板野 09
「誰もいないのか? それとも外出中ってところか?」丹田さんに声をかけられた。いつの間にか丹田さんと日並沢さんが、ワンボックスカーのすぐ側まで近づいてきていた。「あぁ……警戒しなくてもいい。なにもしやしないよ」と丹田さん。表情は穏やか。だからわたしも肩に入っていた力を抜いた。「それにしても妙だな。日並沢がいったように、不法入国者がアジトとして使用しているんじゃないのか? 日並沢、小屋の中に誰か潜んでいないか見てきてくれ」
「は、はぁ」
日並沢さんは不満げな顔でプレハブ小屋へと向けて歩いて行く。
わたしは手にした財布と鞄、それにスタンガンをしっかり握って半歩ほど退いた。
「財布か。中身も随分入っているようだな。ところで――おれたちは引き返してもよかったんだが、きみらを残して帰るのはあんまりだと思うし、脅された理由がわからないままでいるのはスッキリしなくてね」鬚を触りつつ、丹田さんは車の中を覗きこみながらいった。
「理由は明白じゃない」
「訊きかたが悪かったな。フォレストホテルになんの用があるのか、尋ねたかったのは、ここにきた目的だ」
目的、か。
別に隠すようなことではないし、スタンガンで脅したことをうしろめたく感じているので、話して聞かせることに躊躇いはない。
「探しているの」
「探している? なにを?」
「人よ。人を探しているの。ここにいるって聞いたから、だから、どうしても」
「どうしても会いたい人がいて、おれらを脅したのか」
「脅したことは悪かったって思ってるけど」
「うわぁああああぁあぁァッ!」
え?
「おい、な、なんだ?」
「た、丹田さ、丹田サあぁァ――」
「日並沢さん!」
な、
なに、
「どけッ、どけ、どうしてッ、おい! 離れろッ!」
「え、な、なんで。な」
「丹田さ――」
「ちくしょうッ、おい、貸せッ、渡せ!」
「板野さんッ」
「渡すんだよ、いいから渡せ!」
「板野さん、早くッ、早く渡してッ」
なに?
なんなの? なにを――
「スタンガンだッ、そいつを渡せっていってんだよ!」
え?「――い、嫌ッ!」
「ちくしょうッ、おい、どけッ、放れろッ! 放しやがれ、ちくしょうッ」
「頭ッ、頭ですよッ、頭を狙って!」
「うるせぇ! わかって……日並沢から放れろッ」
「――よしッ! 板野さん、こっちに。手伝って。板野さん早くッ」
――は?
え? え、え?
「早く! 早く引っ張って!」
なんで? なんでわたし?
なんでわたしよ。
「しっかりしろッ! 早く! 早くこっちに」
「や、やだ! 白石くん、なんで、なんで――」
「どけ、いいからどけ。離れてろッ。おい、おれがもつ。もつから引けッ、引っ張れッ、よし! おい、大丈夫か日並沢。日並沢ッ、しっかりしろッ」
「し――白石くん、あの、なに、なにが――」
「大丈夫。もう大丈夫。大丈夫だと思うけど。くそッ、血が。血がこんなに」
「こっちはいいから。中にいないか確認してくれ!」
「中? あ、はい! そうだ、そうだよッ。板野さん、危ないからさがって。ドアには近づかないで」
「え? う、うん――」
――なに?
なんで?
なんで襲われたの?
どうして日並沢さんが、血まみれなの?
どうしてグールがいるのよ。どうしてグールに襲われたのよ。なに? なんなのか、わかんない。なにが起こったのか全然わかんない。なんで。ねぇ、どうして。どうしてこんな――
「う、うわ。これって」
「大丈夫か?」
「これって――えぇ、大丈夫です。違います、グールじゃなくて。室内が、室内の様子っていうか、置かれいてるものが」
ちょっと待って。
なんなの、なんなのよ一体!
わたしを置いて行かないで。勝手に話を進めないでッ。
「待って。待ってよ、ねぇ、大丈夫なの? もう、それ、襲ってきたりしないのッ?」
地面の上に、グールがうつ伏せになって倒れている。
たったいま、丹田さんがわたしから奪ったスタンガンで殴り倒したグールがうつ伏せて倒れている。
気がついたらグールはわたしたちの目の前にいて、日並沢さんの首に噛みついていた。そしていま、日並沢さんは血まみれで真っ青な顔してゼェゼェ苦しそうに呼吸をしながら両目に大粒の涙をためて地面の上に仰向けになって倒れている。噛まれた。噛まれてしまった。感染しちゃった、日並沢さん――どうして? どうしてこんなことに? どこからグールが? ねぇ、どうしてこんなことに。誰か、ねぇ誰か。お願い。どうしてこんな――
「きみは離れてろッ。おい、日並沢、大丈夫だ。大丈夫だからな。小屋の中を見てきたら、すぐに戻るから押さえていろ。首をしっかり押さえていろよ、いいな? 大丈夫だ。大丈夫だからな! じっとしてろよ!」
嘘。そんなの嘘。
大丈夫なわけない。助かるわけない。日並沢さんは噛まれた。グールに噛まれた。出血だって、ものすごい量。助かるわけがない。大丈夫であるはずないじゃない。
「なァ、これをもっていてくれ。もしまたこいつが動きだしたら、頭か首めがけて使うんだ」
え? なに?
なんでわたしにスタンガンを渡すのよ?
さっき奪ったじゃない、わたしから。わたしから奪って、グールに使ったじゃない。え、ちょっと待って。動きだしたらってなに? 首めがけてって、グールに? グールに使えっていうの? ま、また動きだすの? これ、また動きだすの? 待って。待ってよ。わたしも行く。わたしも入る。わたしも小屋の中に入る。待って、お願い。置いて行かないでッ。
「こ、これ……どういうことでしょう。ここって、なんですかね」
白石くんの声。
「なんだこりゃぁ……」丹田さんも不安げな声をあげている。
扉の向こう側で立ちどまっている丹田さんの、その、先に——




