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フォミコフィリア

 護の大陸と知の大陸の境目には大きな樹海が広がっている。今でこそ国が木を切り倒して作った人工の道もあるが、昔はこの一面木だらけの中を進んでいかなくてはならず、大量の行方不明者が出たといわれている。 

 しかし、その樹海に無謀にも勇敢に立ち向かう哀れな猛者達がいた!



 「エリ、本当にこっちであってんのかよ」

 「うん、こっちで合ってるはずだよ……多分」

 「おい、今不穏な言葉が聞こえだぞ。多分って何だよ多分って」

 「文句ばっかり言わないでよ! 私だって頑張ってるんだから!」

 「ああそうだな! 自分から案内役を買って出たんだから頑張ってもらわなきゃな! えぇ!!」


 クールとエリが自分のイライラを互いにぶつけ合っている中、俺はどうやってこの樹海から出るかを考えていた。

 知の大陸は北にあるので方角さえ分かればすぐに着くのだが、コンパスも狂っているため方角もろくに分からない状態だ。幸いなことに辺りには食べられそうな果実やキノコがある。材料があれば何でも作れる者からしたら、どんなに強力な毒が有る食材でも俺が安全な飯を作りたいと思えば何故か作れるので飢えで死ぬことはないだろう。ないのだが……

 暑い。

しかも湿度が高いせいでじめっとした非常に嫌な暑さになっている。クール達がイライラしているのもそれが原因だろう。

 普通北に行けば涼しくなるもんじゃないのか? せめて少しでも風が吹けばいいのだが、全く吹く予兆すらない。

 俺は服の襟を掴み風を起こすためバサバサと動かしていると、誰かに肩を叩かれた。後ろを振り向くとハオルシアが立っていて、親指で後ろの方を指差した。

 

 「後ろに何かいるのか?」


 俺は目を細めながら後ろを見てみたが、特に何かいるようには見えなかった。ただ日の光で出来た木の影がざわざわと蠢いて……蠢いている?


 「エリ、クール! 走れ!!」 

 「へ? ちょっとどうしたのって何かきてる!?」


 俺とハオルシアは先に走り出し、クール達も遅れて走りだした。

 明らかにおかしい、風がないのに木の影が蠢くはずがない。実際、後ろを振り向いてみると先程の影、ではなくて無数の何かがこちらにどんどん迫ってきている。


 「ありゃなんだ!? 凄い数だぞ!」

 「多分アリだと思うが、そのなかでも最悪な部類のグンタイアリって奴ではないだろうか!?」


 グンタイアリ。それは自然界の中でも最強の部類に入る存在。その小さな見た目からは想像も出来ない強靭な顎と圧倒的な数の暴力によって、進む道にいる殆どの生物を全て食らいつくす者として恐れられている。

 実際、アリに殺された人間もいる。


 「アリなんて魔法を使えば!」


 エリは魔法を使ってアリのいる地面に穴を開けた。だが前にいるアリ達は自分達の体を橋にして後ろにいるアリ達を渡らせてきた。


 「そんなのあり!?」

 「寒いギャグをいってる場合か! 追い付かれたら死ぬぞ、全力で走れ!」

 「白骨死体はまじで勘弁!」


 しかし、走ればすぐに逃げれるはずのアリ達から全く距離が離せずにいた。


 「はぁ、はぁ、きゃっ!」

 「エリ!」


 後ろの方からエリの悲鳴が聞こえ振り向くと、エリが足元にあった木の幹につまづいて転んでいた。


 「どうしてこういうときに転ぶかなお前って奴はよ!」


 急いで駆けつけたクールがエリの手を掴み立たせた後すぐに走り出したが、既に目と鼻の先にアリが迫っていた。


 「おいエリ! お前の魔法で足が早くなるのとかないのか!?」

 「あるけど私使えないよ!!」

 「そんぐらい覚えとけや!!」

 「死ぬときは血まみれの場所で死にたかったのに!!」

 「どんなシチュエーションでもまだ死にたくないんだけど!!」


 クール達は必死に走っているが距離を縮められてしまい、とうとうアリに追い付かれそうになった、その時。突然球状の物が飛んで来て、アリ達の横の辺りで破裂して黒い液体をぶちまけた。

 すると、アリ達は急に進路を液体の方に変えてそちらに進んでいった。


 「助かった……のかな?」

 「あぁ……そうみたいだな」

 「よ、よかった~」


 安心して気が抜けてしまったせいか、エリはその場でへたり込んでしまった。 


 「い、いいかエリ。次追いかけられるときまでにはよぉ、足が早くなる魔法を使えるようになっとけよな」


 クールの愚痴にエリは頭を縦に振った。


 「みなさ~ん、こっちに来てくださ~い」


 背の高い草むらの中からこの場にそぐわない気の抜けるような声が聞こえたが、そんなことは気にせずに声の聞こえた方に向かった。草むらの中に入ると、そこには回りの草と同じ色のフェイスペイントと服を着た女性が立っていた。

 その女性は瞳が癒されるような若葉色で、目尻も垂れ下がっているため何処かのほほ~んとした印象を受ける。髪は長いのだろうが後ろの方で編み込まれていて、おしゃれなのか王冠の様な編み込みもされていた。


 「始めまして~。私、ミオ・ミフォと言います~」


 彼女ーミオは、やはりこの場にそぐわない気の抜けるような声で自己紹介をしてきたので、こちらも自己紹介をした。


 「それにしても危なかったですね~、あと少しで激痛に悶え苦しみながら食べられちゃってましたからね~」


 クールとエリの顔が少しだけ青ざめる。

 中々えげつないことを言う人だ。


 「助けていただいてありがとうございます。ところで先程投げたものは何ですか?」

 「はい~、さっき投げた物は大量のインクが詰まったボールですよ~」


 インクか、そう言えばこんな情報を見たことがある。

 アリは進むときに後ろにいる仲間が道に迷わないように尻から分泌液を出して道しるべにしているらしい。

 先程投げた物に詰まっていたインクは、それと同じ匂いがしていたのだろう。だから急に横に逸れたのか。


 「本当にありがとうございました」

 「いえいえ~ 別に良いんですよ~。ただ少しだけ困ってることがあるので手伝ってもらいたかっただけなので~」

 「そうですか」


 そうきたか、まぁ別に見返りを求めることについてはさほど問題では無いがな。


 「はい~、実は一緒にやって欲しいことがありまして~」 


 一緒にやって欲しいことか。指名手配された今、目立つことは極力控えたいところだからな。内容を聞いてから判断した方がよさそうだ。


 「何をやって欲しいのですか?」

 「一緒に知の大陸にいって調べ物をしたいんですよ~」

 「知の大陸がどっちなのか分かるんですか?」

 「はい~、一応分かりますよ~」


 これはありがたい。恩も返せてなおかつここから出られる。これほどいい条件はない。


 「わかりました、一緒に調べましょう。ところで何を調べるのですか?」

 「はい~、実は最近森から虫ちゃん達の数が減ってるんですよ~」


 あのアリの量で減ってるって言えるのか?


 「そして先日、知の大陸の方から人が来てアリを捕まえようとしてたんですよね~。」

 「アリってさっきのですか?」

 「さっきのグンタイさん達じゃなくてもっと大人しいアリですよ~」


 それもそうか、流石にあれは捕まえようとは思わないよな。


 「というわけで、これ以上捕まえられたくないので知の大陸に行きたいのですけど~、一人じゃ心細くて~」


 なるほど、つまりはぼっちは嫌だから同行者がほしかったって訳だ。


 「俺達は知の大陸に向かってたところなので、助けてもらいましたし手伝いますよ」

 「はい~、改めてよろしくお願いします~」 


 これでこの蒸し暑い樹海からもおさらば出来そうだな。


 「ところで虫を捕まえようとしてた人はどうしたんですか?」

 「その人はですね~、今頃虫ちゃん達の住みかになってるんじゃないでしょうか?」

 「そ、そうですか……」


 生きてるなら何処から来たとか聞きたかったのだが、死んでるなら仕方ないな。


 「すみませんね~、色々聞いとけばばよかったのですけれど~、私の大事な大事な虫ちゃん達に手を出そうとしてたからつい怒っちゃって」

 「怒ったからってすぐに殺そうとするのかな普通……」


 エリが何かボソボソ呟いていると、ミオがエリに近づいていきなり頬をひっぱたいた。

 叩かれたエリの頬は徐々に真っ赤になっていき、エリの顔も頬と同じく徐々に真っ赤になっていった。 


 「い、いきなり何するんですか!?」

 「あなた~、先程グンタイアリちゃん達を殺そうとしてましたよね~」


 多分あの穴を開けた行為だろう。でもあれは仕方ないような気するのだが。


 「あれは仕方ないでしょ! 私だってあっちから来なければあんなことしないわよ!」

 「はい~、それは私もそう思いますし~ アリちゃん達はあのぐらいの高さからは落ちても死なないので今回は注意だけにしときますね~。でも、もしまた同じことをしようとするならば……死んでもらいますね~」


 エリが短く悲鳴をあげ、少しだけ後退りした。

 魔王の娘が人間に怯むとは、何だかなぁ。


 「おいおい、一時的とはいえこれから仲良く旅をする仲間なんだからよ、そんなに怒らなくてもいいんじゃないかなミオさんよ」


 気まずい空気を何とかしようとクールが仲裁に入った。ハオルシアもそれに加わりミオとエリの間に割り込んだ。

 はぁ、めんどくさいことになったな。まさかこんなに虫々うるさい人とは……俺も何か言うか。


 「ミオさんはエリが地面に穴を開けたことが分かってたってことは、前々からいたって事ですよね。ならアリが俺たちに会う前に最初から誘導しとけばよかったんじゃないのでしょうか?」    

 内心少しビビりながら、俺はミオの顔を見ながら喋った。


 「……確かにそれもそうですね~。すいませんね~エリさん。私、虫ちゃんのことになるとつい我を忘れてしまって~。あのアリちゃんを捕まえようとした人の時だってそうです~、何でアリを捕まえるのかをちゃんと聞いてから殺せばよかったのに、先に殺してしまって……私って本当に駄目な子ですね~」


 ん? 何だかめんどくさいスイッチを押してしまったようだ。


 「あのときだってそうです~、目の前で虫ちゃんが踏まれそうになったからって何も殺さないでよかったのに~、私って生きてる意味ってあるんですかね~」

 (ね、ねぁ佐藤さん。この人確実にめんどくさい人だね)

 (全くもって同じ意見だ)


 さて、どうやってこのめんどくさい状態を打開するか。ハオルシアは全く興味がないのかアクビをして眠たそうにしている。

 色々かんがえていると、先にクールが口を開いた。


 「生きてる意味ならあるさ、今のところは俺達を知の大陸に案内したあとアリを捕まえようとした原因を探ることの二つだ。それがなくなったらまた新しい意味を探すか、もしくはそのまんま死ねばいい。とりあえず今はまだ死ぬなよ」


 クールがミオに対してとても真面目に答えた。

 確かに今死なれては困るがそれを言うか普通は、絶対に言わないぞ普通は。


 「……そうですね~、今はまず虫ちゃん達を守ることにしますね~。それでは支度もしたいので~ 今日は私の家に泊まって明日になってから行きましょ~」


 どうやら持ち越したらしく、先程のめんどくさそうな雰囲気もなくなった。確かに木漏れ日もオレンジ色になってきているので、今日はミオの家でゆっくりするとしよう。


 そしてこの後、家の半分を占める様々な種類のむし達を見て、うなされながら夜を過ごすのをエリはまだ知らなかった。

 

 

 

 

ミオ・ミフォ

性別 女

種族 人間

性癖 虫


護の大陸と知の大陸の境目にある樹海の中に住んでいる。無類の虫好きで、普段は一般的なのだが人間より虫の命の方が尊いもどこかで思ってしまっているために、虫を殺そうとした人間を殺しては自己嫌悪に陥る。

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