迷い
「で、どうするのレスリング部?」
練習を見学した翌日、同じクラスになっていた境也に教室で昨日の顛末を聞かせる。
ちなみに境也はヤクザに君もどう? と聞かれて、
僕は良いですと笑顔を浮かべてヤクザの追求を逃れた。
連れていかれる海生を見殺しにして。
「そんなことより、鏡也よくも俺を見殺しにしてくれたな絶対に許さない」
「お前だったらあの場面で立場が逆だったら助けてくれたっていうのか!?」
「助けるわけないだろ馬鹿じゃないの?」
ふざけるなだのなんだのうるせぇだのと取っ組み合いのやり取りをしつつも、レスリング部への入部を考えて海生は迷っていた。
もしかすると中学生の時に得ることが出来なかったものを、高校生活で、レスリングで得ることが出来るかもしれない。
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昨日聞いたスポーツアニメの曲をを口ずさみながら歩く海生。
少しだけ、もう少しだけ見てみよう。もう一歩踏み出す事が出来ずにいる自分。その足は道場に向く。
学校が終わった直後に直行したためかなり早めに道場に着くはずだ。今日はヤクザが靴を持ってきてくれることになっているため、それを履いて実際に練習に参加することも出来る。
幸い練習着になるような服は持っている。
道場に着くと、既に一人で練習をしている者がいた。
昨日の時点で唯一既に入部していた、山本幸隆が練習していた。
「こんちわ」
海生が声をかけると、こちらに気づいていなかった幸隆は少し驚いたような素振りでこちらを振り向いた。
「あんたは確か……昨日見学しに来ていた……」
「比嘉海生っていうんだ。凄いね同じ一年生なんだって? 龍生先輩との練習見てたよ」
昨日見た練習の感想を素直に述べる。
「そう……なのか? 俺はただ全力でやるだけだから……」
軽く息を弾ませながら答える幸隆に、海生は自分の全力で取り組んで来なかった日々を思いだし、唇を噛み締める。
「そっか……ちなみにそれは何の練習をしてるの?」
「これは一本背負いの練習だよ」
木製の壁に柔道着の帯が打ちつけられており、その帯を左手に持ったまま右手を帯の下に回す。そこから体を半回転させる、という作業を幸隆は繰り返していた。レスリングには投げ技もあったことを初めて知った。
「海生は入部したのか?」
「いや入部はまだなんだ」
「そうか。早いとこ入部しろよな? レスリングって実際にやってみると以外に面白いぜ? 」
「あぁ……うん……」
未だに迷っていることを告げられず煮え切らない答え方になる。
その答え方に幸隆は怪訝そうな顔をし、疑問を口にする。
「何か悩んでるなら話ぐらい聞くぜ? まぁあんまり力にはなれないかもしれないけどな」
「いや大したことではないんだ。俺ちょっとトイレに行ってくるよ!」
そう言って足早に道場から出ていく海生に、
「トイレの場所道場の裏だから!」と声をかけ幸隆は自主練習にもどる。
「何だうんこしたかっただけか」
妙な勘違いをする幸隆。そもそも人の気持ちを汲み取れるようであれば、中学生の頃の悲劇は起きていない。
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「見ましたかな美優さんや?」
「見てたよ優香」
「あの二人のカップリングもありかな?」
「有りかも」
更衣室から密かに二人を覗き見し、妙なことを考えている者がここにもいた。