抜けない癖
何が起こったかわからないまま海生はバックを取られ膝をついた姿勢から動けないでいた。ただ周りから技に入るのが早いぞーという声をかけられ、自分の一本背負いを仕掛けるのが早かったということがわかった。
投げ技は仕掛けるのが早いと相手にバックを取らせる絶好のチャンスになってしまう。後ろを向いてしまうわけだから当然といえば当然だ。
ギリギリと体を締め上げられ、そのままローリングに持っていかれそうになる。そうなってしまうとさらにポイントを二点取られてしまい、差を広げられてしまう。
右に回転させられそうになり、とっさに逆の方向に踏ん張るがほぼ意味をなさなかった。強引にローリングに持っていかれてしまったのだ。
これで二点取られた。力が強すぎる。練習の時とあきらかに違う彰の強さに戸惑う海生。練習の時は本気でやってなかった? 手加減をされていたのか? そんなことが頭をよぎるが、今それを考える時ではないと切り替える。
まだグラウンドの攻防は続く。もう一度ローリングを仕掛けてこようとした彰に海生はまた逆の方向に踏ん張った。
タイミングは完璧だった。重心は回転させられそうになった方向と逆の方向にきっちり合わせて踏ん張っている。だがそれでも、一瞬踏みとどまるのが精一杯だった。
一瞬の停滞ののち、回転させられてしまう海生。また点を取られてしまう。
試合前の自分の考えが恥ずかしかった。何が良い勝負が出来るかもしれないだ。自惚れていた。自分はこのまま負けてしまうのだろう。仕方がないように感じた。相手は先輩で自分はまだレスリングを始めて一か月しかたっていない初心者だ。
そしてある考えがふと頭をよぎった。『また諦めるのか?』
その考えがよぎった瞬間、回転させられている途中で必死にもがき彰のクラッチを外していた。
瞬時に立ち上がる海生。彰もそこから体制を立て直す。
「試合中に負けても仕方ないとか思ってんじゃねぇよ」
海生は少し距離をとった状態で小声で独り言を漏らした。小・中学生の頃、バレーボールを長年続けてはいたが、真剣に取り組んでいなかったせいで後から入った部員にどんどん追い抜かれていった。
自分はバレーボールが好きではないから。真剣にやっていないから。そんな言い訳を並べていた。ふつふつと湧き上がる悔しさに気づかないふりをして。
長年言い訳を続けていた癖がまだ抜けきっていない。そんな自分に苛立ちを覚え、語調が荒くなる。
「負けたくないって気持ちだけで今は十分だろ」
海生の目に闘志が宿る。その目を見た彰が「いいね」と一言だけ呟き、笑った。




