16 「見せびらかすのではなかった」
翌朝、目が覚めたらベッドサイドの椅子にコンラッド様がいて、度肝を抜かれた。
昨夜は怖くて怖くて、コンラッド様の腕の中でしか安心できなくて、泣いて疲れて眠ってしまった……のは、うっすら覚えている。
ずっと、大丈夫だよ、もう怖い思いはさせない、と抱きしめて背を撫でてくれていたコンラッド様のお陰で今は怖くはないが……。
寝巻きに着替えさせられて、化粧も落とされている。これは侍女がやってくれた事だろう。
夏だからといって、上着一枚羽織って椅子の上で座って寝るなんて……、ご自分は着替えもしてないようだ。私がもしかして、泣いてせびってしまったのかもしれない。側にいてと。
起き上がって、手元に置いてあるショールをコンラッド様にそっとかける。長い睫毛、彫刻よりも無駄のない美しい男性。この方が私の夫で……私たちは、まだキスのひとつもしていない、白い結婚だ。
「コンラッド様……」
小さく名前を呼ぶ。私は、触れられるならこの方がいい。この方以外は嫌だ。結婚しているから当たり前だけれど、改めてそう思う。
政略結婚と聞いた時には覚悟をしていたが、今ではすっかり私はコンラッド様に心を許している。甘えている。
彼が私を女として扱ってくれることのありがたさを知ってしまった。今後、女として私はコンラッド様の横に立つ。社交もしていかなければならない。
こんなに女として未熟な私でもいいのだろうか。こんな私がいいと言ってくれていたけれど、男装の方が楽で安心できる、なんて公爵夫人で構わないのだろうか。
いまさらそれを言ったら怒られそうだから、そっとそれは胸の中にしまっておく。
侍女が起しにくるまでまだ少し時間がある。コンラッド様の寝顔を見ているだけで、心が安らぐ。
ベッドで寝かせてあげたいけれど、よくお休みになっているし、起こすのも憚られた。
「……好きですよ、コンラッド様」
「本当かい? 怖くなっていない?」
私の独り言に、パチリと目を開けたコンラッド様が心配そうに尋ねてきた。
顔が赤くなるのが分かる。狸寝入りしていたのか、とビックリしたが、本当の気持ちなので私は小さく頷いた。
「助けてくださってうれしかったです。……私は、男装は仕方なくでしたが、思い上がっていた部分もあったのでしょう。どうしようもなく……私は女で……、コンラッド様が好きです」
「白地に金の君よりも?」
きょとんとしてしまった。突然何をと思ったが、あぁ、と思い出して笑う。
「あの方は恩人です。私が好きなのは、見合いの時からずっと私を喜ばせ、気遣い、大事にしてくださるコンラッド様です」
微笑んで告げた私に、コンラッド様はほっとした顔で、そっと手を伸ばしてきた。頰に触れる節張った長い指に、自分から甘えて擦り寄る。
「……見せびらかすのではなかった」
その様子を見たコンラッド様が口の中で呟いた。
彼は少し身を乗り出して、私の頰を片手でくるんだまま、額に唇を落とす。
「しばらく社交は禁止。外出もだ。男装でもダメ。とにかく、部屋から出ない事。じゃないと私が心配でどうにかなる」
「……部屋からも? お屋敷の敷地からではなく?」
「使用人にも我が家の文官にも武官にも出入りの商人にも男がいる。だからダメ。私がそばにいる時ならいいけれど」
余りに真剣にそんな事を言われてしまったものの、たしかに今男性と出くわすのは怖い。
私はいつ期限が明けるか分からない軟禁生活に、はい、と同意せざるを得なかった。




