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こんにちは、こんばんわ。八幡八尋です。
お久しぶりの投稿、『ねじれの位置に恋模様』本編5話の後編です。
拙い文章ですが、楽しんでいただければと思います。
世の中には知らなくて良いことと、知ってはいけないことがある。例えば、レジに来たお客さんが会計をしながら、今夜放映される韓流ドラマの展開を考えているのは、別に知らなくて良いこと。例えば、私の想い人がその韓流ドラマにハマったきっかけが、「メインヒロインとこのお客さんが似ている」という理由であることは、知ってはいけないこと。日本語には「知らぬが仏」という言葉があるが、全くもってその通りだと、私は常々感じている。
「いらっしゃいませ。お待たせ致しました、お伺いします」
いつものように猫を被った笑みで近付き、バーコードをスキャンしていく。思考を韓流ドラマからこちらへ向けたそのお客さん__私の想い人の幼馴染みだ__もお願いします、と笑顔を向けた。
「レジ袋、有料となりますがご利用どうなさいますか?」
「えーと……そうだな、お願いします」
「かしこまりました」
『あれ、今日奏ちゃんひとりなんだ。恵理子シフト入ってないのかな?』
奏ちゃん、と心の中で呼ばれたことに驚く。まあ、おおかた清口さんが彼女にそう言ったのだろう。どんな話をされたのかは知らないが。
「アプリやポイントカードはお持ちですか?」
「あ、そうだった。すみません、出しますね」
「はい、ご提示お願い致します」
清口さんはこの幼馴染みに、骨折のことを言っていないのだろうか。ひょっとすると、病院で携帯が触れないから言えていないだけなのかもしれない。とすると、さりげなく言った方がいいんだろうか。一応この人と彼女の仲が良いことを知っているわけだし。
「あったあったこれだ。お願いします」
「はい、ご提示ありがとうございます……では合計で1990円になります」
『え、何、恵理子入院してんの?……まあ、昔からよく骨折とかするし、あの子ドジだからな……年取ったら治り遅くなるって言うし心配だけど』
「えーと、クレジットカード1括払いでお願いします」
「かしこまりました。ではこちらに、お差し込みをお願い致します」
彼女の言う通りだ。年齢とともに治癒能力は衰えると言うし、さすがに1ヶ月となると……
ピーッと精算機が支払い完了の音を立てる。私は何も言えずに目の前のお客さんの顔を見た。向こうも、瞬きひとつせずこちらを見ている。
「で、では、カードをお取りください」
「あ、はい」
レジ袋に商品を詰める。……私、彼女の入院の話を口に出したか? 頭が正常に思考してくれないが、ひょっとするとこれは……
『奏ちゃん、あなたも、心が読めるってこと……だよね?』
心の中でそう問いかけられ思わず頷いてしまいそうになる。そういうことだ。この、清口さんの幼馴染みもテレパスなのだ。
『うわー……ビックリした~』
同感だった。今まで、自分の心を読まれたことなんてただの1度もないのだから、やりにくいことこの上ない。
『私もだよ~まさか心の中の会話成立するなんて思わなかったもん』
「ではこちら、お品物とレシートのお渡しになります」
「あ、はい。ありがとうございます」
変な間を空けて、周りに怪しまれると危険だ。そう判断した私は、先に会計の手順を済ませた。その後、他に会計待ちの人がいないことを確認し、ようやく口を開く。
「ご承知の通り、清口さんはお休みです。復帰される日はお教えできませんが、何か伝言があるならお伝えしましょうか?」
職場からの電話となれば、病院側も許してくれるだろう。
「いや、普通に今日は買い物に来ただけ。そういえば、自己紹介まだだったよね? 松本香奈です。知ってると思うけど、恵理子の幼馴染みよ。あなたは……」
「沢井です」
「そう、名字は沢井さん、なのね」
「清口さんは私のこと、奏ちゃんって呼んでるんですか?」
「話に聞いたことはないけど、『職場にいる』『奏ちゃん』のことは、ずっと考えてるよ、あの子」
「……そうですか」
清口さんが私のことをずっと考えている、ということに疑問を抱かずにはいられなかった。だって彼女は、私にはもう幻滅したはずで、この幼馴染みへの恋心が再燃したはずで、だからあんなに楽しそうにデートまで……
「え……? あれはデートじゃないよ?」
松本さんが驚いた声をあげる。対応から帰ってきた時雨が、何かを察して休憩室の方へ向きを変えるのが目の端に映った。
「なんていうか、ただの……お出掛けだよ。友達同士の」
「でも、清口さんはそんな感じに見えなかったですけど」
「それは……」
『恵理子はだって、ずっと私のこと好きなんだもん』
聞こえた言葉にカッとなってしまった。それがなぜのか、よく分からないが。
「知ってたのに、応えなかったんですか? ずっと」
追い詰めるような発言はいけない、と思った。そう思っていても、口から勝手に言葉は出てしまうものだ。どうせ彼女には私の心が読めているのだし、今さら気を遣う必要もない。
「……そうだね。私は、恵理子が私を好きなことを知ってて、何も言わなかったよ。高校の時は彼氏の話もしたし、結婚式にまで招待した。だって、そうしないと……バレるかもしれないじゃん? 他人の心が読めることも、恵理子をそういう意味では好きになれないことも」
真実を知らない方が、幸せなときだってあるでしょ? どこか切ない表情の松本さんに、何も返せなくなる。
「それに、あなただって恵理子のこと弄んだじゃない。彼がいるのにその気にさせる方が、罪深いと思うけど?」
「……どういうことですか?」
「私たち見たのよ。あなたが、ベンチで男の子と話をしてるところ……そりゃ、何か辛い話だったのかもしれないけど、その前から恵理子のこと……」
「ちょっと待ってください。それは……誤解です」
「え?」
「あの人は、確かにその日一緒に出掛けましたけど、お付き合いしてないですし、あの日に私からお断りしたんです」
「でも奏ちゃん、泣いてたじゃない」
「それは……」
仕方がない。弁明の余地はなさそうだ。諦めた私が、あの「デート」の日の事を話すと、松本さんはなぜか少し安堵の表情を見せた。
「なんだ、じゃあ、泣いてた理由は恵理子だったってこと?」
「職場で言うと誤解を生むのでその言い方は……あながち間違いではないんですが」
「あ、ごめんごめん。そっか……なら、安心したよ」
「安心……ですか?」
「うん。私、恵理子には幸せになってほしいの。変な話だけど、自分が応えられなかった分、気がかりでね……だからよろしくね? 奏ちゃん」
最後にウインクを残して、松本さんは去っていった。それにしても、恵理子ってば心を読める人ばっかり好きになるじゃない、という彼女の心の声に、私はまったく同感だと思った。
「いやー今日お客さん少なかったね~」
帰り道でタバコを吹かしながら、店長が呑気に呟いた。甘いバニラの香りに少し顔をしかめて、そうでしたね、と冷静に返す。
「でもさすが、よくやってくれるよ、沢井さんは」
「何がですか?」
「この1ヶ月清口さんが休みで、いっぱいシフト入れたのに、全部こなすし。ミスも少ないしね~本当に助かったよ、ありがとう」
「いえ、仕事なので」
「はは、発言が大学生とは思えないな……あと1週間、我慢してね? 8月から、清口さんも復帰するから」
「はい。頑張ります」
「あ、もちろん無理はしちゃいけないんだけどね? しんどくなったら休んでもいいから」
俺もその辺は心配してるからさ、という店長の呟きに、ありがとうございます、といつもより丁寧に返した。
「お、じゃあ、俺はこれで。気を付けてね~」「はい、お疲れさまです」
店長と別れ、家路を急ぐ。足元を薄く照らす明かりは、煙草の火種から青い光に変わった。トークアプリを開くと、真っ先に出てくるのは「石原さん」の文字。この1ヶ月、色んな相談を聞いてくれた彼は、やはり中身もイケメンだった。少しスクロールすると「みっちゃん」の文字。会話は、夏休みに遊びに行きたい場所の話で終わっている。少し迷ってから、通話ボタンを押した。
店長の話を聞いたとき、1週間もすれば彼女が帰ってくるのだということに、驚くほど浮かれている自分がいた。もうこの気持ちには蓋をできないのだ。なにもかも清算して、彼女に本当のことを伝える以外に、私ができることはもう何も。
「もしもーし奏? どうしたの?」
「みっちゃん、今、喋れる?」
最後まで読んでいただきありがとうございました! また隔週投稿していきますので、よろしくお願いします。
そう言えば、今更ですがTwitterもやっています。八幡八尋で検索かければ出てくると思いますので(世の中に同じ名前の人が何人いるか謎ですが)良ければ覗いてください。
では、また来週!