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悪役令嬢の影武者ですが、主人が姿を消してから五年が経ちました  作者: パンドラ


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第14話

 ◇ ◇ ◇



 やるべきことが途端に増えました。

 ヘイルム先生へどうやって近づくべきか考えなければならず。

 フルリナ嬢——いえ、フルリナの教育もやらなければなりません。


 侯爵令嬢の付き人となるのですから、求められる水準は伯爵令嬢のそれ。

 今のままでは圧倒的に不足しています。


 これが中々。

 上手くいきすぎているというのも、恐ろしい話ですね。


「――本日のレッスンはここまでにしますか」


 付き人として無事に申請が通ったため、学院内限定ですが彼女は私の付き人となりました。

 よってミリス・アークライトの格を落とさないため、彼女には相応の格が求められます。

 今のところは順調なのですが……。


「いいえ! まだ行けます!」


 汗をかき、疲れすら隠せていない様子なのに。表情だけは、一人前なのですから。

 フルリナはこの調子で、オーバートレーニング気味なのです。

 意気込みがあるのは良いことですが、休息も大事な要素。

 特に、彼女の場合は自分の身の回りのこともやらないといけないのですから。


「駄目です。成果は十分、ならば休息も立派な訓練ですよ」

「……はい」


 しゅん、と萎んでしまいましたね。

 ふぅ……。


「……今の調子ならば、そろそろ学院内を連れ歩いてもいいでしょう」

「本当ですか!」

「ええ」


 十全とは言えませんが。

 そのぐらいの飴は与えてもいいでしょう。

 ミリス様なら甘いとおっしゃるでしょうか? それでも、あの方も私は褒めて育てる方法を取ってくださっていました。

 レオはミリス様を血も涙もない超人のように言いますが。

 あの方は、とても優しい方だと私は知っております。


「付き人の歩き方、立ち位置、頭に入っておりますね?」

「はい!」

「であるならば、良いでしょう。明日からさっそく付き人としての仕事をしてもらいます」

「……っ! はいっ!」


 まったく、どうしてこの子はここまで熱心なのでしょうね。

 悪いこととは思いませんが。

 ……将来的にミリス様がお戻りになった際、何とか説得しませんと。

 どうか、変わらずこの子を側においてやってください、と。


「それじゃあ、今日はもう自分の部屋にお戻りなさい」

「また明日! ミリス様!」

「お休み、フルリナ」


 明日から付き人として振舞えると分かって、なんとまあ元気になったこと。

 その背中を見送って、私は机へと向かいます。

 そっと取り出すのは、悪役令嬢必携ノート。

 ここからは、汚い汚い打算の時間です。


「ヘイルム先生はフルリナに妹の面影を見るはず。そこを接点にすれば、接触は違和感なく可能なはず」


 こちらから接触するのでは警戒されるというのが、レオとの共通認識でした。

 ならば、向こうから接触してもらえばいい。

 ……だから、フルリナが付き人になりたいと言った時、答えは決まっていたわけです。

 断る理由がなかった。


 理由があるとすれば……。


「あの子を、巻き込んでしまいますか」


 レオはいい。彼はミリス様に焦がれている人物だから。

 ミリス様がいなければ、彼の太陽はいない。私と同じ、どうしようもなくあの方に魅了されて盲目になっている。


 では、フルリナは?

 あの子は何も関係ない。ただの平民で、危険なことに付き合う義務も責任もない。

 ヘイルム先生関連で真っ先に危険にさらされるのは彼女です。

 それを、許容していいのか。


「もしも、ミリス様なら」


 誰もいないからこそ、呟ける言葉。

 あの方なら、どうするでしょうか。

 きっと、誰も気づかない方法で先生の秘め事を暴き、巧みに交渉してみせるのでしょう。

 私には、思いもつかない方法で。


「まだまだ未熟ですね」


 自嘲する。

 あの方なら、あの方なら、あの方なら。

 己の未熟を一つ埋める度に、あの方の偉大さがよくわかる。

 

「未熟を認めるのも、一つの努力。重要なのは、未熟ながらに何ができるか」


 高望みをしても、理想に手は届きません。

 あの方なら、そんな無駄なことをしてないでさっさと今あるもので実現する方法を考えろとでもおっしゃるでしょう。


 私の今の理想は何ですか?

 ――ミリス様の帰還。その他にない。


「――思考を、整理しますか」


 では、それを実現するためには何をすればいいのでしょう。

 大前提、ミリス様が帰ってくる場所がなければ意味がない。よって、私がミリス様の代役を務めてその座を務める必要があります。

 同時に、ミリス様がどこへ失踪されたかの情報を集める必要もあります。


 この二つは両立しなければなりません。

 では、レオに正体を明かしたのはリスクを取り過ぎた行為でしたか?


 一方ではい。しかし、いいえ。

 レオは疑いを持っていた。そして、壊れかけていた。

 ミリス様の居場所を守るというのは、ミリス様の格を守るだけではなく、周辺環境も含みます。

 崇めるもののいない玉座に価値はない。


「よって、レオが壊れるのは阻止しなければなかった」


 これは私の選択の正当化かもしれません。

 ただ、壊れたレオを見て、ミリス様はなんと思うでしょう。失望なさるでしょうか?

 少なくとも、過去に交流があったのなら、ミリス様が選んで目をかけていた人物ということです。そんな人物が腐るのを見逃しては、あの方に会わす顔がない。


「次に、フルリナについて」


 勝手に付き人にしてしまったのはやりすぎだった?

 ですが、ミリス様なら彼女を救わなかったか?

 私を救って、フルリナを救わない理由は何?

 同じ顔だから? そんな理由だけで、あの方が人に大きな優劣をつける?


「つけるわけがない」


 あの方の天秤は極めて平等だ。

 ごく一部を除けば、公平に全てを見ておられる。

 あの方が絶対的だからこそ、他者に対して公平なのだ。

 ――では、私はあの方にとって特別なのか?


「それは願望であり、自惚れでしかない」


 そうであったらいいとは思います。

 思います。が、願望を計算に入れるのは愚か者のすること。

 事実をベースとした確実を積み立てることが、何よりも重要なのです。


 なら、スラム街の孤児を救った私を救ったあの方は、平民であるフルリナを救ったはず。

 影武者どころか表に出ても問題ない程度に私を育ててくださったのだから、フルリナにも同様の事をしても問題はない。

 この行為に、問題はない。


「……駄目ですね。どうしても、私情を挟みそうになる」


 本当に? という問いを何度も反芻します。

 ミリス様の真意に私は近づけているのでしょうか?

 全ては私の感情に理由をつけているだけではないのでしょうか?


「前提を認めなければなりません。私は、ミリス様には遠く及ばない」


 重要な前提を忘れるところでした。

 この視点をもてば、これまでの理論はがらりと変わる。


 足りないところは補ってもらえばいい。補える人物(レオ)は用意した。

 自分のやったことに疑問を持つな。ミリス様を前に恥じる行動をそもそもするな。

 私は、私のできることをやっている。

 これで不足ならば、前提がそもそも間違っていたのだ。

 私はミリス様の影になれているという、前提が。


「……よし、覚悟は決まりました」


 ヘイルム先生との接触に、フルリナを利用する。

 彼女の好意を利用させてもらう。

 そのうえで、彼女には何も教えない。教えれば不都合が出るかもしれないから。


 私は、あの子を、利用する。

 手ごまとして。


「うっ」


 胸が、苦しくなる。

 あの子の笑顔が、脳裏によぎる。

 ミリス様は、どんな気持ちで私を見ていたのだろう。

 どんな気持ちで、御自分の影武者として、いざという時は命を落とす娘に手間暇をかけて様々なことを教えていたのでしょう。

 いつかは失うと分かっているのに。手間暇をかける理由が、どこにあったのでしょう。


 ――本当に、なぜ?


 雷に打たれたかのような衝撃を受けました。

 冷静に考えれば、当たり前の疑問ではありませんか。

 ミリス様は確かに自己愛が強い方でした。それは、ご自身が絶対者であるという自負があるからです。


 ですが、顔が似ているから。気に食わないから。

 そんな幼稚な理由で、誰かを気にかけるようなお方でしたか?

 こんな苦悩を抱えると、分かっていても?


『——ティカにもわかる日が来るわ。大丈夫、私は全てを覚えているから』


 脳裏によぎる、変わられる前のミリス様の口癖。

 私は全てを覚えているから。

 私は、全てを覚えているから。


 当時はよくわからなくて、あまり気にしていませんでしたが。

 あれはまるで、ミリス様は覚えていて、私は覚えてないみたいな口ぶりでした。


 だとすれば、もしもそうならば。

 ミリス様だけが知っていて、私が知らない真実が。

 何かが、ある。


 それは一体、何?

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