Ⅷ_2
こんにちは、こんばんは。八幡八尋です。
『ねじれの位置に恋模様』、いよいよ本編完結となります。拙い文章ですが、お楽しみいただければ幸いです。
世の中には知らなくて良いことと、知ってはいけないことがある。例えば、隣に座る想い人がほんの数分前までドキドキしていたのは、別に知らなくて良いこと。例えば、ドキドキしていた原因が私の入った後のお風呂に入るせいで、普段はゆっくり浸かる湯船にほとんどいられなかったことは、知ってはいけないこと。日本語には「知らぬが仏」という言葉があるが、全くもってその通りだと、私は常々感じている。
再び訪れた静寂は、先程までの空気と打って変わってあまり居心地の良いものではなかった。絡まったままの手を振りほどこうともせず、清口さんは固まっている。
「てれ、ぱす……?」
意味がわからないとでも言いたげに、いや実際そう言いたいのだろう、彼女は首をゆっくりとこちらへ向けた。それを確認してから、私も彼女へ視線を合わせる。
「そうです。テレパス」
「テレパス……」
もはやその単語しか発しない脳内は、見事なまでに真っ白だった。みっちゃんのときは電話越しだったから向こうの脳内は見れないし聞こえなかったが、通常の反応というのはこういうものなのかもしれない。
『何の冗談…………』
「お……怒るわよ、沢井さん。あんまり、おばさんをからかったら」
「私、からかってるように見えます?」
ようやく絞り出された声に真面目な顔で返すと、清口さんはまた言葉を失った。対して頭の中を巡る言葉は、まるでジェットコースターだ。
『テレパスって……あの、あれ、よね? ドラマとか、アニメとかでよくある、人の心の中が読めるやつよね。あれ、頭の中、なのかしら? 奏ちゃんがテレパス? 読める人ってこと? え、じゃあ今こうして私がどういうこと? ってなってるのも全部わかってるってこと? あれ?』
「そ、そういうことです。あと、人の心の中が読めているのか、頭の中が読めているのかは、ちょっと難しい問題で……」
「ちょ、ちょっと待って! 今はダメ!」
私の返答に彼女は顔を赤くしながら小さく叫んだ。混乱している今、この対応はいけなかったと反省しつつも、ダメだと言いながら離れる素振りを見せない様子に、愛しさが込み上げてくる。
『じ、じゃあ、私が奏ちゃんのこと好きだとか、隙あらば触れたいとか思ってたのも、全部バレてるってこと!? なんならその……この間までちょっと嫉妬してたのも、香奈のことも……』
触れたままの指先もわかるくらいに熱を持ち始める。緩めていた手を握り直すと、思い出したようにこちらへ顔をあげた。
「奏ちゃん……」
「混乱させて、ごめんなさい。こうなることも予想はできたんですけど……どうしても、隠したままにしておきたくなくて」
1度言葉を切ると、清口さんは少し落ち着いたようだった。もしかすると、考えることを辞めただけかもしれないが。
「私、今まで誰かにこの事を打ち明けようなんて思いもしませんでした。言えば周りから人がいなくなることも何となく分かっていたし、自分にメリットなんてありませんから。でも……」
黙ったままの彼女と今度は視線を絡ませる。驚いただろうに真剣にこちらへ向けてくれる眼差しに、あぁやっぱり好きなんだと、再認識させられた。
「変わりました。そりゃまあ、誰にでも話していい内容じゃないけど、大切な人には隠したままにしたくない、そう思えるようになったんです」
「大切な人……」
「そうです。大切な人」
『それって……その、良いように捉えても、いいの?』
不安そうに揺れる瞳に微笑みを向ける。そう、それで良い。私とあなたの想いは一緒なのだから。
「私、清口さんが好きです」
それだけ言うと、途端に視界が揺れた。手を引っ張られ彼女の腕の中に包まれたのだと気付いたのは、それからすぐのことだった。
「清口さ……」
「答えは聞かなくてもわかっているでしょう? それに、今は顔、見られたくないの」
「……はい」
短く返して、私も彼女の背に手を回す。確かに、答えをわざわざ求めなくても良かった。何せ私は、人の心が読めるテレパスなのだから。
『年の差だとか、女の子だとかもう、どうだっていいわ。だって……私もずっと、奏ちゃんのこと好きなんだもの』
「ところで清口さん」
時刻は0時10分。2人で寝るにしては若干余裕のないベッドで向かい合って寝転がる。急に泊まることになったのだから、私はソファで良いと言ったのだが、彼女が頑として聞いてくれなかったのだ。
「だーめ。奏ちゃんをそんなところで寝かせられません! いくら暑くても、風邪ひいちゃうわよ?」
とさながらお母さんのように言われると、先程までの高揚感などどこへやら、素直に聞くしかなかった。
「何?」
「あの……」
「まだ、大事な話?」
「いや、そこまで大事では……なくもないんですけど……」
言葉を濁すとパチパチと音がしそうな勢いで瞬きをされる。至近距離で眺めていると理性がどこかへ行きそうだ。恋とはこんなにも恐ろしいものなのか…………それよりも。私にはずっと、気になっていたことがあった。
「その……正式に両想いであることをお伝えした今、聞くんですけど」
「うん」
「前に泊まったとき、私、何かやらかしてます……よね?」
恐る恐る尋ねるも、返事は返ってこなかった。
『何かって……何が?』
質問の意図が読めないのか、薄明かりの中清口さんは相変わらずキョトンとした顔をしている。
「え、その」
「何かって……普通に看病してくれて、私の……『いかないで』ってワガママを聞いてくれて……そのまんま寝たんじゃないの?」
「……本当に?」
「本当にって……したの? その……何か」
質問に質問で返され、私は軽く困惑した。お互いの記憶に残っていない、なんてことは有り得ないだろう。だとしたら、私の思い過ごしなのかもしれない。
「いや別に、何もなかったら良いんです」
「な……私が起きたときには奏ちゃん寝てたから。ちなみに、私もな、何もしてないわよ」
疑ってもいないのに清口さんが首を横に振る。それが少しおかしくて、思わず笑みがこぼれた。
「どうして……そんなこと思ったの?」
「ん? あぁ……聞こえちゃったんですよね。あの日」
そう、私があらぬ誤解をする羽目になったのは、あの日の朝、清口さんの脳内で再生されたなんとも甘い私の声のせいなのだ。
「素面で『好き』なんてストレートに言うわけないですから。なんかやったとしか思えなくて」
事の顛末を話すと、暗がりでも分かるくらい清口さんは狼狽えていた。
「あ、あれはね……! 寝言、なの」
「寝言」
「そう! だからその、やましいことも何もなくて、ただ寝言がその、あまりにもかわいくてつい…………」
弁明を始める彼女の『うわ~何言っちゃってるの私、しかも、本人の目の前で。完全に変態だし嫌われちゃう……』という心の不安までしっかり聞き届けてから、私は清口さんの肩に両腕を回した。
「へっ、奏ちゃん……?」
「私、とんでもない誤解をしてたんですね。何かやらかしたから、清口さんに嫌われたのだとずっと思ってました」
薄暗闇に慣れた目が、頬を染める彼女を見つめる。
「私こそ……なんか、勝手にモヤモヤしてたの。あなたがイケメン君といるの見て、ね」
だからお互い様。口にされなかった最後の言葉は、お互い笑い合うことで通じ合ったようだった。テレパスな私を彼女自身が、受け入れてくれた証拠なのかもしれない。
「これから、清口さんのこと恵理子さんって呼んでいいですか?」
「良いわよ。なんか、くすぐったいけどね」
「じゃ、呼びますよ。恵理子さん」
「はーい」
「恵理子さん」
「はーい?」
「……恵理子さん」
「もう、何? 奏ちゃ……」
世の中には知らなくて良いことと、知ってはいけないことがある。例えば彼女が、唐突なキスを驚きながらも受け入れてくれているのは、別に知らなくて良いこと。例えば、実は彼女が好きな人と両想いになったことも、恋人にキスをされたことも初めてであることは、知ってはいけないこと。いや、今の私は知っても良いのかもしれない。日本語には「知らぬが仏」という言葉があるが、知っても尚穏やかでいられるのが、垂直でも平行でもない、私と彼女の恋模様なのだから。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。自分の創ったカップルでも末永く幸せであれば良いなぁと思います。時々更新怠ったりもしましたが、ここまで読んでいただき本当にありがとうございました! ……いつか番外編でもうちょっと先のこととかも書いてみたいですね。
それでは!




