第31話 認定試験 その2
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――――「この国の剣術の高レベルには体術の動きが入ってきます」
剣術スキルの認定試験対策を相談していた時の石川さんの意外な一言。投げ技や蹴り技、密着してからの打撃技、寝技すら有るという。
「古代レスリングからの流れをくんでいるようです」
たしかにレベル2や3相当の人との判定テストでは、団長がそれらしい動きを出したこともあったが……
「それって団長みたいな強者は剣だけじゃなくて、他の体術系のスキルも持ってるって事ではないんですか?」
「地球の剣道も修練の"道"として整えられた際に他の要素を捨てているだけです。その原型である戦場で使われていた頃の剣術には勝つためにはあらゆる手立てを技として取り込んでいましたよ。古流剣術には足元の砂を目潰しに使うのにも御大層な技名を付けていたと聞きますね」
そう言えば、格闘漫画にそんな展開があったような。
古武術の使い手の主人公が異種格闘トーナメントに出て柔道、ボクシング、ムエタイ、暗器使い、剣士といった様々な武術家と戦うんだけど、彼らが繰り出す技の全てにその古武術が対応策を用意していて勝利するという。戦国時代ではそんな技は全部基本技だったからと言って。
「それじゃあ……」
「はい、剣道の触りだけではスキルと見なされないでしょうが、他の武術の要素を披露してそれを知られざる剣術の範疇と言い張る事は可能かと」
「じゃが圭一は柔道や空手なんて修めておらんじゃろう?」
ああ、だけど…… ――――――――
「剣を落としてからが本番です!」
だから……団長にそう言い切った。これははなから詐欺みたいな話だ。それっぽい剣のスキルを僕が持っていると団長に錯覚させる。剣の動かし方で足りなければ技名、正座、深呼吸、何だっていい。とにかく団長が見慣れない身体技法は全て公国の剣術スキルだと言い張る。
「ふはっ」と団長が歯を見せて笑う。
「いいな。ここじゃあ練習もロクに出来やしなかったんだ」
団長は大きく笑みを浮かべたまま、剣は肩に担いだまま、左腕を引き大ぶりなストレートを放つ。当てようというのではない、ここから自分も体術を使っていくという宣言。だから辛うじて僕にも反応できる。
――――後ろへ!
尻もちをつくように腰を落として団長の拳を回避。その勢いで後方へ離脱。
距離をとって顔を上げると団長は振り抜いた体勢のまま固まっている。
「何だそりゃあ!」そんな周囲の反応。これは……当たりか。
僕は今、後方へ数回、転がりながら移動した。手を耳の横に添え、腰・背中・首を床に支えながらのただの後転、ただの小学校で習うマット運動。
ちょっと運動神経の良い子供なら教わらずともできるような動き。それでもマットも無く、柔らかい床といえば土の上や精々絨毯を敷くくらいしかない世界。僕の居た世界よりは出来る人は少ないはず。そもそもやろうなんて思わない動き。僕は手で頭をはたいて、めり込んだ大きめの砂粒を落とす。
まあ直線とはいかなかったし、大分ぎこちなかったけどそれでも意表を突くくらいはできたろう。
元旅芸人のウルバノさんが「あれは兄弟子の技」と驚いている声が聞こえる。大道芸の部類なんだろう。できればバク転くらい派手にいきたかったけどな。どちらにせよ戦いにおいてはあまり意味はないけど。
さて、団長はこれを剣術スキルの範疇に入れてくれるだろうか。再び剣を担いだポーズで待ちに入った団長にアピールする。
「今のは公国流剣術剣魂一擲、移動の型―――『後方一旋』。続けて二之型、『一射千里』――行きます!」
僕は叫ぶと同時に放たれた矢の如く走り出す。直前に構えていたクラウチングスタートの形。直接団長に向かうのではなくその周囲を回る。手を上げ大きく腿を上げた短距離走の姿勢。
僕の50M走はクラスでも中の上くらいのタイム。だがこのフォーム自体は、不完全ながらも人類のスポーツ史においてめんめんと磨かれてきたもの。ショボい身体スペックの僕にそこそこのスピードを導いてくれる技術。きっと団長ならこの真価を見抜いてくれる。
ちらっとその顔を伺うと頬に笑いの色が浮かんでいる。いい感触だ。
「さらに!」トドメで両手を後ろに真っ直ぐ伸ばして疾走。
「ええっ!?」「ダメだろそんなん」周囲から戸惑いの声…………ええっ? ダメか忍者走り。いや、そりゃタイム的には落ちるんだけど、こう……何か早そうじゃない?
団長は…………首をかしげていた。
くっ、いいんですよ! こっちのテンション上がるんだから!
大きくカーブしてそのまま団長の真正面から突き進む。数メートルの位置まで迫ってできるだけ大きく前方に跳ぶ。腕からの着地で頭を丸めて膝を腹に付け。
今度は……ただの前転!
三回転がって団長の足元へ。跳ね起きれば眼の前には悠然と不動の姿勢をとったままのがら空きのボディ。意表をつけたか……いや、打ってこいという格上の美学だなこれは。どちらにせよチャンス!
思いっきり……殴るのはダメだ。単純すぎる。少しでも武技っぽく――――肘打ち!
左手で右拳を補強しながら押し込んだ肘が団長の胸元に突き刺さる。が、その身体は微動だにせず。硬いゴムに触れたような感触に、何らダメージを与えられていない事を理解。
団長は木剣を地面に突き刺す。踏みしめて走ってきた固い土にずぶりと潜りこみ剣が自立する。
「いいぜ。俺も剣は無しだ」
言うや団長が拳を握る。僕は慌てて飛び退る。ゴツい指が一塊になった拳はまさに凶器。威圧感ハンパない。
だけど、いい流れだ。
僕はつま先立ちに、膝を曲げて前後に小さくステップする。上半身はファイティングポーズ。前方にステップと同時に左右のジャブっぽいものを放ち団長を牽制。
「蝶突蜂針!」
今度はボクシングだ。
己の拳という剣より遥か昔から存在する戦い方。だからこそ近代ボクシングというその洗練された型を見せる価値がある。
今こそ蛍光灯の紐スイッチを相手に磨いた技を披露する時。
口頭で説明されたから正解なのかは分からないけど、ステップ、ジャブ、横へ移動、を繰り返す。団長を中心に円を描くように。こちらから仕掛ける腕はないから、団長がしびれを切らして手を出してくるまでこれを続けるのだ。
そうして気づいた事が…………
…………これテンションめっちゃ上がる!
格下らしく団長の回りをウロチョロしてるだけなのに、何か今までよりも戦ってる感がある。
これいいトコ見せられるんじゃないか。そう気分を滾らせていた僕であったが…………
「面白え足使いだったな」
団長がぴょんと飛び上がる。最初はジャンプと言って良い高さだったが、次からは小さく前後への動きを入れてくる。
「嘘ぉ」
あっさりとステップがコピーされた。いや、素人目でも分かる隙きの無い美しくさえあるステップ。
「うわっ」
あまつさえジャブをも繰り出してくる。
「あんま長期戦でやるもんじゃないな」団長が足をぱんと叩きながらそう言った。
僕は鼻先に突きつけられたジャブへの恐怖に思わず両腕をくっつけて顔面をガード。ボクシング流のはずだけど…………これ自分で視界塞いじゃったけど、この後どうやって動かすのが正解なんだろう。
だが悩む必要は無かった。
「うがっ!」
ガードを無理やりこじ開けてゴツい拳が僕の顎を打つ――――アッパー。
仕留めようというより、それこそ牽制的に放たれたのか痛みとしては軽かったが、突然の衝撃に呆けて膝が落ちる。
「おっと」
団長が伸ばしたままの腕で僕の首根っこを捉える。その腕に縋る形で慌てて自分で立ち直す。
「膝の使い方は珍しかったが、お前さん拳の方はダメだな。その握り方で俺の鉄の腹を撃ったら指がやられちまうぞ」
「うぐっ……」
覚えがあるなこの首元を抑えられた体勢。僕が基底世界に来てすぐチンピラにカツアゲされた時と同じ構図。もう随分以前の事のように思える。今思えばあの時は何であんな小物に怯えてたんだろう。ゴブリンや団長の方がずっと怖いだろ。
あれは見知らぬ世界で一人きりの不安な状態だったからな。でも少なくとも今は味方と言える人達が付いているのを知っている。石川さん、ファム、早百合さん、藤沢さん。皆の顔を思い浮かべる。自然と、遥かな強者に掴まれながらも笑みがこぼれてくる。
「……剣魂一擲……『大門不敵』、行きます」
僕がそう告げると、団長が虚をつかれたような顔。その隙をついて両手で太い傷だらけの腕を掴む。左手を相手の脇へ。自分の首根っこを掴まれたままに後ろを向いて背中を団長に押し付ける。そのまま団長を背負うようにして投げのモーションへ。それは素人でも知っている柔道の技―――― 一本背負投げ。
昨日から幾度もシミュレーションしていた。それが団長がわざわざ腕を僕にあずけた体勢で一旦動きを止めているという理想的な状況。落ち着いて自分がすべき動きを再確認してからスタートできた。
結果、団長を背中に背負え……ていない。ただ団長に密着しているだけ。投げ飛ばすなど出来ていない…………予定通りだ。
――――「体格差に力量差。恐らく微動だに崩すことは出来ないでしょうが、逆にそうでなくては困ります」
目的は団長を投げることじゃない。そんなのは無理だ。口頭で説明を受けただけの僕にできるのは出だしの手の置き方だけ。その後の細かい重心の移動だとかそんなのは全く分からない。だから団長がレベルが違いすぎてその最初で止められている。本当は出来るけどあくまでレベル1程度だからレベル6には技を出すことすら出来ない。そういう建前に持ち込む。
数回力を込めて力不足で投げられないと確認した風を装う。いつの間にか団長が僕の胸元を掴んでいた手を離している。向き直って団長を見上げると、さあ次はどうする? 口角を上げたままの表情がそう告げている。
僕は足元を見下ろす。右足を団長の股の間に差し込みその左ふくらはぎを内側から刈り取…………れない。その丸太みたいな太い足はびくともしない。
――――「投げ技の一歩としてまず足を使って相手の体勢を崩す。素人は上半身の力だけで投げようとします。投げ技の真髄はいかに相手を不安定な状態に追い込むかです。足を使う、その理を知っている事を強調して下さい」
本当は相手との位置関係や重心の誘導だとかが必要だというが、そんな高度な理屈は放棄。あからさまに顔を下に向けて足を狙う。
大内刈り……いや大外刈りだっけか? どっちでもいいや。どの道通じやしない。
「次!」
足を戻し、今度は団長の右のモモに自分の右足を引っ掛けて…………自分が体勢を崩す。引き寄せようとしていた団長の腕が逆に僕を支える有様。
団長は片腕で僕の身を軽々と元に戻す。
「驚いたぜ。うり坊担ぎに麦踏みダンスを知るか。じゃあこいつを知ってるか?」
言うや僕を抱え寄せるように引き込むと――――
「かはっ!」
僕は地面に叩きつけられた。衝撃に息が止まる。胸がつったような感覚。肺が呼吸の仕方を忘れたかのよう。
「翠鳥落としってんだ」
今、何をされた? 引き寄せられると同時に足が跳ね上げられたような気がする、上下逆さにされたような気がする、空中で独楽みたいに回されたような気も。
何をどう動かして動かされてこうなってるのかはさっぱり分からない。
でも団長が稚拙な投げ技の真似事に付き合うのはこれで終わりってことは分かる。
「……っと、つい大技掛けちまったな。立てるか?」
立てない。まだマトモに息もできない。でもここで終わりにされるわけにはいかない。必死に身を起こそうとするが、腕に力が入らず半身を支えることすらできずに再び倒れてしまう。
団長が僕に手を差し伸べようとしていのに気づき、慌てて叫ぶ。
「ま……まだです!」
「そう睨むなって。もう限界だろ…………」
「僕を……待っ……てる人達がいるんです」
無理矢理に立ち上がり、震えだした膝を押さえると両腕を構えファイティングポーズをとる。
しばし呆れたような顔をしながらこちらを見ていた団長は、大きくため息をつく。後ろへ振りむきながら手を叩いて仕舞いの仕草をしながら言う。
「わあったよ。合格だ。公国流剣術、レベル1。売ってこい」
「は……ははっ」
その言葉をもらって、途端に膝から力が抜けて崩れ落ちる。
わあっと皆が駆け寄ってきてもみくちゃにされる。終いには胴上げまでされて揺れる視界の中、いつの間にやってきていたのか、皆の輪の外側で鈴を首輪に付けた黒猫がにゃあと鳴いて、大きな伸びをしているのが見えた。
執筆に際して意気込んで辞書等を色々買い揃えましたが、実際に使ったのは今回の四字熟語辞典くらいですね。
「翠鳥落とし」――――
翠鳥はカワセミの事で、その古風な言い方です。獲物を岩に叩きつける習性があります。もちろんセカっぽいなという理由だけでこちらの呼び名を採用しました。




