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小さな椅子  作者: 珉砥
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  柊磨とうまの行動は、赴任の挨拶に訪れた日から強烈なインパクトを棚端翔たなはし しょうに与えることとなった。

  棚端翔は教頭に導かれて職員室の奥にあるドアの先の校長室で、眼球の白目が黄ばんだ人相の悪い校長に挨拶した。

  「真面目に頼むよ」

  と睨まれたまま言われ、棚端の腹の中にどす黒い何かが湧き上がった。棚端自身、教育委員会と話し合い中に、辞めると宣言するという、ちょっとした騒ぎを起こしていたので歓迎されない自覚は多少なりとも持ち合わせてはいたが、校長のこの態度は予想していなかった。

  『 ろくなとこじゃねーな』

  胸の内でそうつぶやいた。

  教職員は他に出社してきてなかったので、教室も確認せずに帰ることにした。帰ると言っても小学校の校門を出たら道路を挟んだ向こう側にある平屋のボロアパートが新しい住処すみかである、名ばかりの教員住宅だった。

  30代後半で教頭に就いたことが自慢のいかついガタイの教頭に頭を下げて校庭の大きな木の下を通った際、

  「たあーし」

  と言う声がどこかから聞こえた。これには棚端翔も驚き、辺りを見回すも何も確認できなかったため上を見上げた。すると、木の枝に掴まったアホな顔をした児童がにやけているのを確認した。

  「なんだお前?」

  棚端が問いかけると

  「たあーし」

  と先程と同じ謎の言葉を棚端の頭上から発した。棚端は、はたと気づいた。このアホ面は『 たなはし』とおれの名前を言っているんだ。でもなぜ知っている?待ち構えてたのか?木の上で?

  騒動に気づいた中川教頭が走ってやってきた。

  「柊磨、降りろ」

  棚端は訝しげに教頭と木の上のアホ面の子どもを見比べた。

  「あの子はきみのクラスの児童だ。井川柊磨と言って知的障害がちょっと・・・」

  教頭と棚橋を高見から見下ろす井川柊磨はニヤけた顔で

  「へへへ」

  と声を出した。

  とんだところに赴任してきたな、と棚端は胸中で毒づいた。


  木の上の柊磨と遭遇する半年前、棚端翔が新卒で採用された小学校は新しく赴任した陸の孤島であるこの場所から33km離れた、ここに比べればだいぶ都会の小学校だったが、産休の女性教諭の補助で半年の採用と初めから決まっていた。

  棚端は比較的早く赴任先が決まったのにも関わらず、半年間しかその学校にいられないとは理不尽とも思えたが、知り合いの落語研究会に所属していた女子は、音楽専科なら採用という条件を涙を飲んで受け入れ、ほぼピアノを弾けない状態からひと月ピアノのレッスンを受けまくって赴任したことを知っていたので耐えた。

  棚端翔は駅から徒歩10分程のアパートを借りていた。2部屋で風呂付きだ。値段もかなり安かった。新しい門出としてはまあまあだなと満足した。

  職場の小学校へは電車で2駅乗ってからバスで5分ほど。バイクでも行けたが、結局夏休みのプール指導の時しかバイクは使わなかった。

  授業は教師用の答えの書いてある指導書を直前に読んで教えた。やる気はなかった。教師3日目にしてあと3年で辞めることを決意した。だが、残念なことに1年で辞めることになるとはさすがの棚端もその時には予想できていなかった。

  理由は特にはないが、公務員という立場が気に入らなかった。公僕とは何だ?おれのする仕事ではないな。と結論付けた。

  ついでに、些細なことだが、職員室で書類に氏名を記入して捺印する際に名前の最後の文字に印が少し重なるように押すように指示されたことも理由の一つだった。何の意味があるのか分からなかったし、実に面倒だった。

  児童は教師が若いというだけで喜んでいた。授業終了の礼をした途端に何人かが棚端めがけて飛び込んでくる。午前中と昼休みの15分の休み時間ともなると棚端の取り合いとなった。たいていは外に出て何らかの鬼ごっこに参加させられた。「たかおに」という遊びや「ゴム飛び」という女子しかやらない謎の遊びにも付き合った。もちろん、サッカーやドッジボールもやった。いつもシャツを引っ張られていたので着ていたものは全て裾が伸びた。

  棚端は勉強にはあまり関心がなかったので、漢字や計算などはいい加減に教えた。相手は小学3年生だし、将来なんとでもなるだろうとタカをくくっていた。

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