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エリアス、辺境伯領でやらかす

挿絵(By みてみん)

時系列:高潔な聖女なので、聖騎士さまの覚悟を知ってしまった以上、もう何も知らないふりはできません → https://ncode.syosetu.com/n3144ml/

で、辺境伯領にいるエリアスと中央にいるカトレアが文通中

「エリアスの中央復帰を祝して、乾杯!」


 庶民的な酒場で、がきん、とジョッキがぶつかる音が響く。本日、私が中央へ任地替えとなる、という辞令が出た。皆には伝えていないが、近衛の復帰も決まっている。月初めにはここを立つことになる。それを聞いた皆がこうして酒宴を開いてくれた。初めは参加者が数人だったが、あれよあれよと増えていき、いつのまにか聖騎士だけでなく、辺境伯閣下を主とする騎士まで参加する、大きなものになった。閣下自身の姿もある。……愛されている、のだろう。もっとも、単に酒を飲みたいだけ、という可能性も否めないが。


「エリアス、飲んでるか?」


 突如、同僚である聖騎士に、バシッと背中を叩かれる。エールの入ったジョッキを掲げながら「いただいております」と笑った。


「いやぁ、それにしても寂しくなるなぁ。またなんかあったら、こっちに戻ってきていいんだぜ?」

「……ここでの暮らしも楽しいものでしたが、やはりカトレア様のお側にいたいので」

「お前、相変わらずだな」


 彼は豪快に笑うと、「お前、イケる口か?」と聞いてきた。


「……そこそこ、です」


 謙遜まじりに告げる。酒には強い方だ。酔って醜態を晒すのを防ぐため、普段はワインやエール三杯で止める。どうしても断れない時だけ、四杯目に手を出す。

 家族との成人祝いの席で、私の限界を確認した正妃(ははうえ)の指示だ。


「お、よかったよかった。ここの酒、美味いだろ?」

「そうですね。口当たりが軽くて、中央とは違う風味の食事によくあっております」

「だろ?」


 杯を傾けながらそう答えると、彼は機嫌よさそうに笑った。



 酒宴は進む。二杯目は赤ワインにした。ゆっくりとグラスを傾けていると、「お前、綺麗な飲み方するんだな」とからかわれた。


「……そう、でしょうか」

「そーそー。安酒場のはずなのに、宮廷か? って雰囲気で飲んでるぜ? もっとも、見たことはないんだがな。中央の聖騎士って、そんなもんなのか?」

「確かに礼儀などは指導要項に入っておりますが、もっと親しみやすい雰囲気の方もおりますよ。単に実家の影響、です」

「へぇ。王子様みたい、ってモテてたもんな。羨ましい限りだ」

「王子様みたい、じゃなくてガチで王子様、だったはずだ。合ってるよな?」


 以前、共にカトレア様の護衛として随行した聖騎士が口を挟む。私は苦笑まじりに「生まれという意味では、合っておりますよ」と笑った。


「あ、隠してたことだったのか?」

「いいえ。ひけらかさないだけで、聞かれたら答えますよ。ですので、お気になさらず」


 声の調子を軽くして答えると、相手は「あー、ならよかったわ」と胸を撫で下ろした。


「なーなー。王様や聖女様と飲むことあんの?」

「プライベートでは、たまに。家族や恋人ですから。カトレア様はシードルがお好きなので、よくお付き合いいたします」

「お前、すっげえな」


 笑い声が響く。酒場の空気がやけに心地いい。私のグラスが空いたのを確認した同僚は、「まだいけるよな? ほらほら、のめのめ!」と新しいワインを注いでくれた。……少し頬が熱いが、思考ははっきりしている。それに、次で三杯目だ。問題ないだろう。……問題ない、はずだった。



「……カトレア……様……。会いたい……」


 机が冷たくて気持ちいい。突っ伏した私の肩を、同僚がぽん、と叩く。


「もうじき会えるんだろ」

「……会いたい……」

「こりゃだめだな」


 笑い声が遠くに響く。ふわふわする。緩んだ思考のまま、私は言葉を垂れ流した。


「……ほっぺ……つんつん……したい」

「……昨日……花冠……作ってたって……。かわいい……。何で……見れてない?」

「そりゃ、ここにいたからだろ」


 同僚が何か言った気がする。


「ほっぺつんつんしたい……」

「だめだこりゃ」


 温かい笑い声がする。


「そんなに聖女様は柔らかいのか?」

「お前それはだめだろ」


 笑いながらも止める声がする。柔らかい……、柔らかい……?


「あかぎれあって……ちょっとだけ……ふくふくしてる……? ……あ、今は違う……? ……会いたい……」


 ……手をにぎにぎして、感触を思い出す。……出会ったばかりの頃はあかぎれあった気がする。最近は……。


「……会いたい……」


 頭がトロトロする。まぶたが下がる。眠たい……。寝る……。寝る前……?


「手紙書いてない!!」


 体を起こす。まだ、まだ書いてない。いつも書いてるのに。思考が一気にさえる。


「聖女様に?」

「カトレア様に」

「……書くか?」

「書きます」


 彼らは笑いながら、店員に頼んでペンと紙を用意してくれた。


「拝啓 カトレア様……」


 会いたい。会いたくてたまらない。あなたの全部を見たい。ぎゅっとしたい。

 思いの丈をつづる。視界がぐわんぐわん揺れる。でも書く。……そして。


「愛してま――」


 ばたん、と音が響く。頬にかさりとした感触が広がる。また机に突っ伏して。そして、眠くなってくる。


「おーい、エリアス?」

「……寝たな」

「……これ、聖女さまが見たらびっくりして、とんでこねえ?」

「書き足しとこうぜ」


 同僚たちの声が響く。楽しい。


「おい、書けたか? ……うん、若いな。聖女さんも楽しみにしてるだろうから、出しておくか」


 閣下の声、そして鳥の羽ばたく音がした気がした。



「……うぅ……」


 鈍い頭痛とともに目を覚ます。朝日が眩しい。


「……二日酔い……ですね……。こういうときは……水のはず……」


 体を起こして気づく。ここは自室ではない。宿舎の談話室だ。身体にかかっていたのは、毛布ではなく防寒着だった。……なぜこうなっているのか、記憶がない。……これは、やらかしたな。……成人祝い以来、かもしれない。


「おー、起きたか?」


 入口から同僚たちに声をかけられる。


「申し訳ございません。多大な迷惑を……」

「いいっていいって。お互いさまだ」


 けらけら笑う皆さんに申し訳なくなる。情けない。


「むしろ飲ませすぎたのは俺たちだしな」

「そうそう。気にすんな」

「……誠に申し訳ございません」


 もう一度謝罪すると、「まーじで気にすんなって」と笑い声が返ってくる。


「にしても、言ってくれよな。九度とか二十二度の酒を飲んだらああなるって。知ってたら、あそこまで無理に飲ませなかったのに」

「……九度? ……二十二度?」


 普通のエールやワインよりも高い度数に驚く。……単純計算だと、いつもの二倍程度飲んでいることになる。


「……度数を、見誤っておりましたか……」


 がっくりと肩を落とす。朝の光が、いつも以上にまぶしく感じられた。



 翌朝。カトレア様からの手紙に『追伸 お酒はほどほどに。同僚の皆さまにもよろしくお伝えください』と書かれていることを確認し、声にならない叫び声を上げたのは、ここだけの秘密だ。





 その日のエリアスさまの手紙は、なんだかおかしかった。


『拝啓 カトレア様


 会いたい。会いたいです。会えなくて寂しいです。あなたにあいたいです。好きです。誰よりも好きです。ぎゅっとしたいです。愛していまーー


 便箋はメモ用紙。ところどころインクの染みがついていて、文字が乱れている。書きなぐった、と言ったほうが正しい。エリアスさまに何かあったのか、と一瞬だけ不安になった。けれど。


『追伸 エリアスは酔ってるだけです。元気ですのでご安心ください。今日も楽しそうにお酒を飲んでました。 エリアスの同僚より』


 最後に書き足された追伸にほっと息を吐く。飲み会とかで酔っちゃったのかな、なんて想像して笑いをこぼした。向こうでもほかの聖騎士さまと仲良くしているようだ。私はその手紙を大切に箱にしまい、新しい便箋を取り出す。


「親愛なるエリアスさまへ」


 書くのはいつもの近況報告。最後に『追伸 お酒はほどほどに。同僚の皆さまにもよろしくお伝えください』と書き足した。


 翌々日のエリアスさまからのお手紙は長文の謝罪文になっていて、私は思わず笑ってしまった。

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