3.化け蛇退治
オロチが捕まったという報せを受けたのは、乙女先輩と顔合わせをした翌日のことだった。時刻は明け方。もともと深手を負っていたというのは本当だったのだろう。しかし、それにしたって早すぎる捕獲は、他ならぬ乙女先輩の協力のお陰である。
肉体の損壊を恐れない。そんな彼女の戦いぶりは、長らく天狗たちと共にこの町の治安を守ってきた機械蝶々のバタ子たちでさえも驚いてしまう迫力があるという。
もちろん、相手だってそれは同じだ。人間ではなく怪獣になってしまったオロチたちもまた、死生観が人間だった頃に比べて大きく歪んでしまっているという。
『とにかく今回は怪獣同士による迫力のあるバトルを目の当たりにすることになるはずよ』
そう言いながらバタ子はわたしを裁きの聖域の中へと導いていく。
この結界を生み出した機械蝶々のチョウ子は、すでにおりんと共に中央を守っているのだという。しかし、歩いているわたしにはまだ見えなかった。霧に包まれた周囲は不気味なまでに静かだった。
『でも、どうか怖がらないで』
バタ子は言った。
『恐怖に負けること自体がまずいの。逆に言えば、気を強く持てば大丈夫だから。オロチは確かに朱雀を狙うでしょう。けれど、今回のアタシたちには乙女がついている。乙女は強いのよ。だから、怖がることはないわ!』
バタ子の力強い言葉が響いたちょうどその時、周囲の霧が晴れた。神社仏閣の境内のような場所の四方と中央に聖獣たちの絡繰り人形が見える。しかし、麒麟の人形が立ちはだかる辺りに、前にここへ来た時とは違うものが確認できた。
大木、だろうか。
そのすぐ近くには青い身体の竜がいる。決して東を守る青龍ではない。頭が八つある青い竜だ。それを見てすぐに理解した。
(『八岐大蛇』だな)
レッドドラゴン様がそう言った。
(とうに身も心も怪獣だ。水害を起こすのも頷ける。迷いのない怪獣は強いぞ。それも、長く生きていれば尚更の事。有利属性とはいえ、あの化け椿がどれだけ戦えるのかは見物だな。覚悟しておいた方がいいかもしれない)
いつになく不安な事を言い出す傍で、バタ子はわたしに言った。
『じゃあ、マナ。これからアタシは皆のところを巡回するわ。あなたは聖域の南へ。オロチはきっと向かってくるはずだから、カザンと一緒に頑張るのよ!』
明るい声でそう言うと、バタ子はそのまま飛び去ってしまった。
呼び止める隙もない。すっかり置いて行かれたわたしは言われた通りに振り返り、とぼとぼと朱雀の待ち構える場所へと向かった。
近づいていくと、朱雀の人形が首を下げてきた。鶏冠に掴まっているカザンがわたしを迎えてくれた。
「よぉ、お疲れ。今回は攻め込まれるかもしれないが、それまではこの場所でオレと待機だ。ひょっとしたら、あんまり出番はないかもしれないぜ。ほら、見ろよ」
カザンに言われるままに、わたしは再び振り返った。
目を凝らしてみると、自由自在に曲がる大木に巻き付かれそうになりながら、八岐大蛇が抵抗していた。間違いない。乙女先輩の力だ。そのすぐ傍では二人の天狗が飛び回っている。
緑の翼に白の翼。翠さんと白蓮様だ。九尾の時よりも条件がいいということは、わたしでもよく分かった。
「ずっとあの調子だ。いつ天狗様たちの武器が奴の身体を貫いてもおかしくない。特に白蓮様ときたら、八つもあるあの首を切り落としたくてうずうずしているみたいだぜ。マナのいる位置からは見えないかもしれないが、オロチの足元にはイズナの奴がいてね、『鎌鼬』の力でえいやーっと何度も斬りつけているのさ。ひっくり返ればこっちもんさ」
カザンは嬉々として語る。
その言葉に耳を傾けながらも、わたしはそれでも警戒を解けなかった。
「おや、さらに動きがあったようだ」
カザンはそう言って、朱雀の首を少し上へと動かした。
「ああ、地属性のやつらだ。銀様が鉄砲玉を放ったらしい。竜の足に命中。ほら、ちょっとよろけただろう。そこへ……あれは、マナの友達だな、小雨だっけ。あいつが果敢に切りかかっているみたいだ」
小雨ちゃんも戦っている。
わたしはその様子を見つめながら、うずうずとした気持ちを抑えていた。
不利属性のわたしの役目はここを全力で守る事。こちらから向かおうとせずとも、オロチは少しずつじりじりとこちらに近づいてきている。
よろけたとしても、怯んだとしても、それは一時的な事。わたしは理解した。やはり、八岐大蛇は強い。九尾をあっさりと仕留めた白蓮様でさえも、慎重にならざるを得ないくらいだ。
(天狗たちは無理が出来ぬからね)
レッドドラゴン様がそう言った。
(黒百合隊長の身体を覚えているだろう。我らにはそんな力がある。その事を理解しているから、白蓮も翠も深追いが出来ないのだ。よって、有利に見えてもそうとは限らない。見ろ、段々と近づいてきているぞ)
レッドドラゴン様の言う通りだった。
捕らえようとする化け椿の力と、足元を崩そうとする他の協力者たちの力に、オロチはとうとう怒ったらしい。八つの頭で同時に咆哮すると、乙女先輩の鞭から生まれる枝の拘束をすり抜け、そのまま物凄いスピードでわたし達のもとへと走り迫ってきた。その図体のデカさからは想像も出来ない程の素早さに、わたしは一瞬だけ怯んでしまった。
「来るぞ!」
カザンがそう言って、弓を射る。
孔雀の羽根のような炎の矢が放たれ、八岐大蛇の首の一つを貫いた。けたたましい悲鳴があがるも、さほど通じていないようだ。貫かれた頭も、矢が刺さった状態のまま平然としている。やはり、怪獣は怪獣には殺せないのだ。
(ああ、その通り。我らには奴を殺せない。だが、奴もまた我らを殺せないのだ。恐れるな、マナ。乙女とかいうあの化け椿の戦いぶりを見よ)
竜の言葉がわたしの耳に木霊する。
冷気と共に迫って来る八岐大蛇を、もっとも近い場所で付きまとっているのは乙女先輩であった。ハートから得られる力の限りを尽くしているのだろう。手に持っている鞭を極限まで伸ばすと、何度もオロチの行く手を阻もうと挑んでいた。もちろん、そんな乙女先輩の振る舞いをオロチが放っておくはずもない。進みながらオロチは何度も乙女先輩に反撃をくらわした。
頭の一つが乙女先輩の身体に噛みついたり、突き飛ばしたりする。その度に負う傷は、怪獣でなければ死んでいてもおかしくなかっただろう。それでも、乙女は立ち上がる。誰よりもその動きは早かった。
「……強い」
呟くわたしにレッドドラゴン様が言った。
(躊躇いがないな。それだけ長く生きている怪獣だということだ。そなたが千年先も友と生きる秘訣を教えてくれるかもしれないな)
呑気にも笑うレッドドラゴン様の声を聞きながら、呆れつつも密かにわたしは共感した。確かに、乙女先輩はわたしの目標とする人物かもしれない。
たま先輩も、イズナ先輩も長生きしているようではある。しかし、どちらも乙女先輩ほどは長く生きていないとも聞いている。聖獣たちの中には乙女先輩よりもずっと長く生きている人もいるだろう。しかし、怪獣でなければ駄目だ。
彼女がどれだけ生きているのかは分からないけれど、彼女の在り方は千年後も小雨ちゃんと一緒に暮らせるためのヒントが詰まっているかもしれない。そう思うと尚更、わたしは乙女先輩の戦いぶりから目を離せなくなっていた。
(いよいよ来るぞ……)
レッドドラゴン様がそう言った時、乙女先輩の懸命な叫び声が聞こえてきた。
「構えて! 躊躇わずに炎を!」
その怒声に引っ張られるままにわたしは剣を振るった。ここ数か月で威力を増した炎が放たれる。炎が放たれたとほぼ同時に、八岐大蛇の八つの頭が同時に水を吐き出した。ただでさえ威力のありそうな鉄砲水。況してや相手は怪獣。その水に当たっただけでもただで済むとは思えなかった。しかし、水の攻撃はわたしが放った炎のカーテンが防いでくれた。他ならぬ乙女先輩の怒声のお陰である。
(我のお陰でもあるなぁ)
勿論、レッドドラゴン様のお陰でもある。
しかし、安心するのはまだ早い。偉大過ぎる赤い竜の力とはいえ、わたしの扱える範囲はまだまだ狭いのだ。それに、攻撃を防がれたオロチの機嫌はよろしいとは言えない。非常に強い力で睨みつけられ、わたしはいよいよ覚悟を決めた。
だが、そこへ、翠さんや白蓮様が駆けつける。足止めを試みていたイズナ先輩や銀様、それに小雨ちゃんも駆けつけた。
「マナ、大丈夫?」
わたしの隣にそっと近寄り、小雨ちゃんはそう言った。
黙って頷くと、少し安心したように彼女は笑った。
「そう。それなら良かった。一緒に朱雀を守りましょう」
剣を構える小雨ちゃんに倣い、わたしもまた剣を構えた。
頭上では、白蓮様が大剣を構えている。銀髪に白い翼。その神々しい姿を太陽の光の下にさらし、白蓮様は大声で怒鳴るように言った。
「覚悟しろ、八つ首野郎!」
その怒声に応えるように、八岐大蛇は咆哮した。




