかけてきた。


「赤い竜と獣の王の成長ぶりを見たいと思っていたのだけれど、どうやらここしばらく君たちの出番はなかったらしい。それでも、向上心をもって強くなろうとする君たちの若さは輝かしいものを感じる。だが、傍から見ていて気持ちの良いものの全てに意味があるとは限らない。怪獣というものを成長させるのは、もっと直接的な痛みと恐怖だ。心と体にもたらされる本物の苦痛。覚えておくといい」

「揶揄いに来たんですか?」


 つい、ムッとして言い返してしまった。そんなわたしを咎めてくれる者は近くにいない。一対一で相手をするのはいささか危険だろうと思うけれど、かといってカッとなって感情についた炎をすぐに消すのは難しい。おまけにレッドドラゴン様まで傍観の姿勢をとるとなれば、歯止めは効かなかった。

 すっと出して見せたのは、ここ最近、練習でしか使っていない炎の剣だった。めらめらと燃えるその炎越しに透を睨む。しかし、透の表情は微塵も変わらなかった。


「気を悪くしたようだな」


 透は呟くように言った。


「ならば少しだけ訂正してやろう。炎を見たところ、少しは成長が進んでいるようだ。良い事だ、マナ。その調子で立派な怪獣になっていくがいい。炎が吐ければ淀んだ感情もすっきりするだろう。翼が生えれば不自由な立場から抜け出せるだろう。強くなればなるほど、君はもっと君らしく生きていける」

「余計なお世話です。わたしにはあなたの助言は必要ありません」


 ぴしゃりと言い放ってみるも、効果など期待できそうにない。

 そもそも毅然とした態度で接してすぐに帰るようならば、初めから姿を現したりはしないだろう。それが分かっていて何故、無視して立ち去ろうとしないのか。立ち去ろうとしていないのではない。立ち去れないのだ。何か魔術にでも掛けられたかのように、足が動かないのだ。


「助言は必要ない、か」


 透は低く笑い、首を傾げる。


「だとしても、君には私のお喋りを阻止する力はない」

「帰ってください!」


 動けない不安のためか、睨まれていることの不快感か、感情は高ぶり剣の炎にそれが反映される。めらめらと燃える剣を見せつけ、わたしは透に言い放った。


「帰らないと特訓の成果をここで披露しますよ」


 すると、透はほんの少しだけ笑みを深めた。


「披露したければするといい。だが、言っておく。その剣で私は斬れない。君は私を殺せないし、私もまた君を殺せないのだ。私はありふれた生き物でもなければ、天狗でも怪獣でもないからね」


 だが、と、透は一歩踏み出してきた。


「その剣が持つ力は只者ではない。遥か昔、人々がまだ人智を越えた力にすがっていた時代には地を支配せんとする者ならば、その力を自ら望んで欲しがったものだ。絶対的な炎は意に沿わぬものを焼き尽くすことも出来るからね。ともすれば、水の力を持つ天狗とてただでは済まないだろう。今の未熟な君であろうと、成長途中の幼い天狗どもは勿論、身体のおぼつかない黒百合、さらには属性的に不利のない翠の命くらいは奪えるだろう。何なら試してみるか?」


 相手をしてはいけない。

 立ち去る事も出来ないまま、わたしはただその事だけを自分に言い聞かせていた。

 そんなわたしをあざ笑うかのように、透は畳みかけてくる。


「今はその気がなくとも、必ずや君は試してみたいと思う日が来るだろう。君たちは誇り高き怪獣なのだ。天狗どもの奴隷などではない。だが、助言しておくか。黒百合を潰すのはおすすめしない。あのままにしておけば、生まれ変わることも出来ないからね」


 澄ました顔で透はそう言った。

 気にすることはない。どうせ、わたしを不快にさせるための言葉にすぎないのだから。


「いいかい、マナ。人間でなくなるということは不幸なことではない。むしろ、人間であること、人間のまま死ぬことにこだわるほうが私から見れば不幸にしか思えない。そして、そんな怪獣たちをあっさりと始末する天狗たちは冷淡としか思えない。覚えておくのだ、マナ。君には力がある。本当に守りたいものを、天狗たちの指示ではなく、自分の力で守ることが出来る。そして、もう一つ。私は君たちの敵ではない。私のせいで君たちが不幸になるのだとしたらそれは、君たちが私の手を、私の差し伸べた手を無理に拒もうとするからだ」


 聞く必要はない。覚えておく必要もない。

 それなのに、透の言葉はわたしの耳に入り込み、ずかずかと脳裏に染み込んでくる。

 その不快さが心を震わせたのだろう。気づけばわたしの持っている剣の炎はさらに勢いを増していた。


 この炎で包み込んだところで透は倒せないという。しかし、わたしは動いた。感情に引っ張られるままに、動けると気づいたそのままの勢いで、剣にまとわりついていた赤い竜の炎を透に向けたのだ。竜の形をした炎が勢いよく飛び出し、透を飲み込もうとする。

 しかし、彼女の忠告通りだった。この炎は透に通用しない。確かに包み込んだというのに、火傷の一つすら負わせることは出来なかった。


 それでも、意味がなかったわけではない。

 視界を奪ったことが良かったのか、はたまた感情のままに炎を吐いたのが良かったのか、あれほど動かなかったわたしの足は再び動くようになった。

 となれば、いつまでもここにいる意味はない。逃げるようにわたしは走り出し、そのまま天狗たちのお屋敷へと向かった。振り返る勇気もなく、ただただ背を向けて一目散に逃げていく。

 そんなわたしを、透はわざわざ追いかけてはこなかった。

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