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怪獣たちのハート  作者: ねこじゃ・じぇねこ
6章 八岐大蛇─9月
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1.オロチと呼ばれる少女

 二百十日にひゃくとおかを過ぎてもまだなお暑い九月の初め。

 とうとう夏休みも終わってしまい、二学期が始まった。

 課題はなんとか無事に終わり、恙なく新学期も始まりそうではある。最大の長期休みに別れを惜しみたい気持ちもありながら、実を言えばわたしの心は別の所にあった。


 始業式も終わり、小雨ちゃんと一緒に直行したのは家ではなく天狗たちのお屋敷である。制服姿のまま座るのは、夏休みの後半に散々使わせてもらったあの会議室だった。

 バタ子に急かされるままに席につくのは、わたしと、小雨ちゃんと、真昼ちゃん、そして月夜先輩であった。わたしを含めて十年前のことを何も知らない者たちが集められている。

 そして、場を取り仕切るのは黒百合隊長だった。バタ子とフウ子に手伝われながら、その説明会は始まった。


「時間も惜しいから手短に行きましょう」


 黒百合隊長はそう言って、フウ子を指に止まらせた。そっと机の上に置く間に、バタ子が部屋の照明を落とした。直後、フウ子の目が光ると壁にスライドが表示された。

 前にも見た画像が映し出されている。

 幼い女の子の姿。どう見てもか弱い少女でしかないものの、彼女によって過去にこの町は壊滅的な被害に遭っている。当時、何も知らなかったわたしはそれを八月水害として記憶している。多数の死者と行方不明者を出した恐ろしい豪雨災害で、その要因もあれこれ議論されたはずである。

 まさかその原因が怪獣だなんて信じる人は今の時代には滅多にいないだろう。そして、それを十年の間、防いできたのが同じ怪獣であることもまた信じる人はいないはずだ。

 しかし、誰が信じようと、誰が疑おうと、これがこの町に秘められた真実であり、わたし達が巻き込まれることになる事情なのである。


「ここ数週間の調査ではっきりしたことがあります。どうやらオロチは単独の模様。味方になるような怪獣はおらず、たった一人でこの町周辺をうろつき、感情が高ぶるままに雨を降らそうとする。もともと成長しきる前に『八岐大蛇』になってしまったせいもあるけれど、十年前よりもさらに幼稚性が増したように感じられます」


 黒百合隊長は淡々とそう語った。


「そうは言っても油断が出来ないのがこのオロチという敵です。前にも教えた通り、十年前のオロチ討伐は失敗に終わりました。その際に二名の天狗が命を落としました。それが、林檎と蜜柑の前世である紅と山吹という天狗たちです。炎属性の紅は、もともとオロチに対して不利ではありました。しかし、相性関係などない山吹までオロチは殺してしまったのです。二人を助けようとして、私もまた戦うどころか飛ぶことも歩くことも出来ない身体になってしまいました」


 落ち着いた声で語る黒百合隊長を、わたしはまじまじと見つめた。

 それは、出会った頃から恐ろしくて訊ねられなかった事でもあった。日が昇っているうちは白蓮様が戦うように、日が沈んだときは黒百合隊長が戦っていたのだろう。

 しかし、黒百合隊長はもう戦えない。その分を今は月夜先輩が担っているわけだが、彼女はわたしと同じ怪獣。オロチに殺される心配はないものの怪獣を封じる力もない。


「これは確認ですが、そっとしておく……という選択肢はないのですよね」


 月夜先輩が冷静かつ切り込むように質問をすると、黒百合隊長もまた即答した。


「ええ、ありません」


 きっぱりと切り捨てるようなその言葉に、わたしは息を飲んでしまった。


「オロチは危険人物です。無邪気な少女というだけならばどんなに良かったか。問題は、癇癪を起すことなのです。癇癪を起すと災害が起こる。その力をかつては制御出来ていたようなのですが、今はもうそれも期待できません。だから、封じるしかないのです」


 かつて黒百合隊長を傷つけたその怪獣を。

 しかし、わたしは不安だった。天子の時はあれだけ苦労してやっと封じることが出来たのだ。それまでにどのくらいの時間がかかったことか。彼女はまだ人の心を乱すという悪事であったから、大多数の人に対して速やかに悪影響を及ぼすような怪獣ではなかった。

 しかし、オロチは違う。十年前の水害のことは、今でもたびたび地元のニュースでも取り上げられるほどだ。あれがまた起こったら、それも長期的な問題と化したら、この町はいったいどうなってしまうのだろう。


「質問があります」


 すっと手を挙げたのは小雨ちゃんだった。

 黒百合隊長が促すと、小雨ちゃんは猫のような目を細めて問いかけた。


「オロチの属性は水、でしたね。封じる力を持つ人は誰がいるんですか?」

「ええ、お答えしておきましょう。オロチを封じられる天狗は、白蓮、銀、翠、そして私の四人です。けれど、銀の持つ地の力では無理があります。私の事は言わずもがな。ですので、今回は白蓮と翠にかかっています」

「翠さんもその資格があるわけですね?」


 小雨ちゃんが確認するように繰り返し、黒百合隊長は冷静に頷いた。

 天子の時よりは条件がいい。あの時は白蓮様しか頼れなかった。捕獲したのが夜であったから、死に物狂いで九尾の力から青龍を守り続けたのだ。そのため、天子にも疲れがあったためだろう。朝日が来ると同時に斬り込んできた白蓮様は、見事としか言いようのない手際の良さで天子の命を断ち斬ってしまった。

 今回は翠さんにもその資格があるわけだ。藍さんにわたしの命を奪う資格があるように、翠さんにはオロチの命を奪う資格が与えられている。

 しかし、黒百合隊長は実に慎重な意見を口にした。


「まずは捕獲が重要です。今夜も月夜には向かって貰いますが、相手は天子よりもずっと長く生き延びてきた敵対怪獣です。油断してはなりませんよ」

「ええ、分かっております」


 黒百合隊長の言葉に、月夜先輩は静かに頷いた。

 圧倒的な水の力を操るオロチが相手といえども、夜の時間における月夜先輩は互角以上に張り合える。それこそ、昼の時間における白蓮様並みに戦うことは出来る。封印する力はなくとも、天子を捕まえたときだって月夜先輩は活躍してきた。

 犬神がどれだけ強いのか、わたしには分からないけれど、オロチだって捕獲できる日が早めに来ると信じたかった。


(何にせよ、この度の我らは苦戦を強いられることだろう)


 レッドドラゴン様の言葉が聞こえ、わたしも内心同意した。

 オロチは水。わたし達は炎だ。不利属性というのがどういうことなのか、わたしはちゃんと覚えていた。裁きの聖域における天子──九尾の振る舞いのことだ。

 結界を破って逃れようとした彼女は、己の持つ金の力に弱い木の力を持つ青龍へと牙を剥いた。そのため、わたし達は白蓮様が復活し、駆けつけるまで青龍を防衛することに専念したのだ。

 今回の不利属性は炎。つまり、わたし達である。オロチはきっと聖域の南を守る朱雀を破壊しようともがくだろう。その朱雀を守ることになるはずなのだが、不利属性ということ自体がわたしは怖かった。

 九尾の時のようにはいかない。せめて足手まといにならないように気を付けなくては。


「ところでさぁ、隊長」


 と、そこへ真昼ちゃんの実に気の抜けた声があがる。

 黒百合隊長が促すより先に、真昼ちゃんは物怖じすることなく問いかけた。


「前に言っていた乙女って人はどうなっちゃったのか分かったの? 仮に何処かで討伐されていたら、情報共有とかあるんじゃないの?」


 その問いに答えたのはバタ子だった。


『ええ、その通りよ。だから色んなところに何度も問い合わせているんだけど、今の所、乙女らしき人物が怪獣として討伐された記録はないみたい。だから、どこでどうしているのか分からないの。彼女がいてくれたら百人力なんだけどなぁ』


 バタ子の答えを横で聞きながら、黒百合隊長は冷静な視線をこちらに向けてきた。


「とにかく、分からないものは頼れません。今は私たちで何とかするしかありません」


 その言葉にわたし達は恐る恐る頷いた。

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