第1話:『ハサミと少女』
六月の湿り気を帯びた空気が、私立稜ヶ丘高校の2年B組の教室に重く淀んでいた。
七時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、担任の男教師が教壇の上の出席簿をパンパンと雑に叩く。
「はい、それじゃあ今日の終ホームルームを終わる。明日は期末テストの範囲発表だから、遅刻すんなよ。日直、号令」
「起立」
だるそうな日直の声に合わせて、パイプ椅子の脚が床を擦る嫌な音が教室中に重なって響いた。
神谷創太は、自分の席である一番窓際の最後列から、その光景をぼんやりと眺めていた。耳の奥で、無数の音が過剰な精度で拾い上げられていく。黒板の粉が落ちる音。女子生徒の制服の布地が擦れる音。廊下を歩く上履きのゴムの摩擦音。創太の耳は昔から、他人が意識すら払わない雑音を異様なほど明瞭に拾ってしまう癖があった。
「創太、今日このあと図書室寄る? 新しいサスペンス入ってたよ」
前の席から振り向いたのは、白石葵だった。透き通るような肌と、どこか生真面目さを残した瞳。放送部に所属する彼女の声は、この騒がしい教室の中で唯一、創太の耳に心地よく届く澄んだ音だった。
「いや、今日はそのまま帰るよ。なんとなく頭が重い」
「そっか。無理しないでね」
葵が柔らかく微笑み、鞄を抱え直したその時だった。
カツン、という小さな音。
教室の窓ガラスに、何かがぶつかった。
虫でも飛んできたのだろうか。創太が視線を窓の外へ向けた瞬間、二度目の音が響いた。
ベチャリ。
それは、水を含んだ生の肉塊をコンクリートに叩きつけたかのような、湿り気のある不快な音だった。
「……え?」
窓際に座っていた女子生徒が素頓狂な声を上げた。
ガラスの向こう側。本来なら西日に照らされた校庭が見えるはずの窓に、漆黒のドロリとした液体が張り付いていた。石油のように黒く、それでいて生き物のように蠢く謎の粘液。
ベチャ、ベチャ、ベチャベチャベチャベチャ――!
次の瞬間、粘液は加速度を増して窓全体を覆い尽くし始めた。上下左右、あらゆる方向から黒い津波が窓ガラスを塗りつぶしていく。一分も経たないうちに、西日の差し込んでいた2年B組の教室は、完璧な闇へと呑み込まれた。
「きゃあ! 何これ!?」
「停電!? 誰か電気つけて!」
教室内に悲鳴が爆発した。誰かが壁のスイッチを連打するカチカチという虚しい音が響くが、天井の蛍光灯はピクリとも反応しない。暗闇の中、生徒たちがパニックを起こして一斉に動き出す。
「おい、落ち着け! 窓の汚れだろ! 教官室見てくる!」
クラスのリーダー格である西条拓海が怒鳴り、教室の前ドアへと走った。ガラリと勢いよくドアが開け放たれる。
しかし、廊下もまた、完璧な漆黒に染まっていた。目を開けているのか閉じているのかすら分からなくなるほどの濃密な闇。そして何より異様だったのは、廊下から漂ってくる異臭だ。
鉄の匂い。腐敗した肉の匂い。そして、下水のような粘つく匂い。
「電波入んねえぞ! なんだよこれ!」
「マジで!? 警察電話しろよ!」
暗闇の中でスマートフォンの画面が無数に光り出す。だが、どの端末のディスプレイにも「圏外」の文字と、歪んだノイズが走るだけだった。
「創太……これ、普通の停電じゃない」
隣に寄り添ってきた葵の声が震えている。創太は葵の袖をしっかりとしがみつかせながら、自らの研ぎ澄まされた聴覚に意識を集中させた。
静寂。
パニックに陥るクラスメイトたちの悲鳴の裏側で、何かが「近づいてくる」音がしていた。
校内放送のスピーカーから、ジジ……ジジジ……というノイズが漏れ出し始めたのだ。アンプの電源が入っているはずもないのに。
『――あ、あー。マイクのテスト、マイクのテスト』
スピーカーから聞こえてきたのは、機械的なアナウンスではなかった。
それは、水槽の底から響いてくるかのように籠もった、だがゾッとするほど生々しい、中年女の湿った声だった。耳元で濡れた舌を這わせられているかのような、生理的な拒絶感を呼び起こす音色。
『みなさん、さようなら。それでは本日の、なぞかけの時間です』
「は……? 何だこれ、放送部の悪ふざけか!?」
西条が天井のスピーカーを見上げて叫ぶ。だが、放送部に所属する葵は創太の横で「私じゃない、こんな音源知らない」と激しく首を振っていた。
『問いかけます。よく聞いて、正しく解いてくださいね』
スピーカーの奥で、カチ、カチ、と金属が擦れ合う音がした。
『私立稜ヶ丘高校、2年B組、長谷川さくらさんと掛けまして』
クラスの最前列で、取り巻きの女子に囲まれていた人気者の少女――長谷川さくらが、自分の名前を呼ばれてピクリと肩を跳ねさせた。
「え……私? なに……これ、ドッキリ……?」
さくらの声は震えていた。
『ハサミと解く。……その心は?』
湿った声が教室内に響き渡る。
「ハサミ……? なにそれ、意味かんない! やめてよ!」
さくらが泣き叫びながら立ち上がろうとした。その時、創太の脳裏に恐ろしい予感が走った。
なぞかけ。Aと掛けましてBと解く。その心は――掛け合わされた二つの言葉を繋ぐ「意味(答え)」。
「長谷川さくら」と「ハサミ」。
その二つを繋ぐ共通点。あるいは、言葉遊び。
(まさか……『切る』? 『刺す』? それとも――)
「制限時間は三分です。答えがととのわない場合、あるいは間違えた場合は……整えて差し上げます」
スピーカーの声が愉悦に満ちた笑いを漏らし、ノイズとともに切れた。
直後、教室内を支配したのは完全な狂気だった。
「答えって何だよ! さくら、なんか心当たりないのかよ!?」
「知らないわよ! なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ!」
さくらは頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「さくら! 『ハサミ』と『お前』だろ!? なんか共通点あるだろ! 髪を切るとか、裁縫が好きとか!」
「私、裁縫なんてしない! 髪だって美容院でしか切らないわよ!」
刻一刻と時間が過ぎていく。暗闇の中、生徒たちがスマホの明かりでさくらの顔を照らし出す。その誰もが、恐怖で顔を歪めていた。
残り一分。
「おい神谷! お前頭いいだろ! なんか言えよ!」
西条が創太の胸ぐらを掴んできた。
「落ち着け西条! 下手に適当な答えを言えば、それが間違っていた時に何が起きるか分からない!」
「じゃあどうすんだよ! このまま三分過ぎたらどうなるんだよ!」
「……分からない。だが、嫌な予感がする」
創太はさくらを見つめた。彼女の首元。制服の襟元から覗く皮膚が、怪しく波打っていた。
残り三十秒。
「誰か助けて! お願い、誰か答えを言ってよ!」
さくらが床にへたり込み、ボロボロと涙を流しながら叫ぶ。
「答えは……答えは『どちらも切れ味が鋭い』だ! さくらは毒舌だから!」
後ろの男子生徒が耐えかねて大声で叫んだ。
その瞬間。
ピタリと、教室内の空気が凍りついた。
『――不整』
スピーカーから、一言だけ残酷な判定が下された。
「え……?」
叫んだ男子生徒が絶句した、次の瞬間だった。
長谷川さくらの口から、ゴボリと、粘度の高い黒赤い血が大量に吹き出した。
「ガッ……! アっ……! げホっ……!」
「さくら!?」
さくらは自分の喉を両手で激しくかきむしり始めた。爪が皮膚を裂き、血が噴き出すのも構わずに、自分の喉奥へ指を突っ込む。まるで、体内に詰まった何かを吐き出そうとするかのように。
ズク、ズズズ……!
不気味な肉の裂ける音が、暗闇の教室に響き渡った。
さくらの皮膚の下で、無数の「硬い物体」が蠢いていた。腕、太もも、腹部、そして顔面。至る所の皮膚が内側から尖ったもので押し上げられ、みすぼらしいテントのように突っ張る。
「嫌……嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
さくらの絶叫が途切れた。
ザクッ!!!!
彼女の両眼球を内側から突き破って、二枚の鋭利な金属刃――ハサミの刃先が飛び出した。
「ひぁっ……!?」
周りの女子生徒が腰を抜かす。
それだけでは終わらなかった。
ズババババババババババババババババババッ!!!!
肉が千切れ、骨が砕ける絶望的な破壊音が連鎖する。さくらの全身の皮膚を内側から突き破り、無数のハサミが爪立ち、開閉しながら噴き出し始めた。
裁縫ハサミ、文具ハサミ、剪定ハサミ、医療用ハサミ――。
ありとあらゆる種類の錆びついた金属のハサミが、彼女の体内、臓器、肉、骨の隙間から何百本と勢いよく飛び出し、ジャキジャキと音を立てて空を切る。
首の皮膚が裂け、喉から飛び出したハサミがそのまま彼女の声帯をズタズタに切り刻む。腹部が弾け飛び、溢れ出た内臓とともに大量のハサミが床へ撒き散らされた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「嫌だ! 嫌だぁぁぁぁぁっ!」
噴出する血のスコール。飛び散る肉片。教室内は一瞬にして、温かい死の液体で濡れそぼった。さくらだったものは、全身から無数のハサミをハリネズミのように生やした異形の肉塊となり、床の上でピクピクと痙攣していた。
そのハサミの刃先は、すべてがカチカチと狂ったように開閉を繰り返している。
ジャキ、ジャキ、ジャキ、ジャキ、ジャキ――。
血の海の中、犠牲者の体内から生えたハサミたちが奏でる金属音だけが、絶望の教室に響き続けていた。
「ヒッ……ヒヒッ……」
誰かが正気を失った笑い声を漏らした。
創太の顔にも、暖かく粘り気のあるさくらの血が大量にこびりついていた。創太は目を見開いたまま、床に転がる肉片を見つめていた。
(これが……『答え』を間違えた結果……?)
脳が恐怖で麻痺しそうになるのを、創太は自らの舌を強く噛むことで強引に繋ぎ止めた。
怪異の正体も、目的もわからない。だが、一つだけ確かなことがある。
ここはもう、学校ではない。
死と狂気が支配する、逃げ場のない屠殺場だ。
そして、血の海と化した教室のスピーカーから、再びあの湿ったノイズが鳴り響いた。
『――ふふ。それでは、次の問いです』
天井のスピーカーから響く不快なノイズが、生徒たちの鼓膜を冷たく叩いた。
床には、かつて長谷川さくらだった肉の塊が転がっている。全身を貫く何百本ものハサミが、血の海の中でカチカチと狂ったように刃先を開閉させていた。ジャキ、ジャキ、ジャキ――その金属音は、命の終わりを告げる不吉な手拍子のようだった。
「ひっ……うぁぁぁぁぁぁっ!」
耐えかねた一人の男子生徒――野球部に所属する堅物が、泡を吹いて後ろのドアへと走り出した。
「嫌だ! 居たくない! 出せ、ここから出せぇぇぇっ!」
彼は血で滑る床に脚をとられ、転びそうになりながらも後ろの教室ドアの取っ手に飛びついた。ガンガンと体当たりをかまし、狂ったように鍵を解錠しようと叫ぶ。
その背中に向かって、湿った声が容赦なく降り注ぐ。
『後ろのドアへ向かう、近藤くんと掛けまして』
「な、なんだよ!? 俺の名前を呼ぶな! 呼ぶなァァァッ!」
近藤はドアノブをがたがたと激しく揺らしながら、狂乱の叫びを上げた。
『破られた紙切れと解く。……その心は?』
「答えろ近藤! なにか言え! 早くしないとさくらみたいになっちまうぞ!」
西条拓海が怒声で叫ぶ。だが、恐怖で脳が沸騰した近藤に、まともな思考力など残されているはずもなかった。
「知るか! 知るか知るか知るか! 早く開けろ! 出せ! 出してくれぇぇぇ!」
「制限時間は三分です」
スピーカーから漏れるクスクスという含み笑い。暗闇の中、生徒たちのスマートフォンが照らし出す光の中に、近藤の背中が浮かび上がっていた。
「近藤、落ち着け!」
創太が血で汚れた声を張り上げた。
「『近藤』と『破られた紙切れ』だ! 共通する言葉を探せ! 意味が重なる動詞か形容詞だ!」
「うるせえ! お前に何がわかる! 助けてくれ! 母さん! 母さんぁぁぁっ!」
近藤は頭を壁に打ち付け、血を流しながら泣き喚く。
残り時間二分。
創太の脳内回路が、恐ろしいスピードで回転を始める。耳の奥で、近藤の荒い呼吸、心臓の爆発しそうな鼓動、そして――彼の脚の皮膚が「ミシミシ」と擦れ合う微細な音が聞こえていた。
(近藤。紙切れ。共通点――)
破れた紙。ちぎれた紙。ビリビリに裂けた紙。
(……ちぎれる?)
「近藤! 『ちぎれる』か!? 『破れる』か!?」
創太が叫んだその時、教室の後ろにいた別の男子が、死の恐怖に耐えかねて大声を張り上げた。
「答えは『くしゃくしゃ』だ! 紙くずみたいにくしゃくしゃだからだろ!?」
「あ……」
創太の視線が凍りついた。間違った。その答えは――ズレている。
『――不整』
スピーカーからの冷酷な宣告。
「え……?」
叫んだ男子生徒が呆然とした瞬間、悲劇は近藤の身に起きた。
「あ、が……っ!?」
近藤が突然、絶叫すら上げられなくなった。
彼の両脚――制服のズボンの下で、肉と骨が信じられない音を立てて崩壊し始めたのだ。
メキメキ、ミチミチミチミチミチッ!
それは、分厚い電話帳を何冊も素手で力任せに千切り裂くような、重く湿った破壊音だった。
「あががががががががっ!?」
近藤の太ももの肉が、まるで縦に細かく裁断されたペーパーシュレッダーの紙のように、数百本の「肉の帯」となって裂け破れていく。皮膚、脂肪、筋肉、血管が、縦方向にミリ単位で細かく千切れ、血の糸を吹き散らしながら床へ垂れ下がった。
「ヒっ……あ、足が……俺の足がぁぁぁぁぁぁっ!」
骨までもが縦に裂け、太ももから下が赤黒い肉のフリンジ(房)と化していく。近藤はそのまま上半身の重みに耐えかね、ズルリと自分の肉の帯の中に沈み込んだ。
「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「嫌だ! 助けて! 誰か助けてえぇぇぇっ!」
肉の帯となった両脚から噴き出す血潮が、天井まで届くほどの勢いで飛び散る。近藤は自分の脚だった肉の紐を抱きしめ、狂ったように転がり回ったが、千切れた肉はさらに細かく、まるでシュレッドされた紙くずのようにポロポロと崩れ落ちていく。
自らの肉体が「シュレッダーにかけられた紙」のように千切れ去っていく激痛と恐怖の中で、近藤は自らの眼球を血の出るほど見開き、やがて血の泡を口から吐き出しながら動かなくなった。
教室内は、もはや地獄という言葉すら生ぬるい、絶望の絵の具で塗りつぶされていた。
長谷川さくらのハサミの山。
近藤の細切れになった肉の海。
鼻を突くのは、刺すような鉄の匂いと、破裂した内臓が撒き散らす腐敗臭。二人の犠牲者の血が床の傾斜に従って広がり、創太と葵の靴底を赤く濡らしていく。
「あ……あ……」
白石葵は創太の腕にしがみついたまま、腰を抜かして震えていた。彼女の唇からは血気が失われ、瞳は激しいショックで焦点を結べなくなっている。
「葵、しっかりしろ! 目を閉じるな! 意識を保て!」
創太は葵の肩を激しく揺さぶった。だが、創太自身もまた、歯の根が合わないほど全身を震わせていた。
これが「なぞかけ」の正体だ。
答えを間違えれば、その「言葉のイメージ」に従って、肉体が物理的に解体され、再構築される。ご都合主義な奇跡も、魔法のような回避手段も存在しない。あるのは、狂った言語のロジックと、それに伴う凄惨な死だけだ。
「おい……神谷……」
暗闇の中で、西条拓海が血に濡れたナイフのような視線を創太に向けていた。彼の顔半分には近藤の飛び散った血がべったりとこびりつき、その瞳からは正気の光が消えかかっていた。
「お前……さっき『ちぎれる』って言おうとしたな……? お前、答えが分かってたのか……?」
「……仮説だ。確証はなかった」
「嘘つけ! お前、知ってて近藤を見殺しにしたんだろ! お前が早く答えを言っていれば、近藤は死なずに済んだんだ!」
「狂うな西条!」
創太は冷徹な声で突っぱねた。
「適当な答えを言えばどうなるか、今ので分かったろ! 間違えた瞬間に死ぬんだ! 完璧なロジックを組み立てない限り、口を開いた人間から順番に肉片に変えられていくんだぞ!」
「じゃあどうすんだよぉぉぉっ!」
西条が咆哮した。クラスの女子たちが隅に固まり、ひたすら嗚咽を漏らしている。
生き残っているのは、二十余名。
窓は漆黒の粘液で塞がれ、廊下は闇に呑まれ、スマホは圏外。そして何より、この教室そのものが、命を刈り取る悪魔の問答部屋と化している。
その時だった。
天井のスピーカーから、再びジジ……というノイズが走った。
「ひっ……!」
生徒たちが一斉に悲鳴を上げ、頭を抱えて縮み上がる。
『ふふ……素晴らしいですね。皆さんの身体は、言葉の形によく馴染みます』
濡れた声が、舐め回すように教室内を包み込む。
『さて……一つ目の「ハサミ」で肉を切り刻み、二つ目の「紙切れ」で細かく千切りました』
創太の背筋に、氷のような寒気が突き抜けた。
(待て……まさか……?)
さくらはハサミで突き破られた。近藤は紙切れのように千切られた。
ハサミ。紙。
(これは……連作なのか……!? 単発の問いじゃない……全体で一つの巨大な儀式を組み立てているのか!?)
『お察しの通りです、神谷創太くん』
スピーカーが、創太の名前を正確に呼んだ。
創太の息が止まる。
『あなたは耳が良い。他人の声の嘘を見抜き、世界の嫌な音をたくさん聴いて生きてきた。……だから、あなたのための「問い」を用意してあげますね』
暗闇の中で、血の海の真ん中にポツンと立つ創太に、クラスメイト全員の視線が一課に集まった。恐怖、依存、疑心暗鬼、そして「自分が身代わりになってくれ」という醜悪な祈り。
「神谷……お前が答えろよ……」
「頼むから、私たちを巻き込まないで……!」
誰かが囁いた。創太は自らの拳を固く握りしめ、葵を自分の背中に隠した。
『第三の問いです。2年B組の、神谷創太くんと掛けまして』
湿った声が、最悪の笑顔を浮かべているのが音で分かった。
『腐り落ちた吊り橋と解く。……その心は?』
カチ、カチ、カチ。
スピーカーの向こうで、制限時間のカウントダウンを刻む不気味な歯車音が鳴り響き始めた。
創太は、血の匂いが充満する闇の中で、自らの命と正気を懸けた「解題」の深淵へと足を踏み入れた。




