6 白に金
私が壁に掴まりながら、持たされたワンピースや着替えた男性服とブーツを持って、あの華奢すぎるハイヒールで廊下を歩いていたら、後ろからにゅっと手が伸びてきた。
「コ、コンラッド様」
「女性がその靴でそんな荷物を持つ物では無いよ。貸して」
私は素直に持ってもらうと、両手で壁にすがった。中々バランスが難しく、足を捻りそうなのと、この靴に全身を預ける勇気が出なくて、それはもう生まれたての子鹿のように膝が震えているのだ。
荷物を片手に抱えたコンラッド様が、失礼、と言って私の腰を抱き寄せ、腕に寄り掛からせる。
「私が支えているから大丈夫。靴は壊れないから、そうだね……君は男性らしい歩き方に慣れている。歩幅は半分、あとは、爪先をいつもよりは中に向けて。カーペットの上を歩く靴だからね、ゆっくりいこう」
私が見上げるほど背が高いコンラッド様に言われるまま、腕に寄りかかって支えてもらい、言われた通りの歩調と形で歩いてみる。
少しもどかしいが、壁に掴まり立ちをして歩くより遥かにいい。先程のように膝も震えないし、バランスが取れる。
「女性のことを、よく見てらっしゃるんですね」
「立場上、商談相手のご令嬢をエスコートする事があったからね。歩幅を合わせたりは慣れているよ。……君のその姿には慣れないな、いつも綺麗だけど……今日は特別に可憐だ」
「……からかわないでいただきたい」
「本心だよ、キャロル」
真剣な声にふとそちらを見ると、そっと私の短な紫紺の髪に唇が触れて離れていった。
少し熱に浮かされたような濡れた緑の瞳と目が合うと、途端に恥ずかしくなる。
(こ、この人は私の何が一体……)
「ドレスは決まった? 君の希望を聞いて合わせて私も仕立てるのだけど、どんな物にしたのかな」
「え……、そんな、コンラッド様に合わせましたのに。私はドレスに惹かれないので……、あぁでも、マダム・フィルが熱心で……白に、金糸の縫い取りをお願いしました。思い出の服なので」
私の言葉に今度は驚いたように目を見開いたコンラッド様は、柔和に微笑むと階段に差し掛かり更に体重を預けるよう腰を引き寄せた。
「どんな思い出?」
「恥ずかしいのですが……初めての社交界デビューの時に、私は令息と間違えられたまま談話室に混ざることになりまして。そこの、葉巻の匂いで酔って倒れてしまったんです。どなたかが抱き止めてくださって……その後、別室で介抱してもらったのですが、あまり覚えてなく……運んでもらった時にうっすら目が覚めて、白い上等な服に、金の縁取りと刺繍が美しくて。恥ずかしい思い出ですが、その白と金が忘れられないのです」
「……その人と結婚したかった?」
コンラッド様の問いかけに私は慌てて首を横に振った。そんな風には考えた事がなかった。
「いつかお礼を言いたいとは思っています。その時は顔も拝見できず……それに、男装の下は女性物の下着なので、紳士な方はタイと第一ボタンだけ緩めてくださっていた。私の立居振る舞いは兄の真似ですが、心はその人のようにありたいと思っています」
ふむ、と何か考え込んだコンラッド様は、小さく噛むように、妬けるな、と呟いた。
ならば、あれはコンラッド様では無いのだろう。そう思ったら、なんだか、少しだけ残念だった。
そんな話をしているうちに自室の前に着いたので、慣れて立てるようになった私は荷物を受け取った。
「助かりました。式までに、慣れておきます」
「私は少し忙しい身だから、あまり顔は出せないかもしれないが……季節を逃すと延ばし延ばしになるからね。顔を出せる時は出すけれど……1ヶ月後、5月に会おう」
「はい、ありがとうございます。お身体にお気をつけてお過ごしください」
私が笑顔でそう告げると、眉を顰めたコンラッド様に抱きしめられた。紙袋に入ったワンピースやブーツが手から落ちる。
「君と、直に話して、触れて……私は君無しではこんなに寂しいというのに。離れ難いのに……、あまり、可愛く笑わないでくれ。心配になる」
「コンラッド、様……」
抱きしめる腕に力が篭る。私は胸元にすっぽりと収まってしまって、結局、女、であることを実感する。
そして、抱きしめているのが美を体現する男性であることも、意識してしまう。
「……大丈夫です、私は、貴方の妻になるので」
「……わかっている」
「会えないのなら、手紙を書きます、ええと……天気の話以外を、なるべく」
「うん……」
「子供みたいですよ、コンラッド様」
小さく笑って背に腕を回して撫でると、少ししてからやっと解放された。と、同時に流れるように手を取られる。
「愛しい君と離れるのが辛いが、手紙を、心待ちにしている」
それが限界だったのか、これ以上未練を見せたく無いのか、泣きそうな顔で手の甲に唇を寄せると去っていかれた。
私はまた固まってしまって、エントランスを出るコンラッド様の背を慌てて二階から視線で追いかけた。
あんな顔をされては、私まで、寂しいのが移ってしまう。困った人だ。