6 双子の龍
「ただいま戻りましタぁ!」
「ただいま戻りましタぁ!」
ひたすらお辞儀合戦のようになっていた部屋の外から、大きな声が響いた。
その言葉から推察するに、声の主は玄関ないしはその周辺にいるのだろうが、随分とよく通る声だ。
さらに推察するなら、帰宅したのは二人であり、先ほど頭を下げた朽葉さんの言った、『残りの使用人』だろう。
二人で揃っていた声は、片方は男性で、もう片方は女性の物に聞こえた。
だが、男女とは言っても、二人の声には幼さが垣間見えていて、少年と少女と称した方が、より的確かも知れなかった。
朽葉さんがいの一番に反応して、さっと立ち上がって部屋を出て行った。
あまりの速さにポカンとしてしまったが、焔様の視線を感じて居住まいを正した。
はじめは何やら賑やかな空気を感じた部屋の外だが、次第にそれらは形を潜めて、終いには静かになってしまった。
「あの、挨拶に…」
行ってもいいかと言い切るより先に、すたん! と音を立てて障子が開け放たれた。
立っていたのは案の定、赤い髪の少年と少女だった。
揃いの山吹色の着物がよく似合う、可愛らしい子たちだ。
その後ろを申し訳なさそうな顔をして付いてきたのは朽葉さんだ。
「ほむらサマ、ご成婚おめでとうございマス!」
開口一番にそう叫んだのは少年の方で、黄金の瞳はきらきらと純粋な色に輝いている。
「ホタルさま、ようこそ我が家へ! 歓迎しマス!」
少年の声に反応するより先に、やっぱり元気よく大声を上げたのは少女の方だ。
少年と同じ色をした瞳は、やっぱりきらきらと輝いていて、無垢な子どもを思わせる。
二人ともどことなく不思議なイントネーションで話すが、それが可愛さに拍車をかけている。
「私はこの屋敷の使用人、龍樹と申しマス!」
「私はこの屋敷の使用人、龍海と申しマス!」
少年が龍樹、少女が龍海と名乗った。
その勢いのまま、2人は言葉の活発さとは裏腹に、丁寧にお辞儀をしてくれた。
そして、声を揃えて「よろしくお願い申し上げマス、奥サマ!」とやっぱり快活に言い放った。
勢いに押されかけながら、こちらも何とか頭を下げる。
「よ、よろひくお願いします」
私の方が年上だろうに、なんだこの体たらく。
仕舞いには噛んだ。恥ずかしい。
なのに、二人は馬鹿にする様子もなく、にこにこと笑っている。
…内心でどう思っているかは別として。
「その双子は龍の魔物だ。そう見えて歳をくってるからな。甘やかす必要はない」
え…あぁ、そうなんだ…?
焔様の言葉に思わず二人を観察してしまったが、どっからどう見ても10歳くらいの可愛い子たちだ。
というか、龍だというのに、それらしさを感じない。
イメージとしては、こう…爬虫類のような気がしていたが…。
化けているのだろうか?
「奥サマ、解りやすいねェ!」
「もちろん、私たちのこの姿は化けてマスよぉ!」
くすくすと笑う姿も完璧にやんちゃっ子だ。
元がどんな姿かは知らないが、見事な化けっぷりである事に違いはないだろう。
二人はぱたぱたと可愛らしく部屋へ入って、焔様の前に並んで座った。
「天龍の里はどうだった?」
「ハイ。皆息災でしタ」
「ほむらサマにお会いしたいと言われマシタよ」
焔様の静かな声に、元気な返事。
朽葉さんは何か言いたげな顔をしていたが、そのまま部屋を出た。
にしても、友好的な魔物は珍しくないが、人に近い者を見るのは初めてだ。
と、そこまで考えて、それこそ自分の旦那になった鬼は、生物学上動物なのか魔物なのか、どちらなのかを知らないという事に気付いた。
………まぁ、知らなくても大した問題では無いだろうけど。
「朽葉に渡しましたけど、お土産ニ、お酒を頂きましたヨ」
「あと、美味しイ美味しいお魚、頂きましたヨ」
丁寧語だし、姿勢こそ正しいが、彼らは主人であるはずの焔様に、随分気安い態度だ。
そして焔様も、それを咎める気配は全く無い。
それどころか柔らかい雰囲気で、それを当然の事として受け入れているようだ。
彼らのそれは、主従というより、純粋な家族のような繋がりに見える。
「そうか、あとでいただこう」
焔様は何処となく嬉しそうだ。
酒が好きなのか、魚が好きなのか、はたまた別の要因があるのか。
どちらにせよ、甘やかしているのは焔様ではないかと、密かに思った。
まあ、私は上下関係や主従関係に慣れてないし、気安く居られるのならそちらの方が楽なんだが。
なんてったって面倒くさい。いかんせん面倒くさい。とにかく面倒くさい。
立場を理由に媚び売るのも売られるのも、性に合わない。何より苦手だ。
「にしても、ほむらサマ」
「私どもの居らぬうちに」
「ヨメを貰うなど」
「何故教えてくれなかったノですカ?」
「龍海は」
「龍樹は」
「寂しい思いをしましタよ!」
「悲しい思いをしましたヨ!」
…二人で交互に話して、それが1つの文になってる…。
私が知る双子よりすごく息が合っている。
ある意味、世間が夢見る『双子』のイメージそのままだ。
因みに私が知る双子というのは、前世の妹たちの事だ。
私には妹がいて、彼女たちは双子だった。
というか、この双子は何時からこの家を空けていたのだろうか。
少なくとも一週間以上だろうが、そんなに長い間、『てんりゅうのさと』とやらに、何をしに…?
…里帰りとか?
というか、てんりゅうの里って何だろう。電流? ではないよね。転流? 点流? 天留?
どれにしても意味は解らん。
「お前たちが出て直ぐに決まったのだ」
焔様の言葉に、双子は顔を見合わせてから空を仰いだ。
少しの沈黙の後、今度は揃って私の方を見た。
じいっと四つの黄金の瞳に見つめられ、居心地がよろしくない。
…なんだろう…白い、とか思ってるのかな?
双子はやっぱり揃って焔様の方に向き直って、声を揃えて言った。
「拐かしは犯罪ですヨ」
この子たちは自分の主人をなんだと思っているのか。
思わぬ発言に目を丸くしたのは私だけではなく、焔様も同じだったようだ。
「…ふへっ」
だが余りにも予想外の発言に、ついに私は笑ってしまう。
だってかどわかしって…。
私が、誰もが欲しがるような才女や美姫であるならまだしも、カビムシとさえ呼ばれていたような生贄だ。
前世もそうだったが、今世も、私は決して美女ではなく、特別な才もない。
それを態々拐かすなど、随分なもの好きだ。
なのに。
「別に良いだろう。娘の一人くらい」
焔様は否定せず、それどころか肯定的な発言をした。
あまりの衝撃に、笑いも引っ込んだ。
双子も驚いたのか、がばりという音が出そうな勢いでこちらを見た。
…え、困惑してるのは私も同じなのですが…。
ぽかんとした顔が三つ、お互いを見ていた。
「だから逃げられると困る。龍海、世話を頼むぞ」
ぎょっとして焔様を見るが、本人は至って涼しい顔のままであり、冗談なのかそうじゃないのかも、その表情からは区別できない。
その瞳には、相変わらず熱など全くと言っていいほど無くて、より困惑する。
ただ単に、龍海…ちゃん? さん? を、私の世話係に任命したかっただけなのか…。
わかりづらい冗談で、場を和ませたかっただけなのか…。
思わず途方に暮れて双子を見やれば、彼らは珍しい石を見つけた子どもの様な顔で、焔様を眺めていた。
「返事は?」
そう催促されて初めて、龍海ちゃんは「ハイ」と大きな声で返事をした。
そしてこちらに向き直り、少女は頭を下げた。
慌ててこちらも頭を下げたが、「よろしくお願いします」の声は、情けないほど小さくて、彼女に届いたかどうかも怪しい。
だが、彼女は下げた頭を上げないまま、ハイ。と、もう一度返事をした。
うん。この子、すんごく可愛い。