第20話 ヤンデレ幼馴染に〇された
電話が終わって3分もすれば、瑠璃が部屋にやってきた。
下着姿の緑子を見て悲鳴を上げると、すぐさま俺に抱きつき、全身をペタペタとさわってくる。
俺の体が傷つけられていないか確認しているんだろう。
「おにぃ、大丈夫ですか?」
「今のところは」
緑子に捕まらないよう、瑠璃を自分の後ろに隠す。
怯えた俺の様子を見て、緑子がニヤッと笑った。
「実はもうひとり、ゲストを呼んでるから」
大きめのクローゼットから出てきたのは、全身を縛られたみかん先輩だ。
言葉を出せないように口にはガムテープがしてある。
これはあまりに酷すぎるだろ……。
「みかん先輩……」
「……」
必死に何か言おうとしているが、ガムテープに遮られて何もわからない。
いつも冷静で、年上の余裕を見せてくれる先輩。
そんな美人な先輩の目は、恐怖で見開かれていた。
「緑子、俺の周囲の人間に対して危害を加えるのは違うだろ」
「危害は加えてないよ、まだ」
「それなら、まずはみかん先輩を解放してくれ。話はそれからだ」
「それはダメ。この人は瑠璃ちゃんみたいに可愛くない。紫音を誘惑する、悪い先輩だから」
包丁を持ったまま、身動きの取れない先輩に近づく。
俺はすぐさま先輩の前に立ち、彼女を守るように腕を広げた。
「私に抱かれたいの?」
「先輩と瑠璃だけには手を出すな。それだけは約束してくれ」
「……紫音がそう言うなら」
良かった。
少しは理性を保っていたようだ。
この調子なら、瑠璃と先輩を安全に帰すことができるかもしれない。
「間違いが起こらないように、まずは包丁を置こう」
興奮した犬を落ち着かせるように、手を前に出して緑子の包丁を下げる。
「紫音、私のこと恐れてる?」
「……え?」
「紫音も瑠璃ちゃんも先輩も、私に向けてくる視線は同じ……恐怖の視線」
「包丁を置いてくれたら、それも少しは落ち着くかもしれない」
「そっか。そしたら、包丁を置くわけにはいかないね」
包丁を持った緑子が一歩。
俺との距離を縮める。
刃先が向いているのは俺ではなく、地面に倒れている先輩の顔だ。
「おにぃ、逃げましょう」
袖を引っ張ってくる瑠璃。
逃げたい気持ちは山々だが、緑子から殺意を向けられている先輩を見捨てることはできない。
「緑子、なんでも言うことを聞くから、先輩と瑠璃は解放してやってくれ」
俺はなんとしてでも、この二人を守らなくてはならない。
「わかった。紫音がこれからもずっと私だけを愛してくれるなら、二人を解放する。私以外の女性に会うのは絶対に許さない。紫音は私だけを見て、私も紫音だけを見るの」
「親はどうするんだ? ていうか、緑子の親はいないのか?」
深夜に娘の部屋で事件が起こっているんだぞ。
気づいてくれよ。
「パパとママは……いないよ」
まさか……自分の親を殺してしまったのか……その包丁で。
「パパは出張で、ママは友達と旅行」
なるほど。
緑子が俺を誘拐するには都合が良かったわけだ。
つまり、今この家にいるのは、俺と緑子、瑠璃、みかん先輩だけ。
「悪いが、その約束はできない。二人とも大切な妹と先輩なんだ。みんなで仲良くすることはできないのか?」
「それは無理かな。少なくとも、この先輩とは」
みかん先輩、緑子に相当嫌われてるっぽい。
瑠璃のことは可愛いから見逃してあげるとか言いそうだから、まずは先輩を逃がすことに集中した方が良さそうだ。
だとすると、まずはみかん先輩の拘束を解く必要がある。
緑子の先輩に対するヘイトをやわらげ、彼女を自由にする流れを作れたらいいんだが。
「紫音が考えていることなんて、お見通し」
「……」
「先輩を逃がそうって思ってるんだよね。ダメだよ。先輩だけは逃がさないし、許さない。紫音を誘惑して、私から奪おうとしたから」
「俺は緑子のものじゃない!」
「そうだね。紫音はそう思ってるよね。でも、もう私は私の想いに正直になる。紫音がどう思っていようと、私は紫音の女で、紫音は私の男だから」
緑子の狂気の瞳は、もう俺への愛しか見えていなかった。
そこにあるのは、狂ったほどの愛と、先輩への嫉妬だ。
「ごめんね。別に殺すつもりじゃないから……ちょっと痛い目に遭ってもらうだけだから……そしたら、もう私たちの邪魔はしなくなるよね」
緑子が先輩に向かって包丁を突き出す。
俺はこれまで、体を鍛えてきた。
独学で格闘技も学んできた。
その成果を今、発揮する時が来た。
「やめろ」
「――ッ」
緑子の動きは不規則だった。地面に倒れる先輩を狙って、いきなり態勢を落としたからだ。
そのせいで、緑子の手をつかみ損ねてしまった。
そして――。
「おにぃ!」
緑子の持つ包丁は、俺の胸に突き刺さっていた。白い服に滲む真っ赤な血。
呼吸ができない。
痛い、とかいう話ではない。
何も考えられない。ただ今の自分の目に映る景色だけを眺めながら、俺は先輩の隣に倒れ込んだ。
緑子が目を見開き、震えている。隣の先輩も、妹の瑠璃も――全員が固まっていた。
「緑子……ずっと好きだったのに……」
最後の力を振り絞り、呟いた一言。
意識を手放す直前。
人生最後に見た幼馴染の顔は、もう俺の知る犬飼緑子のものではなかった。
***
紫音が冷たくなって数分後。
唖然としていた緑子の瞳は、さらに黒く染まっていった。
「次は……どっちにしようかな……? その次は……最初のきっかけを作ったあの二人と……紫音にセクハラしてたあの淫乱教師……ふふっ」
犬飼緑子。
彼女こそ、後に伝説となる、狂気のヤンデレ幼馴染事件の犯人である。




