それだと僕には難しいなあ……
朝、メアリが学園の校門をくぐり校舎の入り口まで歩いていると、後ろから駆けてくる足音がする。ふわりと風にのって若草の香りが舞う。
「よ!」
振り返るといつものレオ・ギルベルトだ。彼は登校時間がかぶっているのか大体メアリを追い越しざまに声を掛けていくのだ。
「レオ、おはよう」
いつものように挨拶を返すと、レオはふいと顔を逸らしぶっきらぼうにもごもご返事をするとそのまま駆けていく。
彼の短い黒髪が風に吹かれ、後ろ姿を見送りながらメアリは口元をほころばせた。
(いつものそっけなさ、可愛すぎる……!)
そんな二人の様子を物陰から見ている二つの影があった。
もちろん、ルカとジョーだ。
登校中の人波に紛れ、二人を追い越さないように絶妙な位置取りをしながら、なんでもない会話をしつつあくまで自然にレオ・ギルベルトを観察していたのだ。
「ふむ、朝七時二十六分にメアリはこの門を通るのだね。あとレオ・ギルベルトは顔を背けていたが、あれが良いということなのかい……?」
理解できないという感じでルカはジョーに意見を求めた。
ジョーは諜報の家の生まれであるため気配の消し方に長けており、普段なら女子生徒に取り囲まれてもおかしくないルカを周囲の視線から上手く隠していた。
つまるところジョーの平々凡々な容姿を生かしルカを隠す盾となりながら、流れゆく人の波を利用して上手く死角を作り、ルカの姿をミーハーな令嬢から極力隠しつつ歩いているのだ。
「どちらかというと、レオ・ギルベルトの赤面しているところがいいのでは。女生徒のなかでも時折話題にあがってますし……」
レオ・ギルベルトの素直な表情筋は可愛いと主に先輩女生徒からよく言われている。
ジョーの返しに、ルカはうーんと唸った。
「貴族として感情を表に出さないよう教育されてきたからそれだと僕には難しいなあ……」
そういってほほ笑んだルカはまごうことなく暗黒微笑の仮面を張り付けている。
彼にとってその仮面はあらゆるものから彼を守る鎧でもあるのだ。
「ルカがツンデレなんて演技でも難しそうですね」
ジョーはため息をついた。なんだかとても面倒なことに巻き込まれたと感じたのだ。