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第10話 終焉の空に、ささやかな祈りを。

【前回までのあらすじ】

大陸国との戦争に敗北した日本の首都、東京。

その地下に築かれた地下都市「東京回廊」で暮らす明石直人は、日々地上の瓦礫を漁ってそれらを売却することでどうにか暮らしていた。

そんなある日、彼は瓦礫の中から、かつて戦時中に自らの命を救ってくれた天使を見つけだす。

瀕死の彼女を救うため、親友の秋夜に助けを求める直人。

しかしそこで直人は、彼女が大戦中に日本軍が開発した戦闘用アンドロイドMDD18、コードネームは「AYA」であると知らされる。

そして、心臓にあたるリアクターが大きく破損しており、その影響で彼女の寿命はそう長くなく、2か月もしないうちに死ぬということも知るが、それでも直人は「綾」と新たに名付けた彼女に寄りそう覚悟を決めるのだった。

そんなある日、地上に上った綾は東京の空を再び舞う機会を得る。

そこで様々な厳しい現状を目の当たりにし、さらに自身が占領軍によって指名手配されていることを知った彼女は、直人に何も告げずに彼のもとを去り、過去の戦闘で失ったものを思い浮かべながら綾は回廊の空に身を投げる。

しかしすんでのところで直人に救出された綾は、そこで彼の口から、彼が失ったものの話を聞かされるのだった。

かの大戦が勃発し、開戦前から付き合っていた紗耶香と共に軍に招集された直人。

横須賀の基地で毎日訓練に明け暮れる彼の唯一の楽しみは夜に紗耶香と共に夜空を見上げ、そして将来のことを語り合うことだった。

そんなある日、基地内に空襲警報が鳴り響き、辺りは騒然となる。しかし爆撃機は基地を素通りし、首都東京を目指していることが判明し、警報は解除される。

再び静寂が辺りを包む中、直人と紗耶香は森の中で星空を見上げて互いを語り合う。

だがその瞬間、敗走する爆撃機が投棄した爆弾が紗耶香を直撃し、辺りは炎に包まれる。

最愛の人を失い基地を逃げだして東京回廊にたどり着いた直人は、そこで爆撃に巻き込まれ、綾と出会ったのだった。

戦時中の悲劇を語り終えた彼らは2人、東京回廊を巡って愛を深めていた。

そんなある日、秋夜が直人の元を訪れ、PCFの施設になら彼女のリアクターを回復させる方法があるかもしれないと提案する。

危険を承知でPCFの施設に強襲することを決めた2人は、警備兵をかいくぐって目標地点に到達することに成功するものの、目的のリアクターはすでに破壊されていた。

仕方なくMDDシリーズに関する資料などをありったけ回収して脱出を図る直人達。

直人が重傷を負ってしまったがなんとか脱出に成功した2人は、私設から奪取した資料の中に綾の正体、その核心に迫るものがあることに気付く。

なんと、綾は死んだはずの紗耶香の身体を使って開発されたMDDだったのだ。

秋夜による紗耶香の記憶のサルベージが行われ、綾はかつての直人の恋人である紗耶香の記憶を取り戻し、死の運命は避けられないものの、直人と綾の間には再び昔のような和やかな空気が生まれた。

その一方で、密かにそんな2人に忍び寄る黒い存在が徐々にその姿を現し始めていた…

 その日の午後、俺たちは秋夜のもとを訪ねていた。

 ドアを元気よくノックすると、少しの間をおいてドアが開く。


「お前、何しに来たんだよ」


 屋根裏から現れた、うんざりとした表情の秋夜を見るに、俺の元気満々のノックの音で彼の眠りを邪魔してしまったらしい。


「いや……顔を見に?」

「お盆の帰省かよ。……どうせ、特に用はないんだろ?」

「まあ……そうだな」

「そんなことだろうと思った」


 しぶしぶ、と言った感じではあったが、俺たちを家に上げてくれる秋夜。


「お前、大丈夫だろうな?」


 腰を落ち着けたところで、唐突にそんなことを聞かれる。


「俺? 俺は大丈夫だぞ。すごい元気だし……」

「違う違う。誰もお前の心配なんかしてねぇよ。お前が、沙耶華さんに無茶させてないかを心配してんだよ」


 だとしても『お前のことは全く心配していない』発言はいらなくないですか……?

 微妙にダメージを受けた俺のじっとりとした視線には目もくれず、秋夜は沙耶華のことを見つめる。


「言っとくが、彼女には綾の記憶があるとはいえ、だからって、彼女とまったく同じことができると思うなよ?」

「同じことって?」

「例えば、お前に渡したフライトユニットとか」

「それは……使い方はわかってるけど、使えないってことか?」

「そうだな」


 スペック的には可能なんだろうが、運用できるかどうかとなるとまた別の話ということか。

 うーん、残念だ。沙耶華の腕に抱かれて(今度は死にかけない程度に)遊覧飛行、なんてことも考えていたのに……。

 はあー、と大きなため息をつくと、俺の心を知ってか知らずか沙耶華は黙って手をからめてくる。


「そうだ、沙耶華さん。この間話したこと覚えてるよな?」

「もちろん。綾ちゃんの人格が、って話でしょ?」

「覚えてるならそれでいい」


 唐突な彼の発言に首をかしげる。

 この間した話? 一体何の話だろう? それに綾の人格って……?

 もしかしたら俺が目を覚ます前、起動したばかりの彼女に、秋夜は何かを話したのかもしれない。果たして、何を話したのか聞いていいものなのだろうか?

 気になるには気になるが……。


「そうそう、秋夜。昨日第十四層で面白いもの見てさ……」


 それから俺たちは、この二日間に見たものや聞いた話、実際に体験した話など、世間一般で言うところの世間話に花を咲かせた。

 思えば、沙耶華は秋夜と面識があったとはいえ、そこまで仲が良かったわけじゃない。なので、三人で話に花を咲かせるというのは、なかなか不思議な光景だった。


「さてと。すっかり話し込んじゃったね」

「そうだな」


 沙耶華の一言でようやく場が落ち着いた頃には、もう間もなく日が落ちるという時間になっていた。


「じゃあ俺たち、そろそろ帰るわ」

「おう。たまにはこうしてくだらない話で盛り上がるのもさ、悪くないな」


 腰を上げた俺たちを見て微笑む秋夜。


「だろ? 俺、楽しそうな秋夜なんて久々に見たよ」

「誰のせいでここ最近、シリアスモードが続いてたと思ってる」

「だな。悪ィ悪ィ」

「いいけどさ……」


 あくびを噛み殺しながら伸びをする彼の動作につられて、俺まであくびが出そうになる。


「最近時間感覚が鮮明になったからかな? こう、人が眠そうにしてるのを見ると、こっちまで眠くなる」

「そうかい」

 

 家を出たところでそんなやり取りを交わし、じゃあまた、と軽く言って別れる。


「またな、直人」

「ああ、また」


 笑顔の秋夜に見送られ、俺と沙耶華は家へと向かう。

 夕方になったと自覚したせいか、心なしかいつもより回廊の通路が暗く感じる。

 確認の為に「心なしか暗くないか?」と彼女に尋ねてみる。


「うーん、どうかなぁ」と首をかしげる沙耶華。

「そう言われてみると、って感じかなぁ……よくわかんないや」

「そうか」


 しばしの間をおいて、


「なんか、いいよね。あーゆーの」と、沙耶華が口を開く。

「ん?」

「直人と秋夜さんの会話がさ。男同士の気のおけない会話って言うのかな? さっきみたいなの」

「そうかね? 俺からしてみれば、野郎二人交えての、ただの世間話だったんだけど」


 そんなたいそうなものじゃないと思うんだけど、どうなんだろう? 

 女の子から見たら、なにかそれっぽいものに見えたりするんだろうか?


「綾ちゃんもそう思ってたみたいだよ? 『二人の間には入れないなぁ』って」

「うーん、そういうもんか……」

「うん。……私も羨ましいんもん」


 わかるようでわからないなぁ、なんて考えながら階段を降りて、第二十層に到着。

 迷うことなく家の方向に歩を進めると、ふと沙耶華が立ち止まったので、どうしたのかと俺も足を止めた。


「どうした?」


 俺の質問に、彼女は眉間にしわを寄せて「……来た」とだけ答えた。


「直人、走ってください」

「へ? あ、ああ」


 妙に緊張感漂う彼女の言葉に促されるまま、訳もわからずに俺は走り出す。

 ふと後ろを振り返ると、沙耶華は後方に注意を向けながら俺の少し後ろを走っていた。

 俺も訓練を受けたことがあるからわかるが、あれは後方から奇襲されないようにしながら撤退するときの動きだ。……とすると、来た、というのは、誰かが俺たちの後を追っているということなのか?


「家まで全速力で走ってください!」


 と、突然大声でそう叫ぶ沙耶華。

 どういうことだ、と言おうとしたその瞬間、数発の発砲音。と同時に、俺の走るすぐ横から着弾音が聞こえてくる。

 その音が耳に入った刹那、一気に心臓が縮み、足がもつれて転びそうになる。

 撃たれている? 

 いくら治安が悪い第二十層とはいえ、こんな脈略もなく撃つアホがいるのか?

 気のふれた強盗か、はたまた殺してから身を剥ごうという安直な発想の輩か、一体誰がこんな奇襲じみたことをしているんだ?


「クソッ!」

 

 なんとか走りながらも、沙耶華が気がかりで思わず振り返る。


「そういうことかよッ!」

 

 そこには、地上で幾度となく目にしてきた、俺たち地下の住人にとっては忘れようのない制服を着た数人の男が、こちらへと銃撃を加えている姿があった。


「PCFの憲兵隊かっ!」


 おおかた、俺と秋夜のPCFの施設への侵入の件で、地下にMDDシリーズが生き残っていると踏んだのだろう。   

 地下駐屯地への侵入者の報告を聞いて、推理考察を経て実際に兵士を派遣するまで、わずか四日。流石、地上を牛耳っている憲兵隊だけのことはある。地下のダメ兵士では考えられないような仕事の速さだ。

 とはいえ、この状況ではそんな呑気に敵に賞賛を送っている余裕などない。


「くっ!」


 仕方なしに護身用に持ち歩いていた拳銃を抜き、憲兵の一人に向かって発砲する。

 が、狙いを定めるために足を止めたのが悪かったのだろう。俺が発砲すると同時に、真ん中に立っている憲兵が構えた大型のロケットランチャーの照準が、俺をロックオンする。

 まずい、避けられない! と、そう思った刹那、


「直人、危ないっ!」


 ロケットランチャーが火を噴くと同時に、俺の体は沙耶華の体当たりによってバランスを崩し、大きく横に転げる。

 頭を地面に強く打ち付け、痛みにうめき声が口をつく。

 このままでは死んでしまうという、ある種緊急時にもかかわらず冷静な判断を下し、顔を上げて銃を取る。

 と、照準を定めようとあたりを見渡した俺の目に、倒れ込む沙耶華の姿が映る。


「さ、沙耶華ッ!」


 けん制射撃をしながら、急いで彼女の体を掴んで物陰まで無理矢理引きずりこむ。


「おい、大丈夫か!? 沙耶華、沙耶華ぁ!?」

「……うるさいですよ。沙耶華沙耶華って、目の前でほかの女の名前を叫ぶとか、悪趣味ですよ?」


 俺の必死の呼びかけへのその反応を見て、俺は目を見開く。


「……お前、綾か?」

「ええ、そうですよ。戦闘面に関しては私の方が沙耶華さんより得意ですからね。代わっていただきした」


 秋夜が言っていた『彼女には綾の記憶があるとはいえ、だからって彼女と同じことができると思うなよ?』という言葉を思い出す。

 俺たちがPCFの憲兵に襲われていると判断した時点で、沙耶華は意識を綾に譲り渡したのだろう。

 記憶のサルベージ。言うなれば前世の記憶がよみがえるだけで、それによって元の人格がなくなるわけではない。あくまで、二重人格のような状態になるだけだ。

 それはわかっていたが、まさか意図的にメインの意識を交代できるとまでは思わなかった。


「でも、せっかく沙耶華さんに直人のこと託されたのに、このザマですけどね」

「お、お前、それは……」


 自嘲気味に笑い、綾は着ていた服の胸の個所を破く。


「なにを……!?」


 あらわになった服の下を見て、俺は言葉を失う。

 彼女の胸には、握りこぶし大の傷口がパックリと穴が開いていた。


「私としたことが、ド派手に被弾してしまいました。やっぱり、ブランクってやつですかね……」

「その傷、大丈夫なのか……?」

「アンドロイドなので、痛みは感じませんよ」


 そうは言っても、おそらく彼女の傷はさっき俺を庇った時に負った傷だろう。なら、怪我の責任は俺にある。

 傷跡にそっと手を添える綾。


「ただ」


 心なしかさっきよりうつろな目をしながら、彼女は続ける。


「被弾箇所が胸っていうのがマズいですね。リアクターに、もろに食らってしまいました」

「リアクターにって……そんな……」


 彼女が手を離すと、傷口から淡い光の粒子があふれ出す。

 アンドロイドが生きるのに必要な、彼女たちにとっての血液が、輝きながら空中に撒かれていく。


「嘘だ、嘘だ……」

「すいません。私の不注意です」

「そんな……」


 思考が止まり、あたりの酸素が薄くなっていくのを感じる。

 傷口を手でふさいでみても、あふれ出した粒子を手ですくって戻そうとしても、まるで俺のことをあざ笑うかのように粒子はとめどなくあふれ出る。


「嫌だ、嫌だ……」


 気がつけば、俺は泣いていた。とめどなくあふれ出す彼女の輝きに目を奪われ、涙が頬を伝う。


「もう、ここまでみたいですね……ごめんなさい、直人。一緒にいると誓ったのに。それなのに、こんな……」


 うつむく綾を見て、俺の中で何かが弾けた。


「……勝手に」

「え?」

「勝手に、勝手に終わらそうとするんじゃねぇぞ!」


 そうだ、俺は認めない。こんなところでこんな風に、いきなり彼女を失うなんて、絶対に納得できない。

 理屈でもなければ、理由なんてない。これは俺の望みだ。

 だから……!


「君は本当にお馬鹿さんですね。……分かりました。もう少しだけ、足掻いてみるとしましょうかね」


 棒立ち状態の俺をよそに、ふらふらと立ち上がって右腕をいじる綾。


「せっかく秋夜さんにも無茶を聞いてもらったんですし、確かに私も、このまま死んでPCFの研究対象にはされたくないですからね」


 困ったように微笑みながら、綾は右腕を換装する。


「それは……」

 

 あらわになった彼女の右腕は、戦時中に失い、秋夜によって再製されたはずのそれではなく、三連のガトリングへと変貌していた。

 秋夜が言っていたのはこのことだったのか。


「私が敵をけん制します。その間に直人はフライトユニットを取ってきてください! 全速でこの場を脱出しますから」

「でも、そんなことをしたら、お前が!」


 フライトユニットは、リアクター内で生成される粒子を大量に消費する。ただでさえ胸部への被弾で粒子が漏れ出してしまっている今、そんなものを使ってしまったら……。


「早く!」


 私の頑張りを無駄にするつもりですか、とばかりに勢いよく道に飛び出し、持ちうる限りの火力を展開する綾。


「行って!」


 力強い言葉に、今度は迷わずに家へと走り出す。

 後ろを振り返ることなく、全力で走る。


「フライトユニット……あった!」


 家の中に飛び込むや否やフライトユニットをひったくり、ずしりと骨身にくる重さを意に介さず、背中に担いで綾のもとへと走って戻る。

 その間、一体どれくらいだっただろうか?

 実際には一分だったかもしれないし、もしかしたら五分だったかもしれない。

 けれどそのわずかな間は、俺には一時間にも感じられた。

 一人は心細いなと痛感した。綾を一人にしているということが、俺をまるで誰かに心臓を掴まれているかのような気分にさせた。

 

「綾、持ってきたぞ!」

「ありがとうございます! 背中に着けてもらっていいですか?」


 前を向いたままそう答え、けん制射撃を続ける綾。

 フライトユニットを彼女の背中に装着し、「できたぞ!」と言った刹那、俺は綾に抱きかかえられて、目にも止まらない速さで通路を取ってシャフトへと抜けていく。


「直人、大丈夫ですか?」

「ああ、なんとかな」


 高速でシャフトを上層階へと飛び上がりながら、目の前にある綾の顔を見つめる。

 こう至近距離になるとドギマギしてしまうが、今はこんな風にときめいている場合じゃない。

 と、そう考えていると、綾が「かはっ」と軽く吐血する。


「あ、綾?!」

「大丈夫、大丈夫ですから……」


 口ではそう言っても、苦しそうな表情。


「もしかして俺がいない間に、また被弾したのか?!」

「……少し、ですから……大丈夫ですよ……」

 

 フライトユニットと胸元からあふれ出す粒子に彩られ、彼女はまるで本物の天使のように煌めきながら、回廊の鳥かごの空を舞う。

 そのまま彼女と回廊の星空を見上げながら、第十一層まで上昇する。

 そこから通路を抜け、旧神田口方向の有料エレベーターに滑り込む。

 持っていた財布を見張りに叩き付け、上昇ボタンを乱暴に押すと、エレベーターが揺れと共に上昇を始める。


「直人……直人……」

 

不愉快な揺れの中、綾は力なく苦しげに座り込む。

 うつろな目をしながらうわごとのように俺の名前を呼ぶ彼女に、俺は手を握ってやることくらいしかできない。

 そんな自分の無力さが、憎い。


「私はもう、限界です……」

「綾……」


 お願いだからそんなこと言うな。

 頼むから、生きたいと、俺といたいと願ってくれ。

 荒い呼吸の下、そんな想いと共に俺は綾の手をしっかりと握りしめる。


「後は沙耶華さんに任せます。だから、直人。私のことを、幸せに……」


 涙を流しながらそう言って、彼女の目から光が消えた。


「そんな……綾、なんで……俺は、お前も幸せにできなかった……」


 俺は彼女に何かしてやれたのだろうか?

 そんな問いが頭いっぱいに広がり、押し寄せる後悔の波に溺れそうになる。

 数秒後、再び彼女の目に光がともる。それは沙耶華の人格が戻ったと同時に、綾の人格が限界を迎えて消滅したということを意味していた。


「なお、と? どうして泣いてるの……?」

「綾が、綾が……」


 自分の感情をどう受け止めればいいかわからず、泣き崩れる俺に、困ったように笑いながら、沙耶華は綾が繋いだ手を強く握りしめる。

 彼女を困らせているという自覚はあっても、それでも涙は止まらなかった。


「私、やっぱりダメだなぁ……。あんな大切な場面で、肝心なことを綾ちゃんに丸投げしちゃった。綾ちゃんが消えたのは、私のせいだ……」


 そんな俺の内心を知ってか知らずか、ギュッと、握った彼女の手に力が入る。

 そうだ。今ここにいる沙耶華だって、リアクターが破損した以上は死んでしまうのも時間の問題なのか。


「そんな……」


 そのことに気づき、背筋が寒くなる。

 俺は二度と大切な人を失わないと決めたのに、こうして二人も同時に失ってしまうのか。

 キラキラと皮肉なくらい綺麗に煌めく粒子を眺めながら、呼吸が苦しくなっていくのを感じる。

 なぜ、何が悪かったんだ。どの選択が俺たちをこんな状況に陥らせた?


「どうして、どうして……」


 焦点の合わない目で沙耶華のことを見つめながら、壊れたようにつぶやき続ける。


「いいのよ、私は」


 ぽつりとつぶやいた彼女のその言葉に、反射的に沙耶華に詰め寄って声を荒げる。


「何が、何がいいんだよ! なんでお前も綾も、そうやって勝手に終わろうとすんだよ……なんで、勝手に終わっていくんだよ……」


 力なく崩れる俺の頭に手を置いて、彼女はつぶやく。


「その言葉を聞いて確信したよ。私は、もう幸せだから」

「だから、そういうの、やめろって……」

 

 なんでみんなそんなことを言うんだ?

 綾だって、沙耶華だって死にたくないんだろ? 生きていたいんだろ? 

 俺の隣にいるって言ったのは、ずっと一緒だって言ってくれたのは嘘だったのか?

 あの日、俺はその言葉に救われていたんだよ。綾に、沙耶華に、俺は生きる希望をもらったんだ。言葉にはできなかったけど、感謝してるんだよ。

 だから、だから……!


「やっと、人の為に動けるようになったね」

「え?」

「私を失ったことを、トラウマとしてじゃなくて、教訓としてくれたんだ」

「そう、なのか……?」


 クスっと笑い、「見ればわかるよ、それくらい」と言う沙耶華。

 『直人には自分のトラウマを克服してほしい。そうしないと前に進めない』という言葉を思い出す。前に進めず、どこかに行ってしまいそうだと。だから私がそばにいないといけないんだと。

 なんだか、綾に「君は本当にお馬鹿さんですね。そんな簡単なことに、今更気づくなんて」と、笑われた気がした。


「俺は、前に進めるんだろうか……?」

「さあ? そんなこと、私に聞かれても答えようがないよ」

「そうだな」

「それは、君自身が決めることなんだからさ」

「俺自身が……か」


 どん、という重い振動が俺たちを揺らし、地上に着いたことを知らせる。

 鈍い音と共にドアが開き、夕日に焼かれて茜色に染まるビルの瓦礫の山が姿を現す。

 倒壊したビルの側面や割れたガラス。そういったものに夕日が反射して、まるで万華鏡のように街は輝き狂う。

 かつて人々が生きていたこの街がもう過去のものであると痛感し、崩れて消えていくものの儚さがどうしようもなく美しく、尊く感じられた。

 力なく座り込む沙耶華を、お姫様抱っこで持ち上げ、俺は茜色の街に足を踏み出す。

 一歩一歩、ゆっくりと、それでも確実に前へと進む。

 俺と綾が初めて出会った場所はどこだったか、今となっては正確な場所は覚えていないが、俺はその場所を目指す。

 やがて日は暮れ、茜色に焼かれていた街からは輝きが消え去り、夜空の煌めきにとって代わられる。


「星が、綺麗……」


 俺の腕の中で太陽を失ったかのように、か細い声でつぶやく沙耶華。


「綺麗だな。回廊の偽物の星空じゃなくて、これは本物の星空だ」

「本物の、星空……」

「そうだ。俺たちがあの晩見上げた、そして横須賀で見上げていた星空だ。この景色は変わらずにずっとここにあったんだよ」


 空を見上げながら口をつく言葉は、だんだんと霞んでいく。

 一筋の涙が頬を伝い、ゆっくりと流れ落ちる。


「直人、ここでいいよ」

「……わかった」


 瓦礫の山から少し離れた、開けた場所で俺は彼女をそっと地面に下ろす。


「星、みたいでしょ?」


 彼女の胸からあふれ出す粒子を指さして、沙耶華はつぶやく。

 微細かい光の粒子が空中に舞い散り、真っ暗な空に向かって一筋の流れとなって昇っていくその光景は、さながら天の川のようだった。

 あの夏、幾度となく二人で見上げた星空に、その光景は皮肉なくらい似ていた。


「星というか……星屑かな? 命の輝き、だね」


 儚くもこうして佇む彼女は、なんて美しいのだろうかと、そんなことを考えてしまう。


『私のことを、幸せにしてくださいね』


 綾の最期の言葉を思い出す。

 私を、沙耶華を幸せにしてやってくれ。

 ようやくその言葉の意味を、理解した。


「沙耶華、聞いてくれ」

「な、に……?」


 だんだんと彼女の目から光が消えてしまっている。


「伝えたいことが、伝えなきゃいけないことがある」


 そうだ。俺はもう二度と大切な人を失わないと誓った時に、激しく後悔したことがあったんだ。

 もうこんな後悔はしないと、誓ったものがあった。

 自分のことでいっぱいいっぱいで、俺はそのことを忘れてしまっていた。


「沙耶華」


 でも、綾と出会って思い出したんだ。彼女との、綾との、沙耶華とのふれあいによって思い出せた。


「ずっと、言おうと思って、でも言えなかったことがあるんだ」


 俺はずっとこの一言を言えなかった。


「俺はお前のことを本当に大切に思っている。お前のことが大好きだし、お前がいないとダメなんだ。だから……」


 真剣に彼女の想いを伝えられなかったことを、本当に後悔し続けていた。


「沙耶華、愛してる」


 たった五文字の言葉、「愛してる」と、ただそれだけを伝えたかった。

 やっと言えた。やっと伝えられた。


「ずっと、その言葉を待ってたよ、直人」


 そう言って破顔する沙耶華を見て、言葉にならない嗚咽があふれ出す。


「もう……君は本当に泣き虫だね」

「だからお前が、お前がいないとダメなんだよ……! だから、頼む……逝かないでくれ……」


困ったように微笑みながら、目の端を真っ赤に腫らす沙耶華。


「もう、やめてよ……私まで泣けてきちゃったじゃない……」

「沙耶華、涙が……」

 

 泣けないはずの、泣く機能などないはずの彼女の目元から、一筋の粒子の涙がこぼれ落ちる。

 零れ落ちる雫は儚い輝きを放ち、輝きながら頬を伝っていく。


「これも、愛の奇跡ってやつなのかな?」


 彼女が流した、流れるはずのない涙は俺たちの愛の軌跡で、奇跡だ。


「だから、そんな悲しそうな顔、しないで。ね?」

「やめてほしいと思うのなら、逝くなよ! 俺のそばにいてくれよ……」


 俺の願いも虚しく、彼女の目の輝きは急速に失われていく。

 胸元から、目元から、キラキラと煌めきながら空へと昇る粒子は、俺の願いを叶えてはくれない。

 星に願うことしかできない俺は、それでもやっぱり星に願いを託す。


「……ねえ、直人。綾ちゃんのためにも、最後に私を幸せにしてくれない?」


 うつろな目をしながら、そう言って俺の頬に手を添える沙耶華。

 その意味を理解した俺は、黙ってそのまま彼女に顔を近づけ、唇を重ねる。

 目を閉じると、沙耶華との思い出が、綾との思い出が走馬灯のようにまぶたの裏を駆け巡る。


「私を幸せにしてくれて、ありがとう、直人」


 そう言ってにっこりと優しいほほ笑みを浮かべた直後、沙耶華の目から光が消え、その場に力なくしゃがみこむ。


「沙耶華……」


 彼女の目元から、一筋の涙が輝きながら頬を伝った。


『悲しい時にはね、星に願うんだよ』


 かつて沙耶華に言われたその言葉を思い出して、俺は空を見上げる。


「俺は、願い続けるよ」


 満天の星も、彼女の命の輝きの粒子も、全部俺たちの物だった。

 だから俺は、今度は星空に向かって誓う。

 もう二度と大切な人を失うまいと。

 もう二度と、自身の選択に後悔をしないと。


「沙耶華、それに綾。本当にありがとう」


 一筋の涙が頬を伝い、星空へと消えていく。


「愛してるよ。心の底から、愛してる」


 それはとても温かい涙で、ゆっくりと俺たちを溶かしていった。 

 そして、長かった俺の戦争はようやく終わりを迎えたのだった


 FIN.

1、2か月連載していましたが、これにて完結です!

ここまで読んでいただいた方には本当にお付き合いいただきありがとうございました。

少しでも何か想っていただけたのなら本望です!

もしよろしければ感想など、短くても一言でも大丈夫ですのでいただけると励みになります!

他にも「えげぶ!!」などのラブコメ等も連載していますので、そちらも読んでみてください。


では、またどこかで。

改めて、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

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