064 アキネル最終決戦開始
朝が来ても雨は止むことは無かった。
天候も想定外だが、城壁から見渡すフォラス、モニカ、バルフィード達の前には、一面の湖のような光景が広がっている。そして、夜明けと共に攻め入ってくるかと思われたウォー・ヒルズ軍は、どういうわけかアキネルまで距離は保ったままでこれまでのように攻めてこない。これには作戦を練っていたモニカも面食らう。
「困りましたねぇ。城壁にへばりついたところで堀を造る予定だったのですが・・・・・・それに、この辺りはこんなに水が溜まる地形でしたか?」
「いや、この辺は草原だ。耕作地にするには何度もトロール共が攻めてきて踏み荒らすからな」
フォラス太守の説明に怪訝な表情のモニカ。そこへバルフィードが白状する。
「実はな、夜明け前にこっそりと出て地形操作してきたんだ」
雨脚が強い状況であったことから、どうせなら進軍の邪魔にもなるよう、1アルムスほど地形を平坦に下げたのだという。
「なるほど、それで・・・・・・それは良いんですけど、薬撒くときはある程度範囲を絞らないと効果が薄くなっちゃいます」
さらに、電撃の魔法を使う際には、味方側の地形を上げて水辺から離れないと感電してしまう、とモニカが注意事項を伝える。結局、その辺はモニカが予定通りバルフィード達と行動して、場所とタイミングを見極めることにする。後は、このまま敵が来るのを待つか、討って出るかだ。
「元々攻めてきたのは向こうだからな。来ないとなると何を企んでいるか判らん。まずは様子見だな」
フォラスの判断にしばらく様子見をする事としていたのだが。
しばらくすると、突然、轟音が鳴り響いて西門から黒煙が上がった。
何事かとフォラス達が城壁上を走ると、遠方から鬨の声が聞こえ、西門は外へ向かって門がそのまま倒れ込んでいる。近づいたフォラス達が見た光景は、倒れ込んでいる10人程の重騎士達とそれを介抱しようとする兵士達、門付近に飛散している金属片と肉片と肉の焼ける臭いであった。城壁の外を見れば、倒れた門は黒く焦げており、城壁そのものもあちこち黒ずんでいる。
下から報告に上がってきた兵士によると、昨夜の内に侵入して兵士に化けていた人狼が2体、西門のそばで自爆したのだそうだ。
「被害規模からすると、敵は強力な魔印誓言を使ったのかも知れませんね。そして、これが敵の策ですか」
「門が無い状態の籠城は厳しいな。戦場が一局集中しすぎるし騎兵が活かせん。ここは出るべきだろう」
「その通りだな。バルフィード殿、モニカ、討って出てくれるか? 例の作戦、いささか戦況が違うが頼む。こちらはその間に部隊を展開する」
3人は城壁から地上に戻りそれぞれ出撃準備に取りかかった。
フォラスは重騎士を西門周辺に配置し、騎士団を街道に展開させるよう手配する。一方、バルフィードとモニカは、義勇兵のうち馬の得意な少数精鋭で出撃する事を予め決めていた。借宿で馬に乗り、北の通用門に向かう。そこには既に準備済みの者達が居た。馬に乗ったその者達は――
銀の剣匠、シャティル。
女剣士、レティシア。
シュナイエン騎士、アンジュ。
トルネスタン王国王子、トリスタン。
バルフィードとモニカを合わせて6名。これに、城壁上で飛翔のタイミングを待つアルティが加わる。ネイガは馬が得意では無いと言う事で西門守護に回っていた。
バルフィードの号令の元、6人は出撃する。くさび陣形を取り、先頭はシャティル。その後方にアンジュとトリスタンが並び、モニカを挟むように左右にバルフィードとレティシアが並ぶ。進撃方向はモニカもしくはバルフィードが指示をすることになっていた。
北の通用門から出て西側へ回り込む。既に敵軍は半分ほどの距離を詰めており、バルフィードが細工した一面湖状態の畑地を泥濘に足を取られながら進んでいた。一行は城壁から少し離れた所まで西進し、そこから南東方向へ向きを変える。
「敵の前方で作戦実行して、即座に離脱しなければなりません! バルフィードさん、敵に平行して西門目指して駆けてください。前方は走りやすいようにこちらだけ陸地を持ち上げて!」
「判った!」
バルフィードは背中の大剣を左手で抜き、騎上で腹ばいになりながら左手を伸ばし、地面に大剣を触れさせる。魔剣ロックマスターの効果によって進路上の地面が持ち上がってくると、一行は全速力で駆け始めた。
合図はバルフィードがロックマスターを抜いた時と決めてあった。
城壁上で、光翼騎士アルティは翼を広げ飛び立とうとする。その時、急激に異変を感じ、アルティは思わず動きを止めた。それは、魔導に通じたものであれば魔力の高まりであると理解出来ただろうモノ。思わず右を向くと、城壁上の空間に黒い闇が渦巻き、等身大の大きさになる。
固唾を呑むアルティが次に見たのは踏み出してきたブーツの右足。茶色のズボン。膝までの裾長の前開いた黒ローブ。胴には皮鎧を着込み、野性的な風貌に茶色い巻き毛の男であった。
アルティと目が合った男は口を開く。
「光翼・・・・・・ラーバスター・アルティレイオンって奴か?」
「なぜ私を!?」
「ラナエスト王国魔導団長ガロウド・リンクスだ。フォラスからこっちの状況報告は受けている」
驚くアルティに人差し指と中指を揃えた手を振って挨拶するガロウド。
「援軍に来たところだが、これから何かやりそうだな。とりあえず、お手並み拝見させてもらうぜ」
「では失礼します!」
敵軍に迫るバルフィード達を見つけてガロウドがそちらを見始めたので、アルティは気を取り直して出撃する。
ガロウドの突然の登場に驚きはしたが、あれが王都からの援軍だというのであれば、かなりな腕前の魔導師なのだろう。アキネル側の優勢がさらに増したのであれば言うことはない。アルティはバルフィード達目指して飛翔する。
風を切る音と共に、光翼を広げたアルティが城壁から飛来して合流し、シャティルの右側に併走するとモニカが声を掛けた。
「アルティレイオンさん、これから敵に最も近づいたところで、薬の散布をお願いします!」
「任せてくれ!」
アルティは、予めモニカに渡された皮袋を抱えている。その中身は紅サンゴを砕いたモノとウツボカズラの葉を乾燥させたモノで、モニカがアキネルに来てから苦心して用意したものだ。
やがて、一行は併走するように敵軍を追い抜きつつ、斜めに近づいていく。当然、トロールや人狼達はこちらに敵意を向けて、叫び、吠え、拳を振り上げたり、中には棍棒を投げつけてくる者も居る。こちらの馬の機動力が無ければあっという間に蹂躙される、およそ敵軍8千対精鋭7人の作戦。
アルティが袋の口を開け、薬をトロール達の行軍している水辺側にばらまきながら前方へ一気に加速する。袋毎良く混ぜ合わせてある紅サンゴとウツボカヅラの葉の粉末は、一面に散りつつ敵軍によって水面に撹拌されていく。
モニカ達は全速力で馬を走らせ、やがて敵軍を置き去りにして西街道付近まで到達すると、馬を止めた。
激しい騎乗であったため、馬から降りてもふらつくモニカであったが、レティシアが慌てて支えに入る。モニカはレティシアに礼を言いつつ、魔法を使うために水辺に杖を刺して魔法の触媒を取り出す。
電気魚の干物を取り出し、モニカは起動呪文を唱え始める。触媒から抽出した魔力で宙に魔印を描き、それを起点にさらに月と術者の間に魔力門を開いて魔力元素を呼び込むのだ。
『失敗は許されませんが、成功してもこれだけの大軍、広範囲となると厳しいですね・・・・・・』
「祖は震え、擦れ、浮き出て走れ。光にして熱を持つ命の煌めき、集いて束ねん」
モニカのかざす左手の先で放電が始まる。
「走れ!“電気走り”」
呪文発言をモニカが発すると、左手から細かな光の糸が前方の水面に向かって激しく放出された。
魔法学院ではLv7に相当する雷系魔法、「電気走り」。
電撃を前方に無数に放出するこの魔法は、生物の動きを一時的にマヒさせる。更に上位の「放電」や「雷」に比べればダメージは少ないが、工学的に電撃による物質変化を扱うというもう一つの側面を持っていた。
進撃中のトロール達にはピリピリする程度の感覚でしかないが、アルティによって散布された紅サンゴとウツボカヅラの粉末は、水中に溶出してこの電撃を受け、化学変化を発生させる。それは、本来は傷口を消毒するオキシドルという物質であるのだが、トロール達にとっては真逆で再生能力を阻害する毒である。
モニカ達は再び騎乗し、西門に向かいつつ様子を見るが、しかし、トロールと人狼達は歩みを止めること無く進み続ける。
「失敗なのか?」
シャティルの問いにモニカは首を振る。
「成功しているはずですが、あくまでも再生能力が効かなくなる程度です。ただ、敵が多すぎて後続にまでは効き目が回らないかも知れません」
モニカの言うとおり、トロール達はオキシドルの気体に包まれ気分が悪くなったものの、歩みを止める程ではなかったのだ。
「元々は城壁沿いのもっと狭いところで使うつもりでしたから。せめて私がLv8相当の力があれば“放電”が使えたのですが・・・・・・」
モニカの悔しそうな呟きを聞いたアルティは、城壁上の人物に思い立った。確か魔導団長と言っていたはずだ。
「城壁に王都からの援軍が来ている。彼ならばなんとかなるかも知れない!」
アルティは光翼を操り、進路を一人変えてアキネル城壁に向かった。
ガロウドは向かってくるアルティに気付き待ち構える。やがて、到着したアルティからモニカの作戦のあらましを聞くと、ガロウドはなるほど、と頷く。
「ノキアの妹と言うからどの程度の力かと思ったが、まぁ可愛げのある程度だな。よし、仕上げは俺がやってやろうか」
ガロウドはそう言うと、腰ベルトから吊り下げた棒杖を左手に取り、起動呪文を唱え始めた。
「ライオー・ト・ライオウ!」
右手に集まる触媒―雷に晒されて無事である存在(棒杖)―の魔力で魔印を宙に描く。
「大気よ我に従え。水よ集い駆け上がれ。渦巻くは群雲、祖は集い、震え、擦れ、溜め込め。すなわち帯電にして。光にして星の煌めき、束ねて誘導せり」
瞬く間に戦場の上空に黒雲が発生し渦巻く。
「落ちよっ! 強雷!」
呪文発言をガロウドが発すると、行軍中のウォー・ヒルズ軍目掛けて稲妻が一条走った。
西門前で、黒雲の発生した頃から止まって状況を見ていたモニカ達。やがて、稲妻が敵軍に落ちると、水辺に居るためにかなりの範囲に渡って、トロール達が感電、同時に悶絶し始める。
「ああ、雷の魔法ならば確実です。感電とオキシドルで向こうの再生能力はほぼ効かないでしょう。こんな大魔法を使うなんて、おそらくはガロウド魔導軍団長が来てくださったのかしら」
感心した様子でモニカが呟く。ラナエスト王国でLv10雷系統「雷」を使えるのは宮廷魔術師であるモニカの姉や魔導団長、魔法学院長くらいであり、それゆえの推測である。そこへ、西門前で部隊を展開させていたフォラスが合流してきた。
「いよいよ最終決戦だ。皆、よろしく頼む!」
部隊編成は西門を中央に重騎士達1千、左翼を前後2班の騎兵千五百づつ、右翼も同様とし、さらに別働隊1千としている。シャティル達義勇兵はそのまま別働隊へ参加する事となった。
雷によって負傷しつつも進軍してきたトロールや人狼達は、西門目指して、幅は狭くも延々と後ろに厚みが続く縦深陣を形成している。アキネル軍はその先頭群に、左右の前班から弓矢、魔法、槍などによる攻撃を開始した。
オキシドルを浴びせたことによって、トロールも人狼も自慢の再生能力が働かず、次々と傷を負い倒れていく。
絶え間なく続くウォー・ヒルズ軍の進軍は味方を容赦なく前方へ押し込むため、倒れた者は踏みつけられ、まだ息のある者は左右の後班によって仕留められる。殆どの敵は西門前に展開された重騎士に届くこと無く仕留められていた。
一方、シャティル達別働隊は、敵の縦深陣の勢いを削ぐべく、分断するかのように敵陣の横断突撃を開始していた。
モニカが暗闇や霧、気流操作の魔法を使い、敵の後続が参戦しづらい状況を作る。
そこへ、騎士魔法による遠距離攻撃で突破口を作り、くさび陣形で騎兵の速度で突撃する。
シャティルが、バルフィードが、それだけでなくおよそ1千の騎士や冒険者達が、それぞれの獲物でトロールや人狼達を斬りつけ、止めまでは刺さずに移動を最優先として突破。一度離れて反転すると再び突撃を繰り返す。
時折、空からはアルティが光翼の攻撃を飛ばし、トリスタンの魔剣デュランダルによる光刃が小部隊を作って空間を走り、別働隊の支援をする。こうして、敵の縦深陣形は、さながらずたずたに切り裂かれる蛇のようであった。残った部隊もフォラス率いる本体が確実に倒し、ウォー・ヒルズ軍の壊滅は最早、時間の問題となったのである。
最後方に位置していた悪魔ダイグリルとトロール族の王ドルネ、人狼族の王ボルガ、およびその近衛兵達。彼らは自軍の倒れてゆく様子を見ていながら理解が出来ていなかった。
なぜ、再生能力を持つトロールや人狼達がいとも簡単に倒れてゆくのか?
なぜ、運悪く雷が自軍に落ちるのか?
ダイグリルだけは高まる魔力に気付いたため、雷が自然現象ではなくアキネルにいる魔法使いが放ったものと判っていたが、ドルネ達は気付いていない。そしてそのダイグリルでさえも、モニカの作戦は判らず、自軍がオキシドルによる攻撃を受けていた事には気付いていないのだ。
そしてさらに、自軍を左右から食い破っている騎兵隊。次第に部隊後方に近づいてくるその部隊は、やがてここまで到達するだろう。
ダイグリルはドルネとボルガ達に対し、最後方の部隊と共に騎兵隊を攻撃するよう命じた。
自身はここに留まり、これから召喚の儀式を行うのだ。ダイグリルは魔方陣を魔力で描き始めた。
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全面改訂に伴い、旧第一部を、前日譚として別途投稿しています。
「借金確定の武器無しソードマスター ~ルイン・ブリンガーズ前日譚~」
http://ncode.syosetu.com/n5867cl/
挿入エピソードの大幅加筆、導入も終わりも全面改修して以前とは違った、なおかつ本筋は押さえた形式に。今まで隠していた話も新たに加わっており、本編とは独立して読める一本としてあります。旧第一部をお読み頂いた方も是非、こちらをご覧下さい。




