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小さな椅子  作者: 珉砥
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  味の民芸は確かに街道沿いにあった。10時近いのに席は半分以上埋まっていた。うどんはまあまあの味だったが、値段が高くて棚端は驚いた。そもそも外でうどんを食べたのは予備校の初日に東京の駅の構内で食べたどす黒いつゆのうどん以来だ。親が四国出身のため、家でうどんを食べる習慣が身についていた。関東と比べるとつゆが全く異なるので食べる気がしなかったが、この店のつゆはそこそこ美味かった。

  会計を済まして外へ出ようとすると入れ替わりに入ってきた女性2人組に赤坂が驚いたような声を上げた。

  「あら藤谷先生!」

  「あっ、みなさん」

  藤谷が驚いたような表情を見せた。棚端も少し意外だった。2人組のひとりの藤谷は同じ教員住宅の住人で7号室だ。これまで挨拶程度しかしていない。この辺は店もないし、みんなここを使うのかな?と棚端はつまらないことを思いつつ古橋の車に乗り込んだ。

  その数日後、風呂から出て7号室の藤谷に声をかけた時、

  「棚端先生、先日は意外なところでお会いしましたね」

  と顔を出して藤谷が笑顔を見せた。棚端はどう返して良いか分からず、

  「ああ」

  と馬鹿げた声を漏らした。

  「柊磨くん大変でしょ?」

  藤谷が笑顔で尋ねてきた。

  「ええ、まあ」

  その実、特に大変だとは思っていなかったが、皆がそう見ていることは知っていたので合わせた。

  ふと、以前職員室で藤谷が教え子らしき6年生の男子の質問に答えていた様子を見かけたことを思い出した。その際藤谷は「一緒に頑張ろうね」と男子に優しく語りかけていた。その時少し好感を持った気もした。

  「先生は優しく生徒に接してますよね」

  棚端はてきとうなことを言った。

  「えっ?」

  「あ、なんか前、職員室で教えてるの見た事があって」

  藤谷の反応に棚端は少し狼狽えた。ほとんど話をしたことがないのに、妙なことを口走ってしまった己を内心責めた。

  「ああ、そうなの」

  藤谷が納得したような表情を見せたので、

  「んじゃ」

  と棚端は無理矢理立ち去った。心中、いろいろと馬鹿な態度をとってしまった自分を恥じた。

  「ねえ」

  藤谷の声に棚端は立ち止まって振り向いた。

  「今度お近づきのしるしにお食事しない?」

  誘われたことに棚端は驚いた。

  「あ、はい。民芸ですか」

  その質問に藤谷は笑った。

  「棚端さんは飲めるの?」

  酒のことだろうなと棚端は判断し、

  「ちょっとくらいは」

  と答えた。藤谷はまた笑い、

  「今度また声かけるわね」

  と笑顔で伝えた。棚端も悪い気はしなかったので、

  「はい」

  と答えて頭を下げた。

  思い返すと10月の初めに1度棚端の歓迎会なるものが催されたことがあった。そこでここへ来て初めて数人の職場の人と酒を飲んだのだった。

  新社会人の棚橋は社会のルールに疎いので赴任してひと月後の歓迎会が適切な時期なのか遅いのかはわからなかったが、少なくとも歓迎されてる雰囲気は感じなかった。前の学校では歓迎会はなかったが、こんなに場違いな感じを受けてはいなかった。やはり教育委員会と揉めたことが原因なのだろうか。棚端はそういった様々な雑事がどうでもよかったのでそれほど気にはしていなかったが、嫌ではあったし、ここで教員を続ける意志もないので他の人と関わりたくもないのが実情だった。

  その飲み会には20代の人のみが集まって来た。赤坂とその赤坂が噂を流していた格好の良い長谷川と美人の白石両人。田山という新任の男、関優子という美術の先生。後は同じ教員住宅の熊井だった。ハンサム長谷川はやたらと棚端を睨んできて、これによって全く歓迎されている感じが失せていた。白石は美人で愛想が良いが、主役であるはずの棚端に一言くらい話しかけた後はハンサム長谷川と楽しそうに話をしていた。

  むろん、その時は赤坂の語ったスキャンダルを聞いていなかったが、2人の醸し出す雰囲気は妖しかったことを覚えていた。

  田山はいかにも新人然としていて、棚端にも少しへらへらした対応を見せた。赤坂は通常運転でやかましかった。熊井はクマのようにでかくて話しかけられるとニヤニヤしていたが、ほぼ無言だった。唯一美術の関優子が気さくに話しかけてきた。棚端は初対面だったがこの集まりの中では関と最も話をした。



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