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人生の退職代行会社〜新しい人生へようこそ〜  作者: 地野千塩


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人生の退職代行会社と神様の仕事(5)

 あの退職代行会社・出エジプト社の外観は普通だった。駅からごちゃごちゃとした道歩き、雑居ビルを目指す。似たような雑貨ビルが多く、亜由子は地図アプリを使いながら、どうにか目的地に着いた。


 見た目は普通の雑居ビル。一階にコンビニがあり、二階には美容室があるようだ。他、社労士事務所や貸し会議室なども入っているらしいが、出エジプト社は七階にある。亜由子はエレベーターに乗り込み、出エジプト社の入り口の前まで立つ。インターフォンで呼び出し、しばらく第一カウンセリング室という部屋で待たされた。


 ここも全く普通の応接室だ。ソファとテーブルがある。壁には妙なポスターも貼ってあるものの、あとは概ね普通の応接室と言っていいだろい。


 今、亜由子はこの会社に面接しに来ていた。特典ちして送られてきた求人票に従って電話をかけると、手ぶら&平服で本社ビルに来てくださいという。履歴書も要らないらしい。もっとも亜由子はこの会社で何度も退職代行サービスを使っているので、仕事の履歴は全部把握しているだろう。


 平服で良いと言われても、一応真っ黒なパンツスーツを着てきた。まるで喪服みたいな色だ。しばらくスーツを着ていなかったせいか、亜由子はそんな気がした。


 黒いスーツはみんな同じ。就活生も転職中の人もみんなこのスーツを着る。だから宗教っぽいと思っていた亜由子だが、実は喪服だったのかもしれない。


 実際、就活でモラトリアムや自由時間が死ぬ。このスーツはそんな死の象徴だったのかもしれない。そう思うと、余計に亜由子は息苦しくなり、ハンカチで頬を拭う。もう夏が近い。何もしていなくても汗が流れるが、こんな喪服を着ていると、余計に汗が染みていくようだ。


「こんにちは……。山下さん」


 ちょうどその時、人が入ってきた。首にかけているネームプレートには「過越安息」という名前。亜由子の担当の社員だ。


 変な名前の男だが、見た目は三十だ前半ぐらい。亜由子と同年代だろう。前髪が長く、目が細い。痩せ型。塩顔。わかりやすいイケメンではないが、一部の層には強烈に刺さりそうなサブカル系だ。猫背で声もボソボソとしていたが、それもこの男の雰囲気にマッチしている。ただ、あまりスーツは似合ってない。ネクタイは派手目なデザインのものをしていたが、それだけは雰囲気に合っていた。


 この過越安息が今日の面接官らしい。てっきり通常の会社のような面接が始まるかと思ったが違った。志望動機も自己PRも、前職の退職理由も聞いて来ない。


「うちの会社って独特なんですよね。社長や監修者のポリシーで、ちょっと宗教じみているんですよ……。ほら、あの十戒のポスター見てください」


 過越安息は、壁のポスターを指差す。そこには出エジプト社の十戒が書かれていた。確かに宗教臭いが、笑えない。「正社員になって一生安泰」宗教も似たような戒律がある。はっきり決まって文章化はされていないが、一日八時間労働せよ、とか税金というお布施を払え、老後はきっと安心、等あるはず。


「た、確かには宗教じみていますね」


 亜由子は頬を引き攣らせながら同意。


「でしょう。日本人は宗教嫌いっていうけど、嘘。何よりも他人の目、安定を信仰しすぎている。確かに宗教自体には寛容だが、みんなと違う人に寛容ではない。正社員も結局はそんな信仰があるが」

「正社員?」

「ええ、実はこの会社、正社員はいませんよ。全員、契約社員です」

「え、嘘……」

「社長と監修者は違うけどね。SNSによく出てる広報の百瀬亜論も契約社員。ま、彼はSNSの収入なんかも多いらしいが、この会社は宗教的だから契約を重視するからね」


 過越安息はボソボソとした口調だったが、目はなんだか楽しそう。プライベートではバンド活動や陶芸活動、他、バーや美容院でバイトもやっていて自由で面白いと語る。


「そ、そんな働き方があったんですか?」

「そうだよ。ま、働きたければうちは週六でみっちり働いてもいい。うちにいる高野マナなんかは社畜だしね。契約をちゃんと守ってくれるなら。まあ。あとで労働契約書は見せてあげる」


 この流れだと、どうやら内定に近いのだろうか。


「それと、山下さん、SNS運用や動画に出るのは抵抗ない?」

「ないですね。前の会社ではそういった事もやっていました」

「いいじゃないか。ダンスできる?」

「ダンス?」


 そういえばこの会社のSNS、広報の百瀬亜論が踊っていた。SNSで話題になり、軽く炎上もしていたが。


「ダンスだよ。さあ、踊ってみようか!」

「えー?」


 過越安息はノリノリで踊り始めてしまった。アイドル顔負けのキレキレなダンスだ。どちらといえば過越安息はサブカル系の大人しいタイプに見えたので、このギャップに亜由子の目は丸くなる。


「ダンスはいいぞ。踊ってみ? SNSでバズるかもよ?」

「そうですかね?」


 亜由子は半信半疑だったが、スーツのジャケットだけ脱ぎ、過越安息の踊りを真似てみた。


「さあ、山下さんも踊ろう!」


 やけにテンションが高い過越安息と、踊ってみた。なぜか広報の百瀬亜論も乱入し、一緒に踊り、この部屋の雰囲気はすっかりカオス化してしまった。


「いいじゃん、山下さん!踊ろうぜ、我々は遊びが仕事なのだ!」


 百瀬亜論もキラキラの笑顔で踊る。見た目は黒縁メガネの冴えないおじさんだったが、踊っている姿は水を得た魚のよう。


「ははは!」


 思わず亜由子も笑ってしまった。面接をしていたはずなのに、このカオス化した雰囲気が楽しい。今はいい汗が流れているぐらいだ。


「なんか、わかんないけれど、楽しくなってきました!」


 笑って踊って汗を流していたら、そう叫んでしまうほどだった。そういえば子供の頃から踊りは好きだった。DNAが喜んでいる。神様が作ったDNA通りの仕事をするのが一番かもしれない。それが神様の仕事なのだろう。


 結局、後日、内定が決まり、書類も送られてきた。一応週六で働く事もできるが、とりあえず週三回から初めてみる事になった。それに過越安息のように別のバイトや自営業を探してみるのも面白そう。ようやく「正社員になって一生安泰」宗教から脱出できたらしい。


「あれ? 何このメモ?」


 書類には出エジプト社の監修者からメモ帳も入っていた。


「監修者って何?」


 退職代行サービスは弁護士が監修している事が多い。出エジプト社はSNSで「うちは神監修だから」などと発信していた。もちろん冗談だろうが。


 メモには「山下さんの短期離職のカルマは私が代わりに解消したから。この会社ではDNA通り、楽しく仕事しましょう!」とあった。


「この監修者誰? まさか……」


 本当に神?


「そんなバカな話は無いでしょ、はは……」


 会社の公式ホームページを見ても、監修者の正体はよくわからなかった。ただ、メモ帳をひっくり返すと、十字架のロゴがデザインされており、全く笑えない。確かキリスト教では神が人の罪を肩代わりしたという教義があったはずだが。


「まあ、いいか。考えても仕方ない」


 それに広報の仕事も楽しみだ。今は「正社員になって一生安泰」宗教から脱出出来ただけで、悪くないはずだ。


 転職用のスーツやカバン、パンプスもゴミ袋に投げ込むと、新しい仕事をするのが余計に楽しみで仕方ない。

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