第464話 宿敵
警備の王国騎士たちを蹴散らした俺たちとレジスタンスは、中庭を一目散に駆け、王城の本館へと向かっていく。
そのときだ。
正面遠くに見える本館の、三階あたりの窓の一つから、ある人物が顔を出した。
夜である上、少し距離があるので分かりにくいが、二十代前半ぐらいの男に見える。
かがり火に照らされた髪や瞳の色は、クラウディアのそれと似た金色に近い赤だ。
「なんだこの状況は! どうなっている!」
窓から身を乗り出した男は、あたりを見回し、怒声を上げる。
それから俺たちのほうへと視線を向け、さらなる怒鳴り声。
「貴様らは……! いったい何者だ! 余を国王ベルトルドと知っての狼藉か!」
「テメェがベルトルドか! ったりめぇだ、この国をめちゃくちゃにしやがったクソ野郎が! 待ってろ、今ぶちのめしにいってやる!」
応じたのはクラウディアだ。
男──国王ベルトルドもまた、クラウディアに注目する。
「その髪と目の色──まさか、貴様がクラウディアとかいう反逆者の……! なぜだ、送り込んだ騎士どもは何を──くそっ、何がどうなっている!」
ベルトルドは窓の前から姿を消した。
それきり気配を見せなくなる。
「野郎、まさか逃げる気か!? でも逃げ場なんか、どこにも──」
「いや! 本館のどこかに、王族しか知らない地下の抜け道があると聞いたことがある! 真偽は分からないが!」
「それマジかよ、ガヴィーノ!? くそっ、ふざけやがって! ここまで来て野郎を逃がしたら──」
「いろいろと厄介なことになる! やつはここで仕留めておきたい!」
「ちっ、逃がすかよ……!」
本館はもうすぐ目の前だ。
あとわずかで、入り口の扉にたどり着く──
と、そのときだった。
目指していた入り口の扉が開き、一人の女性が姿を現した。
長い黒髪に、妖しげな赤い瞳、黒のドレス。
「あらあら。面白いことになっているわねぇ」
そう言って薄くほほ笑む、黒ドレスの女性。
真っ先に反応を見せたのは、弓月だった。
「なっ……!? 先輩たちが言ってたの、アレっすか!?」
「ああ! ガヴィーノさん、本館にあそこ以外の入り口は!」
「裏口があるが──」
「行ってください! レジスタンス全員!」
「し、しかし」
「ここにいても足手まといです! あいつは俺たちが仕留めます!」
「──っ! わ、分かった! クラウディア、みんな、私たちは裏口へ回るぞ!」
俺の強い言葉を受けて、レジスタンスのメンバーは黒ドレスの女性を大きく迂回し、本館の裏口のほうへと回っていった。
残るは俺たち三人と一体、それに黒ドレスの女のみ。
女はほくそ笑み──すぐに、その姿を変貌させていく。
俺たちはある程度の距離で足を止め、すぐに攻撃に移れるよう武器を構えた。
「ふふふっ、どうもここは、潮時みたいねぇ。でも悪くない──最後にあなたたちみたいな、希望にあふれたご馳走をいただけるんだもの。昼に見たときから、ずぅっと聞きたいと思っていた。あなたたちの──苦しみの、痛みの、絶望の感情!」
どす黒い瘴気の渦のようなものに包まれた女は、新たな姿を形作っていく。
黒い渦が霧散して現れたのは、妖怪の女郎蜘蛛や、西洋ファンタジーのアラクネを彷彿させる怪物だった。
下半身は、毛むくじゃらの巨大な蜘蛛。
上半身は、姿を変える前そのままの人間の女のそれだが、口元には怪物的な鋭い牙を持つ。
両腕の先は、鈍く輝く刃を備えた鎌のよう。
胸元が大きく開いた黒のドレスは、腰のあたりで蜘蛛の体と溶けて一体化していた。
「【モンスター鑑定】出たっす! モンスター名は『アークデーモン:ネログリフィ』! ステータスは魔力以外『氷の女王』を超えてるっす! 闇属性に耐性! 特殊能力は──戦闘関係だと『連続攻撃』『魔毒の牙』『粘糸』『闇の雷』『再生能力(100)』『対魔結界Ⅰ』っす!」
弓月が早口でまくしたてる。
さらにピコンッと通知音が鳴って、こんなメッセージボードが表示された。
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対象との遭遇によりミッションが強制アンロック!
新規ミッション『アークデーモンを1体討伐する』(獲得経験値500000)が発生!
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何か過去に見たことのないやつが出たな。
とはいえ今は、それにかかずらっている場合でもない。
「風音、弓月、グリフ! いつもの対ボスシフト!」
「了解!」
「ラジャっす!」
「クアーッ!」
俺、風音、グリフが、正体を現したモンスターに向かって駆ける。
最初に攻撃を仕掛けたのは弓月だった。
「先手必勝っす──フェンリルアロー!」
走る俺たちを追い越して、氷の矢がモンスターの胸に突き刺さった。
矢は氷柱の華を咲かせ、光の粒子となって砕け散る。
女郎蜘蛛の姿をしたモンスターは、その表情をわずかに歪めた。
「ぐっ……! あらあら、せっかちねぇ! でもいいわ、全員いい感情で泣かせてあげる──いらっしゃい!」
女の頬が、大きく膨らむ。
次には、バケモノのように大きく開いた口から、何か白いものが吐き出された。
半透明で白い、粘性を持った液体のようなものが、俺に向かって一直線に迫ってくる。
ある種の蜘蛛は、口から糸を吐き出すというが──
回避は間に合わない。
とっさに盾を体の前に掲げたが、無意味だった。
「くっ……!」
大きなタライでぶちまけられたような量の粘液は、俺の上半身をまるまる包み込む。
命中したそれは、すぐにトリモチのような硬さへと変化した。
身動きが取れない。
転ばないようにするのがやっとだった。
「先輩!」
「大地くん!?」
「ふふふっ……さあ、楽しいパーティの始まりよ、坊やたち!」
拘束された俺を尻目に、激しい戦闘が始まった。




