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空想のリベリオン  作者: Abel
第二章 英雄の真実 背負わされた役割
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第八十三話 黄 金 の 魔 女




「お疲れ様です。マリア様」

「ババアおつかれーっ! 相変わらずキレッキレの啖呵最高だったぜ!」

「フー。お前はだから言葉遣いを改めろと……!」


 獅子王の間へと戻って来たマリアをティエンとフーが労う。

 議会は解散となり、各国の代表者たちも帰路についた。唯一マリアに噛みついていた青年はうなだれていたが、彼のその後になどマリアは微塵も興味が無い。


「ティエン、フー。今日はもう休む。誰も近づかせるな。私の判断が必要な案件が来たら後日に回せ」

「かしこまりました」

「お、つまり今日はもう非番ってことか。よっしゃティエン喧嘩すんぞ喧嘩! 前回は負けたが今回勝てば俺の勝ち越し、俺がシャンハイズ最強ぅ!」

「フー。付き合ってやるから少しは静かにしろ。マリア様はお疲れなのだ」

「そうか? じゃあ喧嘩の前にババア、肩でも揉むか?」

「下がれと言われているだろうがっ!」


 ぎゃーぎゃーと騒ぐティエンとフーのやりとりにマリアは微笑む。

 身体は重いが、気力はまだまだ若いつもりだ。

 四年前に娘を失って以来、ずっと神薙財閥を導いてきた。

 老体に鞭を打ってでも働いてきたが、愛するシャンハイズが楽しく騒いでる光景を見れば自然と気力が涌いてくるものだ。


「フー、ティエン」

「はっ!」

「お、やっぱり肩たたきか?」

「これからの神薙は私だけのものではない。ユリアも順調に経験を積み、お前たちもいる。私は幸せ者だな」

「おうそりゃそうだろ。俺とお嬢とティエンがいれば神薙財閥は安泰だからよ。安心して隠居して良いんだぜ!」

「フー、だから失礼なことを!」

「よいよい。フーは言葉は軽いが何が大事かはしっかり理解している。諸国の者に隙を見せなければそれでよい」


 マリアの前ではフーは無邪気な子供のように振る舞っている。幼い彼を引き取り育てると決めてからずっと、フーはマリアを友達のような距離感で接してくる。

 孫娘のユリアとも仲が良いし、実力も十分ある。


 フーとティエン。シャンハイズが誇る二大戦力。この二人がいればシャンハイズは安泰であり、彼らに守られている神薙財閥はこれからも世界トップのシェアを誇れるだろう。


「今日はもう休む。出来れば静かに過ごしておくれ。私の可愛い子供たち」

「……っち。ババアにそう言われりゃ気楽に喧嘩も出来ねーな。しょーがねえ。喧嘩は股今度にするぜ、ティエン」

「そうするとしよう。今日の議会を経て世界の動向も気になる。ひとときでも、ゆっくりとご静養下さい、マリア様」


 一礼をしてフーとティエンが退室する。

 神薙本家の一室であるここ、獅子王の間はマリアの寝室も兼ねている。

 着物を脱ぐのも面倒なほどにマリアは疲弊していた。このまま布団に身を投げ出して寝てしまいたいほどだ。


「……ふぅ。あとどれくらい抑えておけるか。あと三年もすればユリアも成人になる。そうなれば総帥の座を譲り、ゆっくり出来るのだが……」

「まあ、それは難しいだろうねぇ」

「っ…………。いらしていたのですか。【魔女】様」


 誰もいないはずの獅子王の前に、彼女はいた。

 長い長い金色の髪を床に投げ出し胡座をかいていた。

 寄りかかるように脇息を使い頬杖を突き、退屈そうに欠伸をする。


 金の瞳がマリアを見つめている。その口元は僅かに歪んでおり、幼い身体付きからは想像も出来ないほどの威圧感を放っている。


 マリアですらたじろくほどの、マリアですら敬語を使うほどの少女がそこにいた。


「どうやって入られたのですか。今日の本家はいつにも増して厳重な警備のはずですが」「私にとって警備なんて関係ないさ。私は私の居場所を選べるのだから」

「そうでしたね。【魔女】様は何処までも自由な御方でした」


 失礼がないようにと、マリアも【魔女】と視線を合わせるように畳の上に正座する。

 マリアよりも上座に座る【魔女】は眠たげに欠伸を漏らす。そんな【魔女】が何の目的で訪れたのか、マリアは図りかねていた。


「マリア。君の一喝は素晴らしいものだった。あれで諸国は星華島に侵攻する理由を手に入れられず、望むカムイも手に入らない。独裁という、君にヘイトが集まったがね」

「それは望むところです。ユリアの戦場に、余計なモノは挟み込みません」

「立派だねぇ」


 くつくつと楽しそうに【魔女】が笑う。いや、嗤う。そんなことは意味がないのにと言わんばかりの表情で、意味ありげに笑いを零す。


「なあ、マリア。そろそろ私も動こうと思うんだ」

「――――っ。なぜ、ですか」

「私のお気に入りが、旅を止めようとしているから」

「お気に入り……炎宮春秋ですか?」

「お、気付いているのかい。聡明なマリアは良い子だねえ」


 【魔女】は愉しそうに拍手をする。マリアすらも幼い子供のように扱う振る舞いだ。

 一方マリアは警戒心を強めた。【魔女】とは既知の間柄とはいえ、主導権は常に【魔女】にある。

 【魔女】がこうすると告げたのなら、マリアは従わざるを得ない。

 それが【魔女】とマリアの関係性だ。


 いや、マリアだけではない。もっともっと――――。


「星華島は強力です。炎宮春秋、朝凪仁、時守黒兎、茅見奏を中心としたリベリオンによって守られています」

「だから?」

「【魔女】様であろうと、下手に動くのは得策ではないかと」


 マリアは星華島を守りたい。あそこは少年少女たちが明日を想い懸命に努力を続けている場所なのだ。

 孫娘が、命を賭して責務を背負って生きている場所なのだ。


 そこを、無碍に踏み荒らされたくない。


「下手じゃなければ良いってことだね?」

「それは……」

「なあ、マリア」


 【魔女】が立ち上がる。蛇に睨まれた蛙のように、マリアは一歩も動けなかった。

 そっと、【魔女】の両手がマリアの頬に添えられる。

 金の瞳が、マリアを射貫く。そこでマリアは、失言を悔いることとなる。


「お前のシャンハイズは便利だよな。いや、シャンハイズだけではない。神薙財閥も、本当に使い勝手がいいよなぁ?」

「っ! お待ち下さい、何を、何をされるおつもりですか!?」


 ぐぐぐ、と【魔女】の両手に力が込められる。未だに射貫かれているマリアは抵抗することすら許されない。


「マリア。可愛いマリア。ユリアの為に頑張るお婆ちゃん。ユリアの為に生み出された脇役が世界を相手に啖呵を切ったんだ。私は親としてとても嬉しいよ」

「っ、っ、っ」

「でもね。マリア――――お前の役目は終わりだよ。今までご苦労様だ」


 ゴキリ、と何かが折れる、鈍い音。

 マリアの身体が床に崩れる。瞳は【魔女】を見つめていても、そこにはもう光は宿っていない。


 【魔女】は嗤う。大声を上げる趣味はないが、心待ちにしていた場面を前にどうしても笑みを隠しきれない。


「さあ、物語を狂わせよう」


 そうして【魔女】は分厚い本をどこからか取り出した。

 音を立てるほどの勢いでページをめくり、お目当てのページを見つけ、破く。

 【神薙マリア】と書かれた一枚の紙片を顔に翳す。

 嗤う。嗤う。嗤う。少女とは思えぬ邪悪な笑顔を浮かべる。


「今日から【私】が、【神薙マリア】を演じよう。悪辣となり、星華島へ侵攻する新たな脅威となろうではないか。――さあ春秋、お前はどうやってこの危機を乗り越える。桜花と結ばれ幸せになった程度で終わると思うな。

 お前の願いは叶わない。お前の旅は終わらない。お前は永遠に独りぼっちで。誰もお前を理解しない。だから、待ってるよ。春秋」


 紙片が【魔女】に溶け込んでいく。まるで仮面を被るような動作をすると、【魔女】の姿が変化していく。

 床にマリアの死体を放置したまま。

 【魔女】の姿が神薙マリアへと変化する。




 【黄金の魔女】は語り出す。

 悪辣非道な物語を。英雄の狂う物語を。

 ■■の■■■として、遂に本格的な介入を宣言した。




「ユリア様へ、報告。ユリア様へ、報告……っ。マリア様が、神薙が……っ」


 ――――そして、【魔女】にとって一つだけ誤算が存在していた。

 気付いた時には、銀の女性(イン)は神薙の本家から飛び出していた。

 見逃していた己の浅はかさを悔いるよりも、この状況を見越していた神薙マリアを賞賛する。


 それでいて、新たに手にした『シャンハイズ(おもちゃ)』を使う。


「シャンハイズへ通達する。同胞であるインが裏切った。インは神薙の機密情報を盗みだし、諸国へ流す為に本家を抜け出した。早急に追い掛け、始末しなさい。『神薙マリア』の命に従え、シャンハイズ!!!」

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