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第8話 奪還作戦

【前回までのあらすじ】

大陸国との戦争に敗北した日本の首都、東京。

その地下に築かれた地下都市「東京回廊」で暮らす明石直人は、日々地上の瓦礫を漁ってそれらを売却することでどうにか暮らしていた。

そんなある日、彼は瓦礫の中から、かつて戦時中に自らの命を救ってくれた天使を見つけだす。

瀕死の彼女を救うため、親友の秋夜に助けを求める直人。

しかしそこで直人は、彼女が大戦中に日本軍が開発した戦闘用アンドロイドMDD18、コードネームは「AYA」であると知らされる。

そして、心臓にあたるリアクターが大きく破損しており、その影響で彼女の寿命はそう長くなく、2か月もしないうちに死ぬということも知るが、それでも直人は「綾」と新たに名付けた彼女に寄りそう覚悟を決めるのだった。

そんなある日、地上に上った綾は東京の空を再び舞う機会を得る。

そこで様々な厳しい現状を目の当たりにし、さらに自身が占領軍によって指名手配されていることを知った彼女は、直人に何も告げずに彼のもとを去り、過去の戦闘で失ったものを思い浮かべながら綾は回廊の空に身を投げる。

しかしすんでのところで直人に救出された綾は、そこで彼の口から、彼が失ったものの話を聞かされるのだった。

かの大戦が勃発し、開戦前から付き合っていた紗耶香と共に軍に招集された直人。

横須賀の基地で毎日訓練に明け暮れる彼の唯一の楽しみは夜に紗耶香と共に夜空を見上げ、そして将来のことを語り合うことだった。

そんなある日、基地内に空襲警報が鳴り響き、辺りは騒然となる。しかし爆撃機は基地を素通りし、首都東京を目指していることが判明し、警報は解除される。

再び静寂が辺りを包む中、直人と紗耶香は森の中で星空を見上げて互いを語り合う。

だがその瞬間、敗走する爆撃機が投棄した爆弾が紗耶香を直撃し、辺りは炎に包まれる。

最愛の人を失い基地を逃げだして東京回廊にたどり着いた直人は、そこで爆撃に巻き込まれ、綾と出会ったのだった。

戦時中の悲劇を語り終えた彼らは2人、東京回廊を巡って愛を深めていた。

そんなある日、秋夜が直人の元を訪れるのだが…

「なんだ、雨か……」


 その日、俺は雨の音で目を覚ました。

 当然ながら、地上でいくら雨が降ろうと、地下にあるこの回廊に雨が降りはしない。

 地上に限りなく近い第一層とか二層あたりは浸水したりするのかもしれないが、第二十層ともなればそんなこともなく、ここの環境は地上の天気と完全に隔絶されている。

 しかし、回廊にも生きるために水は必要なので、回廊中に水路が張り巡らされているため、そこを流れる水量で地上が雨かどうかは判断できる。

 もっとも、判断したところで地上に行かなくてはいけない時は行くし、行かなくてもいい時には行かないので、だからなんだという話ではあるが。


「ったく、誰だよ……」

 

 ふと、誰かがノックしていることに気づく。

 せっかく寝ていたのにと脳内で悪態をつき、綾の手首の時計を見ると、午前五時四十分とのこと。

 まったく、誰だ一体。


「はーい?」

「よ」

「ンだよ、お前か」


 強盗か、もしくはPCFかもしれないと思い、後ろ手に拳銃まで用意して慎重にドアを開けたのにもかかわらず、そこにいたのは、眠くて仕方がないといった風の秋夜だった。

 俺の緊張を返せ。


「ンだよとはなんだ。わざわざ来てやったのに」

「まあまあ」

「……ところで、綾は?」


 家の中を覗き込むようにする秋夜。


「まだ寝てるよ。起こそうか?」

「いや、直人だけでいい。ちょっと来てくれ」

「あ、ああ」


 眠そうながらも、妙にそわそわした秋夜の様子が気になったが、特に拒否する理由もない。なので、言われた通りに彼について、相変わらず薄暗い路地をシャフトの方へと歩いていく。

 また聞かれたくない話だろうか。……だとすると、今までの流れから察するに、悪いニュースなんだろう。

 彼女の命があと二か月弱しかないというニュースが、今のところ俺にとっては一番の凶報なので、これ以上の悪いニュースでない限り、そこまで取り乱したりはしないと思うが……。

 俺の前を無言で歩く秋夜の背中を見つめながら、そんなことを考える。

 もし、彼女ともう一緒にいられないという話だったら。

 もし、それ以上の悪いニュースだったら。

 そんな風に、これから言われるであろう悪いニュースを想像すると、背筋に冷たいものが走る。


「大丈夫か、直人?」

「……え、あ、ああ」

「お前、さっきから凄い顔してるぞ?」


 綾の言う通り、俺は分かりやすいのだろう。

 シャフトに到着するやいなや、秋夜に心配されてしまう。


「……そんなすごい顔してたか?」

「ああ。どうせまたなんか悪いニュースかも、ってビクビクしてんだろ? でも大丈夫だよ。今回はそう悪いニュースじゃない」

「え、本当か?!」


 彼の予想外の言葉に戸惑ってしまう。


「こんなこと、嘘ついても仕方ないだろ。今回は凶報どころか吉報だよ。ま、誰にも聞かれたくないのは事実だが」

「吉報かもしれないっていうのはうれしいんだが……誰にも聞かれたくない、っていうのは、当事者の綾にもか?」

「そうだな。おそらく、この話にはお前は賛成するだろうが、綾は反対するだろうから」


 反対するから、綾には聞かさない……?

 とりあえず全部話してから、相手に判断を任せるタイプの秋夜らしからぬ物言いだなぁと、首をかしげる。


「とりあえず、その吉報とやらを聞かせてくれよ。じゃないと、そんな風に伏線みたいな発言ばっかりじゃ、訳が分からないからさ」

「……ずいぶん冷静なんだな、お前」

「へ?」

「てっきり、俺はお前が『吉報がある』って聞いたら、小躍りして喜ぶと思ったんだがな」

「それに関しては……そのニュースを具体的に聞かないことには、小躍りもなにもないからな」


 と言ってみたものの、自分でも本当に、本心からそう思っているのかと言われれば怪しいものだ。

 これ以上の凶報がなくてよかったと安堵する一方で、再び中途半端な希望を抱いてしまうことを俺は恐れているのだろう。だから自身の発言に自信が持てない。


「うん、それもそうだな。こんな抽象的な会話を続けても時間の無駄だな。とっとと話すこと話して、なすべきことをなそうじゃないか」

「おう」


 話すべきこと、なすべきこと。


「端的に言おう。彼女の、綾の残り二か月という寿命を、延ばすことができる手段が判明した」

「……は?」


 今、なんてった?

 綾の寿命を延ばせると、そう言ったのか?


「そ、それはどういう……」

「正確には『綾のリアクターが限界を迎える時期を延ばす、ないしはリアクターを完全な状態にする方法がわかった』ということだな」

「そんな……どうやって?!」


 確か、彼女のリアクターは生きるのに必要な粒子の生産が追い付いてない状態で、このままだとあと二か月ほどで死ぬ、ということだったか?

 綾たちMDDシリーズは、彼女以外は撃墜ないしはPCFに鹵獲されていて、リアクターの交換は不可能、修理も不可能だったと……ならどうやって?!


「MDD19のリアクターだ」

「じゅ、19? MDDシリーズって、綾がMDD18で最後の一機なんじゃなかったのか? それに、仮に他の機体が発見されたところで、その子の命を奪って綾を生かすなんて手段は……」


 その手段が使えないということは、すでに話し合ったはずだ。


「おいおい、お前は俺のことをなんだと思ってるんだ? そんなこと俺も百も承知だ」


 やれやれと頭を掻く秋夜。


「順番に疑問に答えると、MDD18の綾がMDDシリーズ最後の一機というのは嘘じゃない。だが、正確には彼女は『MDDシリーズのなかで最後にロールアウトした機体』であって、『最後の一機』じゃない」

「ロールアウト?」

「完成して実戦投入された、と言い変えてもいいがな」


 つまりMDDシリーズのうち、実際に戦闘に参加できるレベルまで完成したのが綾までの十八機で、他にも未完成のMDDシリーズがあるってことか?


「じゃあ19ってのは、未完成のうちの一機なんだな?」

「概ね合ってるが、少し違うな。正確には彼女、MDD19は未完成ですらない。終戦間際、それこそ東京回廊攻防戦の最中に建造されたリアクターだ」

「リアクターって……それは未完成ってことじゃないのか?」

「少し話は戻すが、MDDシリーズ、世間一般的に言うところのアンドロイドを作る上で一番問題なのはなんだって話、したよな」

「AI、だったか」


 アンドロイドの体、ロボットの部分の製作はそこまで難しくないが、その本体を制御するためのAIの技術が今の世の中にはない、という話だったか。

 肉体は作れても、脳がない、と。


「そう。で、MDDシリーズでは制御に何を使っているって言ったか、覚えてるか?」

「……死んだ人の脳を再利用して、だったな」

「死んだひとの死んでない脳、だな。まあそれでも概ね正解だ。で、MDD19ってのは、司令部が回廊防衛戦においての実戦投入を目指して作り始めたアンドロイドだったんだが、肝心のAI部分が手に入らなかったせいで完成しなかったんだ」

「ドナーが見つからなかった、ってことか?」

「ま、そういうことだな。『中途半端な死に方をした奴がいなかった』って言い変えることもできるが」


 中途半端な死に方をして、MDD19のAIとして使用できる人が見つからない。

 それほどまでに戦況は悪化していたというのに、日本軍司令部は何をしていたんだと、何度目かわからないため息が出てくる。


「で、結局MDD19はAI以外の全部位が完成していながら、動くことなく終戦を迎えた」

「……生まれてすらいないアンドロイドのリアクターを使う、ってことか」

「さっきから独特な言い回しが多いな。分かりやすいと言えばそうなんだがな……」


 お前らしいな、と笑う彼の目元には、この間あった時よりも酷いクマができている。

 この情報を掴むのに、彼がどれほどの努力をしたのか、俺なんかには全く想像がつかない。


「それが、お前の二つ目の疑問への答えだよ。MDD19は生きてないんだから、お前の弁を借りるなら生まれてもないんだから、命を奪うもなにもないだろ?」

「まあ……そうだな。でも、そのMDD19は今どこにあるんだ? 終戦時には司令部にあったんだろ?」

「終戦後、司令部を占領したPCFがリアクターを見つけて回収したらしい」


 それじゃあ、ほかの鹵獲されているかもしれないMDDシリーズと、なんら状況は変わらないじゃないか。

 PCFから奪還するなんてことが不可能だからと、選択肢を切り捨てたのを忘れたのか?

 思わず、お前は地上のあのPCFの本部の警備体制を見たことがあるかと言いかけたその時、秋夜は先手を打って言葉を続ける。


「で、回収されたリアクターは、今現在、PCF東京回廊駐屯地にあるとの情報が入った」

「……!」


 PCFの東京回廊駐屯地。第十層の旧日本軍司令部跡にある、検問所も兼ねている施設。常時PCFの兵士がいるとはいえ、基本的戦力としては地上の本部とは雲泥の差がある。しかも彼らはこの回廊(カオス)の管理などする気もなく、そのためか新兵らしき兵士が多いので、実際の戦力は駐屯している兵士の半数レベルだろう。

 それならば、あるいは。


「どうだ。これならリアクターを奪取できると思わないか?」

「……そうだな。まさかPCFも、リアクターなんかを欲しがる奴がいるとは思わないだろうしな」


 でも、確かにその提案は綾自身に言ったら反対されてしまいそうに思う。

 いくら新兵だらけで、本部施設よりは成功の確率が高いといえど、軍隊の施設に侵入して保管されているリアクターを奪取するなど、普通に考えてほとんど不可能に近い話だ。

 もしかしたら死ぬかもしれないし、死なずとも五体満足で帰還できる確率など、一体どれほどのものだろうか?

 彼女の為とはいえ、それが俺の望みだとはいえ、綾は俺が死ぬことをよしとしないだろう。

 少なくも、俺が彼女ならそうする。

 なるほど、だから秋夜は俺だけを連れ出したのか。


「ただ、わかると思うが、このプランにはかなりのリスクも伴う」

「死ぬかもしれない、ってことか……」

「もう一つあるぞ」

「え?」


 指を一本立てて、


「一つ目。お前の言った通り、俺たちが無事に帰還できる可能性が低いということ」


 そして指をもう一本立て、


「二つ目。MDD19のリアクターが、まだ無事かどうかわからないということ」

「そ、それはどういう……」


 その言葉に、背筋が寒くなる。


「もう終戦から一か月経ってる。しかもあのPCFだ。リアクターを真面目に研究せずに壊してしまっている可能性だって存分にある。もっと言えば、終戦の段階で壊れていたかもしれない」

「そんなこと……」


 ない、と言い切れるだろうか?

 彼の言葉を否定することができず、黙って下を向く。


「仮にリアクターが壊されていなかったとして、それが綾のリアクターと同じような状態になっている可能性だってある。その場合、俺たちがリアクターを交換したところで、って話だ」


 彼が言っていた「綾のリアクターが限界を迎える時期を延ばす、ないしはリアクターを完全な状態にする方法」というのはそういうことだったのか。

 駐屯地に侵入してみて、リアクターが壊されていれば今となんら状況は変わらない。

 リアクターが壊れかけていれば、綾の寿命を少しだけ延ばせるかもしれない。

 万一、リアクターを完全な状態で確保できれば、綾は助かる。

 侵入してみないことにはどうなるかわからず、結果云々に関わらず等しく死ぬ可能性があるこの無謀な作戦。

 言いかえれば、無事にリアクターを回収すればいいだけの、いたってシンプルなルールのゲームだ。


「俺は賛成だ。やってみる価値はあると思う」


 だからこそ、俺は顔を上げてそう言った。


「例え死んでも、か?」

「死にたくはないな」


 死んだら綾が、悲しんでしまう。

 だから俺は顔を上げ、精一杯の笑顔で秋夜の目を見て、


「だから、無事に帰るさ」と言う。

「死亡フラグにしか聞こえないが、でもまあ、俺も賛成だ」

「俺も、って……え?」

「俺もお前についてくよ。一人より二人の方が、リアクターを無事に持ち帰れる確率が上がるだろ?」

「で、でもお前は戦闘行為に関わるのは嫌なんじゃ……」

「これは戦闘行為じゃない。人命救助だ。科学者として、なにより人として当然のことだ」


 おもむろに、右手をグーにして突き出してくる秋夜。


「だから、絶対に無事に帰るぞ」

「おう」


 突き出された拳の意味を理解した俺は、笑顔で左手を突き出し、互いに突き出した拳をとんっ、と軽くぶつけ合う。


「じゃあ詳しい計画だが……」


 絶対に綾を死なせない。

 諦めていたその希望を胸に抱いて、俺は綾の為に全身全霊で尽くそうと心に誓う。

 沙耶華を失った時の誓いを、果たすために。


 *


 その後、秋夜と詳しく計画を練り、家に帰ったところで綾を説得した。

 黙って作戦決行というのも考えたのだが、まず間違いなく二人とも無事に帰還、なんてことにはならないので、隠しても仕方がないだろうという結論に達したのだ。

 

 もちろん、説得にあたってひと悶着あった。

 いや、ひと悶着どころではない。具体的には、グーで殴られたくらいには揉めた。

 金属製の右手で思いっきり殴られた。

 もっと自分を大切にしてください、君の体は君だけのものじゃないんですよ、死んだら沙耶華さんになんて言うつもりですか、云々。

 綾が本当に心の底から俺を心配してくれているのが伝わってきたが、それでも何と言われようと、俺は綾のためにできることをすると心に決めていたので、一歩も譲らなかった。

 

 三時間にも及ぶ話し合いという名の喧嘩の末、最終的には、綾が折れるという形で終結した。「本当に、君はお馬鹿さんですね」と、割と本気で言われてしまった。

 もちろん、俺のことをここまで想ってくれている人の忠告を無下にしてまで行動することに対して、心が痛まないはずはない。彼女のその目を見れば、綾が本当に俺のことを愛してくれているとわかる。

 けど、だからこそ俺は動かなくてはならないのだ。


「言ったろ? 俺は沙耶華を失った時に誓ったんだ。もう二度と、大切な人を失わせないって。だから、これはそのための行動だ」

「……許しませんよ」


 ばしっと、決して軽くはない拳を俺に打ち付けてくる。


「帰って来なかったら、許しません。リアクターなんてどうでもいいです。君が帰ってきてくれれば、それでいいんです」

「ああ、約束する。必ず帰って来」

「えいっ!」


 と、俺が感動的な台詞を言っている途中だというのに、今度は容赦のない本気のパンチが鳩尾にめり込む。

 「えいっ!」なんて、可愛らしい掛け声には似つかわしくないダメージが体中を駆け巡り、あまりの衝撃に体を折って倒れ込んでしまう。


「な、なにを……」

「言わせませんよ、そんな死亡フラグな台詞」


 ……なんだか、最近どこかで同じ様な台詞を聞いた気がする。

 なんだ、お前と秋夜は兄妹かなんかか。


「絶対に帰ってきてください。帰って来なかったら、私は……」

 

 俺は痛む鳩尾を擦りながら立ち上がり、言葉を詰まらせる彼女を優しく撫でる。


「ばかぁ……」

「ごめんな」


 これは、交渉成功、とは言い難いだろう。

 まあ、ここで何と言われようと行くつもりだったので、その点に関しては一切後悔していないのだが、それでもやっぱり心苦しいものはあった。


「綾はさ、生き延びれたらどうしたい?」


 ようやく落ち着いたらしい綾の頭を撫でながら、俺は問う。


「そうですね……ベタなこと言いますけど、直人の隣にいたいですね」

「俺の?」

「ええ。直人は放っておいたら、どこかに行ってしまいそうですから」


 彼女から見て、俺はそんなに危うく見えるのだろうか?

 俺が彼女のことを弱いなと思ったのと同じように、綾も俺のことを自分がいないとだめだと、弱いと思ったのだろうか。


「でも、どうなんでしょうか。今回もそうだったように、私がそばにいても、君はいなくなるときはいなくなっちゃうんでしょうか?」

「……今回は、綾の為だから」

「この先もきっと、君はそうやって何かと理由をつけそうな気がしますが」


 いたずらっぽく笑う彼女の言葉を、俺は否定できない。

 綾のため、沙耶華のため、自分のため。そうやって俺は、自分に言い聞かせ続けるのだろうか。


「でも、だからこそですよ」

「だからこそ?」

「私がそばにいても君はすぐどこかに行ってしまいそうですが、私がそばにいれば、自分を言い訳にはしないでしょうから」

「言い訳に、ねぇ?」

「はい。そうすれば私は後悔しなくてすみそうですしね。ま、生き延びられたら、なんて夢のような仮定の話ですけどね?」


 ははは、と自虐的に笑う彼女に、俺は微笑んで言葉を返す。


「夢のような仮定の話じゃないよ。そのために、俺は今から戦うんだから」

「……まったく、本当に君はお馬鹿さんですね」

「かもな」


 彼女の言う通り俺は本当にお馬鹿さんなのかもしれなと、ぽつりと漏らすと、


「リアクターを奪取して無事に帰ればいいだけだろ?」と、用意したライフルを調整しながら、秋夜にさらりと無茶なことを言われた。

「お前なぁ……新兵とはいえ、PCFは正規の軍隊だぞ? それに対して、俺は昔、軍で訓練を受けたことがあるとはいえ、お前は素人だし……普通に考えれば、勝機がないどころの騒ぎじゃないんだからな?」


 それを無事に、って……。


「だからこそ、昨日入念に作戦を考えたんだろ?」

「そうなんだけどな……」


 二人とも銃弾は実弾ではなくショック弾(スタンガンを遠距離にしたようなもの)を装填しているので、よっぽどのことがない限り、PCFの兵士を殺してしまうことはないだろう。

 これならば、秋夜でも戦える。

 しかし、それは同時に、弱者と強者の戦いにおいて弱者にハンデを与えるようなものなのだ。


「俺らがいくら気を遣ったところで、やつらは侵入者である俺たちを、容赦なく殺そうとするだろうからな」

「そこら辺は、臨機応変に」

「はぁ……」


 ただ今、十月一日の午前三時十分。

 俺たち二人は、PCFの駐屯地の裏手の建物に控えていた。

 珍しく秋夜がため息をついているのを見るに、彼は彼なりに緊張しているらしい。


「秋夜、大丈夫か?」

「なんとかな。綾の為に、お前の為にと銃をとったが、やっぱりこの感覚は嫌いだ」

「……そうか」


 ため息をつく彼を見て、自分の為にと言い訳をしないでしょうから、という綾の言葉を思い出す。

 それがいいことなのか悪いことなのか、俺には分からない。

 自分の為に動けないなんて、そんなことでお前はいいのかと問われればそんなことはないだろうし、そんな俺の答えは綾からしてみれば「お馬鹿さん」なのだろう。

 だからこそ俺はわからないのだ。


「なあ、秋夜」

「なんだ?」

「リアクターを奪取することが、本当に綾の為になるんだろうか?」

「何をいまさら……お前がそうしたいって言ったんだろ?」

「そうなんだけど……俺がどうこうというか、綾がどう思うかなって話」


 だから多分、彼女が言いたかったのは「自分だけの為に動くな」ということだったんだろうと思う。

 自分の心を救うために綾を助けた俺に、今度こそはと言ったのかもしれない。

 それを考え始めてしまうと、果たして今自分がしていることは正しいことなんだろうかと頭を抱えてしまう。


「知るかよ、そんなこと」

「だよな」

「綾がどう思おうと、彼女の寿命を延ばすことに変わりはないんだしさ」

「……そうか」


 あっけらかんとしている彼の態度が意外と正しかったりするのだろうかと、こんな時なのに呑気に考えてしまう。

 作戦決行直前になって作戦自体の意義にいちゃもんをつけるなど、なんとも緊張感に欠ける場面だ。

 自虐的にそんなことを考えながら、時計を確認する。


「さてと。時間だ」


 表通りから爆発音と、それに続けて甲高い悲鳴が聞こえてきた。

 作戦開始。


 *


 純粋な戦闘能力に置いてはPCFの足元にも及ばないであろう俺たちが、いかにしてPCFの施設に侵入してリアクターを奪取するか。当然のことながら、正面切って戦っても勝ち目はないので、陽動作戦をとることにした。

 駐屯地の正面に爆発物をしかけて遠隔操作で爆破し、それと同時に裏口を破るという、いたってシンプルな作戦だ。

 

 でも、それでいいのだ。

 なにも、PCFの兵士を皆殺しにすることが目的ではない。だったら、直接戦闘を可能な限り回避するのが得策というモノだろう。

 ……強いてもう一つ理由を上げるのであれば、それは俺たち二人とも、作戦を立てるのに関しては素人であるということだ。秋夜は言わずもがな、俺だって戦闘訓練こそ受けたことはあるが、士官学校を出たってわけじゃない。作戦立案云々に関してはサッパリだ。


「とはいえ、こうしてほとんど兵士に遭遇しないところを見るに、的外れな作戦だったってわけでもなさそうだがな」

「ああ」


 裏口を爆破し、回廊内とは全く違う、煌々と明かりのつく通路を進みながらそんなことをつぶやく。


「直人、そこを左だ」

「了解。先に入るから援護任す」

「任された!」


 敵がすぐに反応できないように姿勢を低くしたまま通路に転がり込むと、視界に二人の兵士が入って来る。すぐさま銃を構えて手前の兵士に向かって発砲し、敵に銃を構える暇を与えずに倒し、後ろの兵士が銃を構えたところを秋夜が倒す。


「ナイス!」


 初めてにしては、かなりいい連携が取れているのではないだろうか?

 これなら。


「この通路を突き当りまで行って、そこを右に曲がってすぐの部屋だ! そこにリアクターはある!」

「オッケ!」


 途中数名の兵士に遭遇しつつも、奇跡的に二人共に一発の被弾もなく、反対に敵は確実に倒すことができた。

 とはいえ、二人とも所詮は素人。目標の部屋の前にたどり着くころには、すっかりバテてしまった。


「秋夜、爆破を」

「あ、ああ」


 呼吸を荒くしながらもドアを爆破し、すぐさま中をクリアリングする。


「大丈夫だ。誰もいない」


 中の安全を秋夜に伝え、ゆっくりと部屋に足を踏み入れる。

 明るかった通路とは違い、中は薄暗く、天井の不気味に赤い蛍光灯だけが部屋をぼんやりと照らしていた。。


「MDD19はどこに……」


 目を暗闇に慣らしながら部屋を見渡していると、不意に秋夜に肩を叩かれる。


「あったぞ。多分あれだ」


 言われた方に視線をやると、そこには球体状の機械が転がっていた。


「これがリアクターか?」

「ああ。綾のリアクターも、こんな形状だったから間違いない」


 こんなものが彼女の胸には埋まっているのかと、少し驚く。

 と、ふと、なんでリアクターがこんなところに置いてあるのだろうと、妙な違和感を覚える。


「秋夜、お前の仕入れた情報が正しければ、MDD19はPCFに『鹵獲』されたんだよな?」

「そうだが?」

「じゃあ、なんでこんな何もないような部屋に、しかもこんな雑に放置されているんだ?」


 俺の言葉にはっと目を見開き、リアクターのもとに駆け寄る秋夜。

 しばらくしゃがみこんでリアクターを弄っていたが、ゆっくりと頭を垂れる彼を見て、嫌な予想が頭をよぎる。


「秋夜……」

「直人、すまない」


 ゆっくりとこちらに振り返った彼の顔を見て、予想は確信に変わる。


「……そんな」

「お前の言う通りだ。なんでこんなところに放置されているのかと思ったが……」


 口の端を歪ませながら手に持ったリアクターの側面の、素人目にもわかるほど大きく損傷した面を見せられ、思わず絶句する。


「完全に壊れちまってる。……PCFめ、まさかこんな雑に研究するとは……」


 秋夜とて、PCFがリアクターを研究しているということは想像していたのだろう。

 しかし、まさか直接切り開くとは。


『要するにお前は「心臓がどんな形なのか、切り開いてみようよ!」って言ってるんだぞ?』


 いつかの、俺の言葉に対する秋夜の返しを思い出し、舌打ちをする。

 これで、完全に希望は潰えてしまった。

 視界が回り、力なくガクリとその場に座り込む。

 綾を、生きながらえさせてやれるかもしれないという俺の望みは、消えた。

 綾は君が帰ってきてくれればそれでいいと言っていたが、俺はそうではないのだ。

 必ず帰ると約束していながら、俺の本心はそうじゃない。

 例え死んでも、綾に生きてほしい。そのためなら、何でもするつもりだった。

 それなのに、これじゃあ……。


「クソッ」


 絶望している俺をよそに、秋夜は壊れていたMDD19リアクターを置き、部屋を物色し始める。


「秋夜、なにを……?」


 思わずそう尋ねると、


「MDD19がダメでも、他に何かあるかもしれない。リアクターを切り開いてまで研究したんだ。リアクターの仕組みや、修理方法の一つくらい奴らが発見しててもおかしくはないだろ?」と言われ、なるほどと納得する。

「あ、ああ。そうだな」


 そうだ、こんなところでうじうじしていても仕方がない。

 そう考えて無理矢理自分を奮い立たせ、足に力を入れる。


「直人、お前は部屋のそっち側を調べてくれ、俺は反対を調べる」

「わかった」

「もし、なにか落ちていたら俺に渡してくれ。一つ残らず持ち帰って、絶対に綾を生き延びさせやる」


 秋夜の顔は真剣そのもので、文字通り命を懸けて一生懸命綾の為に動いてくれていることがひしひしと伝わってきた。


「秋夜、いくつかあったぞ」

「わかった。こっちにも何の装置かはわからないが、いくつかあった」


 拾い集めたものを持ってきた袋に詰める。

 機械、書類、工具。

 調べてみないことにはなんのための物かわからないが、それでも綾の為になると信じて。


「よし、ズラかるぞ」


 悪党のような(忍び込んでいる時点で悪党か?)ことを言って部屋を出る秋夜だが、一歩外に足を踏み出したと同時に発砲音がし、そのまま床に倒れ込んでしまう。


「クソッ、待ち伏せされていたか!」


 すぐに、倒れている秋夜の足を引っ張って部屋に引きずりこみ、銃だけを部屋の外に出して威嚇射撃をする。

 暗い部屋の中から明るい外に向けての戦闘は、非常に不利だ。

 すでに俺たちの目は暗闇に慣れてしまっているため、外の明るさにすぐに順応できない。

 闇雲にとびだしても、マトモに照準を合わせられないのだ。


「秋夜、大丈夫か!」


 威嚇射撃を続けながら声をかけると、


「なんとかな。腕に何発か食らっただけだ」と、自嘲気味に笑う秋夜。

「立てるか?」

「俺は大丈夫だ。それより直人、どうしたらいい? こういう場面はお前の方が詳しいだろ」


 よろよろと立ち上がる彼を見ながらどうすればいいかと、自分に問いかける。

 こちらが暗くて、外の敵は明るい。俺たちは暗闇に慣れてしまっている……。


「そうか、差をなくせば」


 秋夜を撃たれて冷静じゃなかったからだろうか、なんでこんな簡単なことに気が付かなかったのだろうかと、頭を軽く小突く。


「秋夜、銃を貸せ」

「ああ」


 両手にライフルを構え、部屋の角、ギリギリ敵の射線が通らない位置から天井に向けて発砲する。

 ただの照明が銃撃に耐えられるはずもなく、粉々に割れて、通路は真っ暗になる。


「ビンゴ!」


 暗闇から明るいところに出ると人は目が見えなくなるが、それは逆も然りなのだ。

 さっき俺たちが部屋に入った時のように、明るいところから暗闇でも目は見えなくなる。

 つまり、差をなくす、だ。

 そして、あたり一面が暗くなった今の状況では俺たちが有利。

 明かりが落ちると同時に部屋から飛び出し、通路に構えていた兵士に向かって二丁のライフルで容赦なくハチの巣にする。

 左にいた二人を倒し、振り返りざまに右の二人を撃ち抜く。


「なんとも呆気ないな」


 後ろでしれっとそんなことを言う秋夜を軽く小突き、ライフルを返す。


「お前は俺の後ろで、回収した物に被弾しないよう、守ることに専念しろ。俺が前に出て敵を蹴散らす」

「悪いな」

「気にすんな。ほら、行くぞ」

 

 来た道を戻りながら、遭遇した敵兵をさっきと同じ手段で翻弄する。

 さすがに俺も少しは明るさに順応してしまっているので、真っ暗にすると自滅しかねないので、数回その手段を使った後は普通に射撃で倒していく。


「やっぱりこれ、さっきより敵が増えてるよな?」


 撃ち倒した敵を跨ぎながらそうぼやく。


「当たり前だろ。表で起きた陽動の爆発騒動に兵を裂いていたが、もう裏口からの侵入者に対応し始める頃だろうからな」

「なるほどね」


 秋夜は後方から迫ってくる敵にけん制射撃をしつつ、撃たれた足を庇うように少しずつ前進。俺は後ろに気を取られている秋夜が不意を突かれないようにと、前方の敵兵を確実に倒しながら進んでいく。


「ほれ、先に行け」


 侵入したときに爆破した個所から彼を押し出して、追手が来ないようにと、秋夜から一つだけ渡されていた手榴弾のピンを抜いて投げようとした、その瞬間。


「がっ……!」


 後から出てきた兵士が放った銃弾が、思いっきり胸をえぐった。

 焼けつくような痛みを胸に感じ、手の力が抜けて手榴弾が足元に転がり落ちる。

 まずい、ピンを抜いたままだ。このままでは自滅してしまう。

 体中のコントロールが効かず、全身が焼けるように痛むのにもかかわらず、妙に冷静にそんなことを思う。


「綾のところに、帰らなきゃ……」


 膝から崩れ落ちながらも、力を振り絞ってけん制射撃を続ける。

 ここで敵兵に距離を詰められては終わりだと、本能に従って引き金を引き続ける。


「直人、いいから下がれッ!」


 背後から秋夜に首根っこを掴まれ、力ずくで爆破口から外に引きずり出される。

 と、同時に取り落とした手榴弾が、足のわずか一メートル先で炸裂し、衝撃で二人とも後方に吹き飛ばされる。


「おい、直人! 大丈夫か?!」

「なんとか、な……」


 ヒューヒューと、胸のあたりから息が漏れる音が聞こえてくる。

 いよいよ体は制御が聞かなくなり、指一本にすら力が入らなくなって、持っていたライフルを取り落とす。


「待ってろ、今連れ帰ってやる!」

「秋夜……後は、任せた」


 かろうじてそう呟き、俺の意識はそこでプツリと途切れる。

 帰らないと綾に叱られると、そんなことを考えながら。

次回更新は5月1日(金)の20時です。

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では、また次回!!

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