13.幸せな日々がはじまります
私はあの後、アルペジオと共に竜人の里に帰ってきました。
聖女として国で迎えたいなんて言葉もありましたが、丁重にお断りしました。
王宮への呼び出しから、早くも数か月が経とうとしていました。
私とアルペジオの新しい生活は、すっかりそれが日常になっていました。
「不思議ですね」
「イリス嬢、どうしたんだ?」
「いえ、こうして当たり前のようにアルペジオ様と暮らしていること。人生なにがあるか分からないものですね」
私にとって守護竜とは、敬うべきものでした。
国を守護する神聖なもので、祈りの対象でしかなかったのです。
「ふっ、そうだな。我はいまだに夢かと疑ってしまうほどだ。憧れの祈りの少女と、こうして会話する日が来るとは、ほんとうに想像もしていなかった」
「……もう。お世辞を言っても何も出ませんよ?」
最近ではどれだけ心から雑念を振り払おうとしても、顔を思い浮かべるだけで守護竜様を大切に思う気持ちが溢れ出してしまいます。
一緒に居られて楽しい、もっと顔を見ていたい。
聖女としてはあるまじき願いが祈りに乗ってしまわぬように、私は気を引き締めるのでした。
否――
「お世辞などではない。最近のイリス嬢の祈りは――より魅力的になった。我の数少ない生きがいだ」
「ちょ――アルペジオ様!?」
その気持ちは、ばっちりアルペジオに届いてしまっているようでした。
やっぱり修行が足りないみたいです。
「あの、怒らないのですか? そんな個人的な感情を、祈りに乗せるなんてとんでもないって」
私は、おそるおそる尋ねます。
もっとも答えは分かり切っていますけどね。
私の祈りの何が良いのか、と尋ねたことがありました。
ここまで良くして頂いたなら、それに応えたいと自然に思ったのです。
しかし答えは「イリス嬢の祈りならなんでも良い」という、なんとも困ったものでした。
「何を怒る必要がある? 我がなにより、それを好んでいるのだ」
答えるアルペジオ様は、実にだらしない笑みを浮かべました。
王宮で人々を震え上がらせた凛々しい姿とは似ても似つかない姿に、私は目を丸くしてしまいます。
もっともそれすらも、今では日常の一部。
感謝の気持ちを口にするのは恥ずかしいです。
それならこれからも祈りに乗せて――いいえ、それは少しばかり卑怯ですね。
「アルペジオ様。私、ここに来られて良かったです。『守護竜』があなたで、本当に良かったです――いつもありがとうございます」
「イリス嬢? いきなりどうしたのだ?」
「――おほん。何でもありません、少しだけお礼を言いたい気分だっただけです」
私は赤くなった顔を隠すように、スープを口に運びます。
アルペジオは驚いたように目を見開き、徐々にその表情を綻ばせました。
そんな様子を見て、私はちょっとだけ満足します。
――いつも彼の言うことには、驚かされてばかり
――だからこれは、ささやかなお返しです!
祈りに悶えているアルペジオの姿を未だに知らないイリスは、そんなことを考えていました。
きっとこれすらも、新たな日常になっていくのでしょう。
――私たちの幸せな生活は、まだ始まったばかりなのですから。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
久々に異世界恋愛に挑戦してみました。
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