第二十二 新たな転生
いつも読んで頂きありがとうございます。
実質の最終話です。
第二十三話 エンディング
も同時に掲載します。
第二十二 新たな転生
「あなたは死んだのです……」
エコーのような音声が頭に響いている。
何を言っているんだ? アールは他人の事のように聞いていた。
そう言えば随分長い間、行列に並んで順番を待っていた。
この声は神様? 閻魔様? 最後の審判?
アールは首をひねって彼の後ろに並ぶ何万もの人間を見ていた。
大抵はヨボヨボの老人だった。この人達は皆んな大往生だったんだなぁって感慨深い。
そうしているうちに、ついに自分の順番が回って来た。
「あなたは、生前良い事をしましたか?」
神様だか閻魔様だかの声が響く。なんとかの審判みたいな奴だろう。いや待て、この経験は前にもした事があるぞ。
しかし、聞かれている事には答えないと。たしか審判は、生前の行動が基準になっている。今更何を言っても裁定に影響はないだろうから正直に言うべきだ。
「戦争ばかりしていました。大勢の人を死に追いやりました。ただ生前の記憶がなぜかあまり思い出せません」
どうした事だろうか、頭の中に別人が存在するようだ。
「あなたの行いを精査したところ、あなたは、大きな良い事をしていますね」
声がそう言った。前にも同じ事を言われたなぁとアールの頭のどこかで思った。
「あなたは最後に大勢の人の命を助けるために命を犠牲にしました。今度こそ自己犠牲そのものでした」
アールは、必死で生前の記憶を思い出そうとした。最後の記憶は、ひどいものだった。恐ろしい苦悩と苦痛。あの時に自我が崩壊したのたろうか?
「いいえ。そうではありません。あなたは本当に特別な人ですから、生前の正しい記憶を戻してあげましょう」
声がそう言うと同時にアールの記憶が元に戻った。死の間際の恐ろしい記憶も蘇った。思わず叫び出しそうになるのを懸命に堪えた。
しかし、肝心なのはサーリと子供はどうなったかだ。皆はどうなったかだ。
「あれから、サーリはどうなりました? マキシミリアン王国や仲間達は、どうなりました?」
「あなたが、あの行列に並んで順番を待ってる間、長い長い時間が流れました」
長い時間ってどれくらい? アールはドキリとする。もし何百年も経っていたらどうしたらいい。
「大勢の人達が死にました。しかし、テーランダーではあなたの奥さんのサーリさんを筆頭にして、正に最後の決戦が今、行われようとしています」
声が教えてくれた。
「私を元に戻すことはできませんか?」
「あなたの功績から勘案して、あなたの希望は最優先に叶えられでしょうが、あなたの体はもはや原始のチリへと帰ってしまいまいました。もはやどうする事もできません」
アールはがっかりする。蘇るのはもはや不可能なのだ。
「あなたの仲間達は、もはや風前の灯です。あなたが望むなら彼らが死んだ後、皆同じ時代の同じ場所に転生して差し上げることができます。そしてあなたと仲間達なら皆、転生前の記憶をそのまま残したまま転生することもできます」
なかなかいい話だ。アールはそれでお願いしようかと思って、ふとある事を思い出した。
「たしか、死ぬ直前に自分の分身のコピーを作りました。あのコピーに転生できないでしょうか?」
「可能ですけど、確かあなたの分身は火葬されたはずです」
声がそう言った。アールはがっかりした。
「あなたがどうしても、仲間達との最後の決戦場に参加したいとあうなら、戦場の死体に転生させることはできます。しかし、転生後は、その転生先の人間になるということですがそれでも良いですか?」
「なんでもいい。サーリの元に転生させてくれ」
アールが懇願した。
「よろいしでしょう。では、少しでもあなたの有利になる死体を探してあげましょう。今のテーランダーでは死体には事欠かかないでしょし」
声がそう言った。ところが一瞬の後声が少し興奮して言った。この声の主でも興奮することがあるのだと興味深い。
「おや、待ってください。ははーん。あなたの奥さんがあなたの分身を燃やすことができなかったようです。あなたの分身はお墓にそのまま保存されているようですよ」
アールの作ったコピーがそのまま保存されているのだという。
「では、直ぐにそこに転生させてください」
「待ちなさい、転生には審判が必要です。あなたの望みとあなたの行いが等しい場合に限って転生は叶えられるです」
「お願いです。私はどうなっても良いです。あの不完全なコピーでも何でも今、仲間達の闘っている所に行かせてください」
普段、冷静なアールにあるまじき必死さだった。
「審判であなたの望みはかなうでしょうが、あなたには生前の善と悪の貸借を清算し転生後に引き継ぐ必要があるのです。ざっと計算したところ、あなたはあまりにも貯金が多すぎて、前のあなた自身に転生したとしても貸借が合わないことが判明しました。しかもあなたはあの出来損ないのコピーに転生させて欲しいと言う」
「私などどうなっても良いのです。仲間と一緒に闘い死んで行きたいのです」
「だから、黙りなさい。そうやって自己犠牲を懇願すればするほど貸借が更にずれて行くのです。今、いい方法を考えています」
声が考え込んだ。暫くして、声が続ける。
「転生後に自分自身を作り変えると言うのはどうでしょうか」
「作り変える?」
「そうです。普通は、自分よりも上位の者に変身も改造もできないとされています。しかし、あなたには、あなたが本来転生すべきレベルの者に変身できる能力を授けてあげまょう」
「つまり、前の私以上の存在に変身せよと?」
「そうです、ですが、なかなか変身するのは難しいでしょう。ですからあなたには変身後にあなたにふさわしい器となれたかどうか分かるようにしておきましょう。自分を好きにカスタマイズできる転生というのもなかなかのアドバンテージではありませんか?」
✳
キャサリンは、喪服姿でアールのお墓に来ていた。今日は、アールの命日だった。キャサリンは命日には毎年こうやって墓参りをしていた。
「殿下」そう、墓石に呼びかけた。「もう、しばらく会ってませんね。殿下は本当に聡明な方でした。今日は王妃様も来る予定でしたが、戦争に出ておられるのですから許してあげてくださいね。でも殿下の事ですから今頃は戦場に様子を見に行かれてますよね」
「キャサリン。本当に久しぶりだね」アールの声が背後かした。
キャサリンが驚いて、後ろを振り向く。そんなはずはない。しかし、確かにアールが立っていた。あの爽やかな笑顔も健在だ。
「殿下!」キャサリンが叫んだ。そのままキャサリンは、アールの胸に飛び込んで泣き出した。
✳
アールは、真っ暗な柩の中に転生した。自分の体なのにとても違和感を感じてしまう。
この違和感は、あの天の声が言っていた自分自身を感じる能力のせいだろうと思われた。アールは直ぐに全身をサーチした。このコピーを作った時、アールは急いでいたとはいえ、このコピーは粗雑品だ。確かに作り変えないと使い物にならないだろう。
アールは、しばらく考えていたがやはり前の自分自身にそっくりに自分を作り変えてみる。かなり違和感は緩和された。しかし、どうもまだ違和感がかなり残ってる。
「出来損ないのコピーを自分の器に合うように好きに変えてみろと言っていたが?」
と、アールは呟いた。そして、いろいろ自分自身を変化させてみて分かったことがある。
外見は変える必要は無い。外見を違う人物にしてもたいして違和感に変化は無かった。どちらかと言うと能力に関する部分に変化があると違和感が変わることが分かった。特に八大魔法の辺りを変えると違和感の変化が大きくなるようなのだ。
八大魔法の今の形では転生後のアールでは器が小さすぎるのだ。つまり究極の魔法形態は八大元素魔法では無いという事なのだろうか? アールはそう考えてみる。
では、試しに九大元素魔法にしてみたらどうか? アールは今の能力を最大に使って九大元素魔法で最適配分を割り出してみる。おお! とアールは柩の中の暗闇で一人で歓声を上げる。
すごい! 八大元素魔法よりも、明らかに強力になったではないか。この工夫が思いつかなかった。なんて、すごい能力なのか。
ところがである。九大元素魔法が使えるアールの器は、全くしっこりこないこだ。どういうこと? と、アールは首をひねった。八大元素魔法の時よりも逆に求めるところから離れようだ。では、いっそ一つ減らしたみた。七大元素魔法だ。最適化してみる。力は八大元素魔法よりも小さくなってしまう。しかしフィット感が明らかに向上した。何だか訳がわからない。
それなら、もう一つ減らしてみた。六大元素魔法。力はますます弱くなる。しかしフット感は格段に上がった。では、ついでにもう一つ減らしたみた。
そしてアールは、「これだ!」と、叫んで飛び上がる。五大元素魔法。それが究極の魔法だったのだ。試しに四大元素魔法も試したが、やはり五大元素魔法が最大最強だということが実感できた。
しかも、配列にまで意味があることが判明した。まんなかが空で、まわりに、地水火風の四元素が囲むのだ。
この形は究極に感じられた。八大元素魔法の何億倍もの威力を秘めている。
アールは、この時キャサリンの「殿下」という呼びかけを聞いたのだ。
転移してキャサリンの背後に出現した。背後に出現したのはキャサリンとお墓の隙間が単に狭かったからだ。
「もう、しばらく会ってませんね。殿下は本当に聡明な方でした。今日は王妃様も来る予定でしたが、戦争に出ておられるのですから……」
キャサリン。アールの乳母で秘書官だった。メイアの実の母親だ。今はメイアの実の父であるカールカライド公爵家で元公爵とヨランダードやメイアとともに暮らしているはずだ。アールのもう一人の母親みたいな存在だ。
「キャサリン。本当に久しぶりだね」
アールがキャサリンの背中に話しかけた。
キャサリンが驚いて、後ろを振り向く。驚愕で目がまん丸になる。アールが爽やなに笑いかけた。
「殿下!」キャサリンが叫んだ。そのままキャサリンは、アールの胸に飛び込んで泣き出した。
「心配させたね。僕が死んでから何年経つんだい?」
キャサリンから、その後のことをあらまし聞いた。
「サーリと子供はどうなったの?」
「王妃陛下は、お元気で出征中です。お子様のことはサーリ王妃陛下から聞いてください」
肝心な事を教えてくれない。
その時、何億倍にも増加された魔法探知能力に懐かしい呼びかけが入ってきた。
《皆! お茶にしよう!!!》
青姫が思念波で呼びかけたのだ。
《では、皆さんあの丘に集合してください》
サーリの思念波だった。
「キャサリン。お呼びがかかったようだ。皆を助けに行ってくるよ。精鋭達のほとんどが殺され、『原始皇帝』も追い払うことができなかったみたいだ」
「お願いします。皆を世界を殿下の力で助けてください」
アールは、キャサリンをギュッとだきしてめて。
「任せてくれ」
そう言い残すと、キャサリンを離して転移した。
✴
『原始の全てを統べる皇帝』とのたった何分かの戦いで精鋭の九割近くが殺されてしまった。しかも、追い払うための重力砲弾はどう見ても失敗だった。
無知な将兵達が追い払ったとしばし歓声を上げていたが失敗だった事は誰の目にも明らかだ。
青姫は惨憺たる自軍の有り様を見てため息をついた。あれほど万全を期したつもりだったが、『原始皇帝』の実力は想像を遥かに上回っていた。
あの目から放たれた光線は何なのだ? あんなものをまともに受けたら忽ち蒸発してしまうだろう。
あの化け物は、重力砲弾から抜け出てくるとすぐにでも転移してくるだろう。どう闘うか。想像もつかない。
周りを見ると、その現実を理解した大勢の生き残り達の意気消沈した姿が目に入ってきた。
《皆! お茶にしよう!!!》
青姫は景気付けために、皆に大きな思念波で呼びかけた。
《では、皆さんあの丘に集合してください》
サーリが直ぐに返事してきた。見ると丘の頂上だけに日が差し、不思議な雰囲気の丘が見える。サーリはそこに転移して《ここだよ》と手招きてしてる。
十一人の仲間達が直ぐに転移する。見るとテーブルには十二個の椅子がある。無意識に十二個の椅子をだしたのだろうか。
仲間達がテーブルに付き談笑が始まった。
その時だった。丘に転移の兆候が現れたのだ。しかもその兆候から、想定できる転移してくるものはもの凄く強い魔力を持つ者だと分かる。
『原始皇帝』の出現かと皆が身構えた。
しかし、出現したのはアールだった。一瞬皆は、驚きで動きが止まった。最初に動いたのはサーリだった。真っ直ぐアールの胸に飛び込んで行った。その後、サーリを追うように仲間達がアールに駆け寄る。
アールは、転生魔法でコピーに自分を転生させたと教えた。転生の天の声はアールの夢かもしれないから黙っていた。皆、その話に目を白黒させて聞いていたがアールならそんな事も出来るかもと納得する。
アールは皆を黙らせると、辺りの惨状を眺めた。
「酷い有様だね。重力砲弾はどうだったの?」
アールが聞いた。
「重力が少し弱かったと思われます」
サーリが答えた。
「そうか。じゃ、そろそろ奴も戻ってくるね。見るとまだ、将兵達は、完全に死んでいないようだね。今なら復活もできるだろう」
「陛下。復活させてあげられますか?」
サーリが喜んで聞いた。
「うむ。何人復活させる事ができるか分からないが、全力で復活させてみよう」
アールはそう言うと、スーっと空中に浮いて上がって行く。何をするのかと皆が見ているとアールは両手を広げ天に向けて祈りのような仕草をした。
「究極復活」
大声で叫んだ。アールから想像を絶するような神々しい光が発生し丘の周囲全てを照らした。
すると、どうだろうかテーランダーで死んだありとあらゆる人々が復活したではないか。三界連合軍も、テーランダー連合軍も魂が消失して死が確定していない者は全て復活したのだった。
皆、事情が分からないが、生き残った者が丘の上を指差した。全員がアールの方を見る。あそこに本物の神が出現したとでも説明しているのだろう。
《私は三界の王アールティンカー。テーランダーの神々よ。『原始皇帝』との最終決戦の時が来た。皆は巻き添えを喰らわぬように直ちに外界に避難されたし。三界連合軍も直ちに撤退せよ》
皆、しばらく意味が分からなかったが、『原始皇帝』の滅茶苦茶な相手構わぬ攻撃を思い出し、次々にテーランダーから転移して行くのが見えた。
復活した者の中には、聖神達もいた。
丘の上のアールを見た、蛇足ハカヤが叫んだ。
「お前は、あの愚にもつかぬ下等種族だった。俺がとことん痛めつけて殺してやったはずだ」
アールは、その怒声に聖神に気づいた。静々と聖神達のところに飛んで行く。
「ハカヤ殿ですね。その節はお世話になりました。あの経験はとても酷いものでした」
アールが爽やかに笑いながら言った。
聖神蛇足ハカヤは、顔を赤くして怒る。
「馬鹿にするのか」
ハカヤは、復活させてくれた恩など無視して、全力でアールに飛びかかろうとする。しかし、アールの周りから出ているオーラのような物に阻まれて近づく事ができない。
「馬鹿になどするつもりはありません。私は過去の事にこだわらないだけです。皆さんを善悪どちらと考えるかは主観の問題です。私でも皆さんの立場なら同じ事をしたかもしれない」
「やはり、お前達は甘ちゃんだな。一緒にはやれぬな」
蛇足ハカヤがぼそりと呟くように言った。怒りはアールの強さのせいで何処かに消えてしまった。こいつなら『原始皇帝』を退治できるのではないか。そう思いたかった。それだけが、聖神達の願いだ。
「聖神達。これから、破壊神『原始皇帝』と闘います。勝つか負けるかは時の運。我々が負けた時は辛いでしょうが、『原始皇帝』の封印の役を続けてください」
アールがそう言った。
「お前が、青姫マリアージュの言っていた奴だな。確かに、お前は全盛期の我々よりもずっと強そうだ。生きていると希望と思える事があるものだな。
『原始皇帝』は、破壊の限りを尽くすとブルトランド宮で眠りにつく。その後の事は、我々に任せておけ。もし、お前達が負けても三界の世界には手を出さぬようにしてやろう」
憤怒アビヌが穏やかに言った。
「最善を尽くしましょう」
アールはそう言うと聖神から離れて行った。丘に戻る。
「前衛は、私、青姫とクロ、紫姫、ツウラ、中衛は、エルシア、ヨロンドン、ラーサイオン、フリンツ、後衛にヨランダード、メイア、サーリのホーメーションで闘う。
『原始皇帝』の攻撃は、左右八本ずつある腕の攻撃、目からの光線、口からブレス、二本の尻尾による攻撃などだが、それ以外にも攻撃のパターンが有るかもしれん。決して油断しないでくれ」
その時、空の上からキャーギューキューときみの悪い鳴き声が響いた。
『原始皇帝』が現れたのだ。彼らは、アールの指示したフォーメーションで整列しつつ『原始皇帝』に近づいていった。
『原始皇帝』の目がチカリと光る。
「目の光線が来るぞ」
皆が身構えた。あんなのをまともに食らったらたまったものではない。
『原始皇帝』の目が光り、光線がアール達に照射された。しかし、光線は、アールが作った防壁に阻まれて四散する。
アールは、その威力に驚き、皆に強化の魔法をかけてやる。これで大丈夫だろう。
「あの攻撃をまともに受けては助からないだろう。強化魔法をかけた。直ぐにはやられないだろう」
アールが皆に言う。皆は内心ホッと一息ついた。
『原始皇帝』の目がまた、チカリとする。
「紫姫。あの攻撃をしのいで見せてくれ」
アールが言った。危なければアールが何とでもしてくれるだろう。アールの強化魔法の効果は、分からないが、自身の持てる最大の攻撃を相手の攻撃にぶつけるしかないだろう。
紫姫アルテミシアは、剣を正眼に構え、心頭を滅却した。何も考えず心を空っぽにしたのだ。無心の構え。剣の極意である。
目から光が放たれたその瞬間に紫姫は、剣を撃ち込んでいた。剣先で大爆発が起こる。
剣の攻撃力が何倍にも強化された事が分かる。
その様子を見ていて皆が、これで闘えると確信を持った。
『原始皇帝』が左右合わせて十六本もある腕をブンブン振り回し始めた。手には見た事も無い武器が持たれている。
アールが皆に攻撃パターンを指図した。青姫が黒帝に乗る。長大なドラゴンランスを構えた。アールの命令で激突するつもりだ。紫姫が青姫のサポートに入る。
『原始皇帝』は、初めてアール達を視認した様子だった。何を考えてるのか全く不明だ。知能が有るのかも疑わしい。見るからに魔獣の亜種だった。
『原始皇帝』などと大層な名前だ。この怪物は、原始の最初からあらゆる破壊の限りを尽くしてきた化け物なのだろうか。
アールが一歩前に出て怪物の攻撃を誘う。『原始皇帝』は、十六本の腕を目茶苦茶に動かしてアールを攻撃してきた。ヨランダードが無詠唱の攻撃呪文を連発する、メイアは、『原始皇帝』の防御力を少しでも下げようと魔法をかけた。
ヨロンドン、エルシア、ラーサイオンが少し前に出る。中衛は、前衛が攻撃している間、前衛に変わりパーティーを守るのが役目だ。
アールが『原始皇帝』の腕を弾き飛ばした隙に、青姫、紫姫、ツウラ達が突進する。『原始皇帝』の腕の中でアールからの弾かれ方が緩かった何本かの腕が引き戻ってきて彼らを襲う。
アールは、十六本全てを一度に弾き飛ばしたしていたが、紫姫は一本の腕をギリギリ弾きかえすので精一杯だ。
必死で跳ね返したが、次の一本が又襲ってくる。ツウラが弾きかえす。ようやくできた隙間にアールの合図で青姫が黒帝に乗ったまま突っ込んで行く。
長大なドラゴンランスが『原始皇帝』の腹部に激突して、大爆発を起こす。
「「「ドドドド!!!」」」
前衛の青姫と黒帝、紫姫、ツウラが中衛に、ヨロンドン、エルシア、ラーサイオンが前衛に入れ替わる。アールは、『原始皇帝』の最も近いところに立ちはだかっている。
『原始皇帝』も、同じ失敗をしたく無いのだろう、アールを無視して、今度はヨロンドン達に攻撃をしかしてきた。
しかし、アールはその隙を見逃さない。『原始皇帝』に想像を絶するような強力な斬撃を浴びせていた。
『原始皇帝』は、ギヤーギューギューと気持ち悪い叫び声を上げながら後退する。
胸にはアールに浴びせられた斜めの傷と青姫が激突でつけた傷ができているのが見えた。
パーティー達は、さすがに熟練者ばかりだった。隙あれば一挙に畳み掛けることを厭わない。ヨロンドン、エルシア、ラーサイオンの三人も最大級の攻撃を投げつけた。
遠距離攻撃を、得意とするヨランダードも容赦なく無数の爆破魔法を発動している。
この時、アール達の陣形が少し乱れた。『原始皇帝』には尻尾の遠距離攻撃がある。
まさに、二つの尻尾が左右から同時に鞭のような速度でパーティーに向かって恐ろしい速度で振り込まれた。音速を超えたバシッバシッと言う大きな破裂音と共に巨大な尻尾がアール達を襲う。
尻尾は、前衛、中衛を超えてサーリ達目がけて振り込まれた。
サーリは、必死で防御魔法を発動しすると共に剣を尻尾に叩きつける。
しかし、勢いは収まらずサーリは、弾き飛ばされてしまう。同じくヨランダードにも尻尾が襲う。ヨランダードは、最大攻撃魔法を何十発もぶつけて更に光の剣で尻尾を薙ぎ払う。
メイアが、弾き飛ばされたサーリを魔法で捕まえ元の位置に連れてきた。
体制を立て直すため、一旦『原始皇帝』から離れる。
「皆。よく頑張ってくれた。後は私一人でやってみよう」
アールが提案した。『原始皇帝』があまりにも強くこのまま闘っても犠牲者が出るだけだろう。逆にアール一人で闘う方がやり易いのだ。
皆、黙って引き下がる。青姫も一言も言わなかった。サーリがアールの手を持って離そうとしない。
「必ず帰る」
アールが言った。サーリは頷いて引き下がった。
ようやく、体勢を立て直した『原始皇帝』が彼らのところに進んできた。アールがいるにもかかわらず『原始皇帝』は、離れて行くサーリ達を目がけて追い討ちの尻尾攻撃をかけてきた。意表をついた攻撃だったが、アールはススッと前に進みでると、伸びきった『原始皇帝』の尻尾を切り落としてしまう。
ギャーギャーとうるさく喚く『原始皇帝』に構わず斬撃を浴びせかける。
『原始皇帝』は、アールの斬撃を一本の手で跳ね除けようとしたがそのまま手が弾き飛ばされてしまい。もう二本の手でようやく受け止めた。
アールに力負けしているのだ。『原始皇帝』は、何を思ったのかギャーギャーとやかましく喚きたてて、手を振り回し出した。見ると八対の腕が二対、四本腕になっている。
アールに力負けしないために変身したのだ。
アールは構わず、『原始皇帝』に、強烈な斬撃を何発も浴びせかけた。『原始皇帝』は、アールの斬撃を一本の手で受け止めて見せた。表情は分からないがニヤリとしていたことだろう。
それでもアールは次々に斬撃を繰り出している。
「アールの攻撃が次第に強くなってないか?」
フリンツが紫姫の肩に手を置いて聞いた。
「強く。鋭く。早く。重くなっています」
紫姫が答えた。
アールの鋭い攻撃が『原始皇帝』の腕を跳ね飛ばした。これで少しは、戦いが有利になるかと思ったが誤りだった。
一度、アールから身を引くと『原始皇帝』は、ギャーギャー喚き立てる。
そのギャーギャーが回復魔法なのだとアールは初めて気づいた。手が治り、傷つけた傷が全て治っている。尻尾も二本に戻っている。
アールは、転生してからまだ体が馴染んで無かったので慣らしで軽く動いていた。そろそろ、全力で闘っても大丈夫だろう。
錬金術で、刀を重く大きくする。重さはざっと百倍、長さは五倍にした。元々七百キロだった刀は七十トンになったのだがアールは軽々扱っている。
剣を正眼から振り下ろす。『原始皇帝』は、アールの超強力な斬撃をまともに受けたら腕がおかしくなると判断したのか、ブレス攻撃をしかけてきた。
ギャーギャーのさらに喧しい版だ。さすがのアールも耳を覆ってしまう。『原始皇帝』は、さらに喧しく喚き散らしながら尻尾攻撃を繰り出してきた。
アールは剣で危うく逃れるが剣が飛んで行ってしまう。
飛んで行った剣が地面に激突した巨大な地鳴りでその剣の重さを見ていたものに伝えた。
アールはプラズマ剣を出す。重さがないので打撃威力がなくなるが数億度の高熱の刀身が何もかもを燃やし尽くす。
『原始皇帝』の尻尾が左右から叩き込まれた。一本を避け、一本をプラズマ剣で切り落とす。
ギャーギャーとやかましく泣き喚く。
『原始皇帝』は、ブレス攻撃しながら、無数の分身をアールにぶつけてくる。
アールはブレス攻撃を魔法防壁で守りながら、プラズマ剣を分身に振るった。
その時、サーリが「分身達は任せてください」と言いながら、加勢に入ってきた。
アールは黙って任せると、『原始皇帝』に向き直る。『原始皇帝』は、ブレスと目の光線を打ち込んでアール達を翻弄した。
また、四本の腕も長さを自由に変え、クネクネに折り曲げてランダムに攻撃をしかけてくる。アールはそれらを叩き伏せ、ブレスを防ぎ、光線を防御した。アールは、プラズマ剣を二本出す。両手でそれぞれ持つ。『原始皇帝』の腕の攻撃を避けながら、左手で攻撃を入れた。ブレスを避けながら攻撃を畳み込んだ。
『原始皇帝』も四本の腕で無秩序に攻撃をしかけながら、ブレス、目の光線、尻尾の攻撃をしかけてくる。
『原始皇帝』は、精神攻撃をしかけてきた。咄嗟にアールは『原始皇帝』ごと結界に取り込んだ。そうしないと他の皆が精神攻撃にやられてしまうからだ。
『原始皇帝』の強烈な精神支配の力がアールを取り込もうとした。この時、『原始皇帝』が機械のような精神をしていることに気付いた。勝つための最善手は何かそれを二択で選択しているようなそんな精神体系なのだ。
こいつはただの機械だ。昔々に作られた自動機械に違いない。
アールは《機械の分際で命令もないのに破壊するとはどういうことだ?》と思念波で問うた。
一瞬。『原始皇帝』の動きが止まる。《命令コードを入れろ》『原始皇帝』が壊れた機械人形のようなぎこちない動きでそう問うた。
《お前に、新たな命令コードを入れる主人はもはやいない。お前も消えるがいい》
アールはその隙を見逃さなかった。プラズマ剣の出力を最大にあげる。巨大なプラズマの炎が『原始皇帝』を飲み込んだ。数億度のプラズマの中で形を保てるものは宇宙には存在しない。
『原始皇帝』は、チリも残さずに消滅した。呆気ない最後だった。まさか古代の破壊兵器だとは想像外だった。
アールが結界を解くとサーリを始め仲間達がアールに全速力で飛んで行った。




