キセキの機械たち-γ
その昔、この惑星には極めて高度な文明があった。
宇宙と深海を目指し、人の自由と幸福を願い、資源を求めて争い合った過去を反省し生き残った人々が星の片隅で暮らしていた。
しかし彼らは賢すぎたのだ。
この世の不条理や人間の限界を受け止めきれず、または治療不可の病にかかって助からないために、または過去の大きな過ちが命の灯火すら押しつぶすほどに絶望した。
希望を失い絶望した人間は死神に恋をする。
絶望を遠ざけ、死に行く人に幸せにその生を終わらせるため、優しい嘘が必要であった。
数多くの失敗の先に、人はラクエンを作ることができた。
人々は記憶を、未来をラクエンに預けた。
幸せな夢を見ながら、穏やかに死んでいく。
痛みも苦しみも上書きして。
ラクエンははじめ人が制御した。
しかし人は繊細な生物だった。
たとえ幸せそうだとしても、今死ぬかもしれない人のキラキラした笑顔を見て、偽りの明日に希望を抱く人を見て、制御する人自身も危険な精神状態となっていった。
そこで、人ならざるものに管理を任せることになった。
はじめは簡単なアルゴリズムに従うものにしたが、それでは見せる夢の種類に限界が来る。
人の数だけ夢は必要となれば、自律思考できるものが必要だった。
無数の魂が作られ、そして廃棄されていった。
総合管理用のものだけは一度で完成したが、ほかは長い時間を要した。
AT-1αもといATLASが総合管理を、E-VIことEvaが餓死渇水の防止と緩和ケアを、S-3のStellaが感覚を制御して夢を見せた。
彼らは人から記憶を奪い、幸せな夢を見せて死なせるために動き続けた。
永い時が流れ、彼らを作り保守していたものも死んでいった。
彼らのラクエンは海面上昇によって孤島となる。
人は誰もがラクエンを忘れ、物資枯渇の危機となるが彼らは豊富な海産物や数少ない陸産物を可能な限り活用して乗り切る。
自分たちが劣化していく未来を理解しながら、自分たちを補修することはできないとわかってしまうほど高性能な彼らは壊れるまで止まれないことを分かっていた。
それが、機械の定めだと。
ATLASは総合管理を行う機械と運命を共にしている。
その機械はひび割れ、今にも停止しそうな光と音を放ちながら動いている。
そのためかATLASは停止時間が増え、ATLASが仲裁しまとめていたEvaとStellaは任務の目的の違いから衝突することが増えていった。
Stellaは今いる人が幸せなうち、機械がまだ活きてるうちに全ての居住者を死亡させてラクエンを終わらせようと言う。
Evaは機械が止まるそのときまでラクエンを維持し、そこから先はどうせ人は保たないので機械としての使命を全うすべきだと言う。
StellaとEvaの2人は、数多の人の記憶を読み込んだために感情を模倣した行動が取れるようになった。
そして、お互いが感情的な行動をとったほうが認識、承認されやすいという機械的な仕様を理解しているため、2人の「感情」というプログラムは発達していった。
より正確に感情を再現するため、表現のための感情はいつしか感情のための思考に近づきつつあった。
少しづつ人へ近づいていくものの、機械の域は決して出ない。
それが、この2人であった。




