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言葉に喰われた街の、逃げられない問い  作者: solune


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第46話:『言葉の逆流』

ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!!!


純白の虚無空間を貫いた『原初構造』の崩壊。

天頂に浮遊していた校舎の鉄骨と黒板の破片、そして無数の言葉の条文によって構成されていた巨大な天秤が、中央から真っ二つに砕け散り、白熱した火花とともに崩れ去った――はずだった。


だが、地獄の終焉は、それほど容易く、甘やかな生還を二人には与えてはくれなかった。


「……ッ!? がはっ……! げほぉッ……!」


神谷創太は、両目の視力を完全に失った「絶対の暗黒」の中で、コンクリートと血泥の床へと激しく両肘を叩きつけ、口から体内の臓器が溶け出しかけたような赤黒い血液の塊を大量に吐き散らした。


第45話で自らの右指を左の眼孔へと突き立て、水野結衣のステンドグラス片ごと生の眼球を根元から力任せに抉り出したその代償。

創太の顔面の左側には、ぽっかりと黒く爛れた肉の空洞が開き、そこから今この瞬間も、熱い生血が留まることなくドクドクと溢れ出て、首筋から胸元へ、そして床の粘液へと伝い落ち続けていた。


右耳は、かつてハッキングされた脳内ノイズを遮断するために金属針で鼓膜と三半規管を突いて破壊し、完全な聴力途絶。

両目は、自傷と怪異の侵食によって完全なる盲目。


いま、神谷創太という人間の意識を外界と繋ぎ止めているのは、全身を苛む焼きつくような肉体の激痛と、皮膚に触れる冷たい湿り気、そして――唯一残された『左耳だけの異常に研ぎ澄まされた過剰な聴覚』だけであった。


ジーーーーーッ……。ジジジジジジジジッ……!!


(……待て。……終わって、いない……!?)


創太の左耳の過剰な聴覚神経が、空間の崩壊音の奥底から立ち上る、極めて異質で、そして致命的な「再起動の予兆」を過敏に拾い上げた。


原初構造という『論理の核(システム)』は、確かに創太が提示した「肉体の代償を超えた絶対的な贖罪の覚悟」によって破破され、停止した。

しかし――この一年間、葛葉(くずは)市という隔離空間の中に蓄積され続けてきた、膨大な『言葉の毒(過剰な質量)』そのものは、消滅していなかったのだ。


統制を失った。制御するプログラムを失った。

その結果として起こったのは、浄化でも消滅でもなく――『言葉の質量の狂乱的な暴走』だった。


ズババババババババババババババッ!!!!


「ひ……っ! 創太……っ!」


創太の胸元で、弱々しく息を吐いていた白石葵の身体が、激しい戦慄とともに強ばった。


声を失い、自らの手で喉の黒蝋をむしり取った葵の首元からは、鮮血が絶え間なく滲み出している。強酸で溶かされた両脚と、回転ノコギリ刃に切り刻まれた右腕の痛みによって、彼女の意識は途切れかけていたが、それでも彼女は、目が見えなくなった創太の制服の胸元を、震える左手で死に物狂いで掴みしめていた。


創太の過剰な左耳を通じて、頭律を揺るがすほどの「津波の音」が迫ってくるのが分かった。


それは、水や血の津波ではない。

この学校で、この街で、一年にわたり吐き捨てられてきた、あらゆる人間の身勝手な【言葉(文字)の津波】だった。


『不整合!』『相殺不可!』『代償が足りない!』『逃がさない!』『肉になれ!』『溶けろ!』『死ね!』『お前のせいだ!』『消えろ!』『消えろ!』『消えろ!』――!!


崩落した原初構造の残骸から、何百万、何千万という漆黒の血文字が、ドロドロとしたタール状の濁流となって噴出し、純白だった虚無空間を塗り潰しながら、創太と葵の二人に向かって全方位から雪崩を打って押し寄せてきていたのだ。


「がぁぁぁぁぁぁっ……!」


創太は、自らの身体を覆い被せるようにして葵を下に庇い、自らの背中で「文字の濁流」の第一波を真っ正面から受け止めた。


ガゴォォォォォォォンッ!!!!


凄絶な質量と衝撃。

背中に叩きつけられたのは、物理的な圧力だけではない。文字の一文字一文字が、無数の極小の針となって創太の皮膚を突き刺し、彼の肉体の中へ「他者の悪意」を直接注入してくる。


「グガァァァァァァァァっ!!」


創太の喉から、血の泡とともに絶叫が跳ね上がった。


背中の制服が一瞬にして黒く焦げて弾け飛び、皮膚が文字の形にえぐれ、生の筋肉繊維の中に「死ね」「消えろ」という血文字が刻印されていく。

胸の真ん中に穿たれた貫通傷からは、押し寄せた濁流の圧力によって、体内の血液と肺の空気がゴボッと大量に吹き出した。


(だめだ……! このままじゃ……呑み込まれる……! この『言葉の質量』に……肉体を……魂を……塗り潰される……!)


両目は見えない。足は折れている。胸には風穴が開いている。

創太の肉体には、もうこの物理的な濁流に抗うだけの体力も、流すための血液すら残されていなかった。


失血による急激な体温低下。視界を埋め尽くす絶対の暗黒。

創太の脳細胞が、酸素不足と激痛によって、一瞬ごとにパチパチと弾けて死滅を起こしていく。


(……八方塞がり……か……)


創太の思考領域に、暗い静寂が漂いかけた。


これまでは、怪異が「問い」を突きつけ、創太がそれを「解く」という受動的なゲームのルール(枠組み)が存在していた。正解を提示すれば、システムが一時的に攻撃を停止し、道が開けた。

だが、今のこの状態には、ルールも、問答すら存在しない。

ただ溜まりに溜まった毒が、ダムの決壊のように二人を押し潰し、無差別に肉片へとすり潰そうとしているだけだ。


受動的に「答えを探す」ことでは、この無差別の暴力から逃れることは絶対にできない。


その時だった。


創太の皮膚感覚が、背中に押し寄せる言葉の濁流の「ある特性」を察知した。


文字の針が肉に刺さるたび、創太の体内に残されていた『怪物化の毒』――かつて問答を解くたびに体に蓄積していった、長谷川さくらのハサミ、渡辺大樹の沸騰血、水野結衣のステンドグラス、菅原の金属針といった「死者たちの解体パーツ」が、体内で激しく共鳴して熱を帯び始めたのだ。


(……そうか……。この濁流は……怪異の意志じゃない……。俺たちの体内に残った……死者たちの言葉と……外の毒が……引き合い、共鳴して……溢れ出しているんだ……!)


創太の脳裏に、電撃のような閃光が走り抜けた。


怪異とは、何か。

それは、一年前のあの日、鳴海詩織という一人の少女に向けられた暴言と無視、そして彼女が死の直前に抱いた「拒絶」が、学校という閉鎖空間の言葉の力によって結実した巨大な【問いの機構】だった。


これまでの自分たちは、怪異が突きつけてくる不条理な「問い(なぞかけ)」に対して、常に受身で解答を提示し続けてきた。

正解を導き出すたびに、怪異の仕掛けを破破し、なんとかその場を凌いできた。


だが――なぜ、いつも怪異の側が「問う側」で、人間が「試される側」でなければならないのか?


言葉によって作られた怪物であるならば。

言葉のロジックによって成立している世界であるならば。


「人間側から……怪異そのものを定義し直す【逆の問い(なぞかけ)】を突きつけることはできないのか!?」


(できる……! いや、それしか……この暴走する言葉の毒を消し去る方法は……存在しない!)


創太の心臓が、死の淵でドクンッ……! と激しく跳ね上がった。


受動の打破。

怪異が人間を評価し、解体してきたゲームの構造そのものを逆転させる。

人間が、自らの命と傷と罪のすべてを懸けて、怪異という存在の根本的な矛盾を突いた『逆のなぞかけ(なぞかけ返し)』を構築し、それを怪異の核心へと直接突き刺すのだ!


もし、その『逆の問い』が完璧な論理構造を持ち、怪異という存在自身に「自らの存在矛盾」を自覚させることができたなら――。


怪異は、自分自身の言葉の毒を処理できなくなり、自らのロジックによって自らの肉体を内側から噛み砕き、崩壊させる【言葉の逆流(自家中毒)】を起こすはずだ!


「はぁ……はぁ……はぁ……ッ!」


創太の破れた唇から、血の泡が溢れ出た。


構築しろ。脳みそを焼き切れ。

自分に残されたすべての記憶、すべての激痛、すべての罪を、一つの完璧な「問いの方程式」へと組み上げるんだ。


創太は、自らの全神経を、唯一生き残っている『過剰な左耳』の聴覚ネットワークへと集中させた。


両目が見えない暗黒の中で、創太の過剰な耳は、背中を削る「言葉の濁流」の音、神殿の崩壊音、自らの心音、そして腕の中の葵の呼吸音を、超高精度のデータとして拾い上げ、脳内の計算領域へとなだれ込ませた。


一年前の雨の日。

2年B組の教室で、鳴海詩織に向けられていた無数の嘲笑と暴言。

いじめの加害者たちが吐き捨てた「お前が悪い」「空気読め」「消えろ」という、自己保身のための言葉。


そして、その言葉を前にして、目を背け、教室のドアを閉めて逃げ出した自分自身の「無関心の傍観」。


さらに、怪異が始まってから、クラスメイトたちが死に際に叫んだ悲痛な叫び。

長谷川さくらのハサミの音。渡辺大樹の沸騰する血の音。西条拓海の腹が裂ける音。


さらには、自らの声帯を犠牲にして創太の手を握り続けた白石葵の、言葉にならない魂の呼吸。

創太自身が、自らの右耳を潰し、太ももを削り、両目を抉り出して提示してきた「痛みの証明」。


それらすべての【言葉】と【痛み】と【罪】が、創太の脳内で巨大な螺旋を描きながら融合し、たった一つの、怪異を殺すための『絶望のなぞかけ』へと結晶化していく。


(組み上がった……。これが……俺と葵が……この地獄で掴み取った……真実の問いだ……!)


創太は、自らの太ももに深々と突き刺さったままの鉄パイプの柄を、血みどろの右手で力任せに掴んだ。


ズブスッ……! バキバキッ!!


「ガハッ……! げほぉぉぉっ!!」


太ももの大腿骨を鉄パイプで直接削り直すという、狂気の痛撃(電流)。

その激痛の電流が、死の淵で停止しかけていた創太の脳シナプスを一瞬にして白熱させ、彼の声帯に、全存在を懸けた「絶対の音量」を充填させた!


創太は、暗黒の世界の中で、葵を左腕で力強く抱きかかえながら、膝を泥に突き、上半身を凄まじい気迫で跳ね起こした。


押し寄せる何百万の黒い言葉の濁流。

二人を呑み込み、肉片へとすり潰そうとする言葉の暴力の全方位へ向かって――。


神谷創太は、血の泡とともに、歴史上初となる【人間側からの逆のなぞかけ】を、堂々と、その喉から解き放った!!


「――聞けぇぇぇぇぇっ! 言葉の化物ぉぉぉぉぉっ!!」


創太の咆哮が、純白の空間の全原子を打ち震わせた!


「お前たち……【怪異(この空間)】と掛けまして……!」


「一年前、あの教室で詩織を見殺しにし……今また自分たちの保身のために言葉を撒き散らす……【俺たち(人間)の罪の醜さ】と解く……!」


血と肉片を撒き散らしながら、創太の叫びが過剰な聴覚を通じて、崩壊する空間の全領域へと響き渡る。


「さあ……! 答えろ……言葉の化物……! 【その心は】だぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


『――その心はぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』


神谷創太が魂の底から放った「逆のなぞかけ」の咆哮が、崩壊しつつある空間の全原子を激しく振るわせた。


両目の視力を失った完全な暗黒の世界。

左の眼孔からドクドクと溢れ出る熱い生血が、創太の頬を伝い、胸の貫通傷から漏れ出す血の泡と混ざり合って、足元のコンクリートと血泥へ叩きつけられていた。


創太の過剰な左耳の聴覚神経だけが、目の前で起こった「世界の変質」を、狂おしいほどの精度で捉えていた。


ピタァァァァァァァァァァァッ……!!


創太と葵に向かって、二人を肉片へとすり潰そうと全方位から雪崩を打って押し寄せていた何百万、何千万という「黒い言葉(文字)の濁流」が、創太の言葉が空気を切り裂いたその瞬間、まるで時間が凍りついたかのように、空中でピタリと完全停止したのだ。


『――――――――――――』


恐ろしいほどの静寂。

異界を埋め尽くしていた死者たちの叫びも、不気味な心音も、一切のノイズが死絶した。


「言葉の化物」そのものが、創太によって突きつけられた「逆の問答」という未曾有の概念を前にして、存在の根底から停止したのだ。


創太は、全盲の暗黒の中で、葵の身体を抱きしめる左腕にさらに強く力を込め、壊れた喉から血を吐き出しながら、自ら突きつけた問いに対する『解答(ロジック)』を、逃げ場のない神殿空間の全領域へと叩きつけた!


「答えが出ないか……? ならば、俺が……俺たちが、お前という存在の正体を提示してやる……!」


創太の咆哮が、静寂を切り裂く。


「その心はどちらも……! 『自分たちの吐き捨てた身勝手な言葉の毒で対象を殺しておきながら、その責任を他者へ擦り付け、自らが生み出した呪いの矛盾に呑み込まれて壊れていく、救いようのない【自業自得の自滅者(バケモノ)】』だぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


ズバババババババババババババババババババァァァァァァンッ!!!!


創太の解答が完結した、まさにその絶対の刹那。


停止していた何百万の黒い文字の濁流が、まるで超高圧の電流を直接撃ち込まれたかのように、狂乱の火花を散らして激しく痙攣を始めた!


ジーーーーーッ! ジジジジジジジジッ! ガギィィィィィィンッ!


『――ガ……っ!? ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!?』


異界全体から、これまでのどんな悲鳴とも異なる、壊れたスピーカーが自爆するような「狂乱のエラー音」が噴き出した。


創太が提示した『逆のなぞかけ』。

それは、怪異がこの一年間、いじめの加害者や被害者の「言葉の毒」を糧にして人間を解体してきたシステムの根底にある【致命的な自己矛盾】を、完璧な論理の檻の中に閉じ込める「概念の毒針」だったのだ。


この怪異は、「不条理な言葉の暴力(問答)」を人間へ押し付けることで成立していた。

だが、人間(創太)の側から自らの罪と痛みを認めた上で、「お前自身が吐き散らしている言葉の毒こそが、お前を殺す呪いではないか」という【逆の正解】を突きつけられた瞬間、怪異のシステムは、人間を裁くためのロジックを完全に失った。


言葉によって作られた怪異が、自らの存在理由(言葉)によって、自らの存在を否定されたのだ。


その結果として起こったのは――【言葉の完全なる逆流(自家中毒)】であった!


ズババババババババババババババッ!!!!


「……っ!? 創太……っ!」


創太の腕の中で、意識を失いかけていた葵の身体が、激しい衝撃に大きく跳ね上がった。

声を失った彼女の喉から、漏れ出す血の音とともに、驚愕の吐息が溢れる。


創太の過剰な左耳は、前方の空間で起こり始めた「悍ましい自潰」の音を、目に見えるかのような鮮明さで拾い上げていた。


二人を呑み込もうとしていた何百万という「死ね」「消えろ」「お前のせいだ」という漆黒の血文字の群れ。

それらの文字が、突如として創太たちへの攻撃を完全に破棄し、180度向きを変えて――【怪異自身の肉壁や、解体パーツでできた生首の群れ】へと向かって、狂ったように雪崩を打って襲いかかり始めたのだ!


ガリガリガリガリッ! ボリボリボリボリッ!!


「ヒガァァァァァァァっ! 痛い! 痛い! 私の言葉が! 俺の言葉がぁぁぁっ!」


死んだクラスメイトたちの生首の群れから、狂乱の悲鳴が上がった。


長谷川さくらの生首、渡辺大樹の生首、西条拓海の生首、水野結衣の生首――。

彼らの壁に埋め込まれた肉面へ、かつて自分たちが生きている間に吐き捨て、そして怪異となってから創太たちへ浴びせかけていた「悪意の文字」が、鋭利な牙を持った黒い虫の群れとなって群がり、彼ら自身の顔面や目を削り、削ぎ落とし、噛み砕き始めたのだ!


長谷川さくらの顔面に、彼女自身の吐いた『キモイ』という血文字が群がり、彼女の鼻や唇をボリボリと貪り食う。

渡辺大樹の沸騰した肌に、彼自身の吐いた『失せろ』という文字が食い込み、沸騰した血液の袋を内側から破裂させる。

西条拓海の切り開かれた腹の傷口へ、彼自身の吐いた『俺のせいじゃない』という文字が潜り込み、彼の腸を内側からブチブチと千切り飛ばしていく。


自業自得。因果応報。

他者を傷つけるために発せられた悪意の言葉が、創太の導いた『逆のなぞかけ』によってすべて逆流し、言葉の生み親である怪異自身の肉体と死者たちの残念を、内側から咀嚼し始めたのだ!


パァァァンッ! パパパパパァァァンッ!!!!


「グガァァァァァァァァッ!! 許して! 許してくれぇぇぇっ!」


壁面全体から、肉と骨が破裂する凄絶な破砕音が連続して弾け飛ぶ。


解体パーツとして肉壁に組み込まれていた何百、何千というクラスメイトたちの手足、臓器、眼球が、自らの吐き出した言葉の毒によって内側から腐敗ガスを爆発させ、次々と自爆を始めた。


ドバァァァァァッ! ゴボゴボゴボッ!


天井から、壁から、床から。

弾け飛んだ死者たちの肉片と、ドロドロに沸騰した血液、そして自壊した言葉の文字が混ざり合った「赤黒い土砂降り」が、激しい音を立てて全方位へと降り注ぐ。


「……っ! 葵、背中に隠れろっ……!」


創太は、見えない全盲の視界の中で、自らの肉体を覆い被せるようにして葵を完全に下に庇い込んだ。


ビチビチビチッ! ガツンッ!


創太の背中に、千切れ飛んだ同級生の骨の破片や、沸騰した血液の塊が容赦なく叩きつけられる。

自傷によって大腿骨が露出し、鉄パイプで削り直された左太ももの傷口に、灼熱の血液が触れるたび、皮膚がジジジと焦げ、脳を焼き切るような激痛の電流が創太の全身を駆け抜けた。


「がぁぁぁぁっ……! ふぅッ……! ふぅッ……!」


創太は血の泡を吹き出しながら、その激痛を歯を喰い散らかして耐え抜いた。


痛みはある。全身の肉はズタズタだ。

しかし――創太の心には、もう一片の恐怖も、迷いもなかった。


見ろ。これが、言葉の暴力に依存し、他者を踏みにじることでしか存在できなかった怪異の末路だ。

他者に向けた毒は、巡り巡って、必ず自分自身の肉体を食い破る。


「聴こえるか……怪異……っ」


創太は、血みどろの顔を上げ、全盲の目のまま、狂乱の自壊を続ける空間全体へ向かって、静かに言い放った。


「お前たちが……どれだけ膨大な言葉の毒を集めようと……自分自身の罪と向き合えない限り……お前たちは自らの言葉に食い殺されるだけだ……!」


ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!!!


創太の言葉が引導となったかのように、空間の自壊運動は、もはや留まることのない崩壊の雪崩(キャスケード)へと発展した。


神殿の壁を形成していた黒い熱蝋の粘膜が、ベリベリと音を立てて剥がれ落ち、その奥に隠されていた旧校舎の崩れたコンクリートと鉄骨の骨組みが、悲鳴を上げて軋み始める。


隔離都市(葛葉市)を構築していた「言葉の論理」そのものが、内側からの逆流によって完全に崩壊したのだ。


自壊する空間の奥深く。

破裂する肉壁の隙間から、これまで閉じ込められていた『本物の現実の空気』と、かすかな『金属の軋み音』が、創太の過剰な左耳へと飛び込んできた。


カチャン……、キシィィィィン……。


それは、私立稜ヶ丘高校の正門を閉ざしていた、あの冷たく頑丈な「鉄の校門」が、空間の崩壊圧力によって押し開かれようとしている音だった。


「葵……!」


創太は、血と肉片の雨の中で、自らの腕の中に抱いた葵の顔に触れた。


目が見えない創太の手指に、葵の溢れ出る涙の温もりが伝わってくる。

葵もまた、残された左手で創太の手を力任せに握り返し、自分の額を創太の胸に強く押し当てていた。


「勝ったぞ……。俺たちは……怪異の言葉を……全部叩き潰したんだ……!」


創太の掠れた声に、葵は言葉にならない安堵の呼吸を漏らした。


言葉の逆流(自家中毒)によって、怪異の肉体は今や完全に自爆のプロセスへと突入した。

自分たちを遮る言葉の仕掛けも、不条理な問答も、もうどこにも存在しない。


あとに残されたのは、崩壊し、破裂していくこの「肉の塊の残骸」から脱出し、あの開かれつつある校門を潜って、本物の現実世界へと生還することだけだった。


「行くぞ……葵! 俺たちの……本当の帰還だっ!」


創太は、両目が見えない暗黒の世界の中で、左足の激痛と胸の貫通傷の血を吐き散らしながら、床の粘液に血塗られた手を突き立てた。


怪異が悲鳴を上げながら自らの身体を破裂させていく地獄の惨劇の中で、傷だらけの二人は、ついに約束された「出口」へ向かって、最後の這進を開始したのだった。

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