■50.「ちうごくの無限セんスん艦作戦は流石に卑怯すぎるだろ。流石きたないちうごく汚い(日本語)」(後)
中国人民解放軍海軍の潜水艦が悲惨であったのは、誰にも顧みられないことだ。
前述のとおり、外界と遮断される潜水艦は、被撃破・被撃沈の憂き目に遭っても司令部に気づかれない可能性がある。それどころか残酷なことに、高度に行動を秘匿される彼らは党幹部・軍幹部にとっては非常に“好都合”な存在であった。航空戦や水上戦とは違い、“目撃者”はほとんどいない――潜水艦の損失は比較的隠匿しやすい事象だった。
故に、祖国と党に忠誠を誓った彼らは、その献身を讃えられることはない。
「心配することはない」
091型攻撃型原子力潜水艦『405号』は、開戦前に太平洋へ脱していた潜水艦の1隻である。
彼女は山東省青島市にある北部戦区海軍潜水艦第1基地を開戦前に出発後、沖縄本島・宮古島間を航行して太平洋方面へ南進。その後は最深部約7000m級の琉球海溝周辺に隠れ、開戦の瞬間を待っていた。
攻撃原潜『405号』は1990年に就役した旧式艦であり、沖縄本島・宮古島間を通航した時点で日米側にマークされる可能性があることは、『405号』艦長の程仁富海軍中佐も、同階級の政治委員も覚悟していた。
しかしながら彼らは、開戦後の行動がうまくいくことを信じて疑わなかった。
「先島諸島から沖縄本島にかけての航空優勢は、緒戦の弾道・巡航ミサイルによる制圧攻撃と圧倒的な空軍力によって確保されている。つまり敵の航空機による対潜哨戒網は手薄になっているはずだ」
潜水艦第1基地におけるブリーフィングではそういうことになっていたし、程仁富海軍中佐も納得していた。
通常動力潜水艦に比して原子力潜水艦が幾ら優速だといっても、海上自衛隊のP-3CやP-1の巡航速度にはかなわない。だがその悪夢のような固定翼哨戒機は、滑走路が吹き飛ばされた航空基地で足止めを食っているか、あるいはスクラップになっているはずであった。
(いくら対潜水艦戦術に精通しているとはいえども、我が空海軍機の脅威に晒されている状況では何もできまい)
というのが『405号』乗組員の共通見解であり、「俺たちって出番あるのかね。だって浮かんでいる水上艦は空対艦ミサイルで全部沈んでるだろ?」と真顔で愚痴る下士官もいるほどだった。
その後、水中排水量約5500トンの怪物は開戦を知るとともに、沖縄本島南東沖へ向かった。
同海域に遊弋していると思しき敵機動艦隊への攻撃命令が下ったためである。
そして何の戦果も得られないまま、撃破された。
数回の改修工事が行われたとはいえ彼女が放つ雑音は未だにうるさすぎたし、何の考えもないままに海上自衛隊が展開していたソノブイによるバリアに突っ込んでいった。
「20年前からまるで進歩していない」と講評したのは、護衛艦『いずも』に座乗する第1護衛隊群司令の東雲司海将補である。
20年前、というのは2004年に091型原子力潜水艦が起こした領海侵犯事件のことを指している。その際、該当艦は海上自衛隊の追跡を振り切ろうと四苦八苦したが、護衛艦やP-3C、哨戒ヘリといった航空機によって完全に捕捉され続けた。実戦ならば、原潜は短魚雷を以て始末されていたであろう。
さて、程仁富海軍中佐ら幹部たちの予想は半分当たっていた。鹿児島県鹿屋市の海上自衛隊第1航空群や、沖縄県那覇市の海上自衛隊第5航空群は基地滑走路の復旧が間に合っておらず、確かに身動きが取れない状況であった。
しかしながら一方で彼ら潜水艦乗りたちが期待するほど、沖縄本島周辺海域の航空優勢は確立されてはいない。
確かに中国共産党首脳陣が徹底的な通商破壊を宣言した手前、潜水艦による作戦を絶対に成功させようと海軍関係者は鼻息荒くしており、援護のための航空作戦を発動していた。具体的には沖縄本島の制圧と同空域からの敵機排除を、Su-30MK2戦闘攻撃機から成る海軍航空隊第4師団に命じている。
ところがこれは容易に退けられてしまった。
「調子にのるなよ本気出すぞ。リアル戦争フレ(自衛隊)とフうソスはかなりの戦闘力持ってるからな。空戦は俺たちにとっては神の贈り物だが、お前らにとっては地獄の宴だからな。お前らの一般戦闘機はラはぁーるとライんとニんグを前にみんなシャッタアウトだ(日本語)」
先に触れた航空母艦『シャルル・ド・ゴール』所属の艦上機ラファールや、護衛艦『いずも』から発艦したF-35Bが沖縄本島周辺空域に展開すると同時に、島内の防空網が活性化し、沖縄本島は瞬く間に巨大かつ強力な防空陣地となった。
「ダメだ、退け!」
攻撃隊を率いる編隊長は独断で撤退を指示した。
鳴り響く警報と、島内から伸びる白煙。Su-30MK2の操縦士らは高空から襲いかかる艦上機と地上の陸自第15高射特科連隊――天地挟撃を受け、這う這うの体で機首を翻すしかなかった。
であるから、護衛艦『いずも』や沖縄本島から発艦する対潜ヘリは、沖縄本島南東沖の対潜哨戒をやるのに何の制約も受けず、急速に接近しつつあった091型攻撃原潜を捕捉し、一方的に駆り立てることが出来たというわけである。
他方、攻撃原潜『405号』とは毛色の違う潜水艦もまたいる。
「司令部からの命令は沖縄本島周辺海域への襲撃ですが――」
「?」
最新鋭の通常動力潜水艦となる039B型潜水艦『339号』は、沖縄本島東方約350kmの大東諸島周辺海域にて東部戦区共同作戦司令部からの命令を受信したが、艦長の李博庶海軍中佐と同艦の政治委員を務める葉丁海軍中佐はそれを「謀略電波だ」と断じて無視した。
そのまま潜水艦『339号』は、緩慢な速度で北上していく。
(? なんで司令部はいちばん警戒が厳しいところに突っ込ませようとしてんだか)
葉丁海軍中佐は内心で舌打ちした。
潜水艦は鈍足で打たれ弱い兵器だから、航空機に支援された水上艦隊を積極的に攻撃するのには向かない、というのが彼の考えだ。隠密性を活かして敵の後背に入り込み、“存在する”あるいは“存在するかもしれない”恐怖を与える方が潜水艦らしい戦い方だと思っている。
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次回更新は2月3日(木)を予定しております。




