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Bloody Chaos  作者: SIN
19/19

4-3 [決起]


約四ヵ月間、何の知らせのないまま更新が途絶えてしまったことをお詫び申し上げます。

私情により、更新を一時停止せざるを得ませんでした。

この作品を読んでくれる読者に迷惑をかけないよう以後気をつけますので、これからもよろしくおねがいします。

本件は本当に申し訳ありませんでした。


ニューヨーク 空港 AM.9:25


空港の朝は、ビジネス関係で出入国する人々でごった返していた。

航空機に急ぐ者。待ち合わせ場所で交渉相手と合流する者。家族と再開する者。家族と別れる者。

各々が違う行動をとり、違う方向に歩を進めていた。

桐宮 修羅もまた、そのうちの一人だった。

「ああ。あそこはもう出たよ・・・あそこも俺がいられる場所じゃなかった」

受話器に耳をあて、修羅は内心疲れたように言った。

『それでいいと思うぜ。普通あんな裏稼業に手を出して、お前の夢を叶えたとしても、お前は満足しないと思うぜ』

対する受話器の向こう側の相手---加藤 欽也は安心したようにそう宥めた。

修羅はこの男と緊急保安機関時代からの友人であり、数少ない修羅の理解者でもあった。彼だけが、修羅の夢を聞いて、偽善など賎しい気持ちを抱かなかった者だったのだ。彼もまた、望み薄いと思っているが、修羅と同じような夢を追いかけていたのだ。

『本当の秩序は、罪人の排除ではなく、法に基づいた正当かつ公平な治安から成るものだ。VIPHがやってることは、切りのないただの虱潰しだ』

「・・・俺は腐りきった『上』の支配が嫌で軍を抜けた。あそこが、俺が罪人に公平な裁きをすることができると思ったから、VIPHになった」

 自分が求める正義。そして、それを貫き通すこと。

 それこそが、修羅が自分に求めた姿勢だった。修羅自身、その姿勢のままでいられれば治安維持軍にいても問題はなかった。

その姿勢で、いられれば。

 そもそも、修羅自身が我慢強くないせいで上層部から逃げてしまったことが事の発端だ。これは上層部のせいで無ければ、誰のせいでもない。修羅個人の私欲が引き起こした問題であった。

『……日本に、帰ってくるのか?』

 控えめに、欽也は修羅に訊いた。

 『BLACK WALTZ』を自らの意思で出ていった今の修羅には、身を置ける居場所がない。治安維持軍の入隊試験を受けて、あの『肥溜め』に等しい上層部の指示を黙々とこなす毎日を送るのが、眼に映るように修羅はわかっていた。

「ああ、とりあえずな……」

 と、修羅は一息置き、空港の天井から吊るされている電光掲示板を見た。予定のフライトまでには、まだ時間があった。ただ、それは日本行きではなかった。

「だが、その前にイギリスに調べ物だ」

『イギリス?なんでまた?』

「ちょっと、な……欽也、そっちのデータベースに俺の過去のIDデータが残っている。それを少し細工してほしい」

『IDデータ?もう消されたんじゃないのか?』

 欽也は戸惑ったような声を上げた。

 治安維持軍では、ID登録をすることによって隊員1人1人を管理している。IDデータはそれぞれの支部のデータベースに集積されており、もちろん、脱退すれば即座にデータが消される。

「出る前にIDデータのコピーをして、そのデータをデータベースに隠しておいたんだ」

『もう見つかったんじゃ?』

「隠しファイル、二重パスワード、部外者認識による自己消去機能と、俺手製のセキュリティ満載だ。もしかしたら、あそこでも使うかなと思ってな」

 まさかこんな形で使うことになるとは、修羅自身も思っていなかっただろう。

 欽也は驚き呆れたのか、深く溜息をついた。

『まったく、油断も隙もない奴だ……後でセキュリティの解除方法を教えてくれ。具体的にどうすればいい?』

「更新時期の変更、名前の変更、顔写真の加工を頼む」

『バーコードの方は?』

「俺がなんとかする。お前がやったら大変なことになるからな」

『そいつはありがたい。是非ともそうしてくれ』

 未だに呆れたように応える欽也に、修羅は不敵な笑みをふと浮かべた。

 思えば、軍を出た後もこんな風に欽也にいろいろ無茶頼んで付き合わせていた。様々な情報を教えてくれたのも、大半が彼のおかげなのだ。ベルを突きとめたのも、彼の協力があってのことだった。

「……ほんと、お前に迷惑かけっぱなしだな、俺」

『気にするな。俺も忙しい方が怠けずに済む。むしろ、お前の頼み事がいい薬になっている』

 淡々と言う欽也に修羅は、感謝と、同時に申し訳無さを胸に抱いた。

「……ありがとな」

 静かに、重く、修羅はそう言った。



 4月27日。

 その日は、ベル・シュトゥルク率いるテロ集団が、日本のイギリス大使館にテロを仕掛けた日だった。

 あれから1ヶ月ほど経つが、未だにイギリスでの動きはない。

 あの時、修羅もマイクで彼女の話を盗聴していたが、いまいち解せない所が多かった。

 何故イギリスの機密文書のデータを狙っていたのか。

 何故イギリスなのか。

 そもそも、彼女らの狙いは何なのか。

 それを知るために、これまで集めた情報を纏めて修羅が最初に目をつけたのは、『S・E』だった。

 ベルが開発し、彼女の失踪の原因となった兵器、『レールガン』。

 この兵器は当初、ベルが工産業、研究用という名目で密かに作っていたものだ。もし、コンテナターミナルで見た、PSG-1から放たれた雷がレールガンによるものだとしたら、

彼女の手元には『S・E』と、それを開発に回せるほどの場がある。

 彼女は『S・E』を所有している組織に所属していることになる。

 その組織こそが、『S・E』強奪事件の犯人グループであると修羅は推測したのだ。そこなら、国連や『RURER』の御法度などそっちのけで、場所と予算を用意出来る。

 彼女が犯人組織にいるとするなら、イギリスのデータも組織にわたっている事になる。彼女は組織から命令されたか、組織への見せしめに、大使館を狙った。

 結論を言えば、組織の次の狙いはイギリスだ。

今や『RURER』の特捜本部も混乱状態だ。実行するなら、近日中に動きを見せる筈だ。

狙いはまた『S・E』……いや、違う。単に『S・E』を奪うだけなら、大使館からデータ

を奪う必要は無かった筈だ。

 『S・E』の次に、彼らにとって必要不可欠な物。

 それを突きとめるために、修羅は1人、イギリスに向かうことにしたのだ。

 一度首を突っ込んだ身だ。今さら身を引くのも恰好が悪い。この二年間との決着を、修

羅はどうしてもつけたかった。完全に忘れるためにも、必要なことだった。

 そして、これは修羅のけじめだけでなく、治安維持軍への復帰の際の見せしめにもなる。

正直、修羅は心底日本の軍の姿勢に嫌味を感じていた。上層部も昔の保安機関とは構成員が違っても、中身が腐った人間ばかりだ。だから修羅は、これを口実にイギリスに転属しようと考えていたのだ。

(情けないな……)

 結局のところ、そこから逃げることに他ならない。

 だが、それが賢明な判断だと、修羅は思っていた。軍は日本だけじゃなく、世界中で動いているのだ。傲慢な上層部に、自分たちだけで治安を維持できる自信があるというなら、彼らに任せてしまっても修羅に非はない。

 邪魔者なら潔く、さっさと消えればいい。

 どこの組織も、存外そんなものなのだ。

 VIPHにしたってそうだ。修羅は彼らの邪魔でしかなかった。違う世界を生きてきた彼らにとって、修羅は一般市民に等しい、無力な存在だったのだ。

(……キースは最初から俺を……)

 修羅がキースのパートナーになったあの日。

 彼は何度も修羅に訊いた

 これでいいのか、と。

 修羅はその数だけ、これしかない、と訴えた。やっと聞き入れてくれたキースの表情が硬いものだったのは、今でも覚えている。それでも、多くの仕事を通して、彼と通じ合ってきた。仕事の時は助け合い、それ以外は他愛のない話をしたり、遊んだりしたものだった。

 それもまた、彼との偽りの思い出だったと思うと、修羅は怒りとも、悲しいとも言えない、混じり合った何かがこみ上げてくるのを感じた。

(……もう、いいんだ……)

 すでに終わったこと。

 何もかも、過去に過ぎない。 

 『過去』なんてどうでもいい。大事なのは、『今』だけだ。

 真横の窓に広がる青空と海に向けていた目を戻し、ゆっくりと目を閉じた。

 イギリスまでの道のりは、まだ長かった。

 

  ……あばよ……

      

      ……クソ野郎……




5月19日 ロンドン AM.8:20


 5月にも関わらず、ロンドンの風邪は肌寒い。空の色は相変わらず灰色の時が多く、1年中冬の状態なのではと錯覚させる。

 イギリス生まれのキースにとってはもう慣れたものであり、懐かしさを覚えていた。

 だが、彼は故郷を懐かしむためにここに来たのではない。

「……グレン、そっちはどうだ?」

 キースは紅茶を飲みながら携帯に耳を当て、そう尋ねた。

 とある野外レストランの一席。そこにキースは1人座っていた。周りは通勤ついでに朝食を摂っている客で賑わっている。中には、朝早くから朝食を介しての商談を行っている者もいる。

『今んとこ……ムグムグ……『保管庫』は異状なしだ』

 同じく朝食を摂っているのか、パンか何かを咀嚼しながらグレンは応えた。

 キースは時たま聞こえる咀嚼の音に表情を歪め、不満を漏らした。

「食いながら喋るな。気分が悪い」

『人様のことを言う以前にお前はどうなんだ?今紅茶飲んでたろ?』

 と、キースは僅かに動揺し、カップを落としそうになるのをなんとか抑えた。

 ばれたか。

「俺は食べてるんじゃない。飲んでいるんだ。だから許容範囲だ」

『またまたキース君、大人げない』

「黙れ。スコーンのジャムになりたいか?」

『おお、怖ぇ怖ぇ……そっちは?』

 わざとらしく怯えた声を上げ、すぐに口調を戻してグレンは訊いた。

 ジャムがのったスコーンを口に運びながら、キースは視線を、目の前にある建築物に向けた。

 テムズ川に面したその巨大な建物は、かの有名なウェストミンスター宮殿である。豪奢な造形をした宮殿は、隣に聳え立つ時計塔、ビッグベンとともに、ロンドンで観光名所としても知られている。いわば、この2つはイギリスのモニュメントの1つと言える。

 その宮殿の高い柵で囲まれた庭で、従業員や治安維持軍が慌ただしく動いていた。それも今日、ここで重要な国会が開かれることになっているからだ。イギリス政府の中心人物たちが一斉に出席する大規模な会議で、国民からも一目置かれている。

「予定時刻通りに進みそうだ。今のところ周囲に不審な動きは無い」

『最も、来てくれない方がいろいろと助かるんだがな』

「同感だ」

『9時頃にまた連絡する』

 そう言い残し、グレンは電話を切った。

 今回の国会。

 政府の主賓たちが一斉に出席する程の議題。それは、「『第5永久凍土庫』の凍結兵器の一部解禁」についてだった。

 現在の世界情勢は、大戦の復興作業などによって国家間の親密度は以前よりも改善されている。だが、既存の国際問題を解決するには至っておらず、完全な平和が実現していないのだ。イギリスでは、北アイルランドとの問題を完全に解決されてなく、アイルランドとの紛争も継続している。だが、ここ最近はアイルランド側の攻撃が徐々に激化している。原因としては、治安維持軍の防衛力の不足が挙げられている。

 世界大戦終結後、『RURER』は平和政策の1つとして、全国家へ軍縮令を発令した。

 軍縮令の概要は、国家が所持する戦略兵器の削減であり、大量破壊兵器などの類は全て、南極の永久凍土庫に凍結保存されることになった。しかし、この軍縮令が各国家の防衛力の低下に繋がり、イギリスのような状態になっている国も少なくない。最も、戦車2台と人員だけで紛争に対抗するのは無理がある。

 この対策としてイギリスの国防省は、自国の『永久凍土庫』の凍結兵器の使用を国内で検討し、『RURER』と交渉することを提案したのだ。『RURER』側もこのことは知っていて、これとともに北アイルランドへの対応を考えると述べている。

(火をでかくするだけだってことを、お偉いさん方は解せないか……)

 重い溜息をつきながら、キースは宮殿を見つめていた。


 

 AM.8:50 英国資料館 地下2階


 宮殿から少し離れた所に、英国資料館という円柱状の建物がある。その名の通り、この施設はイギリスの創国から現在に至るまでの歴史的資料、文献を蓄えている場所だ。英国政府関係者にとって図書館といえる場所であるが、治安維持軍やMI6に対しても開放している。

「……これと言ったものはないな……」

 資料を溜め込んだ分厚いファイルを眺めながら、修羅は溜息をついた。ファイルを閉じ、元の場所に戻しに行った。

 何故ここに、部外者である修羅がいるのか。

 昨日の夜、修羅は加藤欽也の手を借り、一日限りの治安維持軍の偽造IDを作成したのだ。資料館はIDさえ出せば中を見せてくれるが、全体の3分の1に過ぎない。全体を見せるのは、組織の高官クラスのみである。そのため、修羅が残したIDデータを元に、氏名、階級などを改編した全く別のIDを作りだしたのだ。だが、資料館に入館した際にはIDに登録されている国籍に入館通知が1時間おきに知らせる。国籍は日本のままにしておいたが、軍がデータベースを調べれば、すぐに部外者だと知られてしまうだろう。8時に入館したが、そろそろ潮時だろう。

「足を運んだ意味がねぇじゃねぇか……」

 舌打ちをしながらも、資料を捜し続ける。

 修羅が主に目をつけたのは、兵器関連の資料である。『S・E』を所有しているテロリストが狙っているとすれば、転用可能な大量破壊兵器である可能性が高い。だが、見たところそのような兵器をイギリスが所有している様子は無い。

(となると、政府の不祥事を上げ足に取る気か……?」

『高峰 秀樹さん。高峰 秀樹さん。至急受付までお越しください』

 政治関係の資料を見ようとした時、アナウンスが鳴った。

 高峰 秀樹。

 修羅が偽造IDに書いた名前だ。

 呼ばれたということは……

「バレたか……」

 予想よりも早かったが、軍に知られたらしい。

 あらかじめ考えておいた逃走経路である非常口に、修羅は早足で向かった。


 そのときだった。


           ……ドォォン……




 『S・E』保管庫 AM.9:00

 

「……なんだ、今の音は……?」

 微かに聞こえた低い音を聞いたグレンは、辺りを見回し始めた。何かの爆発音のようだった。何処からはわからない。

「どうした、グレン?」

 不審に思ったラスはグレンに声をかけた。

「いや、さっき爆発の音が……」

「爆発?そんなものは聞こえなかった」

「……見たところそのようだが……キースに連絡しよう」

 辺りに煙が無いのを確認すると、グレンは携帯を取り出し、キースにかけようとした。

 が――

「……圏外?」

 携帯のディスプレイの電波ゲージに、圏外と表示されていた。

 ありえない。こんな街中で、しかもさっきまで繋がっていたのに。

 試しにキースに電話したが、やはり繋がらない。

「携帯が使えない!ラス、お前のは!?」

「……こっちもだ」

 携帯のフリップを開き、驚いた表情とともにラスは答えた。

「どういうことだ……!?」

 と、グレンはそこで言葉を切った。

 周りの人々が、自身の携帯を見て戸惑っていた。中には、近くの人と互いの携帯を確認し合う者もいる。

 おそらく、グレンたちと同じく携帯が使えないのだろう。

「……何が起きてやがる……!?」



 同刻 ウェストミンスター宮殿内


 状況は一瞬にして激変した。

 今日、英国の主賓たちが集まり、北アイルランドとの抗争に歯止めをかけるべく話し合う日であるはずだった。

 そう。そのはずだった。

 今やそれどころではなかった。

 宮殿内に、テロリストが侵入したのだ。

 国会は、治安維持部隊による宮殿の全方位、及び内部全体の警備を敷いた上で実施する予定だった。外からの侵入は絶対に不可能だ。

 だが、侵入したテロリストたちは只者ではなかった。

 彼らは地下のマンホールから宮殿の真下まで移動し、宮殿の床を地下から爆破したのだ。しかも1か所ではなく、警備が比較的手薄い5か所に穴を空けた。軍は突然の奇襲に対応しきれず、侵入と同時に押されてしまった。さらに、謎の電波遮断によって救援を呼ぶことが出来ず、事態は悪化した。

 今この時点で10分程経過したが、内部の警備に当たっていた警備員は全員が死亡、または逃走していた。内部の残存勢力を掃討しながら、テロリストたちは外の警備兵たちにも攻撃を仕掛けていた。

 ファウスト・シュタウフォンベルクも、そのテロリスト集団に加わり、全ての部隊に指示を飛ばしていた。

「第1、第2部隊は国会議事堂を制圧しろ。発砲は威嚇のみ許可する。第3から第5部隊は打ち合わせ通りに配置につけ。犬を一匹たりとも通すな。敷地に侵入した人間は誰であろうと殺せ。絶対に中に入れるな。9時20分までに整えろ。以上だ」

 無線を切り、ファウストは窓の向こうを眺めた。

 今ファウストがいるところは宮殿のニ階であり、そこから中庭を眺めることができる。綺麗だった庭には、多くの死体や血肉が散らばっていた。眼下には、味方の兵士たちがAK-47アサルトライフルを構えて、周囲を警戒している。

「状況はどうだ?」

 後ろから声がした。

 ファウストはその声を聞くと同時に後ろを向き、頭を下げた。

「滞りなく進んでいます。エディのハッキングも成功しました。これより主賓たちを拘束します」

「わかった……面を上げろ、ファウスト。我々も向かう」

 そう言われるままに、ファウストは顔を上げた。正面には、上と下が黒の衣服とズボン、さらにその上に純白のコートを羽織っている。

 男とは思えないほど綺麗に整えられた黒い長髪。顔立ちも凛々しく、いかにも賢そうな雰囲気を見せている。だが、右の額から目を通って右頬まで伸びる切り傷が野心をも醸し出している。深い黒い双眸は、見る者を引きこむかのような感じを抱かせる。右手には1本の刀が握られている。派手な装飾は無く、鞘と柄は純白色であり。その区切りとなる鍔は黒い。

「承知しました、フェイ様」

 ファウストは敬称で男の名前を言い、フェイと呼ばれた男は何も言わずに前へと進んだ。



 AM.9:20 国会議室

 

 国会議事堂には100人近くの議員、主賓たちが集まっていた。すでにここは制圧済みであり、抵抗する者はいなかった。

「リストの人物は全員いるか?」

 書類を見ているファウストに、フェイは声をかけた。

「……はい、全員います」

「第2段階に入る。リストの人物とその他を隔離する。その他は宮殿の正面口から追い出せ」

「分かりました」

 そういうと、ファウストは無線機を点け、すばやく指示をした。

「全部隊に告げる。これより第2段階に入る。外の警備の該当者は、リスト外の者の追い出しに当たれ。第1、第2部隊は私の指揮に従って動け。以上だ」

 間を置かずに全員から『了解』の返事を来たのを確認し、ファウストは無線機を切ろうとした。

『……!?隊長!!こちら第3部隊!!少年が敷地に侵入!!部隊と交戦中!!』

「何!?」

 ファウストは思わず驚きの声を上げた。

 あの数を相手に1人で立ち向うなんて……

「……所持してる武器は?相手の特徴は?」

 恐る恐る尋ねる。

「黒ずくめの少年で、武器はハンドガン2丁と……刀です!!」

 兵士が恐れおののいた声で応えた。

 

                間違いない、奴だ。


「どうした、ファウスト?トラブルか?」

 ファウストの様子に気付いたのか、フェイが歩み寄ってきた。

「……おそらく奴です」

「やはりな。あいつなら来てくれると信じていた」

 特に驚いた様子もなく、フェイはそう言うと議事堂の出口に向かった。

「指揮を任せる。最低でも10時までに必ず終わらせろ」

「フェイ様!どちらへ!?」

「……」

 出口のドアの前で立ち止まり、こちらに顔を向けずに口を開いた。

「……愚弟を黙らせてくる」



 ウェストミンスター宮殿中庭

 

 その頃、中庭では2度目の銃撃戦が行われていた。

 だが、今度は状況が逆だ。

 テロリスト側の兵士が、『1人』の少年に押されていた。

 20人程いた兵士たちは5分経たぬうちに半分程減らされていた。兵士たちは動き回る少年を殺そうと必死に銃を振るい、撃ちまくるが、少年には掠り傷すらつかない。

 少年――キースは、迫りくる無数の銃弾をかわし、または障害物に逃げ込みながらやり過ごした。そして隙を見つけては、1人1人確実に頭部を撃ち抜いていく。

 大半を始末したのを確認すると、キースは宮殿の入り口に駆け込んだ。

 入口の前には兵士が2人ほどおり、中距離戦は無理だと判断したのか、銃を捨てて胸のナイフを引き抜いた。近接戦を仕掛けるつもりなのだろう。キースとの距離が縮まると同時に、2人はナイフを手にキースに近づく。

 むしろ、それは自殺行為に等しかっただろう。

 銃をしまい、刀を引き抜いたキースは、2人に向かってさらに加速した。

 ナイフの刃が迫りくる。

 キースはナイフに狙いを定めて刀を斜め後ろから振り上げた。刀は兵士の手ごと切り裂き、ナイフは片手と共に地面に落ちた。

 すかさずキースはその兵士の首根っこを掴み、側面から切りつけようとする兵士の方向にそれを動かした。結果、ナイフは拘束された兵士の胸を背中から突き刺し、兵士の命を奪った。

 味方を殺してしまった兵士は、とても親しい関係だったのか、「ああ……ああ!!!」と泣き叫んだ。 

 だが、キースは止まらない。

 死体を投げ捨て、硬直した兵士の顔面を左拳で殴り倒した。倒れた兵士の胸を片足で踏みつけ、刃を頭に向ける。無言のまま、キースは突き刺した。刀をぐりっ、と回し、引き抜いた。刃の先端にこびり付く鮮血を、刀を振るって払う。

 辺りが静かになった。

 外の連中は全滅したのだろう。

 キースは刀を手にしたまま、宮殿のドアを開けた。

 宮殿のラウンジだろうか、広い空間に入った。英国が誇る記念物だけあって、華やかな部屋だった。辺りを警戒しながら、正面の階段に向かう。

「やはりお前だったか」

 声が響く。

 階段に振り向くと、1人の男が仁王立ちしていた。

 白いコートを着た、長髪の男。右手には純白の刀。そして、際立つの右目の傷跡。

 そしてその顔は……キースに似ていた。

「!?……どうして……!?」

「ふん……久しぶりだな、『兄弟』」

 キースは目を見開いて男を見つめ、男はそれを意に介さなかった。それどころ、微かな喜びを感じているのか、不敵な微笑を浮かべていた。

「……フェイ……」

 愕然とした表情のまま、キースは男の名前を呟いた。

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