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空想のリベリオン  作者: Abel
第二章 英雄の真実 背負わされた役割
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第六十六話 四ノ月家の一日・後編




 中庭のベンチに腰を降ろすと、いつの間にかいた仁がどこからかテーブルを運んできた。

 それを春秋と桜花の前に置くと、続けて用意しておいた椅子を並べていく。


「春秋さん。お弁当、召し上がってください」

「ん」


 桜花に促されるがままにナプキンをほどき、桜花手製のお弁当を広げる。

 白米の上に玉子そぼろが敷き詰められ、中央には小さな梅干しが存在を主張している。

 ゆでたブロッコリー、ほうれん草とコーンの炒め物、唐揚げ、ウインナー、そして焼き魚をほぐした身が入っている。

 緑、黄色、赤、茶色と彩りと栄養を考慮して作られたお弁当だ。


「うわ春秋毎日そんな豪華な弁当を食べてるのか?」

「四ノ月には感謝している。おかげで栄養が不足することがない」

「四ノ月の料理は凄いからなぁ。この島で一番じゃないか?」

「そんなことありませんよ。水原さんや井ノ瀬さんとか、上手な方もいらっしゃいますから」


 謙遜する桜花だが、仁の目から見れば一際群を抜いている。

 一方で春秋はそんな評価など気にせず箸を付ける。元から桜花が作る食事以外に興味が無いのだ。知らない人間の料理のことなど気にするだけ時間の無駄なのだ。


「桜花の料理は素晴らしいわよ。以前はよく分けてもらっていたけど、その度に舌鼓を打っていたわ」

「そういう神薙さんの料理の腕は――」

「いい茅見? 料理は化学反応よ。レシピ通りにやれば失敗するわけがないの。いい? 失敗するわけがないの」

「ユリアさんレシピ通りにやってるのにいつも爆発しますからねー」

「シオンっ!!!!」

「ししょーガード!」


 奏に話題を振られたユリアの高説はすぐにシオンに否定された。シオンはシオンで素早く春秋の後ろに回り込みユリアから逃げる。


「……食事の邪魔をするな」

「失礼しましたーっ!」


 黙々と桜花の料理を味わっていた春秋に注意されてはシオンもすぐに座り直す。

 シオンが仁の隣に座ると、続けて黒兎が腰掛ける。いつの間にかリベリオンとクルセイダースの隊員一同でテーブルを囲んでいた。


 各々が食事を楽しみながら雑談に興じている。

 あまりにも、あまりにも平和な光景だ。戦いとはかけ離れた平穏な日常のワンシーン。


「……これが、お前たちの守りたい日常なんだよな」

「そうです。そして、春秋さんが守ってくださる日常です」


 呟いた言葉は桜花に拾われた。春秋の顔を覗き込んでくる桜花に微笑みを返し、最後のおかずを飲み込んだ。


「今日も美味かった。返って洗っておく」

「冷やしておいてくれれば大丈夫ですよ。春秋さんは洗い物とかしなくていいですのでっ」

「だがな四ノ月、さすがの俺も少しは――」

「春秋さんのお世話は私の生き甲斐なんですっ。それに、春秋さんをお世話するのは"妻"である私の役目です!」


 家事の話題になると桜花は普段と違って一歩も引き下がらない。桜花が引かないのをわかっているから、春秋も必要以上に食いつかない。

 少しくらいは、と提案をしたこともあるが、その度に桜花が泣きそうになり会話を打ち切られてしまう。


「桜花さん、以前よりもずっとぐいぐいいきますねぇ」

愚妹(おまえ)にもあれくらい甲斐甲斐しさがあれば今頃恋人の一人でもいただろうに」

「へーいいんですよーだ! ボクは誰かのお世話をするよりお世話されたい派ですしー!」

「朝凪仁、この愚妹を貰ってくれないか? 今なら謝礼も払うが」

「いやーシオンは俺なんかには勿体ないくらい美少女なんでご遠慮させて頂きますわ」

「兄さん! それに先輩も何を言い出してるんですか!!!」


 食事を終えた仲間たちの談笑が次第に大きくなっていく。

 頃合いだな、と見切りを付けた春秋が立ち上がる。


「春秋さん、もうお帰りになるんですか?」

「ああ、四ノ月の元気な顔も見れたしな」

「あ、ありがとうございます」


 春秋の直接的な言葉に桜花は頬を赤らめる。春秋も最初と比べるととても表情が柔らかくなった。

 それらの感情のほぼ全てが桜花に向けられており、誰の目から見ても仲睦まじい夫婦そのものだ。


「じゃあ俺は帰る。今日は何時ぐらいに帰って来るんだ?」

「放課後にユリアさんと少し打ち合わせをして、お買い物を済ませますので遅くても五時くらいには」

「買い物か、付き合おうか?」

「いえ、ちょっとしたものだけなので大丈夫です」

「そうか。いつも助かる」

「ありがとうございます」


 不意に春秋が桜花の頭を撫でた。春秋からしてみればせめてもの感謝の気持ちなのだが、桜花からすれば不意打ち以外のなにものでもない。


「~~~っ」


 顔を真っ赤にする桜花と、そんな桜花を眺めながら微笑む春秋。

 手を離すと桜花は途端に寂しげな表情を見せる。名残惜しそうに春秋は桜花の肩を優しく叩いた。


「夕飯、楽しみにしてるからな」

「はいっ」


 桜花の笑顔に見送られる形で春秋は学園を後にする。

 帰り道、ふと寂しさを感じる。それは隣に桜花がいない寂しさであることに春秋は気付いている。


 四ノ月春秋と名を改めて、はや一週間。これまでと生活は何も変わっていない。

 春秋は桜花という少女に対して、恋愛感情を抱いてはいない。


 いや、違う。

 春秋は、人を好きになるという感情を知らないのだ。

 ずっとずっと長い旅を続けてきて、ずっとずっと一人だった。教えを乞うてきた者と過ごす一時はあれど、それでも春秋は一人で生きてきたと考えている。


 星華島に来て、知らない感情を覚えてきているのは自覚している。

 誰かと共に在りたいと。

 この島を守りたいと。

 仲間たちと過ごしていたいと。


 自分が一人じゃないことを知って。一人じゃないことが暖かいことを知って。

 けれど、それでも。

 春秋はいまひとつ、『好き』という感情がわからなかった。


 沢山の小説や漫画を読み、人の文化を学んではいるけれど。

 いまひとつ、どうしても『好き』という感情がわからない。


「……人間は難しいなぁ」


 好き、という感情はわからない。

 でも、春秋は一つだけわかっていることがある。

 好き、とか嫌い、とか関係なく。


「今の俺の生活に"桜花"は必要なんだよな」


 不意に漏れた言葉の意味に、春秋はまだ気付いていない。




 夕方を迎え、桜花が帰宅する。お待たせしましたと謝罪の言葉と同時にエプロンを身に着け、桜花は戦場(夕食の準備)に挑む。


 あらかじめ予定は決めていたようで、慣れた手つきで料理を進めていく。

 時間が空けば洗い物や洗濯を同時にこなし、眺めている春秋ですら呆気に取られる仕事ぶりだ。


 学業を終えてユリアとの打ち合わせをして疲れている筈なのに、どうしてか桜花は活き活きしている。

 「疲れているだろう。手伝おう」と提案するもすぐに断られる。

 桜花にとって春秋のお世話は生き甲斐なのだ。春秋のお世話が出来なくなればむしろ死んでしまいそうな鬼気迫る雰囲気まで垣間見えるほどに。


 夕食を済ませ、各自で入浴を済ませる。寝るまではまだ時間もあり、普段であれば眠くなるまで読書に耽るのだが。


「春秋さん」

「どうした?」


 桜花が自分の膝を叩いて春秋を招く。意図を察した春秋は桜花の太ももに頭を乗せた。

 桜花の手には耳かきが握られており、春秋が身を委ねると嬉しそうに耳かきを始める。


「~~~♪」

「上機嫌だな、四ノ月」

「はい。こういう時間、好きですから」

「そうか」


 春秋も桜花には無防備を晒している。桜花を脅威として感じていない、というのではない。桜花になら構わないとばかりの態度だ。


 左の耳が終わったと桜花に告げられると、言われるがままに右耳を差し出すように転がる。自然と顔が桜花の腹部に近づくのだが、二人は全く気にしていない。

 ふんわりと桜花の香りが鼻腔をくすぐる。けっして嫌なものではない。むしろ心地の良いものだ。


 自然と眠気が誘われる。うとうととしてくると、桜花が春秋の頭を撫でてきた。

 桜花の鼻歌が耳に溶け込んでいく。身も心にも桜花という存在が染み込んでくる感覚。


「ん……」

「春秋さん、もう寝ますか?」

「そう、だな。寝るか……」


 このまま微睡みに沈んでしまおうと桜花の言葉に賛成する。

 眠い眼を擦りながら、誘われるがままに桜花と共にベッドに入る。

 ぎゅ、と桜花を抱きしめる。桜花の柔らかさと香りを全身で味わいながら、春秋は心地良さに身を任せて意識を手放す。


 今日は平和な一日だった。何も事件の起きない、平穏な日常。

 ずっとこのままの日常が続けば良いのに。

 そうしたら、ずっと桜花と静かに暮らせるのに。

 そうなったら、どれほど幸せなことか。


 幸せ。


 春秋はそこでようやく、自らの幸福について理解した。


"ああ、俺は桜花がいれば幸せなのか"


 その感情の意味に気付くまで、あと少し。


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