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13 食器と布団とナンパ

昼食は家具屋の近くにあった茶屋に入った。

特筆する出来事は無かったが、強いて言うなら山のような荷物を一人で持っていた龍海ちゃんに、店中の視線が集まったということくらいだろうか。


茶屋とはいうが、食事もしっかり提供され、私はうどんを、朽葉さんは山菜定食を、龍海ちゃんは焼き魚定食をそれぞれ食べた。

龍海ちゃんは人の多い所では声を出さないらしく、特に会話が弾むでもなく、さっさと食事は終わってしまった。


「さて、次ですが」


「はい」


「奥様の食器と寝具を見繕いましょう」


確かに、箸も茶碗も布団も大事だ。

やや急ぎ足でさくさくと進む買い物だが、あの山を登って帰る事を思えば、うかうかしてはいられない。

明日でもいいじゃないかと思わなくもないが、私はともかく、彼女たちは人間の群れの中にいるのは苦痛かもしれない。

なるべく早く用事を終わらせた方が、彼女たちの為でもありそうだ。


「まずは食器でしょうか。陶芸屋が、ここから近いはずです」


朽葉さんの言葉に、声なく頷いた龍海ちゃん。

にこにこした顔が本当に楽しそうで、ついこちらまで笑顔になる。

軽く食休みを済ませ、会計を済ませて外へ出れば、少しだけ人通りの多くなった道が賑やかになっていた。


脇目も振らず目的の店に着き、戸を叩く。

一見してそれと分からぬ古びた家屋だ。

今まで来た店もそうだが、ここも行きつけなのかも知れない。

そして今回も、龍海ちゃんは店の外で待機だ。

…なんだか申し訳なく感じるので、早めに食器を選ぼうと思う。


「茶碗と、湯呑みと箸と…丼を見ましょう。その他にも気に入った物がありましたら、遠慮せず教えてください」


「はぁい」


やりとりが従者と奥様というより、親と子どもだ。


「あと、慌てずゆっくり選んで下さい」


「あ……ハイ」


ついつい急がなきゃと焦っていたようだ。

朽葉さんに言われてはじめて自覚した。

早いに越したことはないだろうが、そのせいでいい加減なものを買うほうが後のためにならないだろう。

一回深呼吸をしてから、並ぶ茶碗に目を向けた。

陶芸屋とは言っていたが、箸や鍋なども置いてあり、単純に食器屋と言って良さそうだと思った。

…が、何か矜恃でもあるのかもしれない。


木と違って、陶器の良し悪しはよく分からない。

結局デザインと手触りで選ぶことに。

残念ながら箪笥の時のような運命的な出会いはなかったのだが、十分気に入った茶碗を見つけることができた。

すこしザラついた手触りの真っ白なシンプルな茶碗だ。

因みに黒もあって、はじめはそれを選ぼうと思ったのだが、焔さんの茶碗が黒いと聞いて、なんとなく白を選んだのだ。

ちなみに、丼もそれのお揃いのものを選んだ。


湯呑みも白く、こちらはワンポイントに梅が咲いたものだ。

これは一目惚れ。でも使い勝手も良さそうだ。

ついでのように箸も選んだ。

箸は持ち手が赤く、先が黒いもの。

箸に描かれる花というと桜や梅が多いイメージだったけど、これにはスミレが描かれていた。

湯呑みには梅が咲いていたのでどうしようかと悩んだのだが、思いの外手に馴染むので結局それにした。


「ありやとやしたー」


やる気のない店の主人の声を背中に、戦利品を抱えて出る。

嵩張るものでもないし重くもないので、自分で持つと説得した結果だ。

朽葉さんは少し不満そうだったが、布団は遠慮なく頼むと言えば機嫌を直した。

むしろ私の方がそんなに至れり尽くせりで良いのだろうかと不安になるのだが。


「別にいいじゃん、ちょっとくらいさぁ」


「お茶しようよぉ」


店先で待機していた龍海ちゃんに声をかけようとしたが、それより先にアニメかドラマのような台詞が聞こえて思わず閉口する。

見れば、黙ったまま首を横にふっている龍海ちゃんを囲む男が二人。

別に他人の趣味嗜好に文句を言うつもりはないけど、龍海ちゃんの見た目は10歳くらいだぞ。

これが勇気を振り絞る幼い少年だったら微笑ましく眺めていられたのかもしれないが、いささかこの光景は犯罪の香りがする。


「おとーさんとおかーさん、いないんでしょお?」


「あれぇ? もしかして迷子ちゃんなのぉ?」


字面も声色も顔面も、残念ながら犯罪者のそれである。

妙に伸びた語尾は優しさより馬鹿っぽさと気持ち悪さを強調してるし、もうフォローできないくらいアウトだった。

相手が普通の女性でも余裕でアウトだ。

というか前世は朧なので除外するにしても、今世初めて見て遭遇したナンパがロリコンて…。


「私の娘に何かご用でしょうか?」


どうするかと考えるより先に、あっさりと朽葉さんが龍海ちゃんと男たちの間に割り入った。

…まぁ朽葉さんはとんでもない美女だし、龍海ちゃんも美少女だけど、ちょっと親子は無理がないかなぁ。

というか私も助けに入るべきだよね。相手がロリコンとはいえ、朽葉さんでは美女がすぎる。

その証拠に、相手は突然の美女の登場に赤面してる。


「ごめんなさいね、一人にして。行きましょうか」


ナンパたちが何も言えないのを良いことに、朽葉さんは龍海ちゃんを促す。

頑なに黙っている龍海ちゃんは、それでも嬉しそうに笑って頷いた。

あ、これなら私は要りませんね。はい。


「お、おい」


我に帰った男の一人が声を上げるが、それより早く龍海ちゃんが脇に置いていた風呂敷という名の服の山を持ち上げた。

…やっぱりマンガみたいな凄い光景だ。

その感覚は男たちも同じだったようで、呼び止めようと挙げた手をそのままに、ぽかんと間抜けな顔を披露してくれた。

どうあれ追撃が無いならいいだろう。


「奥様、お待たせしました。大した用事ではないようですから、行きましょうか」


「…そうね」


何となく、自分が細かい事を気にしない性格で良かったと思った。

二人で立ち尽くしてるロリコンさんたちには悪いけど、私たちにはまだ買い物もある。

あまり寄り道していられる余裕はないのだ。

幸い、男たちは追ってこなかった。


それにしても、龍海ちゃんは何でここまで声を出さないのだろうか。

食事の時に朽葉さんが、龍海ちゃんと龍樹くんはそうなのだ、と教えてくれただけなので、その理由までは知らない。

ふぅん、と流してしまったが、ここまで頑なだとは思わなかったので、流石に気になってきた。

帰ったら聞いてみようか。


「次は寝具ですね。特に枕は体に合ったものを選ばねば」


枕という単語で思い起こすのは焔さんの額にある、二本の角だ。

あれは迂闊に寝返りをうったら枕に刺さりそうだけど、だとすればあの鬼は一生うつ伏せになれないのではないだろうか。

いや、ふかふかのよく沈むタイプの枕を使っているのだとしたら、横向きになるだけでも枕のピンチかも知れない。

全く関係ない上に失礼な事を想像して、思わず笑いそうになった。


立ち寄った寝具店での出来事は、正直あまり記憶に残らなかった。

布団も枕もあっさり決まったからだろうか…。いや、多分それ以上に、朽葉さんが正気かと思う量の枕カバーを買ったせいだと思う。

あの屋敷の人数の5倍くらい買ってた。

何のために…と思っていたら朽葉さんは涼しい顔で、「旦那様の分です」とおっしゃったのでそれ以上は聞かないことにした。

やっぱり、あの屋敷で一番怖いのは朽葉さんだと思う。



「ホタルさまは、お花が好きナんですね」


帰り道、森へ入った途端、龍海ちゃんは良く喋るようになった。

人前で話したくないと言うだけで、おしゃべりは好きなのか。

大きな服の山を担いでいるとは思えない快活さが羨ましい。

それは約束通り布団を背負っている朽葉さんにも言えるんだけどね!


「花っていうか、植物が好き、かなぁ」


「随分広くデましたね?」


「うぅーん、花も確かに好きだけど、木肌とか枝振りとか根のはり方とか、葉の形とか色とか、生態とか、そういうのも好きだからなぁ」


「…それは確かニ、『植物』が好きト言われても納得しマすね」


龍海ちゃんのその顔と言葉は、何度か見聞きしたモノと同じだった。


…植物が好きって、そんなに珍しいのだろうか。

花が好きと言えば、女の子らしいとか言われて共感される事も多い。

別に女らしくありたいと思ったことは無いけど、同好の友があるのは素直に嬉しいことだ。

だから、と、その人たちと花の話をすると、ほぼ必ず感想と感覚がズレているのだ。

そして最終的に、呆れの篭った顔で「あんたのそれは花好きってレベルじゃないわ」と言われるのだ。


「私にしてみれば、良く『花だけ』を愛でる気になるなぁと思うんだけどなぁ」


私の独り言は森に溶けて消えてしまった。

が、それは別に大して気にすることでもない。

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