第13話
◇ ◇ ◇
貴族学院へ通えるようになったのは、私にとって奇跡も同然だった。
町のしがないパン屋の娘である私は、漠然と実家を継いで、漠然と誰かと結婚して、漠然とそのまま死ぬんだろうなぁ。って思ってたから。
平民が貴族学院へ入学するためには、何かしらの突出した才能か、莫大な献金をする必要がある。大きな商人の家なんかは、貴族の方々へ繋がりを作りにお金を寄贈して通ってるんだって。
すごいなー。なんて思ってたけれども。
私にも、その唐突な誘いが来るだなんて思わなかった。
「魔力の能力値が規定値以上検出されました」
「う、うちの娘がですか?」
「はい」
十二歳になると、全国民に実施される魔力測定。
将来有望な平民にも活躍の場を与えるためって言う名目で、数年前から実施されることになった国策で、私は見事に突出した才能があったみたい。
基本的にこの国ではお貴族様しか魔力を持たない。なのに、私はそのお貴族様を越えるような魔力を保持しているみたい。
これは滅多にないことで、大変特別なんだと言われた。
けれども、私に実感なんて全然なくて。
私はただの女の子だよ? って、言ってしまった。
学院への入学も辞退できませんか、って。
ただ、大変名誉なことだから、これは必要な事なんだって。
使節の人にも、お父さんにも説得されて、行くことになった。
そこからの三年間は、憂鬱な日々だった。
学院に入るための準備をしつつ、色々なことを予習して。
正直、ずっと怖かった。
貴族の人たちと一緒に学ぶ? 私が?
魔力の量が凄いからってそれがなにになるっていうの?
パン屋の娘の魔力が凄いからって何か変わるの?
そんなことをずっと考えていた。
実際、入学式の日。
校門に入ってすぐ、貴族の方にぶつかってしまって。
平民風情が、と威圧されたときはすごく怖かった。
私の家族まで酷い目に遭うんじゃないかって。今後学院生活が酷いものになるんだって。
だから――あの方が現れた時は、女神様が現れたような気がしたんです。
「品位がありませんわね」
銀髪のロングヘアに、神秘的な蒼色の瞳。威風堂々とした立ち居振る舞いは、その場にいた全員を問答無用で圧倒していました。
その場で私は、本物の貴族の姿を目撃したのです。
言葉ではなく態度で格の違いを示す。
素人の私にだってわかる、洗練された動き。美しいとしか形容しようがない所作の数々。
私に絡んできた貴族を追い払って、なお気高く立つ姿。
「か、かっこいい……っ!」
思わず口から声が漏れてしまった。
口を押さえようとしたところ、あの方の視線がこちらへ向きました。
「大丈夫でしたか?」
先ほどの凛々しい姿とは相反して、慈愛に満ちた優しい笑顔。
この笑顔に、私は一目ぼれをしたんです。
この人のようになりたい。
この人の横に立ちたい。
この人の側にいたい。
一瞬で、ありとあらゆる不安が私の中に吹き抜けた春風によって吹き飛ばされて。
頭の中には、目の前の方の事しかなかったんです。
だから、ふいと他所を向かれたときは、どうしようどうしようって。
咄嗟に口に出せたのは――。
「あ、あの。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
なんて、ありきたりな台詞。
不躾だったかな。失礼な行為だって怒られるかな。って不安になったけれど。
優しく微笑んで、答えてくださったんです。
「ミリス・アークライトと言います。あなたは?」
名前を聞き返した。私に興味を持ってもらえた。
どれ程嬉しいことか。
貴族にあった、嫌なイメージが一瞬で払拭されていって。
こういう人だからこそ、人の上に立てるんだって。
「フルリナ、フルリナです!」
今なら、当時の私はなんて無礼な真似をしていたんだろうってわかる。
そんな私の無礼にも寛容に笑って、頷いてくれた。
鷹揚に、程度を合わせてくれた。
漠然とした私の人生に、何者でもなかった私の人生に。
初めて、目標が発生した。
そこからは一心不乱だった。
何とかしてミリス様とお近づきになりたくて。
必死になって追い掛け回して。
とにかく、ミリス様の視界の中に入れてほしかった。
……ちょっとやりすぎて悲鳴をあげられちゃった場面もあったけれど。
ついに、ミリス様の方からお茶のお誘いを貰えた時には、天にも昇るぐらい嬉しかった。
なのに――。
どうして、あの男が一緒にいるのかわからなかった。
第一王子、偉い人ってのは良く分かる。でも、なぜか気に食わなかった。
なんでだろうね。顔はかっこいいとは思う、物腰も、意外と柔らかいし……。
何もなければお近づきになりたいと思ってたかも?
でもでもでも! 今はミリス様と私の時間を邪魔するお邪魔者!
ぜーったいにこの人より私の方を振り向いてもらうんだから!
って、肩ひじ張ってたらミリス様が困ってしまわれた。
しょうがないので、別の手段でミリス様を独り占めすることにした。
ミリス様と関わるのなら、偉い貴族の人達と関わらないといけない。
なら、礼儀作法は避けては通れない道だ。
そもそもミリス様が完璧すぎて意識させないだけで、ミリス様も偉い人なんだから。
――地獄を見た。
ミリス様の新しい一面を見られて嬉しいと思った一方で、二度と逆らわないって密かに決めた。
なんであんな優雅に歩いているのに、走っている私が追いつかれるの? 色々とおかしくない? 魔法使ってるわけでもないんだよね???
ミリス様はすごい人だと思っていたけれど、その裏には途方もない量の努力があるんだ。じゃないと、あんなに完璧に私のレベルに合わせて教えるなんてできないはずだもん。
最初からできる人は、こういう風にやればできるよって言う。細かい手順や、気を付けることなんて教えてくれない。
ミリス様は実行できるかどうかはともかくとして、事細かに教えてくれた。
平民の私でも分かるぐらい、詳細に。段階を踏んで。
おかげで、ギリギリ低位貴族ぐらいには見える程度の礼儀作法を手に入れました。
ミリス様のお墨付きです。
……四日間くらい拘束されてこれは、すごいのかな?
ミリス様は物覚えがいい方だと褒めてくれたけど。あんまり実感はない。
思えば、物覚えはいい方だと褒められてきた方だったかもしれない。
やる気がなくて、あんまり色んな事に手を出さなかったけれど。
成果を発揮するべくお出かけに参加してみれば、あの第一王子! ミリス様を連れてどこかに行っちゃった!
しかも、帰ってきた様子を見れば分かるように、絶対に何かあったし。
レオ様じゃなくてレオって呼ぶようになってたの、何もなかったってのが嘘でしょ!
何があったのか二人とも教えてくれないし。
あの護衛の二人は頑なに殿下の邪魔をするな、だし!
嫌になっちゃうね!
このままだと、あの方の隣にいるのはあの第一王子で、私はそこら辺をうろつき回っている一平民のまま終わってしまう。
レオとフルリナ嬢、呼び方にも圧倒的に差があるからね!
ミリス様以外の目標を見つければいいじゃないか。
学院生活は長いんだから、まだまだやりたいこと見つけられるさ。
そんな考えは振り払った。
今! 私が! 全力でやりたいことをやらないと!
絶対に、後悔する。後悔した時に、ああしておけばって言うのは、嫌だ。
だから、部屋の前で出待ちすることにした。
ミリス様は絶対に嫌がるだろうし、喜ばれないだろうけれど、なりふり構っている気はなかった。
生まれて初めてのやりたいことなんだ。失敗したっていいさ。
この衝動になら、私は命を賭けられる。
――ミリス様から、付き人の話が出た時は、天啓だと思った。
合法的に、ミリス様の側にいられる。
並々ならぬ努力が要求されるだろうけれど。
この衝動は、もはや誰にも止められない。
ミリス様も、私の覚悟を問うような質問をしてきます。
本当にそれでいいのか? あんなに嫌がってた礼儀作法ももっと厳しくなるよ、と。
一瞬だけ悩んだけれども。けれども!
ここで逃げてたら、これまでの人生と何も変わらない。
漠然と生きて、漠然と過ごして、漠然と死ぬ。
その空虚さを、この方が教えてくれたから。
「――覚悟の上です」
何度でも言ってみせる。
私はこの衝動になら、命を賭けられる。
忙しくなる? 自分の事をやる余裕がないかも?
上等だ。一つ一つできるようになってやる。
なにせ、私はミリス様に覚えが早いと褒められた女なんだから。
この方の隣に立つためになら。
私は全力を尽くせる――生まれて、初めて。




