第八十四話 新たなる兵装 スペリオル
「スペリオル・ソード!」
透き通るような快活の声を上げる。
手首に装着されたリングが言葉に呼応し、ナノ・セリューヌを生成する。
ナノ・セリューヌが形成したのは手甲と手首を隠せるほどの小さな盾だ。
その先端から魔力の刃を発生させ、振るう。
「ナノ・セリューヌの運用も安定してるか。時守、次のモードで」
「了解、スペリオル・ライフル!」
シオンの声に従い、ナノ・セリューヌが変化をもたらす。溢れ出た粒子が盾の機能を残したまま銃砲を造り上げた。
弾倉はない。スペリオル・ライフルは魔力弾を装填して射出する。
運用と実験に付き合っている奏も桜式統合兵装・スペリオルの完成具合に満足していた。
シオンが提唱した、ナノ・セリューヌに機能制限を設け誰でもナノ・セリューヌを操るようにするという発想。
奏では思い付かなかったし、考えもしなかった。
そして親友・昂によってナノ・セリューヌの機能を制限する方法も合わさり、ナノ・セリューヌは星華島の戦線を支える重要な要素にまで発展した。
「これで、完成だな」
「はい。スペリオルの運用は全く問題がありませんね。ナノ・セリューヌも素直に指示を聞いてくれますし」
「ナノマシンだからな。指定しておいたプログラム以上のことは出来ないが、プログラムしたことは全部出来る。大丈夫、時守が考えたこと全部、クルセイダースの為に役立てるよ」
「へっへーんっ。流石ボクですね!」
久々の手応えにシオンも自信満々だ。
運用難易度、生産性、使用感全てにおいてユリアが出した基準値をクリアし、スペック的にもクルセイダースの正式兵装として採用出来るほどのものだ。
ナノ・セリューヌは奏と昂によって生成装置も作成され、二人が不在でも魔力によって供給が可能となった。
これにより、名実共にナノ・セリューヌはクルセイダースが保有する技術の一つとなった。
奏からすれば、自分の力が島に貢献出来たのだ。亡き両親の思いを継ぎつつも、過去の自分の理想を達成できた。それが堪らなく嬉しい。
「流石シオンじゃん。やりおるやりおる」
「………………どこから覗いてるんですか篠茅さん」
「うわーお露骨に嫌われてる奴ぅー」
「当たり前でしょうが」
二人の模擬戦を眺めていた昂がシオンを褒める。嘘でも何でも無い真正面からの称賛の言葉だが、シオンはハッキリ言えば昂が苦手である。いや、嫌いと言った方がいいかもしれない。
奏の意志を汲み、スペリオルの開発においても協力をし、ユリアの許可も下りたことで昂は正式にリベリオンの協力者となった。
俄然《侵略者》というポジションではある為戦闘参加はしないが、それについては何の問題もなかった。
というのも、昂は未だに失った右腕を治していない。奏の見立てではもう昂の体内にあるナノ・セリューヌ生成器官は修復が終わっている筈なのだが、それなのに昂は右腕を治していなかった。
「昂、まだ治さないのか。不便だろ」
「別に。不便なことはお前にやらせるし」
「あのなぁ……いや、手伝うけどさ」
「かっかっか。ならそれでいいじゃないか。腕がない方が戦いに参加しませんよって露骨なアピールになるだろ?」
「なるけどさぁ……」
昂の言い分はもっともだし、シオンからしても外見上は協力姿勢と見て取れる。
だが、シオンはそれでも昂を信用していない。出来るわけが無い。
昂によって水原祈を失い、今はまだ何も起きていないが水面下で何かが進行しているかもしれないのだ。
自分が、昂によって操られたことがあるから。
だからシオンは、何があっても昂を仲間とは認められない。
「お、やってるやってる」
「おはようございます、みなさん」
あからさまに不機嫌な表情をしているシオンに春秋と桜花が声を掛ける。
シオンは振り向くとすぐに笑顔を見せて春秋に飛びつこうとするが、ピタリと動きを止めた。
理由は二つあった。一つは変な風に口元を歪ませている仁が二人の後ろにいたからだ。
そしてもう一つは、桜花が春秋の腕に抱きついていたからだ。
しかも両手を使って春秋の腕にしがみついているレベルだ。普段の二人からはまったくイメージの出来ない光景。
「どうしたシオン、硬直して」
「あ、あの。お二人がご夫婦で仲睦まじいのはわかるんですが、その」
「わかる。わかるぞシオン。しかもこれだけじゃないんだ……」
仁はどことなく疲れた表情をしていた。あからさまに仲の良い春秋と桜花を見て胸焼けでもしているのだろうか。
「奏も昂もお疲れさん。スペリオルは問題なさそうだな」
「ああ、問題無いよ炎宮さ……んんん?」
「問題あるわけないだろ。俺が開発してるんだから」
不意に名前を呼ばれたことに気付いた奏が戸惑うような表情を見せる。昂はしれっと普通に対応している。
仁は奏を見て「そうだよな……そうなるよな……」とどこか遠くを見つめていた。
一方シオンは不満げだ。ぷんぷんと頬を膨らませて春秋に詰め寄る。
「ししょー説明を求めます! どうして茅見さんも篠茅さんも名前呼びなんですかもしかして先輩もですか! じゃあボクも名前で呼んでください!!!!」
「いやお前は普段から名前で呼んでいただろうが馬鹿弟子が」
「しまったぁぁぁぁあああああ嫌でもアドバンテージ……アドバンテージですよね!?」
シオンに関しては黒兎と同じ名字の為、黒兎が島に戻ってきた時からずっと名前で呼んでいた。だからシオンは名前呼びに慣れているし、なんなら弟子と呼ばれた方が嬉しいくらいだが。
「何がアドバンテージだよ。何があろうとお前たちの評価は同列なんだから気にするな」
「同列……喜んでいいのか悲しんで良いのかわかりませんが!」
「桜花以外の何もかも全部等しく平等に扱うから安心しろ」
しれっと桜花のことも名前で呼んでいるが、そこはもう自分たちが名前で呼ばれている以上驚きはしない。
とはいえこれまでとは全く違う二人の距離感には戸惑うばかりだ。
「よし、じゃあ身体動かしたいし俺もスペリオルの運用手伝うか」
春秋が空いている腕をぐるぐると回す。するとすぐに桜花がぎゅっと抱きしめる力を強くする。
「桜花。すぐに終わるから少しくらい、な?」
「嫌です。終わったら春秋さん汗かいてるからとか言ってシャワー終わるまで抱きしめさせてくれないじゃないですか。私はそんな春秋さんでも構いませんって言ってますのに」
「そりゃ好きな女には少しでも不快な思いをさせたくないだろ?」
「春秋さんのことで不快になることなんて何一つもありませんよ?」
「まあ俺も桜花の汗とか聞いたら独占したくなるが……だがそこはまあ、身体を動かす者の最低限の気遣いとしてだな?」
「だから、嫌です。運動しなければいいんです。スペリオルの運用データは朝凪さんたちに任せれば大丈夫ですか」
「そうか。そうするか」
「そうしましょう。このままお買い物に行きませんか?」
「行くか。今日は肉が食いたい気分なんだ」
「はい、そう思ってちょっと珍しいお肉を仕入れておいて欲しいとお願いしておきました」
「さすが桜花。俺のことは何でもわかってるじゃないか」
「春秋さんのお嫁さんですから!」
「はははっ」
「えへへっ」
お互いが幸せそうに微笑みながら話しているから入る隙間が無い。
あまりにも幸せな光景過ぎて花びらが浮かび上がっていそうなくらいだ。桜の花ではない何かの花が。
「え、先輩もしかして来る途中ずっとこの激甘バカ夫婦の会話聞かされてきたんですか?」
「………………………なあシオン。突然名前呼びになって距離感バグってるところにこれだよ。俺もうなんか……疲れたよ……」
「先輩、先輩燃え尽きないでー!?」
春秋と桜花のやりとりを眺めていたシオンが思わず突っ込んだ。仁が疲れ切っているのも納得だ。
二人はすぐに二人だけの世界に浸るし、あまりにも仲睦まじい光景が過ぎる。
こんな関係では無かったはずだ。いや二人が仲が良いのは非常に良いことなのだが、流石に説明が欲しい。
「ししょー、説明を。説明をしてください! 桜花さんのこと大好きなのはよくわかったのですが、今までのししょーがそんな風にデレますか!?」
「桜花のことを愛してるって自覚したからこうなって当然だろうに」
「オロロロロロロロロ」
まるで砂糖でも吐き出しそうな胸焼けだ。お腹いっぱいどころの話ではない。
「え、と……じゃあ、俺も春秋さんって呼んでも良いのかな?」
「構わないぞ。なんならさん付けもいらない」
「そっか。じゃあ春秋、これからも宜しく」
そしてしれっと奏は冷静さを取り戻して名前呼びの許可を貰っていた。
仲間であるがそこまで関わりのなかった春秋と奏だ。
奏と握手を交わすと、そんな二人を見ながら昂が桜花をからかう。
「四ノ月さんよ、お前さんの旦那が男に手を出してるように見えるが大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。春秋さんが一番好きなのは私だってわかっていますから」
「自信たっぷり過ぎるな?」
「でないと春秋さんの奥さんは務められません♪」
「おうおうカウンター喰らっちまったよいけ奏、お前もオリフィナとのいちゃらぶあまあま生活を見せつけてやれ!」
余談だが、オリフィナはここにはいなかった。クルセイダースの一隊員として訓練に参加し、今も体力増強の為にトレーニングを続けているのだ。
シオンはスペリオル開発の担当者としてここにいるだけで、この場にいるのは全員リベリオンの参加者だ。
だからこそあまり奏はオリフィナと同じ時間を過ごせていない。
「でも知ってるか春秋よ。最近の奏とオリフィナはめっちゃ良い空気なんだ。熟練の夫婦感がめっちゃ凄い」
「は? 俺と桜花の方が立派な夫婦だが???」
「お前そこに過剰反応すんなよ……」
春秋の返しに昂ですら苦い顔を見せたほどだ。それほどまでに春秋は桜花に夢中ということで、桜花はそれが嬉しくて嬉しくて堪らない。
「あとは、あのウサギちゃんを呼び戻すだけだな」
「黒兎か。そうだな。そうだよ。あいつがいないと、微妙にもの悲しい」
この場にいない、この島のどこかにはいるはずの仲間を思う。
死と再生の神鳥フェベヌニクスとしての記憶を取り戻した黒兎は、今どこにいるのだろうか。
「なあ、昂。奏や黒兎もそうだが、前世の記憶ってのはそんなに大事なものなのか?」
春秋は奏との戦いの時に、僅かだが自分にも前世があることを理解した。
けれど記憶を思い出すまでは至らなかった。いや、もしかしたら思い出したかもしれないが、落ちついた時にはもう何も覚えていなかった。
自分にも過去があることがわかって嬉しかった反面、奏や黒兎のように過去に引っ張られるのは少しばかし困る。
春秋は今を大事にしたい。自分を愛してくれる桜花を愛したい。ずっとずっと桜花を守っていきたいからこそ、過去の自分に何があろうと自分を保っていたい。
そんな春秋の問いかけに、昂は寂しげに目を細める。
「大事だよ。それに、今をないがしろにするわけじゃない。俺も奏もウサギちゃんも、過去も未来も、そして今も……みんなでハッピーエンドに向かう為に、戦うんだ」
「そうか」
昂の言葉からは嘘偽りは感じられない。昂の目的はまだ明かされていないが、その言葉が聞けただけで満足である。
「よし、じゃあ桜花。俺たちは買い物に行こうか。デートだデート」
「はい。春秋さんとのデート、嬉しいですっ」
「俺も嬉しいよ。出来ればもっとくっつきたいくらいだ」
「そ、そういうのは夜にしましょうよ……~~~っ」
春秋の言葉に深い意味を捉えてしまった桜花が顔を赤らめる。
何をしに来たんだ、と思わず突っ込みたくなる夫婦の光景に誰もが笑みを零してしまうほどだ。
「なあ、奏」
「どうした、昂」
去って行く春秋と桜花を眺めながら、昂が奏に語りかけた。
「守りたいよな、あの笑顔を」
「ああ、そうだ。春秋と四ノ月さんを見ていると、二人には幸せになって貰いたい」
「そう。だから」
「だから、俺たちは戦おう。■■の■■■と」
拳と拳を合わせて、二人は密かに決意を固める。
この暖かな世界を、守る為に。




