表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

第7話 逃げて、逃げて、そして。

【前回までのあらすじ】

大陸国との戦争に敗北した日本の首都、東京。

その地下に築かれた地下都市「東京回廊」で暮らす明石直人は、日々地上の瓦礫を漁ってそれらを売却することでどうにか暮らしていた。

そんなある日、彼は瓦礫の中から、かつて戦時中に自らの命を救ってくれた天使を見つけだす。

瀕死の彼女を救うため、親友の秋夜に助けを求める直人。

しかしそこで直人は、彼女が大戦中に日本軍が開発した戦闘用アンドロイドMDD18、コードネームは「AYA」であると知らされる。

そして、心臓にあたるリアクターが大きく破損しており、その影響で彼女の寿命はそう長くなく、2か月もしないうちに死ぬということも知るが、それでも直人は「綾」と新たに名付けた彼女に寄りそう覚悟を決めるのだった。

そんなある日、地上に上った綾は東京の空を再び舞う機会を得る。

そこで様々な厳しい現状を目の当たりにし、さらに自身が占領軍によって指名手配されていることを知った彼女は、直人に何も告げずに彼のもとを去り、過去の戦闘で失ったものを思い浮かべながら綾は回廊の空に身を投げる。

しかしすんでのところで直人に救出された綾は、そこで彼の口から、彼が失ったものの話を聞かされるのだった。

かの大戦が勃発し、開戦前から付き合っていた紗耶香と共に軍に招集された直人。

横須賀の基地で毎日訓練に明け暮れる彼の唯一の楽しみは夜に紗耶香と共に夜空を見上げ、そして将来のことを語り合うことだった。

そんなある日、基地内に空襲警報が鳴り響き、辺りは騒然となる。しかし爆撃機は基地を素通りし、首都東京を目指していることが判明し、警報は解除される。

再び静寂が辺りを包む中、直人と紗耶香は森の中で星空を見上げて互いを語り合う。

だがその瞬間、敗走する爆撃機が投棄した爆弾が紗耶香を直撃し、辺りは炎に包まれるのだった…

「直人、その……残念だったな」


 沙耶華を失った晩遅く。彼女との面会を懇願するも拒絶され、絶望のどん底にいた俺に、同じ部屋の仲間は様々な言葉をかけてくれた。

 けど、そんな言葉の中に俺の心に届くものは一つとしてなかった。

 みんなの言葉の端々から「戦争なんだから」なんていう、クソくだらないニュアンスが感じられてしまったのだ。


 「戦争なんだから大切な人が死ぬのは当たり前」?

 「たくさん死ぬんだからいちいち悲しむな」?


 冗談じゃない。そんなことを言っている奴は、大切な人を失ってみればいいのだ。もしくは戦場に出てとっとと殺されて、「英霊」とかいうクソくだらないものになればいいのだ。

 無意識に、心の中で罵詈雑言があふれ出す。

 この日初めて、俺は同室の仲間に殺意を抱いた。


「うん、ありがとう……」


 「死ね」という言葉をかろうじて飲み込み、張り付いた顔で笑顔を作ろうとするも、できずに真顔のままそう返す。

 一体なにが「ありがとう」なんだ?

 沙耶華のことを殺してくれてありがとう、か?

 そんな風に、考えても答えなどでない問いがエンドレスで脳内を駆けまわる。

 そのまま一睡もできずに迎えた翌朝。俺のもとに、せめてもの慈悲と言うべきなんだろうか? 司令部付の少佐がやってきて、事の真相を聞かせてくれた。

 それによると、空襲警報が発令されてから横須賀第十八防空大隊が迎撃にあたった時点で、本土侵入を図った十機のうち、九機は撃墜していたそうだ。

 だが残りの一機が本国から威力偵察だと聞いていたのにもかかわらず、僚機が墜とされたことで完全にパニックになったのだろう。

残敵掃討にあたっていた第十八防空大隊から逃れようとした挙句、横須賀上空に侵入。

 眼下に横須賀を確認したパイロットが、独断で爆弾を投下したそうだ。


「墜ちた敵機の記録から導き出した結論だ。これでほとんど間違いないだろう」

「……そうだったんですか」


 いかにも仕事ができそうなその少佐の鋭い目を見ながら、だからなんだよと心の中で悪態をつきながら言葉を返す。


「それで……自分は彼女に、沙耶華に会うことはできないんでしょうか?」

「残念だが、現状では無理だ。すまない」

「……いえ、お手数お掛けました」


 心にもないことを言いながら、俺の手は無意識的に腰のホルスターへと向かう。

 ふざけるな。そんな説明で、一体なにが変わるというんだ? 沙耶華が帰ってくるのか?

 殺意に身を任せて彼を撃ち殺そうと試みるも、そこに拳銃はなかった。

 ……そうだ、将校と二人ということで事前に外していたんだった。

 そのことに気づいて心の中で舌打ちをしつつ、必死に自分を抑制する。

 これも、日本軍司令部の敵の威力偵察に対する過剰なまでの迎撃の結果だろう。

 体裁を気にするあまり、迎撃する戦略的価値が低い敵を攻撃し、慌てふためいた敵が投棄していった爆弾が、沙耶華を殺した。

 部屋を出た俺は、つくづく嫌になった。

 彼女を守ってやれなかった自分が、最後まで愛しているとちゃんと言えなかった自分が嫌だった。

 こんなくだらない戦争をするこの国が嫌だった。

 嫌で嫌で、本当にうんざりして仕方なかった。


──だから、俺は逃げ出した。


 訓練の時間の隙をついて、俺は横須賀訓練地から逃げ出した。

 可能な限り憲兵に見つからないように、空爆で瓦礫の山と化した街で死体から服を剥ぎ、東京を目指して歩き出した。

 東京へ帰れば何かが変わると、そう信じて俺は歩き続けたのだ。

 東京に着いてからは回廊に入り、しばらく自暴自棄になりながらも、なんとか生き伸びていた。

 そんな生活を続けていた十一月十五日。ちょっとした気まぐれを起こして地上に出た俺は、そこで大陸国軍初の東京への本格的な空襲に遭遇した。そしてその日、俺は初めて天使を目撃した。

 町中が火の海となって燃え盛り、あちこちから人の叫び声がする。

 爆弾の炸裂する音、ビルが奏でる不協和音、ミサイルが空気を裂く衝撃。

 そんなこの世の行き地獄のような状況の中、ただひたすらに安全を求めて逃げ惑っていた俺は、気がつけば鮮やかに空をかける彼女に見とれて立ち止まっていた。

 今は戦時下だということを、自分自身が抱えていた絶望を、空襲を受けているということさえも忘れさせるほどに彼女の姿は美しく、まるで踊っているかのように空を舞うその姿は、まさに『戦場に舞い降りた天使』そのものだった。


「嘘だろ?!」


 回廊の入口まであと少しというところで俺の前に広がっていたのは、目の前のビルが轟音を奏でながらこちらに向かって倒れてくるという、とても素晴らしい景色だった。

 ったく、こんなもの、どうすればいいんだよ。

 苦笑いを浮かべて、数秒後にミンチになっているであろう自分の姿を想像しながら、これはもうダメだろうなと覚悟を決めたその瞬間。

 こちらへ向かって倒れてきていたビルが、停止した。否、何者かが倒れてくるビルを受け止めた。


「さあ! 今のうちに回廊へ! 早く!」


 大胆にも空中でビルを片手で止めながらそう言った彼女は、まさしくさっきまで俺が見とれていた天使だった。

 こうしてまじまじと見ると銃撃をしながら空を駆けるその姿は天使のイメージとはほど遠く、体はいたるところ傷だらけで汚れきっていた。

 しかし、彼女のその凛としたたたずまいや美しさ、それに背中に輝く瑠璃色の翼は、まさに天使そのものだった。


「生き延びてくださいね!」


 大声でそう叫んだ彼女のその凛としたたたずまいは、沙耶華を失い、絶望に身を焦がしていた俺でさえ、彼女のことを希望の光のように感じるほど美しく、俺はその姿に強く惹かれた。

 神田口から回廊に逃げ込み、彼女の姿が見えなくなるギリギリまで、俺は彼女から目が離せなかった。

 爆発の衝撃で降下中のエレベーターが大きく揺れ、乗っていた人が悲鳴を上げる中、俺の頭の中は彼女のことでいっぱいだった。

 彼女は何を思って戦っているのだろうか。

 何のために戦っているんだろうか。

 彼女のことを、知りたいと思った。


 そして、東京が本格的に空襲されるようになってから約半年後の、四月下旬。

 いよいよ、大陸国軍は東京回廊への侵攻作戦に打って出た。

 目標は地下第十層にある日本軍司令部。


「クソッタレめ」


 防衛戦が始まってから、俺たち民間人は回廊内から動くことができなくなっていた。

 地下第一、二層を敵に抑えられ、地上に上がることもできず、第三~五層までは目下戦闘中。とてもじゃないが、上方向への脱出は難しく、精神的および肉体的に追い詰められた人々は、さらに深層へと潜るしかなかった。

 俺も例外ではなく、当初いた第十三層からさらに地下へと潜り、第二十層に住処を構えた。

 そしてそこで、秋夜に再会した。


「お前……直人か?」

「秋夜……生きてたのか」


 一年ぶりに、かなりやつれているとはいえ、親友の顔を見れたことは俺にとっても救いだった。

 なんでも、政府から逃げ続けていたが、去年の九月ごろに捕まったらしい。


『俺は絶対に兵器なんか作らない!』


 そう言い張る彼に対して、政府が要求したのは「東京に地下街を建設するために協力しろ」ということだったという。

 巨大な地下都市に電力供給やライフライン、果ては戦闘にも耐えられるほどの丈夫さ。

 そんな、回廊の建設に必要なノウハウを買われた秋夜は、人々の為ならば、と依頼を引き受けたらしい。


「そうか。沙耶華さんが……」


 ここにいる経緯を語り合った俺たちは互いに、このクソッタレな世界で、何としてでも生き残ってやろうと誓い合ったのだ。

 

 そして終戦を迎え、俺は君に出会った。


 *


 すべて語り終えた時、俺は心の中にずっとかかっていた霧が、晴れていくような感覚に陥る。

 あの日、星の下で沙耶華と語り合った時の喜び、秋夜と離ればなれになった時の寂しさ、沙耶華を失った時の悲しみ。

 それらの感情は、未だに俺を縛り続けてはいるが、それでも俺は、綾に話すことによって少しだけ楽になれたような気がした。


「直人は、たくさん辛い想いをしてきたんですね」


 優しく俺の頭を撫でてくれる綾。


「でも、もう大丈夫ですよ。その痛みも全部、私が引き受けますから」

「そんな、こと……」

「お前の全部を受け入れる、って言ったのは君ですよ? だから、いいんですよ」


 渋る俺の言葉を、困ったように笑いながら受け止めてくれる綾という存在に、俺の全身を縛っていた呪詛が、少しずつ溶け出していく。

 なるだけ泣かないようにと、感情を殺してしゃべっていたが、心がじんわりと暖かくなっていく感覚には抗えず、視界がだんだんと霞んでいく。


「なあ、綾」

「なんですか?」

「お願いだ。どこにもいかないでくれ。俺のそばで、俺が死にたくならないように、支えてくれないか?」

「ホント、君はお馬鹿さんですね。……私はあと二か月も生きられない命ですよ?」

「それでもいい。頼む、俺と一緒にいてくれ」


 俺は綾を救ったつもりになっていたが、秋夜の言う通り逆だったのだ。

 助けられたのは、俺自身だった。


「……まったく、沙耶華さんに怒られますよ?」


 泣きそうになりながら、それでも綾は「はい、もちろんです」と笑顔で頷いた。


 長かった夜が、ようやく明けた。

 

 *


「ほほう、そんなことがねぇ……」


 翌日、俺は一人で秋夜のもとを訪ねていた。


「ま、お前が綾とどうなろうが、知ったこっちゃないが」

「酷い言いようだな」


 綾が死のうとしていたこと、沙耶華のことを話したということ。そんな一連の昨晩の出来事を、念のために秋夜に報告した。


「でも、綾が死のうとしていたって話。それは彼女を起動した俺にも責任があることだからな……思うところはあるさ」


 まあ、わざわざ言わなくてもよかった気もしたが、でもやっぱり、彼は何かと俺のことを助けてくれる存在だし、綾に何かあったら対処できるのは俺じゃなくて秋夜だから、知っておいてほしかったのだ。


「『知っておいてほしかった』なんて、何が悲しくて男に言われにゃならんのだ」

「まあまあ」

「でも、買い被りすぎだよ。俺は、MDDシリーズについては全く何もできないんだからな? リアクターの寿命の話だって、色々調べてはいるけど期待すんなよ?」

「ああ、わかってる」

「そうか。……てっきり、もっとわがまま言うかと思ったんだが、意外だな」

「わがまま?」

「『お前なら何とかできるだろ。俺の愛する彼女を助けてくれ』とかさ」


 不思議そうに俺のことを見つめてくる彼に、俺は苦笑いを浮かべて、


「言わないよ、そんなこと。もうそれに関しては決めたんだ。綾の、綾との残り時間を大切にするって」と言う。


 もし彼女の死について俺が苦しんでしまったら、それは綾自身が言っていた「直人を不幸にしてしまう」とう懸念を現実のものにしてしまうということだ。

 なら、俺は綾との残り時間を大切にしたいと、純粋にそう思ったのだ。


「そうか。ならいいんだが。でもまあ、なんであれ俺は勝手に調べさせてもらうぞ」

「いいけど……なんでだ?」

「勘違いするな。彼女の為じゃないし、ましてお前の為でもない。これは俺自身が知りたいからだ。科学者として、MDDシリーズのリアクターの仕組みを解明できなかったというのは無視できない話だからな」

「お前……」


 彼自身の科学者としてのプライドが許せないのだろう。彼の目元にくっきりとできているクマが、すでに何日も寝ずに調べているということ物語っている。


「世界一需要のないツンデレだな」

「うっせ」


 彼のことを軽くいじったり、現状で判明しているMDDシリーズについての話を聞いたりしているうちに、いつの間にか結構な時間がたってしまっていた。


「じゃあ、またな」

「おう」


 いろいろと複雑な想いを抱きながら帰路につき、考え事をしながら歩いていると、

「おかえりー。遅かったねぇえ!?」と、家の前に仁王立ちをしている綾を見つけ、背中が寒くなるのを感じる。


「あ……」


 しまった。ちょっと出かけてくるって言って出たのに、もう三時間以上経ってる。


「私、君の言う『ちょっと』が理解できてなかったねぇ? ごめんなさいぃ~?!」

「いや、あの、綾さん……?」

「あらあら、無理して早く帰って来なくてよくってよ? ほら、もう少しそこら辺歩いてきたらどう? 五時間でも十時間でも、好きに行けばいいじゃない」


 完全に拗ねモードに入ったらしく、やたら饒舌になって頬を膨らませながら俺のことを非難してくる綾。

 こうなったら、あれをやってみるか。

 ふと、あることを思い付いて、彼女の頭に手を置いて、撫でながら「綾、大好きだ」と耳元で囁いてみる。


「秋夜さんのところでも地上でも、どこへでも行けば……へっ?!」

 囁いた途端、顔を真っ赤にして硬直する彼女を見て、沙耶華もこうして突然好きだ、なんて囁くと固まったっけ、と、思惑通りに事が運んだことに笑みを浮かべる。


「チョロいな」

「なんか言いました?」

「イイエ、マッタク。オレハアヤサンノコトダイスキダカラネ。ハハハ……」

「そう。ならいいですけど……」


 仕方ないですね、とつぶやいて家の中に消える綾。慌てて後を追い、秋夜の所に行ったら思いのほかノってしまって、いろいろ話してきたということを頭を下げながら報告する。


「へぇ……で、秋夜さんなんて言ってました?」

「引き続きリアクターの不調を直す手段は探しておくってさ。ただ、期待はするなって」

「そうですか。やっぱり難しいんですね」

「みたいだな。あの天才の秋夜が、徹夜で一週間弱も調べてわからないんじゃ、かなりの難易度なんだろうな……」

 

 おそらく、彼が東京回廊で知らないことはないはずだ。この街で彼が知らない情報は、ほとんど存在しないと同義と言っていいだろう。

 けど、その彼が苦戦する。そして、そのことの意味。


「ほら、考え込まない!」


 また無意識的に考え込んで、怖い顔をしていたのだろう。正面から頬を両手でつかまれ、もにゅもにゅされる。


「にゅ」

「なんですか、そのリアクションは」


 変なの、と笑う彼女の明るい笑顔につられて思わず俺まで笑ってしまう。


「そんなことよりほら、今日は何食べたいですか?」

「いや、我が家には闇市で買ってきたパンしかないけど」

「お風呂にします? ご飯にします? それとも、わ・た・し?」

「ここに風呂なんてないだろ……」


 俺につられて、不思議なテンションの綾。


「今気づいたんですけど、じゃあ、直人はお風呂どうしてるんですか?」

「え、いや、その……」


 実を言うと、第二十層には誰が造ったか知らないが、銭湯があるのだ。

 ……もっとも、地下街には女性がいないことを前提に作られているので、ここで綾が私も行きたいとか言いだしたら困るなぁと思い、どう答えたものかと考えあぐねる。


「まあ……なんとかしてる」

「そうですか……?」

 あー、完全にいぶかしむ目で見てるよ……。

「あ、綾はお風呂とかどうしてたんだ?」

「えっと……何回かオイルに浸かったことが」

「ええっ?!」


 アンドロイドなのにご飯は普通に食べる癖に、お風呂だけ急にロボットっぽくなるMDDシリーズって一体……?


「じゃあ、秋夜に頼んでおくよ。一応綾だって女の子なんだし、お風呂入りたいでしょ?」

「一応ってなんですか一応って。……でも、じゃあお言葉に甘えて」

「はいよ。さてと……」


 さっきの「ご飯にする? お風呂に(以下略)」じゃないが、今日これからどうしたもんか。

 お金もそれなりに貯まってる、地上に行って鉄くず回収をする必要がないとなると、とたんにやることがなくなってヒマになってしまう。

 かといって、残り少ない綾との時間を無駄に消費するわけには……んんー、悩ましい。


「あの、直人」

「ん?」

「もし時間あるなら、回廊を案内してもらえませんか?」

「いいけど……どうしてだ?」

「話こそいろいろ聞いてはいますけど、私、回廊自体はほとんど見たことないんですよ」

「まぁ、確かにな」

「戦時中も存在は知ってましたし、毎日入口は見てましたけど、実際に足を踏み入れたのは再起動してからですからね。だから、この目で回廊のいろんな所を見てみたいなぁ、って」


 ちょうど今日どうすればいいか考えていたところに、ナイスタイミングでそんな提案が来て、断る理由など見当たらないだろう。


「そうだな。行こうか」

「はい!」

「あ、でも先に飯な」

「はいはい」


 よし。今日は昼飯を食べたら、回廊観光としゃれ込むとしますか。


「デートですよデート~! 楽しみですね~」


 一人で楽しそうに意味不明な歌を歌いながら、買い溜めておいたパンで昼ごはんを用意する綾を眺めて、今の小さな幸せに感謝する。

 ……というか、喜び方が中学生みたいだな。


「大学まで彼女の一人もいなかった君に、まさかそんなことを言われるとは」

「人の心を読むんじゃないよ」

「へへへ」


 まさか、MDDシリーズにはそんな機能まで……!? いやいや。いくらなんでもないだろう。


「お待たせしました。どうぞ」


 そんなセリフと共に俺の前に差し出されたのは、純粋に焼いただけのパン。

 ……一体、何を調理していたんだ? 

 明らかに、焼く以上の何かをしていた気がするが……。

 それはともかくとして、


「その出し方は、高級レストランみたいな印象を受けるからヤだなぁ……なんせモノがパンだからねぇ……」

「まったく、細かいですね」

「俺は元々こんなんだよ」

「そうですかー?」


 これまた昨日までとは打って変わって明るい雰囲気で言葉を交わしながら何の旨味もないパンを食べ、少し休憩してから外に出た。


 *

 

「うーん……」

 

 観光を、なんて勢いで考えてしまったが、もともと戦争用に作られているこの回廊に名所なんてほとんどなく、結局俺たちが何をしたかといえば、PCFに見つからないように気を付けながら、だらだらと喋りつつ、様々な階層を巡っただけだった。


「なんか、すまんな。ただ弁解しておきたいのは、これは俺が悪いわけじゃなくて、元々東京回廊には見どころなんかほとんどないんだ」

「へえ、そうですか……」


 薄暗い照明のもと、MDD18だとバレないようにフードを深くかぶって隣を歩く綾に、それとなく耳打ちする。


「あれ、でも『ほとんど』っていうのはどういうことですか? なくはない、と?」

「言葉尻を捉えるのが上手いな……ま、そうだな。今から行くのがその回廊の数少ない見どころだ。……本当はサプライズにしようと思ったんだがな」

「あ……すいません」


 申し訳なさそうに頭を下げる綾を横目で見ながら、ふと、果たしてこの道順であっているのかと不安になる。


「うーん」


 名所とは言ったが、俺だって秋夜に連れて行かれて一回行ったことがあるだけなので、記憶が定かじゃない。

 さっきから、何か所か見覚えがあるところこそあれど、肝心の目的地が見当たらない。


「んー、参ったな……」

「大丈夫ですか?」

「いや、あんまり大丈ばないかも」


 この階層であることは間違いないし、確かあれはシャフトのところだと記憶しているのだが……仕方がない。こうなったら素直にヘルプを求めよう。


「なあ、綾。お前って方向音痴じゃないよな?」


 ギブアップして、綾に尋ねてみる。


「空を飛び回る戦闘兵器に向かって聞くことじゃないですね。逆に聞きますけど、私が方向音痴に見えますか?」


 見た目だけなら割と、と言いかけるが、なんとか自制。


「イエ、マッタク」

「でも、東京回廊に関しては全く土地勘ないですから、道案内とか無理ですよ? 私がわかるのは、せいぜい家がどの方角かくらいのもので……」

「それでいいんだ」

「へ?」

「家がどっちかわかるだけの方向感覚があるなら、シャフトがどっちにあるかわかるか?」

「え、ええ。こっちですね」


 俺が思っていた方角とは百八十度逆を指さす綾。

 なるほど、そっちか。

 第十層より下層は作りが雑だから、慣れていないとすぐに迷子になってしまう。


「じゃあそっちだ。よし、行くぞー!」

「正反対じゃないですか」

「今せっかく俺が心の中で『過ちは過ちとして次に生かそう』みたいな感じにして収めたのに、なんでまたツッコむの?!」

「いや、知りませんよ」


 めんどくさそうに俺の方を一瞥して、ずんずんと先に進んでいく綾の後を、慌てて追いかける。


「で、その名所とやらは、一体どんなところなんですか?」

「別名『東京回廊の星空』って言ってな、回廊中の明かりがシャフトを伝って、ちょうどいい感じにこの階層に集まって、それが星空みたいに見えるんだ」

「星空、ですか」

「ああ。前来た時には、星を見てほっこりする心の余裕なんてものは持ち合わせてなかったから、よく覚えてないけどな」

「ロマンチックですね」

「は?」


 突然のその言葉に、思わず立ち止まる。


「だって、そこには回廊中の明かりが集まっているんですよね?」

「厳密には第十一層より下の階層の明かり、だがな」

「それでも、人がここに暮らしているんだって、みんながここにいるんだって感じられるじゃないですか!」


 ああ、そういうことか。

 うんうんとうなずいて、再び歩きはじめる。

 あんまりピンとは来ないけど、なんとなく言いたいことはわかった。


「嫌な風に言いかえれば、そこからの景色が見えなくなった時が、回廊が終焉を迎える時だろうがな」

「なんでわざわざ嫌な言い方に直したんですか……」

「特に理由は……お、着いたぞ綾。ここがその場所だ」


 グダグダ話しているうちに、俺たちは目的地のシャフトに到着する。

 シャフトの反対側との連絡通路を、できるだけ上を見ないように真ん中まで渡り、せーので顔を上げる。


「おお、きれいですね……」

「ああ。すごいな。ここまでとは……」


 語彙力が皆無な、ありきたりな言葉しか口にできないほどの星空が、そこには広がっていた。

 赤や白、橙色や黄色、様々な色の星が、上だけではなく下にも限りなく続いていて、それはさながら、星空のキャンバスのようだった。

 一つ一つの星自体は家の明かりなのだから、流れ星や星が瞬くことなんてないはずなのに、回廊いっぱいに映し出された星空は、まるで生きているかのように瞬きを繰り返している。


「君が見た星空も、こんな感じだったんですか?」

「だったのかな。……どんなに綺麗だったか、もう覚えてないけどな」

「沙耶華さんが隣にいたから、ですかね」

「かもな」


 不意に、沙耶華がよく言っていた言葉を思い出す。


『だって人間は、星に願うことはできてもさ、ただ願うことしかできないんだからさ』


 彼女は何を俺に伝えたかったのだろうか。

 当時はただロマンチックなことを言いたいだけかと思っていたが、今考えてみれば、その言葉の真意がわかりそうでわからない。


「沙耶華さんは『祈ることは許されてる』って言いたかったんじゃないですかね」


 そんな俺の内心を知ってか知らずか、綾が隣でぽつりとつぶやく。


「祈ることは許されてる?」

「ええ。どんなに祈っても、所詮人は星に願いを託すことしかできない。けど、どんな絶望の中にあっても、人が祈ることは許されているんだと、そう言いたかったんじゃないですか?」

「どんな絶望の中にあっても、祈ることは許されている、か……」


 秋夜と離れてしまったあの晩、沙耶華ははにかんだ笑みを浮かべて言ったのだ。


『そう。星に願うの。でもさ、結局は自分でどうにかするしかないんだよね。だって人間は星に願うことはできてもさ、願うことしかできないんだからさ』と。


 あの時、俺は彼女に慰められていたんだ。

 気付くにはあまりに遅すぎるその事実に、あの日のことがありありとまぶたの裏に瞬く。

 再び目を開けて星空を見上げて、あの時もこんな気持ちだったのかなんて、想いを馳せる。


「綾はさ、今幸せか?」

「なんですか、藪から棒に」

「飛び降りようとしてた時に言ってたじゃないか。私がいると不幸になるだとか」

「あー、言いましたねぇ……」

「そう、今でも思ってるか?」


 俺の問いに対して、しばしの沈黙の後、


「いえ、全く思ってないですよ」との返答。

「そうか」

「ええ。全く、微塵も、一ミリもそんなこと思ってませんよ」

「お前……いいことだけどさ、一日でいろいろ振り切れすぎだろ」


 そこまで言われるとあの時の言葉が嘘に聞こえてくるから、そんなに主張しなくてもいいよ?

 まあ、ずっと暗いよりかは、遥かにいいけれど。


「こうなった原因を作ったのは誰か、胸に手を当ててよーく考えてみれば、すぐにわかると思いますけどー?」

「……」

「責任、とってくれるんですよね?」


 上目使いで俺のことを見つめてくる綾。

 チクショー、可愛いなもう!

 そんな風に言われて断る男なんて、この世にいるものかと息巻きながらも、極めて冷静に落ち着き払って「もちろんだ」と返す。


「綾、ありがとな」

「はい? なにがです?」

「……いや、なんでもないよ」


 そうですか、とつぶやく綾の横顔を、ぼんやりと見つめる。

 俺はこいつに救われている。

 綾がそばにいてくれる。それだけで、俺が死んでいた一年間は、ゆっくりと救われていく。


「好きだ」

「……はい?」

「そういえばちゃんと言ってなかったなと思ってな。お前にも、沙耶華にも」

「なんだ、そんなことですか」


 ふふっ、と笑って「知ってますよ?」とつぶやく。


「君は分かりやすいですからね」

 そう言われてしまうと、なんだか俺の発言がコメディちっくに処理されたみたいな気持ちになるから、なんだかなぁ、という感じもするが。


「……きっと沙耶華さんもそう思ったから、直人のことをからかい続けたんですよ」

「そうかな」

「ええ。それくらいは私にもわかりますよ。女の勘ってやつです」


 にかっと笑いかけてくる彼女に見つめられ、つられて笑ってしまう。

 やれやれ。人も時代も変わったというのに、俺はずっと同じことをし続けるみたいだ。

 これじゃあ、沙耶華にからかわれたのも納得というものだ。

 やっと、わかった。

 やっと、そう思うことができた。


 *


 そこから数え三日ほど、俺たちは回廊を意味もなく散歩したり、地上に出たり、家でのんびりしたりと、彼女との限りある残り時間を存分に満喫していた。

 そして、そんな時に彼が俺のもとに訪れたのは九月の最終日、三十日の早朝のことだった。

次回更新は4月24日(金)の20時です。

気に入っていただけたら評価や感想など、一言でも大丈夫ですのでいただけると励みになります。

では、また次回!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ