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悪役令嬢の影武者ですが、主人が姿を消してから五年が経ちました  作者: パンドラ


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第16話

 私の誘いに先生が乗ってきたのは、案外早い段階でした。

 その日の授業が終わって、放課後となった時間。

 フルリナのレッスンのために寮へ戻ろうとしているタイミングでのことです。

 廊下を歩いていた私たちへ、ヘイルム先生が話しかけてきました。


「ごめん、ちょっといいかな」

「何でしょうか、先生」


 初期の応対は付き人の役目。フルリナが対応します。

 私たちが振り返ると、ヘイルム先生は走って私たちを探し回っていたのか、少しだけ息が切れているご様子でした。


「ミリス嬢。あの件なのだけれど……」


 一瞬だけ、顔の筋肉が強張ってしまった。

 フルリナの対応をせず、直接私に話しかける。

 貴族らしからぬ不作法な振る舞いだ。


 それに思ったよりも反応が早い。

 情報の裏取りしている時間もなかったはず。

 それほどまでに、妹に関する情報はヘイルム先生にとって重要ということでしょう。


「……いや、細かいことは聞かないでおくよ」

「それは、どういう意味ですか?」


 細かいことは聞かないでおく?

 あなたは、私に話を聞きに来たのではなくて?


「ああ、なんて言えばいいのか。その、口下手でごめんよ」

「教師であらせられるのにですか?」

「ははっ、そうさ。貴族社会が窮屈だから、学術に逃げたのが私だからね」


 快活に笑うその姿に。

 誰かを殺しそうな闇は見えない。

 ――悪役令嬢必携ノートのヘイルム先生の項目を忘れたわけではありません。


『怖い、近寄りたくない。こいつに殺されるのだけは絶対に嫌だ』


 変わられた後のミリス様は、そう記していたのです。

 この方にミリス様が殺される可能性があると示しているのです。

 警戒は、するべきでしょう。


「一つだけ答えてほしい、先日の手紙の主は君かい?」

「……え?」


 手紙? 何について聞かれると思えば、手紙?

 私が呆気にとられたのを見て、安心したようにヘイルム先生は息を吐きました。


「よかった。その様子を見るに、君ではないみたいだね」


 心の底から安堵したとふにゃりと笑うその顔は、到底人を殺しそうには見えなくて。

 ――何が起きているのですか?

 悪役令嬢必携ノートの内容は信用に値するのではなかったの?


「先生、何を仰りたいのですか?」

「単純なことだよ。もしも、生徒が脅かされているのなら、手助けになりたいと思っているだけだよ。私は先生だからね」


 先生は真剣な表情に戻って、再び問いかけてくる。


「もう一つだけ確認させてほしい。私の妹について君が知っているのは分かった。フルリナちゃんも知っているのかな?」

「いいえ、私だけです」

「――そうか。なるほど」


 私の回答を受けて、少しだけ考える様子を見せる先生。

 一体何を考えているのでしょうか。

 何か言いたげなフルリナを制止して、先生の返答を待ちます。


「……ミリス嬢。君さえ良ければ、この後私の研究室にこないかい?」

「っ!?」


 公に、研究室への誘いを?

 心臓が高鳴る。想定外の展開に、受けるべきかどうか逡巡する。


「ただし、フルリナちゃんは駄目だ。知らないのなら、知らない方がいい」

「え?」


 先生は、私一人ならば研究室へ案内してくださるとおっしゃっているわけで。

 これに乗らない手は、正直ないでしょう。

 危険が伴うため、レオには止められるかもしれませんが。

 この進展は大きなものですよ。


「ミリス様、どうしますか?」

「フルリナ、先に寮に戻ってなさい」


 迷わず答えます。

 これは千載一遇の好機と言っても良いでしょう。

 フルリナには、申し訳ないですけれど。


「……わかりました」


 多少不服にしながら、フルリナは私の指示に従います。

 名残惜しそうにこちらをちらちらと見てきますけど、私が一回頷けば、寮の方向へ一人で歩いていきました。


「君に見せたいものがある。こっちだ」


 先生の先導の元、彼の研究室へ向かいます。

 廊下を歩き、階段を上り、窓から射す夕暮れが私たちの歩く地面を茜色に染めている。

 授業棟から離れて、各先生の研究室がある学術棟までやってきました。


「ここだ、入ってほしい」


 軽く魔力を放って探知しますが、罠の類はなさそうです。

 先生から敵意を感じないのは私の目が節穴だからではない?

 では、本当にあの悪役令嬢必携ノートの内容は何だったのでしょうか?

 確かめるためには、踏み込むしかないでしょう。


「失礼します」


 中に入ると、ごちゃごちゃと地面に散らばる書類に、山のように積まれたよくわかない魔道具たち。机の上にも書類が山盛りにされていて、何というか整理が下手な人という印象を最初に植え付けられました。

 ただ、ぱっと見で人体錬成を試みているような実験痕は見えません。


「汚くてごめんよ」

「いえ、その……」

「安心してほしい、掃除の手伝いはさせないから」


 言いながら、先生は書類の山、机の方へと向かっていきます。

 そこから一通の手紙を取り出して、こちらへ差し出してきました。


「君に見てもらいたいのは、これだ」


 これも呪いや魔力の残滓は感じ取れない。ただの手紙のようです。

 しいて言えば見覚えのない奇妙な印が記されているぐらい。

 どこかの家紋とかではありませんね。


「私が読んでも?」

「そのために呼んだんだ。読んでほしい」


 お言葉に甘えて、手紙を開く。

 そして、内容に驚きました。


 一通り内容に目を通したタイミングで顔をあげ、先生の方を見ます。

 先生はゆっくりと大きく頷かれました。


「……死者の蘇生と、その手法について、ですよね?」

「ああ、間違いなく禁術に指定される類だ」


 手紙に記されていたのは、人を蘇生するための術式と研究結果の過程。

 まるで、悪役令嬢必携ノートの内容に記されていた先生の所業とそっくりの。


「先日、私の元に届いてね。ついぞ誰から届いたものかはわからなかった」

「どうしてこれを私に?」

「君が『妹の件で手助けになれるかも』と言っただろう? ひょっとして、この手紙の差出人が君じゃないかって思ったんだ」


 確かに、その推論は筋が通る。

 でも、この手紙は私が出したものではありません。


「……正直、迷ったよ。妹にもう一度会えるなら、何としても会いたいから」

「では、こうして私に打ち明けるのは筋が通りません」


 手紙の差出人が私でない以上。

 禁術の研究をする気ならば、他人に知られるのは間違いでしかない。


 先生は鷹揚に頷きました。


「君が差出人ではないかと思った時に脳裏によぎったんだ。もしかしたら、生徒がとんでもないことに巻き込まれているんじゃないかって」


 確かに、禁術を生徒が知っているとなれば相応のものに巻き込まれているに違いありません。

 先生は言葉を続けます。


「妹の蘇生と、生徒の危機。これで妹を取ろうものなら、生き返った妹にきっと私が殺されてしまう」


 どこか懐かしむように。きっと、妹さんの事を思い出しているのでしょう。

 フルリナに似ていると言っていましたから、確かに、人道を踏み外せば怒るでしょうね。

 あの子は純粋で、真っすぐな子ですから。


「君のおかげで、冷静になれたんだ」


 ――要は、悪役令嬢必携ノートの内容が起こる直前だった、という事ですか?

 私が動かなければ、先生はこの手紙の内容を確かめようと実験を始めていたということ。

 その先が、悪役令嬢必携ノートに書かれている内容に繋がっていた?


「もしも一度でも手を付けていたら、罪悪感から逃げるために何としても続けようとしていただろうね。私は、弱い人間だから」


 遠い目をしながら語る先生は、道を踏み違えずに済んだことを心から安堵しているようです。


 起こりうる災厄を、私は未然に防ぐことができた?

 悪役令嬢必携ノートは、やはり完璧な予言書ではない?

 フルリナが攻略対象と愛を育む気配がないように。

 先生もまた、禁術の研究に手を染めずに済んだということでしょうか?


 それはそれで喜ぶべきことなのでしょうが。

 当初の目的は、達成できないことになってしまいます。


「先生、一つお聞きしてもよろしいでしょうか」

「私に答えられることなら」

「とある人の様子が突然変わる。あるいは、他人が他人の体を乗っ取る。そういうことは可能だと思いますか?」


 私の問いに、先生は顎に手を当ててじっくりと考える素振りをします。

 数分。体感時間では十数分。

 先生はじっくり考えた後に、答えを教えてくれます。


「結論から言えば、理論上は可能であると思う」


 理論上は、ですか。


「理由は」

「肉体は魂の入れ物でしかないからだ」


 召喚魔法において、何を召喚するかは重要な要素となっている。

 だからこそ、先生は詳しく答えてくださいました。


「召喚魔法において生物を構成するのは三要素あるとされている。肉体があり、魂がある。その二つを繋ぐのが精神で、三要素だ」

「人格が入れ替わる場合は、魂を入れ替わる、という事ですか?」

「魂は記憶を保有している部分だ。だから、そこが入れ替われば別人のようになるだろうね」


 まるで講義のように。

 淡々と先生は語ってくれます。


「だが、そう簡単にはいかない。精神があるからだ」


 一般的に精神力と言われるように、魂と肉体の結びつきは精神力、言い換えれば自我の強さで決まると先生は語る。


「自我がよほど薄い人間ならともかく。一般的な人間の自我を踏みにじって魂を入れ替えるのは不可能に近い」

「自我が強い人物の人格が変わったとなると、どういう可能性が考えられますか?」


 ミリス様は、実際に人格が変わったようになっていらしたのです。

 先生の言う道理ならば、レオがあれほど我の強さを語るミリス様が乗っ取られるはずがない。


「……非常に難しい命題だね。当然、魂が強制的にすり替わるのは不可能だ」


 これまでの説明に則るならばその通りなのでしょう。

 またしてもじっくりと考えて、先生は一つの答えを出しました。


「完璧に精神をコントロールできる術があるのであれば、繋がる魂を入れ替えることは可能かもしれない」


 荒唐無稽な仮定だけど、と先生は補足してくれました。


 でも、可能性がそれしかないのなら。

 ミリス様は、精神を操作し、わざと自分の体を乗っ取らせた可能性が高い?

 ここで問題として残るのは、乗っ取らせた魂は一体何? ということ。


「おっと、もうこんな時間か。拘束して悪かったね。今日はもう寮に戻るといい」


 部屋の窓を見ると、夕暮れだった外が既に暗く墨色に染まっていました。

 そろそろ行かなければ、寮の門限に間に合わないかもしれません。

 残念ですが、本日はここまでですね。


「またお話を伺いに来てもよろしいでしょうか。今度は知り合いも連れて」

「公にできる学術の話なら、歓迎するよ」


 これは、重大な情報です。

 レオにも共有するべきでしょう。

 必要とあれば、レオと一緒に先生の元に訪れることも考えましょう。


 少なくともミリス様は自ら乗っ取られた。

 この情報は……私たちのミリス様捜索をどれ程進展させてくれるでしょうか。

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