4.この先もずっと一緒に
天狗たちのお屋敷から帰る途中、わたしと小雨ちゃんはなんとなくいつもの癖で眺めの丘を訪れていた。真っすぐ帰っても良かったのだけれど、なんとなくすぐに別れてしまうのが寂しかったのだ。小雨ちゃんの方がどう思っているかは分からないけれど、少なくともわたしの方はそんな思いと共にいつもの夕日を眺めていた。
頭にぼんやりと浮かんでいるのは、乙女先輩のことだった。
どうして泣いていたのだろう。そんな疑問が浮かんでは消え、消えては浮かぶ。これまでずっと抱いていた乙女先輩への強い印象がだいぶ変わってしまった。
この町を、この世界を守るために、十年という月日をオロチ退治に費やしたというベテラン怪獣。天狗さまたちの信頼も篤く、聖獣の皆からは慕われているようにも見える。イズナ先輩やたま先輩も彼女の帰りを心から喜んでいたようだし、あの白蓮様でさえも乙女先輩のことは一目置いているように見える。
わたしからすれば何の心配もいらない立場に思えた。百年生きているのだもの。それこそこの先、千年はあの調子で問題なく生きていきそうな人に思えるのだが。
(孤独の病かの)
レッドドラゴン様がふとそう言った。
なんですか、それ。
(寿命を失った生物が罹る心の病だ。怪獣と呼ばれる我らにも珍しいことではない。その名の通り、孤独なものが罹るのだと言われている。この病にかかると常に意識がぼんやりしてしまうのだ。何もしていなくても暗い気持ちになり、何もしていないのに涙が零れてしまう。怪獣の宿主となった者もよく罹るのだよ)
孤独の病。
レッドドラゴン様の説明を頭の中で反芻しながら、わたしは乙女先輩との時間を振り返った。思い出の場所がなくなってしまったと知った時の表情は、わたしの脳裏に焼き付いている。
わたしはまだ孤独というものを知らない。不老不死となった者が直面する悩みの定番だということは、小説や漫画の影響もあってよく知っている。けれど、それが実際にどういうものなのかを体験したことはまだない。つまりは分かったようでいて、分かっていないのが現実なのだろう。
それを自覚した上で、今日の乙女先輩の様子を思い出すとまた新たな不安が浮かび上がってきた。
いつか、自分も乙女先輩の涙の意味を知る時が来るのではないだろうか。
自分は年を取らないまま、置いてきぼりにされて時が進んでいくことに強い孤独を感じる日が来るのではないだろうか。
(何故だろうな)
レッドドラゴン様がふと言った。
(そなたらには、いつも我らがついておる。乙女にも古椿が傍にいるはずだ。寂しくなっても話し相手くらいにはなれるだろうに、何故、寂しくなるのだろうな)
その疑問も、もっともかもしれない。
けれど、その一方でわたしには乙女先輩の気持ちがなんとなく理解できる気がした。たった十六年しか生きていないわたしだって、幼い頃にあって今にはないものを懐かしく思うことがある。小学生の頃に転校して以来ずっと会っていないクラスメイトとの思い出が無性に懐かしいことだってある。いま、隣に小雨ちゃんがいるのに、何となく昔が恋しくなってしまうことはある。それが百年ともなると、恋しさが雪だるまのように膨らんでしまうのではないだろうか、なんて思ったのだ。
(なるほどな。傍に親しい者がいても、か。そう言われれば、我にも分かるような気がする。竜と人間の感覚はちと違うかもしれぬがね)
理解してもらえてちょっと嬉しい。
それはともあれ、乙女先輩が何となく寂しさを感じているのならば、わたしにも出来ることがあるかもしれない。今という時間、そして、少し先の未来を楽しみに思えるようにお手伝いするのだ。具体的に言えば、時折、乙女先輩が黒百合隊長から強制的に与えられるだろう余暇を楽しんで貰えるにはどうすればいいか考えておくこと。今日みたいにいつも守っている町のいい感じのお店を紹介するのもいいし、カラオケやゲーセン、その他の娯楽施設など小雨ちゃんや真昼ちゃんと遊ぶときに誘ってみるのもいいかもしれない。
とにかく短絡的かもしれないけれど、たくさん楽しい時間を共有していけば、過去を恋しく思う気持ちも少しは誤魔化せるのではないだろうかなんて思うのだ。
「どこがいいと思う?」
そんな事を考えながら、わたしはふと隣で夕日を見つめる小雨ちゃんに声をかけた。
「次に乙女先輩と行く場所」
「そうね。そこはマナのセンスに任せるわ。お店にしろ、施設にしろ、とびきり良い場所を期待しているから」
「えっ、ちょっと緊張しちゃうかも」
「わたしが選ぶよりもマナが選んだ方が安心できるもの」
「そ、そうかな? 小雨ちゃんは行きたい場所とかないの?」
「特にないわ。一緒に過ごせるなら何処でもいいもの。それに、わたしにはよく分からないもの。乙女先輩が喜びそうな場所なんて。だから、あなたが選んで」
乙女先輩が喜びそうな場所。それはわたしも自信がない。
とはいえ、言い出しっぺはわたしだ。宣言した以上、わたしが投げ出すわけにはいかない。ドキドキするけれど、張り切ってお店探しをしよう。
一人で意気込んでいると、小雨ちゃんはふと真剣な眼差しを浮かべた。
「ところで、マナ。あなたは乙女先輩に聞いておきたい事とかないの?」
「聞いておきたい事、かぁ」
訊ねられるままにふと考えてみた。けれど、困ったことに一つも浮かばない。分からないことがあったら質問して、と、教師に言われて何も浮かばない時のように頭の中は空っぽのままだ。仕方がないので、わたしは小雨ちゃんに訊ね返した。
「小雨ちゃんは先輩に何を聞くつもりなの?」
すると、すんなりと教えてくれた。
「今の強さに至るまでにどのくらい戦ってきたのか。怖いと思うことはあるのか。考えながら動いているのか。寄生している古椿とはどのくらいの頻度で話すのか……」
なるほど。確かに気になるところではある。
「それに、これも聞いておきたいと思っているの。以前、メガセリオンやレッドドラゴンを宿した協力者と会った事があるのか。あるとしたら、彼らはどのような人で、どのように戦っていたのか。同じ怪獣としての目線で語ってもらいたいの」
小雨ちゃんの言葉を聞いて、わたしは脳裏を矢で射貫かれでもしたかのように思考が一瞬止まってしまった。
以前のメガセリオンとレッドドラゴン。
過去に彼らを宿していた者は絶対にいるわけだ。その末路について、考えない方がいいということを、他ならぬ小雨ちゃんに助言された日の事を覚えている。
確か、初めて小雨ちゃんも協力者であったと知った日の事ではなかっただろうか。しかし、その一方で力の使い方については聞いておいてもいいと話した記憶がある。
そう。わたしも過去のレッドドラゴンがどのように戦ったのか興味があった。ところが、我が相棒のレッドドラゴン様は覚えていないとおっしゃるのだ。
(仕方ないではないか。記憶とは忘れたい時はしぶとく、忘れたくない時は儚いという事もあるのだ)
言い訳は置いておくとして、思い返せば天狗たちにも聞いたことがなかった。聞く勇気がなかったと言われればその通りかもしれない。もういなくなった協力者たちの過去を知るということは、わたしの未来を占うということにも繋がりかねない。その勇気が、駆け出し怪獣のわたしにはまだなかったのだ。
けれど、いつまでも新人でいられるわけではない。同じ怪獣としての立場から、もしもそれらを聞けるとしたら、きっと今後のわたし達にとって重要なヒントになるだろう。
「そうだね。それは聞いておかないとだね」
緊張気味に頷くわたしを見つめ、小雨ちゃんはふと目を細めた。
「ちゃんと聞いておけば、わたし達もきっと乙女先輩のように長生きできるはずよ。だから頑張りましょう、マナ」
夕日に照らされながら小雨ちゃんはそう言って、わたしの前に拳を突き出してきた。わたしもまた同じように握りこぶしを作って、軽く小突き合った。
途方もない未来を生きようと誓いあったのはちょうど一か月前のこと。これは、その時の誓いを現実のものにするための、一歩のようなもの。
この先ずっと生き続けていくうちに、いつかは今日の乙女先輩の涙の意味を、我が身をもって知る日が来るかもしれない。
それでも、小雨ちゃんが一緒なら、一緒に頑張っていけるなら、時代に取り残されるという苦しさも乗り越えられるに違いない。




