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11 呉服屋

結局、麓へは女子組で行くことになった。

もしかしたら、朽葉さんが角を折ったのも、人間たちのせいなんだろうか…。

気を遣ってか、和気藹々と話をしてくれる二人は笑顔だ。


「ホタルさま、ホタルさま、ホタルさまは何色が好きデすか?」


龍だというこの子も、迫害を受けたのだろうか。

ぼんやりと頭の片隅で、そんな事を考えながら悩んでみる。

好きな色、か。

前世は矢鱈と青いものと黒いものが好きだったように思う。

ぼんやりとしか覚えてない世界だが、私は黒髪だったし、持っていた服やよく使う小物は青や黒系が多かった気がする。


だが、今世に来てそれは少しだけ変わった気がする。

青い色を見るとつい目で追ってしまうが、最終的に手に取るのは淡いオレンジや赤い色だ。

何より、夕焼けの空の色。茜とも朱色とも言えない、黄色も赤も青も交わった、あの神秘の色。


「夕焼け色が一番好きかなぁ…」


前世の記憶のせいなのか、自我が芽生えるのが早かった。

まだ上手く走ることもできない時分に、両親と見た黄昏の焼けた空が、息を忘れるほど美しかったせいだろうか。

深い海の色が好きだったはずなのに、いつの間にか私が手を伸ばす色は変わってしまった。


「神秘的でいいですね。焔様もお好きな色です」


なんと。

朽葉さんが微笑ましそうに笑うのがこそばゆい。

別に、ごますりとかじゃなくて本心なんだけど…。


「そういう朽葉さんたちは何色が好きなんですか?」


「私は空の色だったラ何でも好きデすよ! でも一等好きなのハ、やっぱり青空デすかね」


「私は新緑の色が好きです。春の萌といいますか…明るくて、ぽわぽわした色が可愛くて」


ほほう。

ガールズトークというのはどこにいっても姦しくなるようだ。

時たま響く笑い声は遠くの山で木霊していて、なんだかとっても解放感を感じる。

日の光に少し弱い私にとって、木陰の沢山ある山道は相性がいい。

思いの外さくさくと山を降りることができた。


「まずは何より呉服ですね」


「呉服屋は店主ガ魔人ですかラ、気楽に行けまスねー」


私は感覚として魔憑きはみんな魔物だし、それ以外は全部動物と認識しがちだ。なんなら人間も動物だ。

けど、多くの人は魔を持たないヒトを人間と呼ぶのに対して、魔を宿すヒトを魔人と呼ぶ。

考えてみればそちらの方が気を悪くしなくて済むのかもしれないが、個人的にはその線引きに問題を感じている。


魔人というのは俗称であり、明確な線引きが行われない。

生まれ持って人と同じ姿をしていなければ魔人とは呼ばない人もいれば、姿形は人のそれとかけ離れていても、人語を介せばみんな魔人だという人もいる。

また、『人と同じ姿』という認識にも差がある。角や尾を持つだけで大まかには人と同じであれば『人型』という人もいるし、完全に『ヒト』と同じ姿でなければ『人型』ではないと言う人もいる。

だから人によってあの屋敷は、『人が一人に魔人が二人、魔物が二匹』になったり、『人が一人に魔人が四人』になったり、どうかすれば『人が一人に魔物が四匹』になったりする。


私に言わせれば意思疎通できれば人間で、魔憑きか否かはどうでもいいし、みんなひっくるめてヒトという表現をすれば良いと思ってる。

漢字で人、という表現は魔の無い動物で、それ以外を含めた場合に、ヒトという表現をする。

というかヒトという種族は人間のヒト目ヒト科を示すのであって、それは魔の有無は関係なくそう分類されている。はずだ。

魔を宿すヒトは、例えば焔さんであるならヒト目ヒト科鬼神族という分類で、私のような魔を持たないヒトはヒト目ヒト科ヒト族という…。


ヒトがゲシュタルト崩壊してきた…。


つまり、魔人と呼ぶのには、私は些か抵抗を感じていて、みんなひっくるめてヒトと呼んでいる、ということだ。

ついでに言うと、この件は考えれば考えるほど面倒くさいということでもある。

閑話休題。本筋へ戻ろう。


どうあれ詰まるところ、贔屓にしている呉服屋は魔憑きのヒトが営んでいるらしい。

…魔物とか魔人とかより、魔憑きって表現の方が早くない? とも思うけど、やっぱりそれもヒトによって感覚が違うのだろうと思うから、わざわざ主張することもない。


朽葉さんたちについて来て訪れたのは、山の森が始まる少し手前に位置する呉服屋だった。

すぐ隣に茶屋があるが、場所そのものは寂れていて簡素なところだ。

住宅があるわけでも、人通りの多い道に面しているわけでもない。

だが、案外その方が、ここの客は喜ぶのかもしれない。


『呉服屋 福寿草』という看板は年季が入っていて、店を畳んでいないか心配になる。

だが二人はもう慣れたもので、さっさと戸を開けて挨拶した。


「いらっしゃい。鬼ン所のか」


薄暗い店内では、あまり愛想の良くない初老の男性が、座ってぷかぷかと煙管の煙を燻らせていた。

香りからして、おそらく薬用だろう。どこか患っているのだろうか。


「今日はこの方の服を沢山頂戴したいのですが」


朽葉さんの言葉に、白い眉を片方上げて、ほう? と興味深そうに反応した。

ぱっと見て人にしか見えないが、そういうヒトは珍しくない。

かん、と煙管の灰を落とし、その男は立ち上がった。

そこで初めて気づいたが、男の脚は片方が無かった。

義足というには余りにも粗末な木の棒をくくりつけ、どうにかこうにか歩いている。


「随分と珍しいじゃないか」


「ええ。焔様の奥方です」


「ヘェ、そりゃたまげた。あの鬼にも細君が出来たか」


気安いやり取りに、信頼が見え隠れする。


「まァさか、人間を娶るなんてよ」


「ふふふ、蛍様と仰います。以後、度々世話になりますわ」


笑う美女は眼福だ。

朽葉さんは他人行儀に笑う時が一番艶やかというか、色っぽいというか。

ほけっと見てたら、ほれ、と店の奥に手招きされた。


「蛍と申します。よろしくお願いします」


作法など微塵も分かんないけど、とにかく挨拶はした方がいい。

ぺこりと頭を下げれば、また片方だけ眉を上げられた。

その表情は何を意味してるんだろうか。


「色は?」


「赤い色を中心に、青や黒なども。あと、晴れ着なども一通りお願いいたします」


老人の質問には全部朽葉さんが答えている。

私から何か言わなくていいのだろうかと思ってはみたが、まぁ特別なこだわりがあるわけでなし。

まぁいいか、と、お決まりの文句で受け流す。


藤花とうか! ほれ、客だ!」


老人が怒鳴るように言うと、店の裏からぱたぱたと足音が聞こえた。


「はいはい。弦鹿げんろく様、そんなに怒鳴らずとも聞こえますよ」


現れたのは茶色に焼けた髪に、蜂蜜色の目をした女だった。

頭に紺の布を巻きつけている。


「いらっしゃい。あら、人間なんて珍し…あらやだ朽葉じゃない! 久しぶりねぇ」


随分と忙しい口だ。

溌剌とした口調と態度でにこにこと話を転がしている。


「お久しぶりです。今日は蛍様のお召し物を見繕って頂きたく」


「あらあら、いいわよ。弦鹿様、奥の一角使いますねえ。蛍様っていうのね。私は藤花よ。柄原がらはら藤花とうか。ここでお針子やってるの。まぁ他にも売り子だってしてるんだけど、ああ、こっちへいらっしゃい。よろしくねえ。あらぁ綺麗なお髪ですこと! 服はどの程度見繕えばいいのかしら? 炎の月に入ったとはいえ、まだ涼しい日は続くしぃ…。もしかして冠婚葬祭とか、そういった晴れ着を見に来たのかしら? だったら素敵なのがあるわよ。あら、そういえば新しい染色を試したら、すっごく素敵な色が出来たのよ。お試しと思って着てみない? 普段着用になっちゃうんだけど、物はいいから長持ちするわよ。あらやだ綺麗なお肌してるわねぇ!」


どうしよう、この人は黙ると死ぬのだろうか。

決して早口でも耳障りでもない声なのだが、相槌を打つ暇さえ無い。

矢継ぎ早というのか、マシンガンというのか、どちらにせよ止まる気配がない。

放っといていいのかな…?


「藤花、無駄話はよさねぇか。赤が基準で季節もハレも一式だ。口はいいから手ェ動かせって」


弦鹿さまと呼ばれていた老人が一声かければ、彼女はその間だけ静かに聞き、了解ですと答えた。


「そういえば蛍様は初めましてってことは弦鹿様とも初めましてよね。あらぁ、素敵ね、赤が良く映えるわぁ! 弦鹿様は気にしなくていいわよ。女の着替えを覗くようなスットコドッコイとは違うから。あら、黒に白、青もいけるわ。でも白だと全身真っ白でお化けみたいになっちゃうから辞めましょう。でも待って、小物とかで差し色をすれば案外イケるかも…」


その後の彼女の口も結局閉じることはなかった。

…今朝一緒にいたくせに、もう焔さんの静かな雰囲気が恋しい…。


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