人生の退職代行会社と最後に会いたい人(5)
食堂は見た目通りだった。大して広くない。カウンター席と、四人掛けのテーブルが二つほどある。
壁にはたくさん写真が貼られている。地元の漁師や商店の店主などの写真も多い。子供食堂のイベントの写真もあった。隣の教会の写真もあり、思わず目を逸らしたくなる。その中には修弥の息子の写真もあった。どうやら隣の教会で勉強を教わっているらしい。小学生ぐらいの子供が多い中、高校生の息子は浮いていた。
こんなに大きくなったとか、立派に成長して良かったという感慨はない。息子は典型的なコミュ障タイプに見えたし、笑顔もない。鈍臭そう。父親の悪い部分を受け継いでしまったらしく、将来を想像すると全く笑えない。
「ええ。涼太は今、登校拒否中なのよ。いわゆる境界性知性って医者に言われてる。知的障害者になれないぐらいのIQね。あと発達障害のグレーゾーンとかも言われたけど、ギリギリ支援の対象になれないのよね」
そんな事も涼華から聞かされ、ますます居心地が悪い。修弥はカウンター席に座りつつも、思わず首をすくめていた。
とはいっても、これ以上、なんの話題も盛り上がらず、涼華は黙々とカウンターで調理をしていた。包丁の音やあげものの音が響く。外からは鳥の鳴き声も響くので、二人とも沈黙している割には重い空気はない。
それに涼華は「なんで来たの?」と問うてこなかった。今の修弥にとってはそれが一番ありがたい。責められもしなかった。家族を捨てたも同然の修弥にとっては、この対応が一番温かと思えるほど。
「さあ。アジフライ定食ができたわ。後で千円払ってね」
「お、おぉ」
「美味しいはずよ。地元のアジを使っているから。ソースはカウンター席のを適当にどうぞ」
「お、おぉ……。いただきます」
アジフライ定食は、皿いっぱいの大きなアジフライ、白米、味噌汁、冷奴という構成だった。どれから食べていいのか迷った。とりあえず味噌汁から手をつけたが。
「あ、うまい……」
思わず小声で呟くほど。いつも食べているインスタントの味噌汁と明らかに違う。わかめも豆腐も、ちゃんと生きている味がした。
白米もそう。アジフライももっとそうだ。いつもの食卓と全く違う味がする。
懐かしい味でもあった。こんな味を過去には毎日食べていた。
いつの間にか当たり前だと思っていた。味が薄いだの文句を言う事だってあったが、失った今は、全てが奇跡に思うぐらい。神が降らせた天からの食事にも思えてきて、修弥は夢中で食べ続けていた。
カウンターで調理の下拵えをしている涼華は引いていた。
「そんな泣くほど美味しい? 断食でもしてた?」
涼華の呆れた声は無視し続け、あっという間に器は空になった。
「本当に美味かったよ。いつも一人でパックご飯食べていたから」
「そう……」
涼華はちっとも笑っていなかったが、デザートもマンゴープリンも出してくれた。
「料理ぐらい自分で作ったら? 後でレシピを送ってあげる。どうせ暇でしょ?」
「なんで暇だって知ってるんだよ」
「SNSよ。氷河期世代の子供部屋おじさんキャラで配信やってるよね? 息子が偶然見つけたんだけど、声でわかったから。あなたの早口の喋り方は特徴がある」
何も言い返せない。まさかSNSの活動もバレていたと思うと、全く笑えない。涼華の目もまともに見れない。目が泳いでしまう。顔も熱ってくる。
さらに運が悪い事に息子も帰ってきた。息子の涼太も特に驚かず、むしろ「SNSの氷河期おじさんがいるー」と手を叩いて笑っている始末。
「でも、お父さん。底辺おじさんっていうのは逆に盛りすぎ。離婚歴あるってバレたらフォロワー減るんじゃね?」
息子はボソボソと小さな声だったが、的確なツッコミを入れ、この場は笑いに包まれる。
修弥もつられて笑ってしまう。壊れて何年も経つ家族だったが、幸せだった時代に逆戻りしたみたいだ。
笑っているのに涙も出る。変な涙だったが、幸せなんて、こんなもんだったのかもしれない。誰かと笑ってご飯を食べられたら、それで幸せだ。できるならば、それが最期の晩餐になれば、修弥は思う残す事はない。
「ありがとう。そして、ごめん。二人ともごめん……」
一体何に対して謝っているかは不明だったが、この時、ようやく過去のカルマは清算された気がした。毎日近づいてくる死も受け入れられそうだ。何の執着も未練もない。
その後、涼華や息子とトークアプリでやり取りをするようになった。朝と晩、挨拶をし、時々、料理や勉強の話題もした。
タイムカードのように規則正しく毎日同じ挨拶をしているので、たまに休むと、電話がかかってくる程だった。
高野マナとのやり取りも終わった。お試し期間の一カ月だけの関係だったらしい。「元奥さんと息子さんと毎日連絡取れるなら、私はもう必要ありませんね!」というメッセージが最後の返信だった。
どうせ高野マナとは一度も会った事もない。元々AIのようだったし、架空の存在かも知れない。いつの間にか高野マナの事もすっかり忘れ、鬱病も綺麗さっぱり治っていた。




