人生の退職代行会社と最後に会いたい人(4)
夏の日差しが強い。おそらく紫外線もかなり出ているだろう。美肌の天敵だったが、五十すぎのおじさんの修弥は、日焼け止めなどは塗っていない。
海辺のせいか、余計に日差しは強く、潮の香りが修弥の鼻をくすぐる。空の鳥は呑気そうに飛び、鳴き声も実にのどかだ。
今、修弥はうずら村という場所に来ていた。海辺の小さな村で、人が少ない。駅前にもこんびはなく、海辺も修弥しか人影がない。
なぜ、こんな辺鄙な場所に来てしまったのだろう。修弥は汗を拭きつつ、後悔していた。
ここは元妻・涼華が澄んでいる場所でもあった。涼華の名前でSNSを検索すると、すぐに場所がわかった。うずら村という田舎で食堂を開いているらしく、地元民に愛されているという。
食堂は空き家の倉庫をリノベーションして作った場所らしく、広くはないらしいが、絶品しらす丼やアジフライが名物。ネットニュースの記事でも取り上げられているのを見た。
記事の中にいる涼華の写真を思い出す。確かに結婚していた時と比べて老けてはいたが、目が生き生きとし、口元は綻び、楽しそう。割烹着も似合ってるいた。記事によると「地元漁師たちの肝っ玉母さん」ともあった。
結婚している時はそんなキャラクターではなかった。どちらかといえば大人しいタイプで、後で爆発するタイプ。故に一度喧嘩になったら、手に負えない。離婚前は二人とも喧嘩ばかりで家庭内は葬式状態だった事も思い出し、これから彼女に会って良いかもわからない。「なんで今更会いに来たの?」と問われたら、答えられない。終活サービスを受けたら。死を意識するようになり、会いたくなったと素直に言っていいものか。
「思えば俺って自分勝手だったわな……」
フォロワーには他責することを勧めていたが、その結果がこのザマだ。全く笑えない。かといってこのまま帰るわけにもいかない。
ふと、トークアプリを開くと、あの会社の高野マナから連絡が来ていた。配送センターでの仕事の様子が知りたいとう。何かあったら退職代行を使おうと、営業トークも全く忘れていない様子にため息が出てくる。
一応返事はしておいた。今、元妻の涼華にも会おうとしている事なども綴る。すぐに既読になり、一分もしないうちに返信がきた。「終活の一環で最期に会いたい人に会うのもいいと思います!」と。全く否定的な事は言わず、即レスなのはまるでAIだ。
猜疑心の強い修弥は眉間に皺がよっていた。高野マナがAIでも不思議ではない。こんなAIじみた存在に孤独死など防止できるか。実際、高野マナには会った事もなく、現状だけ見たら、AIと何の区別があるか不明。
「最期の会話も高野マナだとしたら、いい気分はないな」
だが、その可能性は高い。三途の川を渡る前に後悔しそう。ちゃんと成仏できるかもわからない。
「やば、ちゃんと成仏しねぇと……」
修弥はスマートフォンをズボンのポケットに押し込むと、目的の場所へ向かう事にした。地図アプリを見ながら、海辺から徒歩十分程度の場所にあった。
隣には教会もあるらしい。白い三角屋根の教会だったが、入り口は開けっぱなしで誰でも入れるらしい。入り口側の看板には学習支援のお知らせも出ていた。川上一太という元塾講師の男が子供の勉強の面倒を見ているらしく、生徒を募集中という。
涼華の店の前にも同じお知らせが出ていた。また、子供食堂と似たような支援もやっているらしく、二週間に一回、小学生までも子供が無料でごはんを食べられるイベントもしている。教会もこの食堂も地域密着型らしい。
食堂はまだ閉まっていた。「準備中」という看板も出ていた。倉庫をリノベーションした食堂らしく、外観もシンプルで規模も大きくはない。
この中に涼華がいると思うと、怖気づく。SNSにはフォロワーに偉そうな事を語っているくせに、中身は臆病者。思えば、人生の面倒な事から色々と逃げてきた気もする。中身は成長しない子供。結婚できたのも奇跡だったか。
「あ、あら? なんで、ここに?」
ここまで来て逃げようとも考えていた修弥だったが、できなかった。
食堂の裏手から出てきた涼華につかまってしまった。向こうは驚いてなく、客を迎えるのと全く同じ態度だった。拍子抜けするほどあっさりとした態度だ。
「いらっしゃい。修弥さん、お久しぶり。ごはんでも食べていく?」
涼華はそう言うと、腕まくりをし、再び食堂の方へ入ってしまった。




