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怪獣たちのハート  作者: ねこじゃ・じぇねこ
6章 八岐大蛇─9月
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4.二回目の大仕事を終えて

 全てが終わった時、辺りはすっかり暗くなっていた。

 長時間に及ぶ戦いの疲労もありながら、わたしと小雨ちゃんはいつもの眺めの丘で隣町の夜景を見下ろしていた。車の流れをぼうっと見つめながら、思い出すのは先ほどまでの血生臭い戦いの記憶である。

 全て終わった。思っていたよりもあっさりと。

 オロチの末路は九尾退治の──天子の時と同じように脳裏に焼き付いていた。


 やはり、オロチが強いというのは本当だったのだろう。粘り粘りながら朱雀を壊そうと迫りくる八つ首の竜の姿は、今思い出すだけでもぞっとする。

 身を挺してカザンを守りながら、わたしと小雨ちゃんは何回死んだのだろう。しかし、わたし達とは比べ物にならないほど何度も身体を傷つけながら戦ったのは、乙女先輩だった。

 怪獣には怪獣の戦い方があるのだと乙女先輩は言っていたが、彼女の戦い方もまさにその通りだった。その身体に傷を負うことを躊躇わず、彼女は枝の鞭を振るった。その鞭の動きに連動するように、かの大木はオロチを捕らえようと動いていた。


 初めの頃、オロチはそれにうまく抵抗していた。属性的には不利なはずなのに、力任せに跳ね返すほどの余裕があったのだ。しかし、跳ね返されても乙女先輩は動じなかった。威嚇されようとも、噛みつかれようとも、乙女先輩の頭にはオロチを捕らえることしかない。どうせ死なないのだということを、あの場の誰よりも分かっていたように思う。それは、ついこの間までただの人間だったわたしにはまだまだ真似できない動きでもあった。

 結局、根負けしたのはオロチだった。疲れもあったのだろう。確か手負いだったはずだ。そのせいもあったのだろう。ともあれ、戦いの果てにオロチは乙女先輩の操る木に絡まれ、身動きが取れなくなった。


 止めを刺したのは白蓮様ではない。そうなるまでに時間はかかり、白蓮様はとっくに退場していた。

 しかし、この度は天子の時とは違う。日が落ちた後であっても、もう一人、確実にオロチの息の根を止められる天狗は残されていた。


 ──どうか安らかに眠って。


 優しい声と共にオロチに宿る八岐大蛇のハートを壊したのは、翠さんだった。翠さんの武器は剣や槍のような鋭利なものではない。彼女が持っているのは天狗がよく持っているイメージのある羽団扇はうちわだ。団扇で何が出来るのかと思いがちではあるけれど、実際に翠さんがしたことを目の当たりにすれば、決して侮れないことが理解できた。

 翠さんの羽団扇が風を起こすと、風は瞬く間に刃となった。そしてオロチの胸をズタズタに切り裂いて、ハートを粉々にしてしまったのだ。

 その途端、耳を劈くようなオロチの悲鳴が聞こえてきた。恨み言を述べたわけではない。ただ痛みと恐怖に叫んだのだ。その声が今でも脳裏に焼き付いている。

 思い出すと寒気がした。他人事には思えないからだ。オロチの末路もまた、わたしや小雨ちゃんの末路になるかもしれないなんて考えてしまうと。

 けれど、そんなわたしにとって希望の光もあった。


(乙女か。なるほど確かに強かったな)


 レッドドラゴン様の言葉に、わたしは黙って同意した。

 強さだけではない。悲惨な戦いの終わりに見た、乙女先輩の余裕ある姿こそが、わたしにとっては希望となった。

 酷い末路を辿る怪獣ばかりではない。乙女先輩のように、聖獣ではなくとも長生きをしている怪獣もいるのだ。彼女こそがわたしや小雨ちゃんの目標となるはず。

 天子やオロチのようにならないヒントが彼女の生き方にあるはずだと思えば、心に迫りくる絶望を追い払うことが出来そうだった。

 遠くを走る車のライトを眺めながら、わたしはふと隣にいる小雨ちゃんに声をかけた。


「ねえ、小雨ちゃん。乙女先輩すごかったね」

「うん」


 小雨ちゃんは即答した。


「さすがはベテラン怪獣って感じだったわね」

「百年くらい生きているんだっけ。月夜先輩とも違ったけれど、たま先輩やイズナ先輩とも何だかちょっと違ったよね」

「躊躇いがない」

「そうそれ。傷つくのをまるで怖がっていなかった。痛さとかはあるはずなのにね。百年も続くとそうなるのかな」


 乙女先輩の助言を胸に、わたしもまた怪獣らしく戦ってみたつもりだった。それでも、やっぱり傷つくのは怖かった。痛みは絶大だったし、いくら死なないからといって躊躇いがなくなるわけじゃない。何せ、今年怪獣になったばかりだ。まだまだそこまで人間をやめられていなかった。

 小雨ちゃんも同じなのだろう。彼女はふっと微笑んでから小さく頷いた。


「そうね。そこで差を感じたわ。わたしはまだまだメガセリオンになりきれていない。そう思い知らされる光景だった」


 わたしも同じだ。

 レッドドラゴン様の力を使いこなせている気がしたけれど、まだまだわたしはマナであって竜ではないのだろう。

 それでいいのかもしれない。だって、あまりにも怪獣に寄り過ぎたら、人間としての価値観が薄らいでしまうと言われているから。

 けれど、それなら乙女先輩はどうなのだろう。人間離れしているけれど、人間としてオロチからこの町を守ってくれた。


(ぎりぎりの所でとどまっているのだろう。熟練の怪獣ならば出来ないわけではない。そうやって千年以上生き残る宿主もおるのだよ)


 レッドドラゴン様の言葉を聞いて、わたしはますます希望を抱いた。


「わたし、乙女先輩みたいになりたい」


 思ったままにわたしは口にした。


「乙女先輩みたいになって、千年先も生き延びてみたい。不老不死はしんどいかもしれないけれどさ、小雨ちゃんが一緒なら大丈夫かな。とにかく乙女先輩みたいにこの町を守る竜神になっちゃおうかなって思っちゃった。あ、もちろん、天狗様たちに協力しながらだよ。真昼ちゃんもいるし、寂しくはないよね」


 そして、わたしはそっと小雨ちゃんの横顔を見つめた。

 彼女はどう思っただろう。反応を待っていると、視線に気づいたのか小雨ちゃんもまた整ったその顔をこちらに向け、わたしをじっと見つめてきた。


「千年なんて短いわ」


 不敵に笑って小雨ちゃんはそんな事を言った。


「五千年でも一万年でも生きてやりましょう。わたしとあなたなら出来るはず。真昼も一緒だと退屈はしないかもだけど、退屈したっていいの。わたし達に宿るのは偉大な怪獣なのよ。とてつもなく強力なハートを授かってしまったの。だから、終わりなんて考えられないくらい長生きしないと」


 力強いその言葉に、わたしはますます励まされた。

 きっと小雨ちゃんも乙女先輩の姿を見て、心強くなったのだろう。己が口に出したその希望が叶うと信じて疑わないその表情に、わたしもまた勇気づけられた。


「そうだね。千年なんて短いよね」


 夢はでっかく一万年。

 一万年後の日本がどうなっているのかなんて分からないけれど、同じ境遇の者たちと一緒にひたすらこの土地を守り続けるのも悪くない。

 終わりがないというのは途方もないけれど、それだけに無限の可能性があるはずだ。一人ならば寂しいけれど、同じく歩める仲間──小雨ちゃんが一緒ならば、わたしはきっと絶望せずにいられるだろう。


「よし、一緒に乙女先輩みたいになろう。まずは百年、次に千年、そしていつかは一万年。人間としてこの土地を守り続けよう」


 ぐっと握りこぶしを夜空に掲げ、わたしは言った。

 天子にも、オロチにも、わたしはならない。小雨ちゃんと共に人間として、或いは良い怪獣として、この町を守り続ける。

 月と星々を仰ぎながら心の中で誓ってみると、高揚した気持ちが少しだけ落ち着いた。すると、小雨ちゃんもわたしと同じように夜空に拳を掲げ、そのまま静かに笑った。愛らしいその横顔を眺めながら、わたしは信じた。

 わたし達ならきっと大丈夫。

 夜空に誓った未来はきっと訪れるはずだ、と。

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