第1話 ライバルが現れたので長年の恋を諦めた
「実はオレも、犬飼のこと好きなんだよ」
「僕も同じかな」
5月も中盤に差しかかってきた、とある日の昼休み。
同じクラスの親友二人の口から、衝撃の台詞が放たれた。
思いもしなかった告白に、固まってしまう俺。
「そんな……」
「そうそう、明日告白しようかなと思ってるんだが、どう思う?」
「それじゃあ僕は今日の放課後に告白するよ」
「おい茶夏丸、オレの告白が先だっての」
俺の机を囲むようにして一緒に弁当を食べているのは、親友の千虎紅輝と狐島茶夏丸。
紅輝とは中学から、茶夏丸とは高校1年からの付き合いだ。
まさか、親友二人まで緑子のことが好きだなんて思わなかった。
犬飼緑子というのは、俺が幼稚園の頃からずっと片想いしている、幼馴染の女の子だ。
家が近所ということで親同士が仲良く、気づいたらいつも一緒にいた。
幼稚園、小学校、中学校、そして高校も。ずっと同じだ。
緑子は昔からつかめない子だった。
普段は何を考えているのかわからないので、不思議ちゃんと言われることもあるし、実際そうだ。
学力は優秀だが、ぼーっとしていることが多く、ひとりで行動することがほとんど。
友達がいないわけじゃない。
ただ、全校生徒の癒しだとか天使だとか言われ続けた結果、緑子を自分が穢すわけにはいかないということで、女友達も男友達も一定の距離を保っている。
本人はそれを気にしている様子はなく、ただ淡々と毎日の学校生活を送っている感じだ。
そういうところもまた、俺には魅力的に映る。
そして俺、猫山紫音はそんな神聖な存在と釣り合う男になるため、今日まで鍛錬を積んできた。
きっかけは小学4年生の時。
女子の間で繰り広げられていた恋バナ。
たまたま近くにいた緑子も、その恋バナに巻き込まれることになる。
『ねえねえ、緑子ちゃんって、どんな人が好きなの?』
『ん……すごい人……?』
――すごい人。
漠然とした答えで、具体性の欠片もなかったが、それでいい。
これはきっと、俺にもチャンスがあるってことを伝えてくれたんだ。
すごい人になれば、きっと俺のことを恋人として認めてくれる。
その日から、俺はすごい人になるための努力を始めた。
テストの成績は学年1位をキープし続け、身体能力も高めながら、家事をこなし、多くの資格を取得し、常に優秀な人間であり続けた。
だが、どれだけ努力を重ねようと、緑子の俺に対する態度は変わらない。
いつも通り、何を考えているかわからないような顔で一緒に電車通学をする。
2年生になった今では学級が違うので、1日の中での接点といえばそれくらいだ。
どこかで限界を感じ始めていた。
どれだけ頑張っても、緑子に強い印象を与えることはできない。
緑子にとって、俺はただの幼馴染の友達でしかないのだ。だからこの想いを打ち明けたところで、きっと失敗に終わる。
「でもまあ、紫音はずっと犬飼のこと好きだったわけだよな」
「そうだね。だから告白は紫音が1番最初にするべきだよ」
「よし、紫音。今からでも放課後でもいいから、告白してこいよ。多分お前なら余裕で付き合えるぜ」
俺に最後の慈悲を与えてくれる紅輝と茶夏丸。
二人は俺の大切な親友であり、すごい人たちだ。
紅輝は中学時代、サッカー部の主将として全国大会に出場した実績を持つし、茶夏丸は誰にでも優しく穏やかで、女子からも男子からもよくモテる。
俺はそんな二人を尊敬していた。
だからこそ、二人には自分の気持ちに正直になってほしいし、変に気を遣って恋を諦めてほしくない。俺なんかより、二人の方がずっと緑子にふさわしい。
こんな二人がライバルになるんだったら、緑子のことを諦めてもいいのかもしれない。
いやむしろ、これはそういうお告げなのかもしれない。
片想いの相手にずっと縛られているんじゃなくて、新しい一歩を踏み出せ、っていう。
「……わかった」
「おっ、やっとわかってくれたか。オレなんかずっとお前が緑子と結ばれるのを待って――」
「二人ともありがとう。俺の背中を押してくれて」
「お、おう」
「今まで同じところで立ち止まってたけど、新しい一歩を踏み出せるような気がする」
無理やり笑顔を作り、二人に向ける。
紅輝と茶夏丸は嬉しそうだった。
二人はやっぱり優しい。
自分たちも緑子のことが好きなのに、俺が彼女と結ばれることを応援してくれている。
だが、俺はもう決めた。
今日この瞬間、緑子への長年の恋を終わらせる。
緑子が俺のことをただの幼馴染と思っているように、俺も緑子のことをただの幼馴染であると思うことにしよう。
これまでの血の滲むような努力は決して無駄にならない。
緑子の考えるすごい人にはなれなかったのかもしれないが、あの時と比べて俺は成長している。
だからきっと、新しい学校生活も上手くいくはず。
そう前向きに考えると、自分の殻を打ち破り、新しい自分を見つけられるような、そんな気がした。




