板野 03
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わたしの住む大木町のマンションに、見知らぬ三人の男が訪ねてきたのは土曜日の早朝だった。起き抜けだったので無視しようかと思ったけど、あまりにしつこくインターフォンを鳴らすのでしぶしぶ応対し、扉を開けた。板野茉莉絵さんだよね、と尋ねられて、はい、と返答。松坂涼と面識があるよね、と尋ねられて、涼がなにか面倒なことに巻きこまれたのかと心配したら、男たちはわたしを押し退けて、いきなり室内へ入ってきた。なんですか、あなたたちって口ではいってみたけど、怖くて身体は動かなかった。
「おい、松坂ッ いるんだろッ」扉という扉を開けて回りながら、男が声を荒げた。
「なんです? どういうつもりですか」
玄関先、ひとりだけ扉の前に残った体格のいい中年男性へ尋ねると、男は口の端をいやらしく吊りあげ、
「松坂を匿っているんだろ? 隠さず、正直にいおうよ」と囁くようにいった。
「知りません。匿うってなんです、涼がなにかしたんですか」
声を震わせながら尋ねると、わたしの声に被せるようにして部屋の奥から苛立った声がした。
「いねぇな。くそッ」
僅かな時間だったのに、部屋にあがりこんだふたりの男は、部屋の中を猛獣か怪獣か台風に襲われたかのような有様に変えていた。
クローゼットの中身を広げられて、床の上は散々な状況。
さすがにわたしもキレた。
「警察を呼びますよ!」
「警察に連絡したら、困るのはあんたのほうじゃないの?」間髪入れずに体格のいい中年男性が告げ、
「どういうことですか」噛みつくように、わたしは問い返した。
ふたりの男がわたしの横を通って部屋からでて行き、玄関先にはわたしと体格のいい中年男性だけが残された。
もちろん、姿が見えなくなったってだけで、マンションの通路部分に男たちは待機していたんだろうけど。
「なにも知らないんだねぇ。あのね、逃げちゃったんだよ、松坂。お店のお金もって」
「え?」
「まだ、警察には連絡していないけどさぁ。あんた、松坂の彼女でしょ」
「あ、あの」
「松坂、最近、ここにこなかった? 匿っていたら、あんたも共犯者と見なしちゃうけど。ねぇ、どう?」
「ど、どういうことだか——」わからなかったわたしへと、体格のいい中年男性は親切丁寧にわかり易く、聞きたくなかったことまで教えてくれた。
男性の名は藤枝といい、涼が働いていた店の店長であるらしい。
涼は二日前に店のお金を持ち逃げしていなくなったらしくて、藤枝たちは、まず、涼が住んでいた部屋を捜索し、そこでわたしの情報を入手して、この部屋へやってきたとのこと。驚きの内容だったけど、それよりもショックだったのは、わたしは涼からなにも知らされていなかったということだ。
冗談じゃない。
「行き先を知らねぇのなら、仕様がねぇなぁ。まァ、松坂はあちこちに女作っていたみたいだから、別の女と逃げたってところか? 残念だったな、あんた。あの野郎に遊ばれていただけなんて同情するワ」
ホント、冗談じゃない。
「ま、待って!」
背を向けようとしていた藤枝の腕をつかんだ。
わたしが見てきたものはなんだったのか。
なにが本当で、なにが嘘で、なにも気づけずにいたわたしはなんだったのか。疑うことすらしなかったわたしはなんだったのか。
「——お願い、待って」
小・中・高と、記号のように扱われてきた。大っ嫌いな両親から逃れるために、卒業後すぐに家を飛びだした。最も不満を感じていたのは、誰もわたしをひとりの人間として見てくれなかったことだ。だから嬉しかった。涼がわたしを選んでくれたことが。わたしをひとりの人間として扱ってくれたことが本当に嬉しかった。
そう思っていた。
そう思っていたのに、わたしは人間ではなく女性として——欲望の対象として——性別だけを見られていたのかもしれないという事実は頭の中をグチャグチャに引っ掻き回されるような、胸の中や臓器を引き裂かれてわしづかみにされるような、どうしようもない痛みと混乱の極みであって、いや、それだけで済むもんか。だから決めた。決断したのだ。
このままでは終わらせないって、心に決めた。
「待ってください」




