4 自分で歩けますが?
「分かった。では、行こうか」
「は、い……」
思わず、ゔ、と鈍い声が出てしまうほど身体が重い。コンラッド様が先に立ち上がり、私の椅子を私が乗ったまま軽々と引いて、なんと座った状態から膝裏と背に腕を回して抱き上げられた。
「うわっ……?!」
「動くのも辛いだろう。馬車まで、このまま。掴まっていてくれると嬉しい」
自分で歩けますが、と言う前に歩き出してしまったので、どこに掴まればいいか考えてから緩く首に腕を回し、肩に手を置いた。
こうしていると分かる。私は所詮ただの男装をした女で、コンラッド様のように鍛えられた体ではない。こんなに首も太くないし、抱き上げられていて落とされるかもなんて心配は微塵もわいてこない。
しかし、傍目には立派な体躯の男性に抱えられたひ弱な男に見えている事だろう。コンラッド様は有名人だ、とくにこんな高級ホテルでお茶をするような貴族たちには。
彼に悪評がつくのは嫌だが、私を抱える腕は力強く、痛くはないが振り解けそうにもない。
「あ、の……」
「なんだい? キャロル」
「誤解を受けますよ、その、そちらの趣味では無いのなら……」
「心配ないよ。私にそのような趣味はないし、今度我々は結婚するのだから。噂をする方が恥というものだ」
あまりに堂々とした態度に感銘を受けつつ、結婚はやはり、しましょうと言ったからにはするしかない。
それにしても、初回でこんなことをされて、今後一体何をされるのかが恐ろしい。私はドレスを着たことがないのだが、こんなに髪が短くて、顔は女性的でなくて、ドレスやハイヒールで歩くことに慣れてない女で大丈夫なのだろうか。
見合いだというのに化粧もしてこなかった私のどこがいいんだろう、とふと顔をコンラッド様に向けると、こちらを見てふと笑った。嬉しくて仕方がないというように。
私は大量のお菓子が座席の後ろに乗せられた馬車に座らされると、その向かいにコンラッド様が座った。
御者に、メイプル伯爵邸まで、と言って馬車を出す。
あまり揺れない、高級な馬車というのはこんな乗り心地なのか、と思って、気持ち悪くならなくて済みそうだと息を吐いた。
まだ背中や膝裏が熱い。あんな風に抱き上げられたことなど無かった。
「あの……」
「なにかな?」
「どうして……、私なのでしょう? 物珍しいからですか?」
彼はその問いに微笑んで誤魔化すだけで、答えはしなかった。
狡い、と思う。私は政略結婚で、条件を満たしていて、……何か裏があると思っていたのに……、逆に裏がない。
怖くもある。女としての魅力は私にはない。公爵閣下の妻としてやっていく自信は無い。雑務係位ならばなんとかこなせる気もするが。
屋敷に着くと、御者に大量のお菓子を持たせて、私はまたコンラッド様に抱き上げられた。
「自分で歩けますが……?」
少し時間が経って、本当に自分で動けるようになったのに、彼は聞いてない風を装ってエントランスまで送ってくれた。
「本日はありがとうございました。また、父を介して書面を交換しましょう」
「私も、来てもらえて嬉しかったよ、キャロル。そして、結婚に応じてくれたことも」
「……政略結婚ですので、私がこの形でもコンラッド様が構わないのなら」
「いつか、君を夢中にさせたくなるね。私は君に夢中だから」
コンラッド様はそう言って、私の手を取り甲に唇を落として去って行った。
私はそのまま固まってしまって、ロクな挨拶もできずに彼を見送った。