柏樹 05
「ビビる必要はねぇよ。あんたがおかしな真似さえしなきゃ、こいつは使わない」
「そう願いたいな」
青年は地面に降り立った。
「あんたがいなかったら、おれらは広域捜査官とやらに捕まっていただろう。その点は感謝してる。黄色い布を巻かなきゃいけないってルールも知らなかったしな」
「嬉しいね。頑張って誤摩化した甲斐があったよ」
「それで、あんたこそどうしたいんだ? なにか企みがあるんだろう? 脅してきた相手の心配なんて、普通できないよな?」
「ふふ。うん、そうだね。そうかもしれない」顎に手をあて、柏樹は口の端を吊りあげた。「いっておくが、この辺りで動く車を手に入れるのはまず不可能だろう。長期間の放置でバッテリーが使いものにならなくなっているし、タンク内のガソリンは自衛軍によって既に回収済みだからね。徒歩での移動は危険極まりなく、僕の車は衛星から監視されている。つまり、きみらが選択すべき道はひとつしかない。受信機の搭載されていないこのワゴン車を修理して、再び目的地を目指すことだ」
「あんた、直せるのか」
「きみはどうなんだ?」
「努力はしたよ」
「そうらしいね。手の汚れを見ればわかる。そうとう、長いこと格闘したんじゃないのかい?」
「で、あんたは直せるのか」
「無理だろうな。無理ではあるけど――さっき反対車線を走って行ったトラックはグール化した人間を保護している市民団体のものだ。おそらく、この辺りでグールを捕獲したんだろう。福岡・熊本の境界辺りで、このところ数多く発見されているらしいからね」
「……なんの話だ?」
「その市民団体の者と僕は面識がある。彼らの中には腕のいい整備士がいる。彼らに頼めばワゴン車を修理してもらえるだろうよ。どうだ? 一緒に市民団体の本部へ行ってみないか」
小石を蹴散らしたかのような音が鳴り響き、別の声が二人の会話に割って入る。「いいですね、それ! お願いします。是非ともお願いします」
色白の青年が車外に降り立ち、目を輝かせた。
さらには、青年の背後から、
「ねぇ、その市民団体の本部って、お水使えるの? 電気は?」長い髪の少女が身を乗りだして矢継ぎ早に問いかける。
体躯のいい青年は露骨に顔を歪め、呆れたように嘆息した。瞳の中に、両親が子供を見守るような暖かみが一瞬だけ姿を現したが、すぐさま引っこんで元のような仏頂面に戻る。
柏樹はひと呼吸置いたのちに、三人へ向けて微笑みかけた。
「――決まりだな」




