Ⅷ_1
おはようございます、こんにちは。八幡八尋です。
お久しぶりの投稿です! 2週間開きましたが、ようやく解決編です……結局長くなったので2部構成になりましたが。拙い文章ですが、お楽しみいただければ幸いです。
世の中には知らなくて良いことと、知ってはいけないことがある。例えば、店長が、まるで何かに憑かれたように上の空で退勤していく清口さんを見てしまったのは、別に知らなくて良いこと。例えば、その原因が私であるとなんとなく見抜かれていることは、知ってはいけないこと。日本語には「知らぬが仏」という言葉があるが、全くもってその通りだと、私は常々感じている。
「良かったね、沢井さん。今日は」
「……え? 何がですか?」
「何がって……」
隣を歩く店長が意味ありげに言葉を切った。時刻は午後8時30分。いつものように閉店作業を終えた私たちは、風のない夜道を歩いている。
「清口さんと久々に会えたの、嬉しかったのかなって思って」
確定事項として話してこないのはわざとなのだろう。まあそうですね、と素直に肯定しておく。
「さすがに1ヶ月もお休みされて、堪えてたみたいですけど」
「まあね~清口さんいつもロングだから……その点では今日は良かったのかもね」
はは、とどこか乾いた笑いで店長が立ち止まった。ここから先、私は徒歩で、彼は電車だ。
「じゃあ、お疲れ様です。気を付けてね」
「はい、お疲れ様です」
軽く手を振って店長と別れる。駅へと向かうその後ろ姿をしっかり見届けてから、私は歩みを進めた。
突然だが、私は人の心が読める。いわゆるテレパシー能力というやつだ。祖母の言いつけを守りこの特殊能力を一切他人には隠して生きてきた私だが、つい先日、幼馴染みであり親友とも呼べる人に初めて打ち明けた。彼女の楽観的な性格が功を成したのか、私の不安とは裏腹に意外にもすんなりとこの事実は受け入れられ、そして何事もなかったかのように彼女との関わりは続いている。いや、強いて言えば、以前よりみっちゃんは確実にうるさくなった。なかなか口には出せないようなことは直接心に話してくるようになったし、うるさいと私が睨んでも、楽しそうだ。そして私はというと、彼女の態度にどこか安心してしまっている。
この気の緩みを祖母が見たら、きっと心配されるのだろうけど、私は次のステージへ進むことにしたのだ。大人への一歩を踏み出す、という言い方でも良いかもしれない。
エントランスのインターホンを押すと、しばらくの無言の後、どうぞ、と短い返事がきた。
「……お邪魔します」
ほんの3か月前にも訪れた、彼女の部屋におずおずと入る。以前は私自身も慌てていたから、こう改まるとなんだか恥ずかしい。
「その……清口さん。今日は、無理なお願いを聞いていただきありがとうございました」
通されたリビングで頭を下げると、ふわりと頭を撫でられた。愛しさが滲む触れ方に、胸がキュンと音をたてる。
「いいの。こちらこそ……何もなくて申し訳ないわ」
でもオムライス作ったから食べよ? と無邪気な笑顔に、そうですねと私も微笑み返した。
「それにしても、私、沢井さんが今日お誕生日だなんて知らなかったわ」
「あれ? そうでしたっけ?」
「そう。去年は……ちょうどこの時期、私がお休みもらってたからかな」
「あ、確かに。確かご家族で北海道旅行行かれてたんですよね」
「そうそう、母が当てたのよ。まさか私まで連れていかれるなんて思ってもなかったけど……」
「良いじゃないですか家族旅行。うちは、もう最近はそういうのないからなぁ……お盆には帰るつもりですけど」
「沢井さん実家近いんだっけ?」
「いえ、もっと西の方ですね」
「そっか~そうよね。今、一人暮らしだものね」
「えぇ、まあ、友達も同じ大学へ来たので、あまり寂しさとかはないんですけど」
「そう? なら良かった」
清口さんの作ったふんわり甘いオムライスを食べながら、他愛もない話をする。彼女とここまで話が弾むのは久々で、純粋に嬉しかった。
「……ごちそうさまでした。美味しかったです」
「はい、お粗末さまでした」
食事を終え、2人で食器を片付ける頃には時計の針は午後10時に近くなっていた。
「ねぇ沢井さん」
「はい」
机を拭き終えた私が呼ばれた方へ振り向くと、すぐ目の前にバスタオルが差し出された。
「お風呂、入ってかない?」
彼女の発言に驚きつつも、無言で頷きタオルを受け取る。思ったより重量があることに違和感を抱けば、よく見るとパジャマ一式とコンビニで買ったのだろう新品の下着がタオルの中にくるまっていた。
「き、清口さんこれ……」
「前に泊まってもらったとき本当に申し訳なかったから。リベンジさせて?」
「いや、悪いですよ。大体急に提案したの私ですし……」
「大丈夫。お泊まりセットとやらもちゃんと買っておいたから。ね?」
「でも……」
「……ダメ、かしら?」
俯き加減で確認をする言葉は、心の奥では懇願に近いものだった。本音を漏らされれば誰だって断ることなどできない。それが、心を読めるのであればなおさら。
「分かりました。じゃあお風呂、いただきますね」
先日も借りた脱衣室の扉をそっと閉める。泊まりだなんて想定外だった。あの日のように、私が、何もしなければ良いのだが。
お風呂から上がると交代で清口さんが脱衣場へ消えた。
「髪の毛ちゃんと乾かすのよ~終わったら……暇だろうからテレビでも見てて?」
と言われ素直に髪を乾かした私は、言いつけ通りテレビをつける。いくつかチャンネルを変えてみるが、どうにも落ち着かず結局消してしまった。かといって、自分のスマホを取り出す気も起こらない。意味もなくパジャマの裾をきゅっと握ってみた。座るソファも、この服も、髪からふわりと香るのも、全部彼女の匂いなのだ。これで落ち着けと言われる方が無理だろう。そわそわしていると脱衣場の方から音が聞こえた。次いで扉が開き、髪をおろした清口さんが顔を覗かせる。
「お待たせ。あれ? テレビ、付けなかったの?」
「うん……なんか、落ち着かなくて」
「そう? 面白いのなかった? あ、あれか。最近の若い子って、テレビ見ないのか」
「そういうわけじゃ、ないんですけど。私、どっちかと言うとテレビっ子だったし」
「そうなの?」
「ええ、まあ。その……緊張しちゃってるのかも」
人の家泊まるのとか久々だからですかね、と言葉を紡ぐ口が速さを増す。同時に頬も赤みを帯びてきたようで、彼女からふいっと目を逸らさなければならなかった。大体、ここが自分の家だからって、清口さんはリラックスしすぎなのだ。思考が訳のわからない怒りを訴え始める。
「沢井さんでも、緊張とかするのね」
私の様子を珍しげに見ていた清口さんは、どこか楽しそうに口元を綻ばせた。これが大人の余裕とかいうやつなのだろうか。それとも単に、私が彼女に恋をし過ぎているせいかもしれない。お水飲む? ペットボトルのあるのよ、と遠ざかっていく声にバレないよう、少し息を吐いた。
今日、私はひとつ大人になるためにここに来たのだ。当初の目的__清口さんにテレパスであることを打ち明ける__を思い出し、思考が少し冷静さを取り戻す。彼女にこれを打ち明けることが、果たして正しいことなのかは分からない。そもそも、私は彼女に既に何かをしてしまっている可能性もあるわけだし、落ちた信頼を更に失うことだって有り得る。それでも言おうと思ったのは、好きな人にこれ以上隠し事はできないと悟ったからだ。こんなにも自己中心的な理由だ。嫌われたらもう、バイトは辞めるしかないだろう。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
差し出されたペットボトルを受け取ると、片手に同じものを持った彼女も隣に腰をおろした。静寂のなか、蓋を開ける音と水を飲む音が小さく響く。
「……清口さん」
真っ黒のテレビに映る彼女に向かって、ポツリと呟いた。少し眠そうに揺れていた影は、名前を呼ばれたことで急に姿勢を正した。
「なに?」
「大事な話が、あるんです」
前を向いたままそう言うと、彼女もテレビに映る私に向かって言うように「わかった」と小さく頷いた。
「私……」
いざ口に出すときはいつも緊張する。いつもと言っても、これが2回目だけど。濁した語尾を促すように、ソファに置いた右手に彼女の左手が重なってきた。絡まった5本の指、彼女の方にきゅっと力が入る。同じように握り返して、とうとう私は覚悟を決めた。
「清口さん、私…………私、テレパスなんです」
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
今週末に後編を投稿予定です。ではまた……